鏡と設定とそれぞれの覚悟と
もう少し説明回が続きます。
午前の早い時間で終了した授与式の後、白山は宰相であるサラトナに伴われ王宮の地下にある宝物庫へ向かっていた。
地下へと続く入口には2名の兵士が背筋を伸ばした状態で、槍を手に周囲を警戒している。
サラトナは王家の紋章が入った命令書を兵士に掲げ、それを確認した兵士は宰相を地下の入口へ通す。
同様に白山も先程の式典で手渡された褒章の目録を見せ、宝物庫への立ち入りを許された。
階段を降りる2人は、一様に無言で石の階段を下るコツコツと言う音だけが木霊する。
螺旋階段を降りきった先にはランプが灯され、地下の湿った空気が少し暖められムッとした空気が満ちていた。
その湿気を肌で感じながら、白山は緊張と興奮が入り混じったような奇妙な感情を感じていた。
不可思議な現象でこの世界に呼び出され、自分を呼んだその道具が今まさに手に入ろうとしている……
地上の入口と同様に2名の兵士が立哨する宝物庫の扉には、王家の紋章が金字で描かれており、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「宝物庫の兵に確認する。レイスラット国王より出された命令書と正当な証である文様の鍵を示す」
懐から出した鍵そして先ほどの命令書を掲げ、サラトナは威厳に満ちた声で兵士に告げた。
その言葉を聞き命令書と鍵の文様を確認した兵士は、頷きそして白山に視線を向ける。
「王より発せられた褒章の目録と個別鍵を示す……」
珍しく硬い声でそう語った白山は、首から下げた1本の鍵と目録を示し兵士に掲げる。
「文様を確認致しました。お通り下さい」
胸元に手を当てるレイスラット式の敬礼をしてくれた兵士に白山も答礼を返す。
その様子を見ていたサラトナがゆっくりと扉の鍵を差し込み、カチャリと滑らかな音と共に錠前が解除される。
両手で扉を押したサラトナは、少し軋みながらも開かれた扉をくぐり宝物庫へと足を踏み入れた。
無言の白山も鍵を手に持ったままその背中に追従する。
宝物庫の扉が開かれたためか、入り口に設置されたランプの灯火がわずかに揺れ、影が蠢く……
少し前に同じ場所を訪れているサラトナは、迷わず異界の鏡が置かれている小部屋の前まで足を進めると、扉の前でゆっくりと振り返った。
「ホワイト殿……鍵を」
その言葉に頷いて手に持った鍵を鍵穴へ差し込んだ白山は、その鍵をゆっくりとひねる。
カチャっと小さな音を立てて開放された扉に、何故か安堵を感じた白山はゆっくりと扉を押し開けた……
静かに鎮座する木箱とその中に見慣れた軍用のタフなプラスティックケースを目に留めた白山は、ゆっくりとそれに歩み寄っていった……
*****
サラトナと共に宝物庫を出た白山は、異界の鏡……いや、ラップトップを前にして腕を組んでじっと黙っていた……
自室に戻った白山は机にケースを置くと、中に入っていた目的の物を取り出して眺めた。
外観は部隊でも使用している、野外用のゴツイアウターに防護されたノートPCのそれだった。
しかし奇妙なのは、電源ケーブルを差し込む箇所やUSBを差し込むスロットが側面に一切見当たらない。
そして分解用のネジやハードウェアにアクセスする場所も見当たらなかった……
サラトナからの話や宮廷魔術師であるフロンツの会話から、このPCが稼働することは判っているのだが……
もし電源喪失で稼働しなくなった場合や、データの消失を考えると安易に電源は入れたくなかった。
白山は、ひとしきり外観を調べた後、これでは埒が明かないと考え、電源を入れる事を決意した。
ラッチを開放し液晶画面を開いた白山は、迷わず見慣れた電源ボタンを押しシステムを立ち上げた。
聞き慣れた冷却ファンの音と共に液晶画面に何かの表示が現れる。
『所有者と確認しました…初期設定をセットアップして下さい…… Y/N 』
そう英語で書かれた内容を読み取った白山は、思わず心拍が高鳴る。
電源も懸念も吹き飛び、素早くキーボードのYを叩いた。
『個人認証を開始します……』
現れたシステムメッセージにやきもきしながらも、白山は微動だにせずじっと次を待つ。
『基礎言語を選択して下さい……』
英語でも問題ないが、白山は慣れた日本語を選択する。
キーボードで指定された数字を打ち込み、エンターを押し込むと画面が日本語に切り替わった。
『対象範囲を設定して下さい……』
その意味に白山は一瞬戸惑ったが、現れた選択範囲にレイスラット王国の記載があったのでそれを選択するとファンの回転が高まる音が聞こえシステムが働いていることを知らせてくれる。
数瞬後、SDSSとロゴが現れて、各種メニューが表示されポップアップウィンドで 『初期設定が終了しました』 と表示された……
OSらしき画面は表示されず、専用プログラムなのか画面下にメニューがある以外は操作は出来ないようだ。
メニュー画面には、召喚システム起動・リスト・FAQ・設定変更 が存在している。
ふとフロンツから預かった本の最後のページに『その所有者は本体内蔵のFAQを読め……』という記述があったのを思い出し、FAQをタップする。
そこにはSDSSのシステムの説明、そして使用方法が記載されており白山はシステム説明をタップした。
切り替わった画面には、一面の文字列が並んでおりこれを消化するには気合を入れる必要があると白山は集中した。
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SDSSは、異世界から召喚された人間の生存率及び作戦効率の向上が目的である。
システムの根幹は召喚者の世界と召喚先の次元をつなぎ人員・物品・資源を召喚可能となっている。
召喚に必要なエネルギーは、召喚先世界における生命転生システムに干渉し、これをプールする事によって賄われる。
ただし対象範囲は初期設定で指定した範囲と、召喚者及びシステムによって呼び出された人員装備によって殺傷された召喚先の生命を対象とする。
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ひと通りシステム説明を読んだ白山は、もう一度その文章を読み直して、静かに反芻した……
物品や支援の人員を召喚できる?
そんな事をすれば、地球上で失踪騒ぎや軍の兵器が盗難されたとの報道が溢れることになる。
生命転生システム?
不可解な単語が多すぎるし、意味がわからない……
白山はFAQから該当する単語を検索し、その意味を読み進めてゆく。
すると次第にこのシステムの作用や詳細が判ってきた。
そのシステムの核心を理解した時、白山はゴクリと喉を鳴らして深く息を吐いた。
口の中がカラカラになっている……
ある程度読み進めた所で白山はリオンにお茶を頼むと、両手で顔を覆った。
不安そうにお茶を持ってきたリオンは、白山のこれまでに見たことのない表情と仕草に戸惑いを覚えるが、黙ってお茶を差し出した。
一口お茶をすすった白山は腕を組んで、ラップトップをじっと眺め何かを考え続けている。
不意に部屋の扉がノックされた。
白山はリオンを介して今日はずっと部屋に居ることと、客室付きのメイドに人払いを依頼してあった。
それでも部屋の扉がノックされた。リオンは白山に視線を送るがノックに気づいた白山は、真剣な表情のままリオンへわずかに頷く。
それを見たリオンは、扉に向かい来訪者へ対応する。
白山の部屋を訪れたのは、王女であるグレースだった……
*****
内心、今は来客に対応する余裕も世間話をするのも遠慮したいと白山は思ったが、王女を無碍に扱う訳にもいかない。
諦めて入ってもらうようにリオンに伝えると、リオンはグレースを招き入れ来客用のソファに案内する。
いつも通りの優美な仕草で供されたお茶を口元に運ぶグレースは、白山へ挨拶するとその表情をみて怪訝そうな顔を浮かべる。
「ホワイト様……如何なされました?」
深刻な表情のままグレースと向かい合っていた白山は、言葉を濁そうとするがグレースに遮られる。
「何もないとは、言いませんよね?
ホワイト様のそんな表情は、初めて拝見致しました……
話して頂けませんか? 力になれなくても聞く事、話す事で楽になることもあるでしょう」
そう言ったグレースは、真っ直ぐに白山を見て優しげな視線を向けてくれる。
諦めたようにため息を付いた白山は、事の次第をゆっくりとグレースに話し始める。
その内容は、多岐にわたっていた……
この異界の鏡は、伝承にあった通り元の世界から物品や人員を召喚する代物であった事。
そしてその召喚には代償としてこの世界で亡くなった人間の魂を必要とする事
輪廻に干渉して物品を召喚すると言う事は、この世界の魂の総数を減らす事になり、プールされた魂は輪廻から外れること……
つまり、この世に輪廻して生を受ける数が減少してしまう……
そこまでを説明すると、白山は一息ついて最後に重い口を開いた……
白山の帰還を行う事も可能だが、それには10万という途方も無い数の魂が必要になる事……
部屋の中には重苦しい沈黙が流れている。
グレースは、沈痛な面持ちで白山の言葉を聞いていたがやがてゆっくりと口を開いた。
「確かに重く、そして辛い事態ですね……」
グレースの言葉は、白山の帰還が如何に困難であるかを改めて白山に再認識させた。
戦争になり敵兵を殺傷すれば10万の魂をプールする可能性は否定出来ないが、現代兵器で一方的な殺戮を行う事は白山としては、到底容認出来ない。
戦闘者ではあるが自分は殺戮者ではない。
そう考える白山は、自身の倫理観や生命観と真正面から向き合っていた。
グレースの言葉に頷きながらも、白山の思考は別の方向に向いている。
特殊作戦に従事する人間は、平気で人を殺すと思われがちだがそんな事は絶対にない。
任務で必要ならば躊躇わずに実行するが、それはあくまでも仕事…いや使命感に基づいて行っているに過ぎない。
作戦全般でも敵との接触や殺傷については必要がなければ、可能な限り避けるのが一般的だ。
仲間がほんの小さなミスや偶然から、突然命を散らす現場を数多く知っている部隊員は、命のはかなさやその大切さを誰よりも理解している。
結婚し子供が生まれると誰よりも喜ぶし、大切に育てようと全力を注ぐ。
中には子供の誕生をきっかけに現場から引退する隊員も少なからず存在する程だ。
そんな命の尊さを苛烈な生き方の中で実感している白山は、新たに生まれる生命を犠牲にして兵器を呼び出す事には抵抗というよりも忌避感を感じている。
ましてや10万と言う魂を散らしてまで帰還を望むかと言われれば、事実上その道は閉ざされたと言わざるを得ない……
「私の帰還への道は、事実上… 閉ざされたようです……
そして、異界の鏡で武器や兵を呼び出すのは、出来うる限り避けたいと思っています」
その言葉を聞いたグレースは、いつもの柔らかな表情ではなく少し口元を引き締め白山に語りかける。
「お話は判りました。
ですが、異界の鏡についてはホワイト様の判断で自由にお使い下さい」
キッパリとそして明確にグレースは白山へ告げた。
その言葉に、当事者である白山は若干の苛立ちを感じながらも、一呼吸置いてグレースに反論する。
「私は新たに生まれてくる生命を犠牲にしてまで、兵器の召喚や自身の帰還を望んではおりません」
やや冷たくそう言った白山は、真っ直ぐに冷たい視線を向けるが、その視線にグレースはたじろぐ事もなくその視線を受け止めた。
その表情は生来の優しい王女としての表情ではなく、施政者として国を見守る人間のそれだった。
「ホワイト様の命の尊さを憂うお気持ちは、この国を司る王族として大変嬉しく思います。
しかし必要なのは、今この国に生を受け暮らす民の安定です。
長い視点で見れば、生まれ来る人間の数が減る事は由々しき事態でしょう。
ですが、その前に国が滅んでは本末転倒です……」
そう言ったグレースは、静かに微笑むと一転して優しげに白山に語りかけた。
「この国に生きる民は、市民権を持つ者だけで30万人程です。
そして、市民権を持たない奴隷や下々の人間を合わせれば、その総数は更に増えます」
少しだけ悲しい顔をしたグレースは、言葉を続ける。
「この国を救うために遣わされたホワイト様がその心身をすり減らし、危機に立ち向かうのに
この国の人間が犠牲も払わず、その恩恵に預かる事は間違いだと私は思います」
そこまで言ったグレースは、お茶を一口飲むと、自身の覚悟を平然と口にした。
「しかし……」
反論しかけた白山を制して、グレースは語を継いだ。
「ホワイト様がこの国を救って下さるのならば、その後で民の安寧を導くのは王族の仕事…いえ、責務です。
ですので、ホワイト様はご自身の信じる道を進んで下さい……」
そう言って微笑んだグレースに、白山はただ黙って押し黙るしかなかった…………
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