バディとコーヒーと稽古と
リオンがバディに昇格しました(笑)
翌朝の目覚めは最悪だった……
目を覚ますとリオンは、いつもの様にお茶を淹れてくれたが、カチャリとカップを置くと、スタスタと部屋の隅に引っ込んでしまう。
いつもならその日の予定を話し合ったり、他愛のない話をするのだが今日に限っては静かな室内が痛かった。
無論、朝食時も無言でどうにも味気ない……
気まずい雰囲気の中、今日の予定である審議官へ伯爵の犯罪について証拠を示す準備を始める。
すでに報告書自体は完成しており、その内容を確認するだけなので、あっという間にその作業は終わってしまう。
2度見なおししても、それほど時間はかからない……
『気まずい……』
昨日の自白の際リオンは諦めたような表情と、悲しそうな表情が入り混じった複雑な視線を白山に向けてきた……
白山の意識からそんなリオンの顔が離れない……
よくよく考えてみれば、白山がこの世界に召喚されてから一番身近な存在がリオンなのだ。
元の世界に帰還するにしろ、この世界に留まることにしても、いずれ身の置き方は考えなければいけない。
リオン、そしてグレース……
少し落ち着いたら、自分の心にしっかりと向き合うべきだなと白山は考えていた。
利害ではなくそれぞれの事を自分がどう思っているのか……そして、適切な距離をとるべきなのか近づくべきなのか……
だが、今はその時ではない。
それにこの問題は非常にセンシティブ<繊細>な問題だ……
そしてまだ、2人の事をよく知らない。判断するには情報が足りない、これについては時間をかけるしか無いだろう。
そして懸案となっている事項について、考える必要がある。
それは、バディの問題だ……
部隊が設立すれば、その中から優秀な人間を選抜すればいいかもしれない。
しかし港街の一件で、白山をサポートできる存在は欠かせないと考えていた。
もし、あの場でリオンが機関銃を持ってきてくれなければ、危なかった。
だが、観測所からバディが援護してくれていれば、もっと効率が良かった事は否めない。
そして白山の事情を知り、利害関係無くその素養からバディにふさわしい人材といえば……
「リオン、少し話がある……」
意を決したように、部屋の隅に控えるリオンへ声をかけた。
無言のままスッと白山の側に歩み寄ってきたリオンは、相変わらずの無表情だった。
ソファの対面に座るように促した白山は、大きく息を吐きだし、ここでその話題を切り出していいのか躊躇う。
これではバディとしての行動を餌に、リオンの機嫌をとっているようではないかと逡巡してしまう。
だが、自身の生存と作戦遂行の達成確率を上げるためと割り切り、覚悟を決めて語りかける。
「リオン、よく聞いて欲しい……」
白山のその言葉にリオンは自分が見捨てられ、放逐されるのかと気持ちが落ち込む。
暗殺者であった薄汚れた自分と、一国の姫では比べるまでもないだろう……
それよりも、罪を許され、生きて人並み以上の生活をしている今のほうが異常なのだ。
最近は本を読みそして、自分の手を汚す他に何が出来るだろうかと、模索し始めていた。
しかし、世の中にはそれほどうまい話は無いのだ。
そう……自分は夢を見ていたのかもしれない……
無表情な仮面の下に、めまぐるしい環状の変化を感じたリオンは、これも夢なのかと考え、覚めないで欲しいと願う。
そして、表情にこそ出さないが、これだけの感情を抱いている事にリオン自身が驚いていた……
「リオンに、俺のバディを務めてもらいたい……」
感情の海を漂っていたリオンには、白山の言葉の意味を理解するには、少し時間がかかった。
「えっ……?」
そして、白山の語った意外な響きに、リオンは思わず聞き返してしまった。
「これまでの戦闘で、やはり一人で立ち回るのは限界がある……
なのでお互いの背中をカバーする人間が、どうしても必要だと痛感したんだ」
真剣な眼差しで、自分に語りかける白山の表情をリオンは黙って見つめていた。
「それは、どういう意味なのでしょうか……?」
背中を守る。概念としては理解できるが、これまで白山の護衛として控えてきたリオンにとってみれば、自分は盾であると自覚していた。
「そうか……バディの意味から説明か……」
小さく呟いた白山は、リオンの表情がやや緩み自分と会話してくれた事に、少し安堵しながら話を続けた。
「バディとは、文字通り2人で1人なんだ。作戦における最小単位になる。
一人では限界がある事も、2人ならば可能な場合があるだろう。
端的に言えば、背中を預けられる相棒が必要なんだ……」
その言葉の意味を噛み締めたリオンは、暫く黙って下を向いていたがやがて意を決したように白山に目を向けた。
その目には、なにか決意のようなものが感じられた……
「わかりました。全力でバディとしての役目を全うさせて頂きます」
その言葉に何故か安堵した白山は、リオンの誤解を解く。
「いや、バディとは役目や主従じゃない。
相棒が何を考えて、何を欲しているのか…… それを自分の事のように感じてお互いがサポートするんだ。
だからリオンが危機に陥ったら俺が助けるし、俺が危機に陥ったらリオンに助けてもらう」
不意に、リオンの顔から無表情の仮面が剥がれる。
驚いたような顔が現れて、少しの間沈黙が流れた……
「判りました……」
慌てて表情を取り繕ったリオンは、頷いて言葉短く答えてくれる。
その言葉を聞いた白山は、少しだけ微笑むと黙って右手を差し出す。
少し躊躇いがちにリオンもその手を握り、僅かに微笑んでくれた。
「明後日から少しづつ訓練をして、同じ動作や行動を覚えてもらう。
割りと厳しいから、覚悟しておいてくれよ」
しっかりと握手をしながら、リオンの柔らかな手の感触を誤魔化すように、冗談を口にした白山にリオンが冗談を返した。
「あれ? そう言えば昨夜の出掛けに仰っていた、デザートのおみやげは……?」
「あっ……」
そう言えば、王との食事に出かける間際、白山は確かにリオンに囁いてそう約束していた……
昨夜のグレースからの爆弾投下で、白山はすっかり失念していた。
そう言えば、コーヒーの出処を尋ねるのも忘れていた。
ついでと言っては何だが、調達する必要があるだろう……
今日中に何とかするといって、苦笑する白山を見てリオンも少しだけ微笑んでくれた……
*****
その日は、審議官に証拠を開示する作業が昼過ぎまで行われた。
3人の審議官は、証拠となる画像に腰を抜かしそうなほど驚いていたが、気を取り直すと時系列順そして罪名順に証拠を検討していった。
適切に系統立てて報告書を作成していたおかげか、もしかするともう1日かかるかもしれないと言われていた作業は、昼過ぎには終わってしまった。
審議官達の話によれば、これだけの罪状があるのでは、死罪は免れないだろうとの事だ。
そして、これほど審議作業が早く終わったことに感謝して白山の報告書の出来を褒め称えてくれる。
少し気恥ずかしい気もしたが、自身の仕事が認められるのは嬉しいものだ。
お互いに礼を言って審議官室を出ると、その足で白山は王宮の厨房に向かった。
空いた時間を有効に利用して厨房に足を運んだ白山は、長身痩躯の少し神経質そうな調理長に面会して依頼を告げた。
コーヒーの調達先を聞く事とデザートの発注だった。
この世界でコーヒーは薬として扱われていて、カカの実と呼ばれている事と薬処で入手できることを教えてくれる。
更に在庫の豆も一袋白山に都合してくれた。
そしてデザートを注文すると、自身の仕事を評価されたのが嬉しかったのか、今日の夕食に必ず届けると約束してくれる。
そのお礼として、白山は記憶にあるコーヒー関連のレシピを幾つか伝えると調理長は大層喜んでくれた。
ホクホク顔で、執務室に戻った白山は明日からの仕事に関しての内容をまとめにかかる。
明日はリオンと共に駐屯地の用地となった、ファームガーデンの視察に行く予定だった。
高機動車の燃料を節約する上でも、明日の視察は馬で行こうと考えている。
親衛騎士団から馬を借り受ける手配と、ざっと視察に必要な用品とリオンの訓練で使う装備についてリストアップする。
更に考えれば、用地を見るならば上モノの概算や見積もりも欲しいだろう。
するとその筋に詳しい人間に同行してもらう必要がある。
サラトナの文官が丁度書類を携えて訪れたので、その事について聞いてみるとどこか大手の商会に頼むのが適当だと教えてくれる。
白山の伝手で思い浮かぶ場所といえば、1箇所しか無い……
早速その旨を認めた手紙を作ると城下に出る用がある人に届けてくれるように文官に依頼する。
すると、ここの所仕事が忙しく息抜きができていないと、白山に愚痴った文官が意味ありげな視線を向けてくる。
その意味を理解した白山は、宰相に断ってからな……と釘を差して数枚の銀貨を文官に握らせる。
ニッコリと笑って頷いた文官は、確かに届けますと言って手紙を胸に部屋を出て行った……
こうした融通が利くのは杓子定規な役人にしては珍しいが、世界や文化の違いかと思い、彼に任せておくことにする。
こうしておおよそ明日の仕事の段取りが終わった白山は、ふと空を見上げる。
だいぶ日は傾いているが、日没までは幾らか時間がある。
久しぶりに走るかと考えた白山は執務室に鍵をかけると、カカの実が入った小袋を小脇に抱え私室に戻った。
「おかえりなさいませ」
ソファに腰掛けて革で装丁された本を読んでいたリオンが迎えてくれた。
幾分、朝よりは表情が和らいでいて白山は内心ホッと胸を撫で下ろしていた。
白山が抱えている包みに気づいたリオンが尋ねると、ソファに座りながらカカの実について白山はざっと説明した。
問題は豆で貰ったが、ミル(コーヒー挽き)もなければドリッパーもない。
その辺も代用品や解決策を考えなければならないだろう……
何でも調理長は、乾煎りしてから煮出すと言っていたが、豆が手に入った以上ドリップに挑戦したい。
適当な布を入手してネル(布製のフィルター)を作っても良いかもしれない……
そんな事を考えながら、今日の夕食はデザートに期待してくれとリオンに伝え、何とか約束は守れたなと白山は考えていた。
その言葉にリオンは少し嬉しそうにしながら白山の着替えを準備してくれた。
その仕草に何故か安心感を感じていた白山は、支度を済ませて少し走ってくるとリオンに伝える。
笑顔で見送ってくれたリオンに頷きながら、随分と走る機会が減ったな……と白山は少しぼやく。
それでも重量物運搬や行軍で鍛えた心肺機能は、火を入れるとすぐに反応してくれる。
前回と同様に湖に向けて軽快に走りだすと、汗とともに余計な考えが脇に追いやられ思考がクリアになる。
湖に夕日が反射してキラキラと輝き、走りながらその光景を見る白山は、自然と共存しているこの世界の美しさに感動する。
程なくして、草原に辿り着いた白山の目に人だかりが目に入る。
少しスピードを落とし、その集団に近づくと見慣れた顔がいくつか見えて来た。
そこには軍団長であるアトレアに、第一軍団の面々がヘトヘトになるまでしごかれていた。
アトレアは、白山の改革案を取り入れて集団戦法を積極的に活用していた。
前回、噛み付いた件の連隊長は、アトレアへの暗殺容疑で拘束され解任されていた。
影としてリオンが録音した悪巧みを聞いたアトレアは、その日のうちに屋敷を包囲し、連隊長とその取り巻きを拘束していた。
白山としては、少し泳がせてから拘束するか、決定的な証拠を押さえるつもりだったが、嫌疑だけでも十分な罪だと後に知ったのだ……
「おお、ホワイト殿!」
白山に気づいたアトレアは、白山の方に向き直るとがっちりと握手を交わした。
それを見ていた兵の面々は何とか体を起こして整列しようとするが、白山は手を使ってそれを制する。
訓練で疲れている所に、お偉いさんの訪問ほど厄介な事はない。
それを肌で知っている白山は、敢えてそのままで良いと伝えたのだ。
腕で額の汗を拭うと、白山はアトレアに尋ねる。
「改革と訓練は…… 順調みたいだな……」
チラリと休憩に入った兵達を見やりながら、アトレアに尋ねた白山は幾らか使い物になりそうな実感を覚えていた。
「ああ、最初は戸惑っていたが、ここ数日は集団戦にも慣れてきた。もう少しすれば規模を大きくして模擬戦を行う予定だ」
それを聞いた白山は、後で具体的な訓練メニューを詰めようとアトレアと打ち合わせたが、小声でからかわれる。
「聞いたぞ、3日後にまた叙勲だな。めざましい活躍じゃないか!
それに部隊設立の話も異例づくしだが、まあ、ホワイト殿なら判る気もするな」
そんな冗談を聞きながら、白山は部隊で作成される教本や戦術などは、優先的に第一軍団へ回すことを伝える。
逆に部隊からのフィードバックを返して欲しい旨を白山が伝えると、アトレアは快く応じてくれた。
世間話の中で、いつしか話題は叙勲式での騒動に話が移った。
なんでも最初の白山との邂逅のあと、叙勲の際の騒動を聞き、大層驚いたそうだ……
そして、叙勲式では不在のブレイズに代わり、アトレアが王の直近に立つそうだ 。
「しかし、私の腕でホワイト殿に太刀打ち出来るだろうか……」
アトレアは騒動の発端になった「前」 連隊長の騒動の時に白山の体術を間近に見ていた。
その動きに剣には些か自身があったアトレアも、勝てる見込みは少ないと見積もっている。
そんな不安を汲み取ったのか、白山は地面に刺した訓練用の木剣を2本引き抜くと、1本をアトレアに投げ渡す。
「不安や戸惑いは剣筋を曇らせるぞ。そう思うなら稽古する事だ!」
笑いながらそう言った白山の意図に、アトレアは表情を引き締める。
そして僅かに頷いた後、木剣の具合を確かめるように何度か素振りを繰り返した。
いつものように自然体で立つ白山は、そのアトレアの表情に満足しながら、ゆっくりと頷いた。
「よし、いつでもいいぞ……」
白山も真剣な表情でアトレアと対峙すると、辺りの兵士達も固唾を呑んで見守っている。
大人数が見守っているとは思えない静寂が、辺りを包んでいった…………
ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m