視察と商売と訓練と【挿絵あり】
遅くなりましたが投稿します。
久しぶりにフェリルちゃん登場です
オーケンの先導で王都の郊外に達した白山達は、東に伸びる街道を少し走ると、別れ道を北に向かった。
少し小高くなった丘と、左手には森が広がっており、右側は広い草原とその先は渓谷になっており清流が流れていた。
程なくして、門扉が見えてきて白山達は馬を止めた……
前もって宰相から渡されていた鍵で門を開けると、少し軋むが馬が通れるだけの隙間を開ける。
中に入り込むとゆるやかな傾斜の通用路が伸びており、そこを馬でゆっくりと登り、100mほどで小さな屋敷が見えてきた。
屋敷は、3階建ての大きさで石組みの古びた屋敷だった。
放置されていたのか、雑草が伸び少し荒れているが手入れをすれば十分に使えるだろう。
周囲に目を向ければ屋敷の前面……つまり南側には5平方km近い草原と、所々に幾本かの木々が点在している。
手つかずの自然と言うか、基地としては開発し甲斐があると白山は考える。
裏手には少し小高い丘や起伏が連なっていた。
北に伸びる街道はそのままレイクシティの由来になってるレイク湖へ向かって伸びており、漁業で生計を立てている湖畔の小さな町に通じている。
湖への街道を活用すれば、白山のランニングコースになっている草原を経由して、王宮までは15分で到達できるだろう。
皇国との東の国境までは2日前後、北の帝国との国境は4日程度の距離にある。
現状ではこれ以上ない好立地だった。
防御に関しても問題ない。小高くなっている牧草地は見晴らしがよく、東には渓谷があり接近は容易ではない。
北からは小高い丘が創りだすボトルネックが、緊要地形を成しておりここを抑えれば少人数でも防御できるだろう……
白山は、一周して屋敷前まで戻ると、鋳鉄製の鍵を屋敷の扉に差し込み、ゆっくりとひねった。
少し淀んだ空気が感じられるがそれほどひどく傷んでいる様子はない。
中に入った白山達は、辺りを見回し2階から周囲を観察する。
そして時折デジカメで要所を撮影しながらゆっくり見て回った。
そして納得したように頷くと、何かを決意した白山はゆっくりとした口調で呟いた。
「ここなら、連隊規模まででも収容可能になるな……」
そう言いながら、メモに幾つかの図面を書き出すとオーケンに押し付けた。
「なんだ?この奇妙な物は?」
白山が書き出した図面は、障害走コースに使用する各種障害だった。
「兵達の体力と能力を高める為に必要な代物だ」
そう言うと、追加で見積もりを頼むとオーケンに伝えた。
頷いて、懐にメモを仕舞いこんだオーケンは、続けて白山に問いかけた。
「屋敷の修繕は必要なさそうだな。あとは今もらったヤツと兵舎やその他装備の見積もりだな……」
その言葉に頷いた白山は、思いついた箇所の修繕や改善のメモを認めながら午前中いっぱいかけて、駐屯地候補となったファームガーデンを見て回った。
視察を終えた白山達は、同じ道をたどり王都へ戻ってきた。
商会を出る前にした約束通り、オーケンと馬を替え鐙の効果を確かめさせていた。
その乗り降りと安定性を手放しで賞賛していたオーケンは、ご機嫌な様子で馬を操っている。
商会に戻るとクローシュ本人は不在だったが、すでに大部分の見積もりが上がってきており、仕事の速さに白山は驚いた。
このフットワークの軽さと仕事の速さが、商会の強みなのだろうと得心した白山は、用事は済んだと判断して、オーケンに戻る旨を伝える。
見積もりを受け取るとリオンと共に城へ戻ろうかと商会を出た所で、丁度戻ってきたクローシュと出くわした。
お付の店子を数人引き連れたクローシュは白山を見つけると、にこやかに近寄ってきた。
「もうお戻りでしたか! 基地の様子は如何でしたかな?」
馬留を解こうとした手を止めると、握手を交わした白山は笑顔で答える。
「ええ、満足できる立地でした。あれなら良い基地になるでしょう!」
その言葉に頷いて幾分立ち話をすると、クローシュが鐙に目を留めた……
*****
白山へ鐙について質問をするとオーケンに語った通りの説明を繰り返す。
するとクローシュは真剣な表情ですぐに、店子へ馬を店の裏に移動させるように指示し、白山に問いかける。
「ホワイト様…… 少々お時間を頂戴できますでしょうか?」
どうせ、昼食を城下で摂ってから城へ戻ろうと思っていた白山は、問題ない旨を伝えると安堵した表情のクローシュは白山を誘って店へ入ってゆく。
商品を扱う店子達が一斉に頭を垂れ、それに目線で答えたクローシュは手早くお付の人間に、食事の用意と午後の予定を取り消すように指示する。
驚いた店子が予定について何かを問いかけるが、手を降ってそれを制したクローシュは厳に命じている。
その態度に違和感を覚えた白山は、どういう事かとクローシュに尋ねるが
「詳しくは部屋で……」と口を噤む。
通常の応接室ではなく、店を抜けてその奥にある屋敷へ招かれた。
食堂らしき部屋に通された白山達に初老の執事からお茶が供され、クローシュはその執事に人払いを命じた。
大商人がとったその態度に、少し警戒心を抱いた白山は何が起こっているのか判らなかったがとりあえずは様子を見ることにする。
茶を一口飲んで落ち着いたクローシュは、徐ろに白山に切り出した……
「ホワイト様が作られた鐙ですが……」
そこで言葉を切ったクローシュは、大きく深呼吸をして一息つくと続きを話し始める。
「あの鐙は、かなりの財産になる可能性があります。
私どもに製造販売をお任せ頂けないでしょうか?」
少し緊張した表情でそう言ったクローシュは、事の次第を語り始める。
「あの鐙は、馬の操作性を高めて軍馬は勿論のこと、旅人や馬を扱うすべての人々に多大な利益をもたらします。
当商会で最初に売りだせば、莫大な利益につながるでしょう……」
その言葉を聞いた白山は、成程と得心がいった様子でその言葉を聞いていた。
この世界に特許や商標の概念があるかは分からないが、最初に販売した所がシェアを占めるのは間違いない。
主な交通手段となっている馬の製品であれば、その利益は計り知れないだろう。
「わかりました。
製造販売については、一任させて頂きましょう」
白山は、承諾を伝えるとこれまで真剣な表情だったクローシュはパッと表情を明るくし、自ら羊皮紙と墨壺を持ち出すと契約書を作成し始める。
「契約の内容としては、製品の買取に致しましょうか?」
羊皮紙に羽ペンを走らせるクローシュは、視線を巡らせると白山に問いかけてきた。
その問に少し思案した白山は、首を横に振った。
「いえ、売上に応じて一定金額を頂く形にして頂きたい」
その言葉に驚いたクローシュは、割合について素早く計算を巡らせているようだ。
1セットに付き銀貨1枚と言い出したクローシュに対して、白山は原価を除いた売上からの1割(10%)を要求する。
現状では、白山が作った簡素な試作品があるだけだが、販売される製品が1種類とは限らない。
もし貴族用の豪華な鐙が作られても金額が一定なら、白山に旨みがない。
結局、両者の話し合いは、7%の売り上げに応じた金額を支払うことで決着する。
白山としては5%を落とし所と考えていただけに、クローシュが譲歩した形で落ち着いた……
「いやはや、ホワイト様には驚かされます。 これだけ手強い交渉は、久しぶりでした。
貴方ならば商人としても十分やっていけますね」
そう言って笑いながら契約書を認めたクローシュは、内容を検討してから白山に渡してくれた。
問題がないことを確認した白山は、自身のボールペンで羊皮紙にサインした。
大口の契約をまとめた達成感からか、満足そうな笑みを浮かべたクローシュは契約書をまとめるとテーブルに置かれた鈴を静かに鳴らした。
澄んだ音色が響き、件の執事が姿を現す。
そして交渉の舌戦で消耗していたカップにお茶を注ぐと、静かに食事の用意が整っている事を主に伝えた。
その答えに満足したのか、頷いたクローシュが改めて白山達を昼食に誘う。
昼の鐘がだいぶ前に聞こえたので、今からだと食堂はどこも混んでいるだろう。
礼を言ってご相伴に預かる事にした白山のもとに、小さな影が近づいてきた。
ピンクのドレスを着たクローシュの娘フェリルが走り寄ってくる。
立ち上がって抱きついてくるフェリルを受け止めた白山は、フェリルの頭を撫でるとにこやかに語りかける。
「フェリルちゃん、元気そうだね」
「うん。いい子にしてたよ!」
白山に抱きつきながら、見上げるフェリルは満面の笑みではしゃぎ回る。
それを見つめるクローシュも凄腕の商人の顔から、すっかり父親の顔になって優しげな表情になっていた。
「ほらほら、ちゃんとご挨拶しないとダメでしょう」
父親として、お客に対して挨拶するように促すとフェリルは頷いてから離れると、くるりと回り白山から距離をとった。
「こんにちわ、ホワイト様!」
丁寧にお辞儀をしてくれたフェリルに、頷いて挨拶を返した白山は久しぶりに対面したフェリルを交え、昼食を楽しんだ……
契約も終わり、昼食を済ませた白山は、クローシュに幾つか品物を注文すると、店に戻って、リオンと一緒に幾つか日用品を購入する。
黒装束以外に、日常着ることが出来る服や靴、手ぬぐいなどを数点購入してから城に戻っていった……
*****
翌朝、早朝に目を覚ました白山は手早く朝食を済ませると、リオンとともに高機動車に装備を積み込んで湖畔の草原に赴いた。
今日はリオンをバディとするために1日訓練をする予定になっている。
以前アトレア達にデモンストレーションをした場所にやって来た白山達は、準備を開始する。
ビニールシートに、各種銃器や装備品が並べられてゆく。
まずは薬室をカラにしたM4(小銃)を使って、各種射撃姿勢をとってリオンに見せた。
これまで何度かその姿を見ていたリオンも、真剣な眼差しで見つめている。
次はリオンに姿勢を取らせて、銃の固定や姿勢について的確なアドバイスを送り、姿勢を修正してゆく。
銃器と弾薬に余裕があればしっかり実弾を撃たせて錬成したいが、弾薬に限りがある現状では難しいだろう。
弾薬を含めると3kgに近いM4を構えて、スタンディング(立射)の姿勢は辛いかと思ったが、日頃から剣で鍛えているせいかリオンは容易くこなしてみせた。
中間姿勢(膝撃ち)や寝撃ち(プローン)も卒なくこなし、姿勢変換も問題ない。
城下で襲撃された時やこれまでの戦闘で確認していたが、改めてリオンのポテンシャルの高さに白山は驚いていた。
ある程度姿勢をこなすと、大の男でも地味にキツイ運動なのだが額に薄っすらと汗をにじませながら、泣き事ひとつ言わずに黙々と反復訓練を繰り返す。
「よし、一旦休憩しよう」
白山が提案すると、リオンは不思議そうに視線を向けてきた。
その意図がわからない白山がリオンに尋ねると、こんな返事が返ってくる。
「私はこれまで、訓練とは朝から始めて日が落ちるまで殴られ蹴られながら、続けられるのだと思っていました……」
リオンの過去を思い出した白山は、少し顔を歪めるとリオンに訓練を課す事に若干の罪悪感を感じつつも、こう返した。
「訓練ってのは、受ける人間の能力を伸ばすための手段だ。
必要なら肉体的にも精神的にも追い込むが、それ以外についてはそんな必要はない。
基礎の段階で追い込んだ所で、意味が無い……」
そう言い切った白山は、水タンクからキャンティーンカップに注いだ水をリオンに差し出した。
教えられた通りに銃をチェックして地面に置いたリオンは、白山の言葉を聞きながら、そのカップを受け取って口をつける。
「少し休んでろ」と伝えてから、木の板で作った手製の標的を肩に担いだ白山は、歩数を数えながら湖の方に向けて足をすすめる。
リオンは、水を飲みながら息を整えるが、その視線は白山の背中をじっと眺めていた。
歩測で100mを計測して標的を立ててきた白山は、M4で実弾射撃を行うとリオンに伝えた。
リオンは実際に目の当たりにしている銃の威力に少し、恐怖を感じていたが真剣な表情で白山に頷いた。
その言葉と表情に、緊張を感じた白山はリオンに笑いかけてから肩に手を置く。
「そんなに固くなるな。緊張すると当たるものも当たらなくなるぞ」
そんな言葉に頷いて深呼吸したリオンは、展示を見るべく白山に視線を向けている。
「まずは、1発だけだ。 それから弾数を徐々に増やしていくからな!」
2人とも耳栓を突っ込んだ為に、やや大きな声で言った白山は、素早く伏せ撃ちの態勢を取るとリオンを側にしゃがませた。
開放された薬室に1発の5.56mm弾を滑りこませると、銃の左側にあるスライドリリースを押し込んで薬室を閉鎖する。
先ほどの姿勢に関する注意事項や説明を繰り返しながら、右手の親指で安全装置を解除する。
そして姿勢と固定を確かめると、照準を合わせて静かにトリガーを引いた。
パーン!
5.56mm特有の破裂するような射撃音が、周囲に響き渡る。
危機を感じたのか周囲の小鳥たちが騒ぎながら飛び立っていった…………
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