捕縛と今後と
ドアを押し開け部屋に戻った白山は、爆破の成果を確認する。
綺麗に吹き飛ばされた鉄製のドアは、大きなへこみと黒ずみをこしらえ、部屋の内側 数メートルの場所にバタリと倒れていた。
どうやら閂と蝶番を破砕され、爆破の衝撃によって周囲の石枠に叩きつけられた扉が跳ね返ったようだ……
爆破の衝撃で割れた窓から潮風が舞い込み、埃と薄い煙が少しづつ排出されている。
既に日没を過ぎた室内は、すべての照明が消え去り薄暗い闇に沈んでいた。
白山はM4に取り付けられたフラッシュライトを照らし、室内の様子を確認しつつ慎重に隠し通路に近づいていった。
埃と煙に眩い柱を描きながら照らす光線に、石造りの階段が浮かび上がる。
安全が確認されると、白山は副官に先に行く旨を叫び階段に向けて歩き出す。
少し土の匂いとかび臭い感のある空気を鼻孔に感じながら、階下を警戒しながら折り返し階段を下っていく。
所々建材がはみ出した壁があり、この隠し通路が領主館の建設時に巧妙に隠されて制作されたものであることを伺わせている。
人の気配が少ないことを認めた白山は、少しペースを上げて階段を下る。
先行する伯爵に追いつければ良いのだが、逃走されていた場合、捜索の手間が増えるだろう。
警戒は緩めずリズミカルな足運びで、階下に向けて白山は急いだ。
石造りの構造で、音が反響する現状では秘匿して接近するのが難しいだろう。
それならば素早く距離を詰めるべきだと考えた白山は、踊り場で死角を警戒する以外は滑るように下っていく。
それは突然、白山の眼前に現れた。
フラッシュライトに照らされた壁面で反射光が発生する。
男の影がその反射光で僅かに白山の足元に映る。
咄嗟にその脅威に反応した白山は、剣を胸に抱いた状態で潜んでいる男に直接フラッシュライトの光を浴びせる。
これまで暗がりに潜んでいた男はその眩い光に眼をそむけ、白山の姿を見失う。
しかし、白山には光柱の中で浮かび上がる男の姿がハッキリと認識できていた。
直後、白山はM4の銃口を男の喉元に叩きこむと、下の踊り場まで突き飛ばした。
エイリアンの鳴き声の様な苦悶の呻きを上げた男は、石造りの踊り場に叩きつけられバウンドすると剣を取り落とす。
その様子を見た白山は、素早く階段を降りて男の腹部に駆け下りた勢いを利用して蹴りを叩き込んだ。
「ガッ」っと、声にならない悲鳴を上げた男は、崩れるように意識を失った。
男の剣を取り上げ4回ほど階段を折り返した辺りに剣を捨てた白山は、脅威への対処で遅れたペースを取り戻すべく足を速める。
程なくして、階段が終わり長い通路に降り立った。
通路は所々で地下水が滴り落ち、高さは2m程だろう。横幅は1.5m程ですれ違うのがやっとの広さだ。
通路はやや蛇行しているが、ほぼ直線になっておりフラッシュライトで奥を照らすと微かに扉らしきものが見えた……
白山は扉を確認すると走り出し、先を急いだ……
*****
爆発音が鳴り響いて、伯爵は思わず足を止めた……
何が起きているのか分からないが、扉が破られたのだろうか?
これまで感じられなかった風の流れが頬に感じられ小さく毒づいた。
伯爵は自分と同様に怪訝そうに立ち止まった先導する私兵に、一人ここで足止めを命じて先を急ぐ。
運動不足からなのか、息を切らしながら長い通路を進み終えた伯爵は扉を開けはしごを登った。
妻と娘がはしごで文句を言っているが、ここで立ち止まる訳にはいかない……
黙らせて上から引っ張りあげると、すぐに私兵が家具を動かして床にあるる四角い出入口を塞いだ。
あとは、夜が更けるまで付近で身を潜める……
呼吸を落ち着かせながら一息つけていると、重しにした家具の下から僅かに扉が開く音が響いた。
しかし、伯爵達一行はその音に気づかなかった……
*****
白山は急いで進んできた通路の終端で、扉の様子を観察していた。
先程のように扉の影に何者かが潜んでいる兆候はないか。
耳を澄ませて内部の様子をうかがう。
白山の感覚は、僅かな温度変化や何かの化粧品のような匂いから、人の気配を感じていた。
『近い……』と、その徴候から判断した白山は、むやみな発砲が伯爵を殺害してしまう場合を考慮していた。
出発前の会議では、抵抗された際はやむなしとの事だった……
だが、宰相曰く王都に連行し正式な手続きを経て刑に処す事が、貴族派に対する影響を考えると最適だと聞かせてくれた。
今回の作戦では伯爵の性格や行動について詳しく知るすべはなかったし、写真がないこの世界では、人相を確認もできない。
そう考えるとここから先は、むやみな殺傷は避けるべきだろう……
そう考えた白山は、扉をわずかに開けゆっくりと内部を確認する。
その中は煙突と言うか、井戸のようになっており金属製のはしごが設置されていた。
M4を背中に回し腰からSIG(拳銃)を抜き出した白山は、ゆっくりと上部を確認する。
はしごを少し登ると板張りの床を歩く音が聞こえ、少しではあるが衣擦れや、会話の断片らしきものも拾える……
『追いついた』
そう感じた白山は、どうやって中の人間を無力化するかを素早く考える。
はしごの終端へ近づいた白山は、左手でゆっくりと上蓋に力をかけるが、何かが載せられているようで重い手応えが返ってくる。
しかし持ちあげられないほどではない。
だが、素早く室内に入り込み制圧するには具合が悪いだろう。
これで選択肢がひとつ減った。
少し考えた後、白山は残り少なくなったグレネードポーチからCNとペイントされた銀色の手榴弾を取り出す。
左手で手榴弾を保持して、右腕をはしごに回し体を固定するとピンを引き抜く。
一段高い位置のはしごに足をかけ脚力を使って上蓋を肩で持ち上げる姿勢になると、ジリジリと足を伸ばし上蓋を起こす。
手榴弾が入り込む程度の隙間が出来た時点で手榴弾を室内に押し込むと、脚を縮め素早く上蓋を閉じた……
室内からは突然発生した煙に悲鳴と咳き込む音が響き、阿鼻叫喚の様子を呈している。
はしごを降りた白山はその声を聞きながら、首元のシュマグを押し上げて騒ぎが治まるのをじっと待っていた……
暫くすると、通路から松明を持った副官達が足早にこちらに近づいてくる。
フラッシュライトを軽く点滅して自身の存在を示した白山は、合流するとざっと現状を説明した。
「催涙剤とは、何とも怖い代物ですね……」
すっかり静かになった上部の様子を呆れるように伺いながら、副官は小声でそう白山に返答した。
その言葉に苦笑した白山は、そろそろ頃合いかとはしごを登り室内に侵入していった……
室内には2名の人間が転がっており、涙とその他の体液で顔をぐしゃぐしゃにした私兵が一人と若い男が床に倒れている。
ガスの放出は終わっていたが、室内にはまだ充満しており素早く窓をあけて換気した白山は、2人の命に別状がないことを確認すると周囲に目を向けた。
次の部屋に通じるドアが開け放たれており、そこからも咳き込む音と悲鳴が聞こえてくる……
白山は豪華な衣装に身を包んだ年かさの男女を横目に見ながら、黙ってドアや窓を開放してガスを拡散させていった。
少しすると、港町特有の潮風が室内に吹き込み、ガスの濃度が下がってくる。
最初の部屋に戻ると、床の通路に声をかけて副官達を呼び込んだ……
副官達は、ガスの残り香でやや咳き込んだり眼を潤ませながらも、何とか任務を遂行していった。
「目をこするなよ」と注意を促しながら、白山も捕縛を手伝う。
これが伯爵との初対面だった……
「ごほっ、貴様…… 何者だ……」
充血し涙でかすむ視線を向けた伯爵は、顔を歪めながらも白山を睨みつける。
白山は、フェイスペイントで緑に塗られた顔を伯爵に向けながらそれに答えた。
「王の軍相談役を拝命している、ホワイトと申します。
マクナスト伯爵、貴殿には王家への反逆、及び公金の横領等によって捕縛の命令が出ております」
プラスチック製の簡易手錠を後ろ手にはめながら、無表情にそう答える。
「貴様が、鉄の勇者か……」
伯爵が吐き捨てるようにつぶやく。上体を白山に起こされながら、諦めたように肩を落とした伯爵は激しく咳き込む。
豪華な服を着て貴族としての威容を誇っていた伯爵も、催涙ガスに当てられ体液で顔がぐしゃぐしゃとなり見る影もない。
副官が王家の印章が押された拘束命令書を伯爵に示し、伯爵とその家族を連行してゆく。
外に回していた兵士達とも合流して、外に出ると騒ぎを聞きつけた住人が集まっており不安と好奇心の入り混じった視線をこちらに向ける。
ひとまず、無事に作戦は終了したといえるだろう……
予定が早まったり計画通りに事が運ばないのはいつもの事だ。
水筒の水で少しヒリヒリする目を洗い流した白山は、領主館へ伯爵を連行する為に用意された馬車に乗り込むと、やっと一息ついた気持ちだった……
*****
伯爵を拘束した後、白山達は事後処理に追われていた。
白山は別々の部屋で隔離された伯爵達を確認すると、リオンの元に戻りOP(観測所)の撤収と武器装具の回収を行う。
そして、今は領主館の一室で簡単に整備作業を行っていた。
副官の判断によって、戦闘によって所々破損しているが丈夫な造りになっている領主館で、本隊が到着するまで待つことになった。
今回の一件で捕縛されたのは、私兵が22名うち18名が死亡 2名が重症 軽症が2名だった。
マクナスト伯爵家は伯爵本人と妻、息子と娘が1名づつ捕縛され現在は見張り付きで私室に拘束されている……
本来であれば、貴族への配慮として服毒が許されるのだが今回は貴族派への牽制も含め、王都での処刑が行われる事になっている。
白山としては死刑にするために生かして捉えるとは本末転倒な気もするが、今後を考えれば已む無しと割り切ることにした。
翌日、装具を積み込むために馬車を用意してもらい、高機動車を隠匿していた村に出向いた。
車両をピックアップした白山は、港町に車を走らせる。
領主が捕縛されたという話は、すでに街中に知れ渡っているが黒い噂がつきまとっていた伯爵だけに、さもありなんと冷静に受け止められているようだ。
逆に、領主の捕縛よりも白山が高機動車で乗り付けた方が騒ぎになりかける。
同乗した車両見張りの騎士が道を開けさせる始末に、運転しながら白山は苦笑するしかなかった……
領主館に到着して装備の積載を終えた白山は、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。
明日ブレイズ達の親衛騎士団本隊が到着すれば、また忙しくなる。
あてがわれた領主館の客室で、ゆったりとソファに腰を下ろし、今後の活動や軍の改革について考えを巡らせていた……
王都に戻れば、部隊の設立について色々とやらなければならない事が山積みになる。
優先順位を考えて少しづつ進めていくしかないだろう……
部隊の徴募に訓練内容、装備品の選定やら考えることは限りない。
思いつくままメモを走らせ、次に何が必要かを考えていった。
ふと、そうしていると来客を告げるノックが聞こえてくる。
対応したリオンが部屋に招き入れたのは、真剣な表情をした副官の姿だった…………
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