帰還と報告と
遅くなりましたが投稿します。
翌日の早朝、白山はリオンを伴って高機動車の運転席に収まってたいた。
昨夜の打ち上げは、兵士達からは非常に好評で、是非またやってほしいと言われる。
しかし、副官は騎士団の予算を考えて渋い顔をして「検討はする」と部下に伝えていた。
白山とリオンは、ブレイズと副官そしてフォウルの見送りを受けて領主館を出発した。
白山は昨夜の出来事を思い起こして、改めて改革の必要性を痛感していた……
*****
打ち上げは、日頃規律を守り、軍の過酷な任務に生きる騎士団員達に、一時の休息を与えていた。
この世界の軍隊では、個々に酒場に行く事はあってもこうして全体で酒を酌み交わす習慣はあまりないらしい。
部隊での酒類も、精々食事の際に出されるコップ1杯のワイン程度との事で、最初は遠慮していた兵士達も、酒が進む度に方々から笑い声と、歓声が聞こえてくる。
白山の戦闘を見ていた先行隊の数名と地元騎士団員が、その活躍を身振り手振りで大げさに伝えている。
少し誇張されているが、白山は大目に見て今回の功労者だった副官に酒をすすめる……
にっこりと笑いながらその盃を受け取った副官は、静かに目線まで掲げると、ゆっくりと味わいながら飲んでいる。
今注いでいるのは、近隣の村で作られた件のワインだ。
大雑把な性格の割に、味にうるさいブレイズもこのワインには、太鼓判を押している。
酒も回り宴も終盤になった頃、スッと横にフォウルがやって来て白山に耳打ちする。
「少々ご足労願えますでしょうか? 家人からお礼を申し上げたいのですが……」
その言葉に、先程のフォウルとの会話を思い起こした白山は軽く頷いてから、フォウルの後に続いて領主館の中へ入る。
連れて行かれた先は、厨房に隣接している使用人達の休憩スペースだった。
清掃用具や備品がキチンと整理されて置かれており、質素なドアを開けると使用人達の食堂になっており、大きなテーブルが備えられている。
そこには、調理人やメイド、庭師ら10名前後が居並んでいた……
白山が姿を現すと、彼らは一斉に立ち上がり深々と頭を下げる。
そこにフォウルが静かに、1本のワインを手に歩いてきた。
「伯爵のワインセラーはこの地下にありまして、何故だか1本だけ所在のしれないワインがあるのですが……
一体、何処へ消えたのでしょうね?」
そう言いながら、イタズラっぽい笑顔を白山に向けるフォウルは、洗練された手つきでワインを抜栓して、白山のグラスに注ぐ。
その赤い液体は瑞々しい香りを漂わせ、白山の鼻孔をくすぐる。
グラスを受け取りながら、「不思議な事もあるもんだな……」と笑顔を見せた白山は使用人達に視線を向ける。
先日までは伯爵の拘束で、悲壮感の漂っていた表情に、今は幾らか安堵の表情が見える。
金貨を渡したのは間違いではなかったと白山は安堵しながら、ふと全員が自分の言葉を待っていることに気付く。
徐ろにグラスを掲げた白山は、言葉短く乾杯の挨拶をする。
「皆の未来に!」
それぞれが白山が提供したワインを木のコップに注ぎ、それに答える。
そこからは、控えめながらも賑やかな使用人達の最初で最後の宴が催された。
順繰りに白山の元を訪れては、礼を述べこれからの生活や身の上について、語っていく。
メイドのうち半数程度は、周囲の村や街の中の出身で実家に帰るらしい。
それ以外の身寄りのないものも、白山の与えた金で身を立てるか、小さな商いを始めるなど、未来について語ってくれる。
コックなどは、これまで貯めた給金と白山の金で港町で食堂を開くそうだ……
夜も更けてきた頃、少し年かさのメイド長が「明日も仕事があるから」とお開きを宣言すると、少し残念そうだったが仕事柄、皆テキパキと後片付けを始めた。
フォウルが白山の客室まで見送ってくれる。
「フォウルさんは、これからどうするんですか?」
白山はふと、この執事だけが将来の事を語っていないことに気づき訪ねてみた。
するとフォウルは苦笑しながら、その問に答えてくれる。
「まだ、先のことは考えられませんね……
この家で30年近く仕えてまいりましたし、年も年ですので……」
そう言って力なく笑ったフォウルは、家相もつとめていたフォウルは、次の代官に引き継ぎを済ませてから考えると答えた。
その言葉に頷いた白山は、儚げなフォウルの笑みに言葉を返せずに部屋へ戻っていった……
*****
道中は、つつがなく進行した。
2度目の往復になるので関所や見張りも白山の事を覚えており、すんなりと通過できる。
馬車や旅人が驚く姿は相変わらずだが……
リオンは、行きの道中と同じようにM2重機関銃のタレットに立ち、前方を見据えている。
本人曰く、風と見晴らしが好きなのだそうだ……
1度野営をして3日目には、無事王都にたどり着く。
ここの所王宮や領主館など屋根のある場所で眠ることが多く、白山は久しぶりに野外での宿泊を選んだ。
少しは野外に体を慣らしておかないと、今後長期の作戦を行う場合などに、支障が出るかもしれないと考えたからだった……
城下は危惧していた貴族の逃亡で殺伐としているかと思いきや、至って平穏で人々は日々の生活に勤しんでいる。
やはり貴族の失踪などは、日々の暮らしには関係ないのだろう。
しかし、城門を過ぎて城に入るといつもと違う緊張感を感じられる。
衛兵の目に鋭さが感じられ、向けれられる視線はいつもより固かった……
すでに専用となった駐車スペースに高機動車を乗り入れると、手早く装備を格納してから書類を手にサラトナの執務室へ向かう。
帰還の報告と報告書を届けなければならない。
それに、王への帰還の挨拶もする必要があるだろう。
そうした諸々の雑事は、部隊に居た頃も今も変わらないなと、白山はふと考えて笑いそうになった……
面会のアポイントはなかったが、白山が訪問を告げるとすぐに執務室に招き入れられる。
数日ぶりに面会する宰相は少し疲れたような表情で、白山に固い笑みを浮かべる。
「伯爵の捕縛、まずは成功といったところだな……」
白山はその言葉に頷いてから、執務机で書類と格闘してたサラトナへ自身が作成した書類とブレイズからの報告書を置く。
書きかけの書類を脇に追いやり、その報告書に目を通し始めると、驚いた様子で食い入るようにそれを読み始めた。
ほっとしたように息を吐きだし、報告書を机に置くとゆっくり立ち上がりソファの方に歩み寄ってくる。
壁際の陶器の器から琥珀色の蒸留酒を注ぎ、ひとつを白山に勧めた。
「これだけの証拠があれば、貴族派からの擁護や脅しも跳ね除けられるだろう……
しかし、ホワイト殿の報告書にある数字は一体何かね?」
白山は自分の報告書に時系列順に数字を振っていた。
説明するよりは実際に見せたほうが早いだろうと、傍らに置いたタブレットから画像を呼び出す。
その映像を見たサラトナは、驚いた様子でグラスを持つ手を止め、その画像の鮮明さに驚く。
指でなぞりながら画像を切り替える白山の動きで、我を取り戻した宰相はその画像が持つ意味にさらに驚いた。
「この板は一体…… 魔術? いや失われた魔法でもここまで鮮明な絵は……」
そう言いながら、タブレットに釘付けになるサラトナは慌てて報告書を机から引っ掴むと、報告書の番号と画像を見比べる。
そして突然、大きく笑い出した……
「ふははははっ、これは愉快だ。本人と証拠の財貨を待つ必要もないな。クククッ……」
突然笑い出した意味がわからなかった白山は、怪訝そうな顔を浮かべていたがその表情に気づいたサラトナは説明をしてくれる。
今回伯爵は証拠となる財貨や書類とともに王都へ護送され、それらを王都で吟味した後裁判が開かれる予定だったとの事だ。
だが、今回白山が持ち込んだ証拠の画像は、現物を運び込む手間を大幅に削減できるとの事だった。
港町で出発準備をしているブレイズ達は、これから証拠の品を手配した馬車に積み込みそれを護衛しながら進むので5日後の出発になる。
それから足の遅い馬車を伴っての行軍になるので、5日はかかるだろう。
これを運び込んでから証拠の審議を行うと、どれだけ急いだとしても裁判の開始は2ヶ月はかかる。
しかし、白山が持ち込んだ報告書と画像はそれに変わる証拠足りうると、サラトナは判断していた……
「この時間は貴重なのだよ……
何しろ、こちらは裁判に持ち込む証拠を到着後に精査しなければならないのに、貴族派は概ね伯爵の仕業を知っているのだから、横槍や妨害が容易い。
だが今から証拠の分析が出来れば、奴等に付け入る暇を与えずに有利に事を進められるだろう……」
ニヤリと凄みのある笑みを浮かべたサラトナは、明日は審理にかかる人間に、報告書の内容と画像を見せてやってほしいと依頼する。
その言葉に頷いた白山は、気になっていた逃げ出した貴族達についてサラトナに尋ねた。
その言葉に、笑みを崩さずサラトナが答える。
「なに心配は無用だ。こうなる事は予想していたからな…… すでにこちらの人間を送り込む手配を進めているところだよ。
多少の混乱はあるだろうが、それも最小限で済む。それより裁判が紛糾して対立が表面化するほうがよっぽど不味い……」
そう言ったサラトナは蒸留酒を一息に飲み干し、気持ちを落ち着けるように深く息を吐く。
そして、思い直したように白山に話しかける。
「王への報告はまだだろうな?
明日にでも面会の手続きをしておくから、覚えておいてくれ……」
ここの所、王も逃げた貴族の後始末で書類や対応に追われているとの事だ。
「そうだ、出発前に話し合っていた部隊の設立だが、正式に認可が降りて、用地の目処もついているぞ……」
思わぬ進展の速さに、驚いた白山は思わず本当ですか?と聞き直す。
その言葉に先程までの凄みのある笑みではなく、柔和な笑顔を浮かべるサラトナは、机の引き出しから王家の紋章入りの羊皮紙を取り出す。
それを白山に渡すと、自身のグラスに蒸留酒を注ぎソファに座り直した。
羊皮紙に書かれた内容は、王の名において王直轄となる装備戦術研究部隊を編成すると王令が布告されていた。
2枚目には細則が記載されそこには、こう書かれていた……
・装備戦術研究部隊は王家直轄として、名誉騎士ホワイトを初代部隊長とする。
・部隊の規模は上限を2000名とする。
・同部隊は装備及び戦術を調査研究し、その結果を各軍団長を通じて反映させる。
・予算は年間金貨2000枚とする。
・根拠地は王家所有 ファームガーデンを充てる。
・有事の際には親衛騎士団の一部隊として行動する。
・平時における作戦並びに軍事行動については、軍務卿の裁可を得る事とする。
概ね、白山とサラトナが協議してまとめた結果が反映されていたが、最後の一文が書き加えられている……
おそらくバルザム軍務卿がねじ込んだのだろう。
「最後の一文は、軍務卿の横槍ですかね……?」
その言葉にサラトナはゆっくりと頷くと、口を開く。
「その程度なら問題ないだろう…… その要求を飲む代わりに、他の条文には一切手を加えられていないからな」
想定の範囲内と言えるだろう。もう少し縛りがキツイかと思ったがそれほどでもない。
この条文の抜け穴を見抜けていれば違っただろうが、どうやらその様子も見られない。
「このファームガーデンとは、何処になるのですか?」
白山の問に、サラトナは大きめの羊皮紙を持ち出し、机に広げる。
そこには精緻とは行かないが、ある程度詳細な王都周辺の地図が描かれていた。
「王都の城壁から東に馬で少し走った先へ、10年ほど前まで王家に収める食料品を作っていた農場があるのだが、そこを使うことにした」
サラトナが指差す先をおおまかに見て、タブレットから同じ場所を探しだした白山は、木造の柵で囲われている大きな土地を見つける。
成程ここなら適当だろうと、思った白山はあとで王に礼を言わなければと考える。
「配慮ありがとうございます。後日、現地を視察してきたいと思います」
その言葉に頷いたサラトナが続ける。
「少し傷んでいるが、建物は頑丈だ。
手を入れれば、それなりに使えるだろう……」
そう言ったサラトナの言葉に修繕費を考えた白山が、資金に目を移す。
金貨2000枚は、大金だ……
だがこの世界での物価や調達価格がハッキリとしていない白山には、これで足りるのかと不安になる部分もある。
ただし、この点については財務卿やブレイズ達にも相談して決めた内容なので問題はないだろう。
これで部隊設立のお膳立ては揃った……
これから忙しくなるだろう。
時間は限られているし、おそらく皇国の侵攻までギリギリになる。
欲を言えば銃が欲しいが、無い物ねだりをしても始まらない。
あるべき物で最善を尽くすしかない。結局はいつもとおなじだ……
サラトナに礼を言って、帰ろうとした時不意に背中から声をかけられた。
「そうだ、4日後 2個目の名誉騎士章授与があるから、空けておいてくれ……
ただし、今回は叙勲だけで終わりだ。
前回のような式典はないから、安心してくれ」
その言葉に少し苦笑しながら頷いた白山は、迅速に動いてくれた宰相に礼を言い、執務室を出る。
そして、すぐ近くにある自身の執務室に入った。
入り口の南京錠を眺め、異常の有無を確認して外すと、数日入れ替えしていない空気がまとわりつくように流れ出る。
室内に入った白山は、室内の様子を確かめると、窓を開けて空気を入れ替えながら大きく体を伸ばした。
すこし長距離の運転で体がこわばっているが、今は仕方がない。
椅子に腰掛けると、今後の懸案事項について考える。
人員、そして装備と運用体制……考えることは山ほどある。
白山は時系列に基づいて、ノートにメモを取る。
徴募の素案と入隊の選抜基準、更に初期で揃える人員に与える装備と被服・装備の交付
自分で言い出しておきながらこりゃ大変だと、黙って手を動かした……
これまでも他国の軍隊の設立支援や部隊教育は実施していたが、それは組織としてのバックアップがあって初めて可能だったのだ。
例えれば運用や部隊の行動基準には、富士の教導団やIPCATng(国際活動教育隊)更には外務省からも資料や協力が得られた。
それを単身で行わなければならないのだから、先が見えない……
今は、黙って手を動かすしかない……
そう考える白山は日暮れ近くまで集中して、これから設立する部隊の内容を書き出していった…………
仕事が押しており、少し投稿が送れるかもしれませんがボチボチ更新していきますので、よろしくお願い致します。
ご意見ご感想、お待ちしておりますm(__)m