合流と観測所と
はい、前回の答え合わせですが……
赤い点がついている位置が商会の位置です。(234 020)
お分かり頂けましたか?
白山が宿に戻ったのは深夜を過ぎた頃で、当然宿の入口は固く閉ざされていた。
断りを入れて玄関を開けてもらってもいいが、それ相応の言い訳が必要になるだろう。
仕方なく宿の裏手に回った白山は、小石を窓に投げリオンに合図する。
細めに開いた窓からリオンの顔が見えた。
少し手を上げて自分であることを示すと、すぐに窓が閉じ程なく玄関の閂を外す音が小さく聞こえた。
白山が玄関に向かうと、リオンが小さく頷く。
スッと宿屋に潜り込み足音を立てないよう注意しながら、部屋に戻った。
白山は現代との認識のズレをうっかり忘れていた……
現代的な感覚ならホテルや宿は何時でも入れるが、この世界では日暮れからしばらくすれば宿屋といえど寝静まるのだ。
部屋に戻った白山は、水を少し飲んで落ち着くと装備を外して、ベッドへ横になった。
明日からは厳しい日常になる……
少しでも体を休めたかった。
ランプの消えた室内は暗く、ふと思い出した白山は回収してきたケミカルライトをズボンのポケットから取り出しベッドサイドに置いた。
赤い光が周囲に届き幾らか視界が開けた。
すると、後ろを向いていたりオンが同じようにレイピアを外し、ベッドの横に立てかけるのが見えた……
白山は今思い出した…… この部屋のベッドは…………
リオンはゆっくりと少し躊躇うようにベッドに潜り込んでくる。思わず背中を向けた白山に、リオンが体をくっつけてきた。
体温が少しづつ感じられ、静かな室内に息遣いだけが聞こえる。
白山の背中にしがみつくように寄り添うリオンは、何かを待つように動かなない。
内心でため息を吐いた白山は、体の向きを変えリオンの頭の下に腕を差し込んだ。
腕枕でリオンの方に少し顔を向けた白山は、小さく話しかけた。
「明日も忙しい。できるだけ体を休めてくれ……」
下にした手でリオンの頭を撫でた白山は、そう言って眼を閉じる。
何かを諦めたように、リオンは白山の胸に顔を寄せると、やがて小さな寝息を立て始めた。
少し安堵したような、残念な気持ちを若干感じつつ白山も、ゆっくりと意識を手放していった……
*****
DAY-2
翌朝、鳥の鳴き声で眼を覚ました白山は、腕の中で眠るリオンの安らかな寝顔を見て、ふと優しい表情をこぼした。
部屋には木窓の隙間から朝日が差し込んでいる。
そっとベッドを抜けだした白山は、部屋の入口に仕掛けてた簡易トラップを外してから部屋の木窓を開けた。
途端に新鮮な潮風と眩い朝の日差しが部屋に差し込んでくる。
水差しからコップに水を注いだ白山は、喉を鳴らしてそれを飲むと、眼を細めながら外の景色を眺めた。
程なくしてリオンが起きてきた。
その顔には不思議な物を見たように驚いた表情が浮かんでいた……
白山は声は出さず「どうした?」とリオンに視線を投げかけて、軽く首を傾げる。
その様子に、自分自身でもびっくりしているのか小さくリオンが口を開いた。
「こんなに深く眠ったのは、生まれて初めてかもしれません……」
リオンは深く考えるように、視線を落としていたがやがて顔を上げ、言葉を紡いだ。
「お早うございます」
その言葉とひと目で演技ではないと分かる笑顔に、白山も笑い返し「おはよう」と短く答える。
交代で荷物の番をしながら洗面と着替えを済ませてから、白山達は1階に降りて朝食をとった。
今日の朝食は香辛料で風味付けられた大ぶりな肉と野菜のスープに、大きな焼きたてのパンだった。
朝食を取りながら、白山は今日の予定について反芻していた。
昼の船でブレイズの副官に率いられた先発隊が4名到着する。
彼らの任務は、証拠となる不正蓄財がどこかに運ばれた場合、それを確保するための人員だ。
彼らとの邂逅の後はいよいよ観測所の設置になる。
ここからは厳しい行程が数日続くだろう……
朝食を終え荷物を持って宿を出た2人は、ブラブラと街を散策しながら、ルートについての下見を行う。
おおよその接近ルートの下見を済ませた後は、街中の食堂で昼食を済ませてから、港湾事務所に赴いた。
そこには、事前の打ち合わせ通り副官達が到着しており、白山達を見つけると驚いた様子で歩み寄ってくる。
「久しぶりじゃないか! こんな所で何をしてるんだ!」
副官の芝居に付き合って、おおげさに握手と抱擁をする白山は、内心で副官がしっかり演技の内容を覚えていたことに安堵していた。
これも偽装の一環で、夫婦と旅の男達が再会しても不自然ではないように偽装する為、事前に打ち合わせていた内容だった。
再会を喜ぶ演技を続け、白山とリオンに旅の仲間を紹介しながら、一行は外に歩き始める。
程なくして1件の酒場というか食堂に足を向けた白山達は、そこで食事と酒を頼み、奥の個室に陣取った……
白山とリオンは、今後を考えて果実水でわずかに口を湿らせる程度だが、偽装を考えて副官達にはある程度飲み食いをしてもらう。
酒場の人間が料理や酒を運び終えると、徐ろに副官が口を開いた……
「これまでの所、問題なく作戦は推移していますが貴族派に情報が流れている節が見受けられます……」
これまでの表情を切り替えた副官がそう切り出した。
今回のブレイズ達が率いる親衛騎士団の出立は、既に準備が進められており予定通り明日出発の予定だそうだ。
しかし名目上、演習に出発するという親衛騎士団の動きに対して、貴族派が疑念を持っているとの話だった……
この話がもしマクナスト伯爵に伝わった場合、不正蓄財の運び出しが早まるのではと副官は懸念していた。
その話を聞いた白山は、少し考えてから副官にこう告げた。
「万一、予定が早まったとしても実施する作戦の内容には変わりがない。その点については柔軟に対応しよう……」
その言葉を聞いた副官は頷いて、白山が手渡したケースを大事そうに受け取った。
その中には、携帯用無線機が予備の電池とともに収められていた……
作戦の詳細を検討する中で、白山達と副官の連絡手段が問題になったが、白山は高機動車に積んであった個人用無線機の予備を持ってきて、問題を解決した。
出発までの事前準備で副官に使い方を教え、問題なく意思疎通が出来るようになっている。
この無線は半径10Kmは通信可能なので、街の中で使用する分には何の問題もないだろう。
ひとしきり、作戦についての話を終えると白山達は、作戦の準備のために席を立った……
港に向けてゆっくりと歩き近くの店で早めの夕食をとった2人は、夕暮れ時の港を散策する風を装いブラブラと北に向けて歩く。
そして辺りが薄暗くなった頃、裏口から倉庫の中に入っていった……
*****
倉庫の中は相変わらず暗いが、白山はポケットから小さなナビゲーション用のライトを出し、赤い小さな光を頼りに荷物の方向へ進む。
昨夜準備した状態と変わらず荷物は並べてあり、白山は注意深くそれらを見回してから誰かが触った痕跡がないかを探す。
幸いなことに、装備に結んでいた糸やコヨリもそのままで、扉も開けられた形跡は見当たらなかった……
その様子を確かめると、ケミカルライトを折り赤い光のなかで白山達は身支度を始めた……
偽装のために着ていた現地の服を脱ぎ、迷彩服に着替えた白山は装備を整えると、手早く顔にフェイスペイントで迷彩を施す。
自分の支度が終わると、リオンに合図を出して見張りを交代する。
そうしてリオンも迷彩服に袖を通した……
リオンが来ている迷彩服は、仲間の背嚢にあった物で、サイズが合わなかったので城のメイドに頼んで、サイズを合わせてもらっていた。
まあ、メイド達が迷彩服の縫製に驚いていたのは余談だろう……
手早く髪をまとめてから黒い頭巾をかぶったリオンは、今朝までの少女の顔から影としての冷たい雰囲気を纏わせている。
お互いの格好に不具合がないかを確認した2人は、街の喧騒が静まる深夜までじっと待ち続けた……
倉庫から見える街灯が消え、周囲には波のかすかな音以外響かなくなった頃、2人はようやく動き出した……
ブッシュハットをかぶり、ずっしりと重い背嚢を背負った白山は、リオンを後に従えてゆっくりと倉庫を出る。
倉庫の中に白山達の痕跡はひとつもなく、それらは出発までに全て消してあった。
一人ずつ、道路を横断してから素早く裏路地に身を隠し、昨夜の宿の裏手を進んでいった。
白山が動きを止める……
この先は家畜小屋になっており、管理小屋には人は居ないが番犬がいる可能性がある。
丘を登り遠ざかった2人は、極力音を出さないようにゆっくりと移動していった……
幸いなことに静かに家畜小屋からは犬の鳴き声はせず、牧草地と丘の際を慎重に歩いて行った。
程なくして領主館に通じる道路に行き当たった白山達は、カーブの付近を見回し、事前に偵察画像で調べてあった小道を探しだす。
そして小道を通りながら、一旦領主館とは反対方向に向けて進んでいった……
北に向けて曲がる小道を辿りながら、目的地である山頂に進めるゆるい傾斜を探し、時折止まって周囲の音を確かめる。
林の中は静寂が支配しており、時折聞こえる虫と風の音以外は、何も聞こえない……
3mほど離れているリオンに、道を外れて山頂を目指すことを手信号で伝えると、指を立てて頷いてくれる。
出発前の事前訓練で、基本的なことは教えていたがリオンの飲み込みは早く、あっという間に理解していった。
傾斜に足を取られないように注意しながら、300mほどで山頂の平坦な部分に到着した。
1時間半程度かかって到着した山頂は、周囲を木々に囲まれており人が立ち入った痕跡も少なかった。
平坦な道に安堵しながら、木々を揺らさないように注意しつつ領主館に向けて歩き出す。
少し歩くとくだりの傾斜が感じられてきて、少し周囲が開けてきた……
暗視装置で周囲を確認した白山は、目的通り領主館を見下ろす位置に到着したことを確認して、ゆっくりと背嚢を下ろした……
夜明けまでは数時間しかない。それにこの世界の住人は朝が早いので作業は手早く行う必要がある。
背嚢に括りつけた偽装網を広げ、領主館に面した下り斜面にそって展開する。
これは目隠しとして、作業する白山達を隠す為の偽装だ。その下でおおよその方向を定めて木の棒を地面に何本か刺す。
こうすることで地面に作る観測所と観測対象の方向を定めて、正しい方向に穴を掘ることが出来る。
目印となる棒を刺した白山は、背嚢に括りつけたショベルを使って、おおよその観測所の大きさを図る。
シャベルは概ね長さが1mなので、寝かせればおおよのその長さが判るのだ……
2m四方の四角を測った白山はシャベルを使い、腐葉土を集めるとリオンが作業に加わる。
持参した土のう袋に落ち葉を集め、観測所の脇に積み上げてゆく。
そして、表土が見えてくると音を立てないように手早く白山が土を掘り、リオンの持つ土のう袋にそれを入れてゆく。
リオンは一定の量が土のう袋に貯まると、少し離れた位置にそれを捨てに行く。
観測所の周辺に土が散乱していた場合、どうしても目立つため土は離れた場所に捨てるのが鉄則だった。
1時間ほどそうした作業を繰り返すと2m四方で深さが50cm程度の四角い穴が掘り上がった……
腐葉土の柔らかい土で作業が楽だったと白山は思いながら、少し休憩しつつ水筒から一口水を飲む。
次の作業は監視口を掘る。四角い穴の目標の方向に覗き窓を設置してメッシュネットでその口を覆う。
丁寧に開口部を作っては、穴の中から覗き込み、問題がないことを確認する。
次に反対側にゆるい傾斜で出入口を付けて、本体は完成した。
空が僅かに白み始める……
急ぐ必要があるだろう。
目隠しにしていた偽装網を外して、支柱をつけて穴の上にかぶせるとペグで固定した。
これで穴の存在は周囲からは見えなくなる。
リオンが土のう袋に入れておいた枯れ葉を偽装網の上と周囲に撒いて痕跡を消す。
最後に白山が周囲を見てしっかり偽装ができているかを確認し、日の出寸前に観測所は完成した……
背嚢を完成した観測所に引っ張り込み、内部で使用する物品を並べてゆく。
まずはロールマットを敷き小型のポリタンクを足元に置いた。
そして望遠レンズを取り付けたカメラと三脚をセットし、モノキュラー(単眼鏡)をセットする。
そうして、観測所の内部が仕上がった頃にはすっかり日が昇り、街の活気が風にのって聞こえ始めていた…………
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