乾杯と爆弾と尋問と
おかしい…… このくだりはサラッと流す筈だったのに……
そんな訳で、今回はグレース無双回になりました。
白山は、突然の話に面食らい王に対して失礼だとは思ったが、思わず聞き返してしまう。
その問いかけに頷いたレイスラット王は、ゆっくりと白山に語りかけた。
「本当だ。グレースに説得されてな……
今の所は、異界の鏡はこの国で扱える者がいない状況であることは、知っておろう。
しかし、それはこの国の人間に限っての事で、そなたなら扱えるかもしれん。
さらに、異界の鏡からもたらされるかも知れぬ軍団は、強大な力を持つともいう……」
そこで、言葉を切った王はグレースに視線を向けた。
その視線に気づいたグレースが、カップを置き白山に向き直った。
「ならば、王家の秘宝であるからと、眠らせたままにするのではなく……
ホワイト様へお渡しした方が、益があるのではないかと思ったのです」
そういったグレースの視線を受けながら、白山は思った疑問を素直にぶつけた。
「私がラップトップ……いや、異界の鏡を入手して元の世界に帰るとは、考えなかったのですか?」
それを聞いた王は、少し笑いながら答えてくれた。
「勿論、その事は儂も考えておった……
だが短いながらも、この国の窮状に手を貸してくれて、更に先を見据えているお主が、王国の現状を見捨てて、早々に帰るとは思えない……
そう、グレースに説き伏せられたのだよ」
白山は自身への過大な評価に、些か背中が痒くなる想いを抱いたが、素直に頭を下げて謝意を表した。
そうしてから目を閉じ、自身の気持ちと素直に向き合う……
正直に言ってしまえば、元の世界にも未練はある……
残してきた仲間の事や、残してきた両親、数えればキリがない。
特に砂漠のど真ん中、それも敵地に置き去りにした仲間達の事は、今でも自責の念にかられてしまう……
それでも、部隊は大きな組織だ。
仲間の事は確かに気がかりだが、俺の穴を埋める人材が居ないわけではないし、結束力や順応性が高い部隊だ。
もとより死傷率の高い部隊においては、常に代替案が用意されており、自分が居なくても、組織の作戦能力には微塵も揺らぎは生じないだろう……
しかし、今のこの世界…… そしてこの国をこのまま放置して、素直に帰還できるかと、自身の心に問いかけると、それもNOと言わざるを得ない。
外敵に怯え、内憂を抱えた国であっても、国民の表情は明るかった……
そして、今目の前にいる王は伝承の勇者に縋るほどの現状においても、施政者として手を尽くしている。
少なからず、この国で親しくなった人間も出来た……
そんな人間を見捨てて冷徹に帰還できるか……
この国に来てから腹決めをした筈なのに、いざとなればこれだけ心が揺れるのかと、白山は自身の心の弱さに内心で呆れてしまう。
心の中で揺れ動く天秤を、強引に手で止めた白山は、ゆっくりと眼を開けると向かい合う二人に視線を向けた……
「もう暫くは、厄介になります。それに……約束しましたからね。
民が幸せになる手助けをすると……」
そう言って白山が視線を王に向けると、静かに笑って王はゆっくりと頷いた。
「改めて礼を言おう。 そして、この国を守ってほしい……」
そう言ったレイスラット王は真っ直ぐな視線を白山に向けて、お互いに笑い合う。
その雰囲気は、お互いの信頼感から醸しだされる柔らかな空気によって、食堂を包み込んでいる様だった。
話題を切り替えようと、白山は給仕に軽く合図をして乾杯用の酒を頼んだ。
言葉だけでもいいが乾杯をして契りを交わす事で、この話題を締めようと思い王にそう提案する。
「うむ」と小さく頷いて同意してくれた王の元にグラスが運ばれて、ワインが静かに注がれた。
それぞれの席にグラスが揃うと、静かに白山が声をかける。
「この国と、そして民のために……」
グラスが目線に掲げられ、それぞれの思いを抱き、グラスを口に運んでいた。
時間も頃合いだ。明日も早いのでこれを飲んだら部屋に戻ろうと、白山はワインを口に運びながら考えていた。
ふと、グレースを見ると、ワインに酔ったのか白磁器のような透明度のある白い肌が、ほんのりと赤く染まっている。
そして、この日一番の衝撃は食事でもコーヒーでもなく、ラップトップの事も意識の片隅に追いやるほどの破壊力を秘めていた……
「お父様、賭けは私の勝ちのようですわね……
約束は覚えていらっしゃいますか?」
少し恥ずかしげに、王に尋ねたグレースはチラリと白山に視線を向けると答えを求めて、王にその視線を戻した。
そして、その言葉に溜息をつくように大きく息を吐き出した王は、やれやれと言った風に苦笑する。
「ああ、覚えているとも……
約束通り、バルザムの息子を婚約者候補から外して、ホワイト殿をその代わりに婚約者候補とする」
突然の王の発言に、白山は飲みかけのワインを吹き出して、大きく咳き込んだ。
その様子を見たグレースが席を立ち、白山にナプキンを差し出してくれる。
白山は果たして、騒動の元凶からそれを受け取っていいのかと一瞬ためらうが、諦めてナプキンを受け取って口元を拭う。
そして、グレースが耳元でそっと囁く。
「私のこと…… お嫌いですか……?」
涙目になりながら、助けを求めて王の方に視線を向けると、ニヤリと悪い笑みを浮かべた施政者がそこには居た……
王にとってみれば、国内の有力貴族を婿に迎えて国内を纏めるのも、鉄の勇者を王家の血筋に入れる事も、どちらもそれ相応の益がある。
助けは期待できないと悟った白山は、覚悟を決める。
白山の席に寄り添い、しゃがみ込むグレースを見ると、精一杯取り繕ってから頭をフル回転させる。
「失礼致しました…… しかし、突然の事で驚いています。
貴族でもない私が王女様の婚約者候補とは、些か飛躍し過ぎではないでしょうか?」
一気に酔いが冷めた白山は、王に向けて先程までの親密さを吹き飛ばす勢いで、静かに語りかけた。
その言葉に王は苦笑しつつも、冗談交じりに語りかける。
「グレースと賭けをしてな……
異界の鏡をそなたへ渡す事にした時、帰還を願うかそれともこの国に留まるかとな……」
そう言うと、グレースが白山の手に重ねられる。
その仕草に、違う意味で心拍が上がる白山はどう答えていいか分からない。
「私は、ホワイト様が残って下さる事に賭けました……」
零れたワインの匂いにまじり、少し甘いようなグレースの香りにクラクラする白山は、短く息を吐き思考を整える。
そっとグレースの手を外して微笑むと、真っ直ぐに王へ視線を送る。
「今は、まず国内外の憂慮すべき問題を片付けるのが先決かと思います。
私が王女様の婚約者候補となる事で、王国に何らかの益があるのでしたら、その情報は、どのように扱って頂いても結構です。
しかし…… 婚姻については事態が落ち着いてから、ゆっくりと考えさせて下さい」
その言葉に二人は違った反応を見せた。
王は、白山が婚約者候補になるという情報の意味と重大さを、正しく理解していると思いニヤリと笑う。
そしてグレースは、自身の婚約者になるという事を避けられたのかと、少し表情を曇らせた……
白山にしてみればいきなり召喚され、ひと月も経っていないのに、叙勲から王女との婚姻話まで持ち上がり、戸惑うしか無い。
それに、軍人として自身の能力を高める事に注力してきた中で、まだ身を固める事は意識していなかった。
30を過ぎた辺りから、結婚については漠然と考えていたが、世界中を飛び回り実戦と訓練を繰り返す日々で出会いなどは訪れない。
それに、この世界で婚姻を結ぶと言う事は、この世界に骨を埋める覚悟が必要になる……
今はまだ、そこまでの事を考える余裕は、白山にはなかった。
*****
少し強引ではあったが話を切り上げ、王へ礼を述べた白山は食堂を後にする。
そして、見送りに来てくれたグレースへ、申し訳なさそうに詫びた。
「決してグレース様が嫌いであるとか、そういった理由ではありません。
ただ…… 私は、この世界に召喚されまだ一月も経っておりませんし、グレース様の事も良く知りません。
ですから、少し落ち着いてから考えたいと思います……」
その言葉に少しだけ頷いたグレースの表情は未だ暗い。
「私は…… もし結婚するならその方の……肩書きや身分と結婚するのではなく、キチンと内面を見てこの人なら、と思える方にしたいと思います……」
やや戸惑いながらも、自身の結婚観について語った白山の言葉は、グレースの胸を激しく揺さぶる。
グレース自身も少なからず、自分の結婚を政略の道具として考えていた……
バルザムの息子は、生理的に受け付けないと言っておきながら、自分でも白山を夫にした場合の利点を、無意識のうちに計算してしまっていた。
白山の言葉に歩いていた足が止まり、視線が下を向く……
自分にとっての恋愛や結婚とは一体何なのかと考え、甘い恋の理想と現実のギャップに気づいてしまい、どうしようもなく悲しくなる。
気づけば頬に流れる涙が止まらない……
白山はグレースの足が止まったことに気づいて、振り返る。
そこに涙するグレースを見た時、どうしようもない罪悪感と焦りに苛まれた。
慌てて駆け寄ると、その涙の意味もわからず自分のせいだと勘違いしてしまう。
「すみません。お気を悪くされたのなら謝ります……」
しかし、それ以上の言葉が出てこない自分の不甲斐なさを呪う。
「違うんです……」
消え入りそうな声で、呟いたグレースの言葉にますます慌てた白山は、言葉を継いだ。
「もし良かったらですが…… 友達からでも…… その……」
白山も、しどろもどろになり、うまく言葉が出てこない。
そんな白山の様子を涙目で見上げたグレースは、少しだけ笑った。
笑ったグレースに少し安堵した白山は、グレースの目線の高さに合わせて姿勢を低くすると、その瞳を真っ直ぐに見つめる。
涙で濡れた吸い込まれそうな鳶色の瞳にドキリとするが、自分を落ち着かせると徐ろに切り出した……
「恋をしたり、結婚するのは、本当にその人の事を好きに…なってからでも、遅くないと思います……
だから…… もっとお互いのことを、良く知りましょう。 そこから始めませんか……?」
戦闘にあっても冷静さを発揮し、部隊を率いてきた白山とは思えない、素面のただの男が不器用に答えていた。
その生真面目さと優しさに触れたグレースは、鉄の勇者という偶像ではなく初めて白山という男を直視していた……
そっと目尻の涙を拭い、微笑んだグレースがその言葉にそっと答える。
「私も……ホワイト様の事をもっとよく知りたいと思い……ます……」
その言葉で漸く少しだけ安堵した白山は、優しく微笑みながら頷いた。
「でも、私の事を知ったら、嫌いになるかもしれませんよ?」
少し余裕の出てきた白山は、そんな冗談を口にする。
その言葉に笑ったグレースは、ゆっくりと首を横に振り、そして白山の頬にそっとキスをした。
呆気にとられた白山は、間の抜けた表情で立ち尽くしている。
その様子を見たグレースは、さっと踵を返すと足早に離れてゆく……
そして数歩歩くと立ち止まり、白山の方を振り返った。
「私の事も、もっと知って下さいね……」
少し赤くなりながらそう言い残して、去っていったグレースの後ろ姿を、白山はただ黙って見送っていた……
*****
ようやく我に返って、部屋へと戻った白山は出迎えてくれたリオンに小さく囁かれる。
「何か、女性の香りがしますね……」
白山の首筋に鼻先を近づけてスンスンと匂いをかぐリオンの姿に、白山の心拍数は、再び上昇する……
白山は、一瞬だけ固まるとぎこちなく言葉を返した。
「そっ、そうか……?
今日は、王女の近くに座っていたからかもしれん……うん……」
そそくさとソファに向かって歩く白山は、そんな答えではぐらかそうとするが、少し眼を泳がせた白山の気配にリオンは敏感に反応する。
受け取った白山の上着を両手に掛けたまま、ツカツカと白山の眼前までリオンが迫る。
それから数分後、白山は完落ちしてリオンの尋問に屈していた……
「おかしい……対尋問の訓練は散々積んでいる筈なのに……」
尋問後、白山がそう呟いたとかなんとか…………
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