木剣と夕食と見積もりと【挿絵あり】
もしかすると入札については、後ほど改稿するかもしれません。
アトレアは八双のように右肩近くに剣を引き、油断なく白山と対峙する……
それに対して白山は、先程までの自然体で右手に持った木剣をだらりと下げた状態から、切先をスッとアトレアに向けた。
そして正眼に変化した白山に、力みや揺らぎのような隙は感じられない。
アトレアは白山の構えに、どこから攻撃するか糸口を見出せないでいる……
対峙した時間は僅か数秒だったが、アトレアにはまるで数分にも思える長さだった。
すると、僅かに白山の切先が下に降り、それを好機と捉えたアトレアは迷わず白山の頭部に剣を振り上げた。
しかしそれこそが白山の狙いだった……
最上段まで振り上げられたアトレアの木剣は、そこから白山に振り下ろされる事はなかった……
何故ならその時、既に懐に潜り込んだ白山の切先が、アトレアの首筋に当てられていたからだった。
だが、白山はそこで止まらなかった。
アトレアに自身の切先を認めさせると、視線が木剣に集中した瞬間 更にアトレアへ踏み込む。
剣を振り上げすこし仰け反っていたアトレアは、その勢いと喉元へ向いた切先にバランスを崩して転倒してしまう。
「鋭っ!」
転倒したアトレアの首筋へ、短い気合とともに鋭く振り抜かれた白山の木剣が軌跡を描く。
そして、数歩離れた白山は静かに残心を取り、アトレアを見つめた……
アトレアの思考は真っ白になっていた。
剣を下げられたのは誘いで、それに見事に誘導されてしまった事も理解できる。
懐に飛び込まれ、首筋に当てられた剣で一度……
そこからまた倒されてもう一度……
この短い間に2度も殺されている。
更に言えば、何をされたのかが理解できるのに……自分にそれをやってみろと言われたら……
恐らく……いや、絶対に無理だろう。
「どうした?もう終わりか……?」
白山からかけられた言葉に、我に返ったアトレアは頭を振って弱気を打ち払う。
「いや、もう一度お願いする!」
技量では勝てない。そう感じたアトレアは迷わず選択肢を変え、激しく白山に打ちかかっていった。
カン、カンと小気味良い木が打ち合わされる音が数合響くが、次第にその音が小さくなってゆく……
数合の打ち合いで、アトレアの剣は白山に封じられてしまったのだ。
打ち上げようと剣を持ち上げると、その根本に白山の木剣が絡みつき、それを制してしまう。
下から逆袈裟に切り上げようとした瞬間、これまで蛇のように絡みついていた白山の木剣が突如として打ち下ろされる。
パン!と破裂音に近い音と共に、アトレアの木剣の根本へ鋭い打ち込みが入り、その衝撃に思わず剣を取り落としそうになってしまう。
何とかこらえて、剣を引こうとするが、数瞬後には右肩を強かに打たれた衝撃が伝わった。
咄嗟に左へ飛ぼうとしたアトレアだったが、その時には既に白山が懐へ潜り込み、首筋に木剣の感触が伝わってきた……
アトレアの中でアドレナリンが沸騰し、「次こそは!」と白山に叫んだ。
その心意気に真剣な表情を浮かべながら頷いた白山は、短く「よし!」と応えるとアトレアを待った。
「りゃーっ!」
握力の具合を確かめたアトレアは叫びながら真っ直ぐに白山へ向かうと、胴を薙ぐと見せかけて剣を抱えると鋭い突きを白山へ放った。
「応っ!」
正眼でアトレアの突きを弾いた白山は、そのまま胸元まで剣を引くと、勢い良くアトレアの兜に向けて面を打つ!
右面の要領で打ち出された白山の木剣は、寸止めで繰り出されていたが、そこにアトレアの前進が加わり、僅かに衝撃がアトレアに伝わった……
カラン……
アトレアの兜が宙を舞い、地面に落ちて乾いた音を響かせた……
脳震盪を起こした訳ではなく、気力が尽きたアトレアは前のめりに倒れて、白山に倒れかかった。
それを受け止めた白山は、アトレアをゆっくりと地面に座らせると、その顔をのぞき込んだ。
「大丈夫か?」
その言葉に、肩で息をするアトレアがゆっくりと頷いた。
周囲で固唾を呑んで見守っていた兵達に水を頼むと、兵達も我に返ったように大慌てで水を持ってきてくれた。
白山から差し出された水を喉を鳴らして飲んだアトレアは、人心地ついたようで大きく深呼吸をする。
そして、背中を白山に支えられていることに気づいたアトレアは、礼を言って立ち上がるとひどく真面目な表情で白山に語りかけた。
「手合わせ頂いた事、誠に感謝する。 いや、本当に貴重な経験だった……」
何かを感じ取ったのか、考えこむような表情のアトレアは、そう言って白山に右手を差し出してきた。
その手を握り返した白山は、満足そうに頷いた。
「最後の突きは素晴らしかったな。反応がもう少し遅かったらやられていた」
視線をチラリと自分の腕に向けた白山につられ、アトレアもそこに目を向ける。
白山の右手の上腕部には、アトレアの木剣が掠ったのか、赤い擦過痕がついていて、わずかに血が滲んでいた。
その擦過痕を見たアトレアは、一瞬でも同じ土俵に立てて居たのかと驚き、そしてもっと強くなりたいと願っていた。
「また、稽古をお願いしても良いだろうか……?」
アトレアは遠慮がちに尋ねたが、その言葉に力強く白山は答えた。
「ああ、俺もいい稽古になった。またやろう」
白山は、飛んでしまった兜を拾い上げると、それを持ち主に手渡した。
それを受け取ったアトレアは、そろそろ戻ると言った白山に何か躊躇うように返事を返す。
大きく上体を伸ばしてストレッチした白山は、軽く手を上げてアトレアに合図した。
少し汗で体が冷えた白山は、早めのペースで城に向けて走りだす。
じきに血流が体を温めてくれるだろう。
その後ろ姿が小さくなるまで、アトレアはその背中を見つめていた……
*****
部屋に戻った白山はリオンに出迎えられ、差し出された水を飲み干した。
水分が体に染み渡るのを感じていると、リオンが1通のメモを差し出してくれる。
そこには、先程の文官からの言伝で、クローシュ商会に確かに手紙を届け、明日の同行を承った旨 先方から返答を受けたと書かれていた。
朝に話せなかった分、リオンと明日の予定について説明した白山は、汗を流すために浴場へと向かっていった。
王宮にある客用の浴場は、朝と夕方に使えるように沸かされているので、現代人としては有り難かった。
しかし、2ヶ月程で今回の褒章として屋敷が与えられるそうだが、そこに風呂はあるのだろうか……
あとで確認する必要があるな……と、湯船に浸かりながら白山は考えていた。
アトレアに掠められた右腕に、少し湯が沁みる。
痛みは生きている実感だ。上がったら消毒しておこうと思った白山は、兵達の剣の腕について、どの程度なのかと思案する。
漠然と考えていたせいか少し長湯をしてしまい、上気した顔で部屋に戻ると夕食の支度が出来ていた。
パンやサラダに簡単な肉料理と果物、そしてワインといった日替わりの簡素なメニューだが、これは白山のリクエストだった。
それまでは王の賓客として、毎日豪勢なコース料理が供されていたが、流石に辟易とした白山が調理担当に掛け合って、メニューを変えてもらった。
ちなみに白山が現在の住処としている客室には、王の専属料理人とは違った料理人が配置されている。
毒殺などを考えれば当然の処置だとは思うが、白山は内心で無駄ではないかと考えていたが感覚のズレだろうか……
そして今日の夕食には、1品だけいつもと違う皿が並んでいた……
白山が王宮の調理長に依頼したデザートが鮮やかにその存在を主張している。
リオンも楽しみなのか、いつもより嬉しそうに支度をしていた。
席についた白山は日本人らしく手を合わせて食事を始めた。
和やかな夕食は、昨夜からの緊張状態が嘘のようで、ゆっくりと夜は更けていった……
翌朝、白山は朝から工作をしていた。
親衛騎士団から借り受けた馬は、やはりというか鐙が付いていなかった。
以前アトレアから馬に乗せてもらった際、器用に乗りこなすものだと感心していたのだ。
革紐とツールナイフで穴を開けた板を組み合わせ簡単な鐙を作ると、鞍に取り付ける。
試しに体重をかけてみたが、馬も嫌がる素振りを見せないし、切れたり外れたりする心配もなさそうだ。
少々、時間を食ったが時間には間に合いそうだ……
予定通り馬で出発した白山達は、まず最初にクローシュ商会を訪れた。
港町の任務で調達したこちらの世界の衣服に、いつものストールを巻き、脇差しとM4(小銃)そしてP226(拳銃)を携行していた。
前回襲われた経験から、警戒を怠れない。
特に弓矢は優れた無音武器になるので、周囲に目を配る必要があった……
前回訪れた時とは服装が違っていたが、クローシュ商会の店子はしっかりと白山の顔を覚えており、すぐに応接室へ案内してくれる。
程なくしてクローシュとオーケンが揃って応接室に入ってきた。
「昨日の今日で、慌ただしい連絡で申し訳ない」
白山は開口一番、突然の連絡と訪問を詫びた。
すると大げさな仕草で手を横に振りながら、クローシュは笑って応えてくれた。
「いえいえ、とんでもない!
大きな儲け話をもたらして頂いたのに、気遣いなど不要です」
そういって笑いあった4人は、港町での観光の話や買い物の話題をした後で、白山が本題を切り出した。
「さて、本日は手紙でもお知らせしましたが部隊の駐屯する施設についての見積もりを頂きたいと思っています」
そう言った白山は羊皮紙に書いた図面や、兵舎の収容人数についての資料を出してゆく。
更に必要な初期の装備、支給する衣服や武器類についてもリストアップしてあった。
クローシュはその資料を念入りに見ながら、暫し黙考してから口を開いた。
「必要となさっている物品や建物については、把握致しました。
しかし、王宮や貴族の方々がこうした品物をお求めの際は、期日だけを決めて、いつまでに納品せよと仰られるのが殆どです……
ですが、ホワイト様は見積もりをご要望であるとの事ですが、懇意にさせて頂いておりますので格安でお出しすることも可能ですよ?」
その答えに、白山はその気持に謝意を伝えながらも、申し訳なさそうに説明を始める。
「今後、私が率いる事になる部隊や王宮からの物品の発注は、入札によって実施される事になります……」
そうして白山は先日検討した入札の仕組みについて、詳しくクローシュに説明する。
黙ってその説明を聞いていたクローシュは、真剣な表情でその話に聞き入っていた……
商人としてこの話の利点と損をする部分を冷徹に計算しているようだ……
白山は今回はテストケースとして入札を実施する旨を伝えて、割引をしていない価格についての見積もりがほしい事を語った。
本来であれば、入札に関する情報を事前に漏らすことは宜しくないのだが、最初から厳密に実施しても混乱を招くだけだと考えていた……
市場価格は常に変動するのだから、今回の入札についてはクローシュが若干有利になるかもしれない。
だが、それ以降は仕組みを理解した商会同士で、適切な競争になるだろう……
クローシュは、入札の仕組みを早くも理解しており、思いの外浸透は早いかもしれない。
もっともクローシュが優秀な商人であることも起因していると思うが……
そうしたやりとりの後、忙しいクローシュは断りを入れると、白山の資料を手に足早に退出していった。
現地視察にはオーケンが同行してくれるとのことだ。
では早速出発しようと、白山が促すと頷いたオーケンとリオンは、馬を繋いである商会の横へ移動していった。
するとオーケンが早速白山の馬に付けられた鐙に目を留めた。
「旦那、その鞍にぶら下がってるのは何ですか?」
「これは、鐙といって馬上で足を踏ん張れる代物だよ。
これがあると無いとでは、乗り降りや武器の操作に雲泥の差が出る」
そう聞いたオーケンは感心したように頷くと、後で試させてくれと白山に言ってきた。
その言葉に頷いた白山は、オーケンの先導で王都の郊外に向けて馬を奔らせていった…………
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