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獣人族の悲哀~【挿入話】

※通常の更新も行っております。

本話は挿入話ですので、ご注意下さい。

 カタリと鳴り響いたその音は、倉庫の中で存外に大きく響いた。

その音は小さく響く波の音にまぎれて、本当に小さく鳴り響いたのだが、白山の聴覚はそれを敏感に察知した。


 その音で作業を素早く中断して、ケミカルスティックを荷物の下に押し込んだ。

途端に周囲には暗闇が訪れ、再び静寂が周囲を支配する。


 既に荷物の準備が終わった荷車の周辺は、ほぼ片付いており、白山は壁際に積み上げられている木箱の影に素早く移動する。

高い位置の小窓から差し込む月明かりが、淡い光を石造りの倉庫の床にスポットライトのように差し込んでおり、辛うじて視界は確保されていた。


 無言で木箱の影から、M4を構えた白山は一切の気配を絶ち周囲に同化する。

すると入口の扉がかすかに動き、中へ誰かが侵入してきた。


 こそ泥の類かそれとも、白山の目的が露見したのか、いずれにしろ招かれざる客であることは間違いがない。

あの荷物の中にはこれからの観測活動や、作戦に用いられる武器弾薬も含まれているのだ。

万が一にも流出や盗まれる訳にはいかない。それに、もしこそ泥の類だったとしても作戦が露見する恐れがある。


この街の騎士団に突き出すのは、いろいろと不味い。


 考えられる選択肢を頭のなかで巡らせながら、視線だけを動かして入り口方向をチェックする。

閉じられた扉から漏れる僅かな光で、忍び込んだ闖入者はどうやら一人のようだ。


 果たして斥候なのか、単独犯なのかは今の段階では判らない。

情況をはっきりさせるべく、白山はじっと様子を窺っていた。



 小柄な影が、きょろきょろと周囲を見回しながら荷車の方へと近づいてくる。

時折、立ち止まり周囲を伺いながら荷車へと徐々に近づいていく。


 このままでは不味い。 白山はそう判断して、制圧の方向で検討し始めた時、侵入者が小窓から差し込む月明かりに照らされた……


『クソッ……』


 白山は内心で毒づいてしまう。

月明かりに照らされた侵入者は、まだ子供で粗末な衣服に身を包み、その体は汚れにまみれていた。

それだけではない。あるべき位置に耳がなく、それよりも上に大きく垂れ下がったフラップのような耳が存在していた。


 そして極めつけが、その腰から生えているしっぽの存在……

牛と人間を掛けあわせたような所謂、獣人族だった。


 その姿を見た時に白山は一瞬、これは現実か?と戸惑ったが、これが作戦中の出来事だと考えなおし、意識を無理矢理に切り替えた。

思えばここは異世界なのだ。人間以外の種族が居ても、何ら不思議ではない。


 それにそうした存在も何度か王都で見かけているし、話にも聞いていた。

だが、こうして目の前で遭遇するのは初めてだし、ましてや子供だ……


白山の頭の中からは、既に制圧のオプションは消えていた。

しかし、このまま放置する訳にも行かない。


「おい、どうした?迷子か?」


 ゆっくりと立ち上がった白山は、ゆっくりと声をかける。

その声にビクンと跳ね上がるように身を硬くした子供は、一瞬の間を置いて入口の方向へ駆け出そうとする。

しかし、足がもつれたのか、ビタンという音と共に転んでしまった。


 両手を前に突き出した状態で豪快に突っ伏したその子供は、ジタバタと手足を動かして、必死に入口の方向へと進もうとしていた。



「待て待て、別に捕って食ったりしないから、逃げるな」



 白山が赤色のナビゲーションライトを点灯して、その細い腕を掴むと華奢な体躯からは考えられない程の力で抵抗される。


「いや、やめて…… ごめんなさい ぶたないで……」


 涙で顔をグチャグチャにしながら、必死に逃げ出そうとするその少女を白山は必死になだめる。


「大丈夫だ、怒らないし叩いたりしないから、落ち着きなさい」


 白山は優しくそう問いかけたが、少女は恐怖に慄いた様子で掴まれた腕を振りほどこうと、必死に身を捩らせた。

やっとの事で少女を押さえて、落ち着かせると両者は安堵の溜息を吐く。


「ごめんなさい……」


「いや、大丈夫だよ。 どうしてここに入ってきたのかな?」



 少女の消え入りそうな言葉に、優しく頷いた白山は倉庫に忍び込んだ訳を聞こうと問いかける。


 彼女は、誰もいない筈の倉庫の鍵が開いており、忍び込んでしまったとの事だった。

そこで、人の気配がなかったのにいきなり声をかけられ、逃げようと思ったら赤い光に照らされた悪魔が出たと思ったそうだ。


 少女の言葉に、目立たないようにと使用していた赤いライトが引き起こした結果に、白山は思わず苦笑してしまう。

それを見た少女も、ようやく落ち着いたのかペタンと座り込んだ床で、恥ずかしそうに俯いた。


「うん、ここはお兄さんの大切な荷物が置いてあって、様子を見に来たんだ。

私はホワイト…… 君の名前は?」



「私はジャーナ…… この先の人足長屋に住んでいるの……」


 何か躊躇いがちに、そう話し始めたジャーナという少女に、白山はふと思い立って腰のポーチからカロリーバーを取り出す。

差し出されたジャーナは、最初はそれが何か判らない様子だったが、鼻をヒクヒクと動かして、それが食べ物だとわかると瞳を輝かせた。


「食べても……いいの?」


 そういって、白山を見つめるジャーナは、受け取ったカロリーバーを胸に抱きながら、遠慮がちに尋ねた。

その問いかけに黙って頷いた白山は、優しく微笑みながらその様子をじっと見つめていた。


 すると、ジャーナは一口かじるとその甘さに目を輝かせてもう一口かじろうとした所で動きを止めてしまった。


「どうしたの?もう、食べないのか?」


 その仕草を見た白山が、そうたずねるとジャーナは悲しそうに視線を落とし、カロリーバーを握りしめる。


「弟達に、持って帰るの……」


 それを聞いた白山は、どうして彼女がここに忍び込んだのか、その理由に思い至る。



「大丈夫だよ。 沢山あるから、それはジャーナが食べて良いよ」


 残りのカロリーバーをポーチから出すと、ジャーナは驚いたように白山の手元と、握りしめた自分の手元を交互に見やる。

そして一呼吸おいて、ジャーナはやっとカロリーバーに口をつけ始める。


 はむはむと、小さい口で一生懸命にカロリーバーをむさぼるジャーナに白山は水のボトルを出し、それも与える。

人心地ついたのかジャーナは、どこか満足したように、ほうと息を吐くとニッコリと白山に微笑む。


「そんなに、お腹が空いていたのか?」


 大事そうに、残ったカロリーバーを胸元に抱くジャーナは、その問へ僅かに表情を曇らせ黙ったままだった。

時に沈黙は、雄弁にその胸中を語る。


そんな沈黙だった……



 白山の心中には、過去に交換訓練で赴いた米陸軍特殊部隊群、グリーンベレーのモットーを思い出す。

『抑圧からの開放』 そう描かれた記章を持つ。


 アグレッシブで獰猛なイメージのある米軍の中にあって、展開先の住人や人々に溶け込み、その信頼を勝ち得る事に長けた部隊だった。

その姿勢はどんな環境やどんな者達が相手であっても、そのスタンスにブレはない。


突然、フラッシュバックのように思い起こされた、過去の日々に白山は考える。

このままジャーナに食料を口実に、口止めをさせるのは容易いだろう。


しかし、それで本当に根本的な問題が、解決するのだろうかと……


 白山は時計に目を落とし、残り時間を考える。

すでに装備の準備は終わっており、あとは宿に戻るだけだ。少し寄り道をしても時間的な余裕はある。


 作戦に影響を及ぼさない範囲ならば、ジャーナを家まで送り、食料を分け与える程度は問題がない。

幸いにして作戦予定日数分よりも、かなり余分に食料品は持ってきている。


「よし、それならジャーナをお家に送って行こう。

そこで、お兄さんがご飯をご馳走しよう」


 そう言って笑った白山に、ジャーナは驚いた様子で白山の顔を見ると、不思議そうな表情を浮かべる。


「どうして、おじさんはジャーナに優しくしてくれるの?」


「うーん、お腹が空いているのは嫌だろう? お・兄・さ・ん・も、嫌だからみんなで仲良くしないとね」


「でも、街の人達は仲良くしちゃダメって言うし、長屋の人達はムチで叩かれたりもするよ……」



 その話を聞きながら、何故王国内でそうした行為が認められているのかと白山は訝しむ。

白山が聞いていたのは、王国においては亜人や他種族に対しての、一方的な奴隷化や苦役は禁止されている筈だ。

少なくとも白山が今まで見聞きした中で、そうした行為を目にした事はない。


 奴隷に関しても、戦争ないし犯罪の場合が主な奴隷の供給源で、認可を受けた奴隷商以外は厳しく取り締まりの対象となる筈だった。

これは口止め以外にも、詳しく話を聞く必要がありそうだ……


 そう考えた白山は、おじさんと呼ばれたダメージを心の奥底に封印して、ジャーナに笑顔を向ける。


「大丈夫だよ、お兄さんはそんな酷いことはしないから、安心して」



 そう言って、家の場所をジャーナから聞いた白山は、空いた布袋の中に手早く余った携行糧食を詰めると、倉庫を抜けだした。



*********



 ジャーナは倉庫を抜けると道路を歩かずに、海の方向に向けて進み出した。

どうやら夜中に抜け出した事が知れると、怒られるらしい。


 ジャーナはしきりに周囲を気にしながら暗い松林を抜けて、獣道に達するとそこから東に歩き出した。

程なくして長屋と呼ぶには少々語弊がある程、粗末な小屋が月明かりに照らされて浮かび上がる。


 その中でも一番小さな小屋に辿り着いたジャーナは、裏手に回り、壁をコツコツと叩いた。

すると中から木板がどけられる僅かな音が響いて、壁の一部が剥がされて小さな隙間が開かれたのだ。


ジャーナはそこへ器用に潜り込むと、外に腕だけを出して白山を手招きする。


どうやら、この隙間から入れと言う事らしい……


 白山は、どうにかその小さな穴に潜り込むと、薄暗い小屋の中に入った。

周囲を見渡すと、小さなかまどに火を焚いており、それが唯一の照明であり調理器具のようだった。

その明かりを頼りに周囲を見渡すと、かまどを盾にして小さな子供達が怯えた表情で白山を見つめていた。


「大丈夫、このおじさんは悪い人じゃない……」


 ジャーナが、子供達に近寄って必死に説得しているが、日頃虐げられている所為か、頑なに身を寄せ合い怯えきっていた。

白山はここで自分が声をかけても逆効果かと思って、その場にしゃがみこむとジャーナの説得を見守っていた。


「ほら、あのおじさんがくれたんだよ……」


 小さな声でジャーナがそう言って、白山が分け与えたカロリーバーを子供達に見せる。

それを見た三人の子供達は、一瞬だけポカンと白山の顔を見てから、おずおずとカロリーバーに手を伸ばした。


 白山は笑顔でそれを勧める仕草をするが、次の瞬間にその笑顔が曇る。

カロリーバーに伸ばされた腕は皆一様に細く、そして所々に傷跡が浮かんでいたのだ……



「その腕は……」


「失敗したり、休んだりすると、怖い人にムチで打たれるの……」



 そう答えたのは、子供達にカロリーバーを手渡して食べさせていたジャーナだった。

よく見れば、彼女の手にもそれらしき痕跡が見えた。

それに、ひと目で判るほど彼女達の栄養状態は良くない。


 その様子に、白山は少し考えた様子でどうすべきかを考えていたが、小屋の奥の方から誰かが問いかけてくる。


「ジャーナ…… どうしたの?」


 その言葉に、問いかけられた本人はハッとしたように兄弟達から顔を上げると、声の方向へ視線を向けた。

白山も同じようにその方向に顔を向けると、ジャーナによく似た女性が、よろよろと壁伝いにこちらに歩いてくる。


 薄汚れたワンピースに長い髪のその女性は、ジャーナと同じような長い耳と大きな胸が特徴的だった。

しかし、健康であればかなりの美貌と言って差し支えないが、やせ細り痩けた頬には、明らかな病気の気配が漂っている。


「お母さん!ダメだよ、寝てなきゃ!」


 小さい声で驚いたようにそう言って、慌てて駆け寄ったジャーナが、母親の体を支えると、ゆっくりとかまどの横に座らせた。


「あのね、あのおじさんが食べ物をくれて……」



ジャーナが事の次第を説明してくれて、白山を母に紹介してくれる。


「王都から来た、ホワイトと申します。夜分に突然お邪魔して、失礼を……

ジャーナちゃんと、倉庫の近くで偶然出会いまして、事情を聞きお伺いした次第です」


 そう言って頭を下げた白山に、ジャーナの母親はそんな突然の訪問者に驚いた様子で、口を開く。


「ジャーナの母のアージャと申します……

ジャーナがまた夜に出歩いたようで、ご迷惑をお掛け致しました。


人足頭に知れると、面倒なことになりますので、どうぞ何も言わずにお帰り下さい……」



 明らかに困惑した口調で、そう言ったアージャは深々と頭を下げるが、白山はそれを途中で遮った。


「いえ、ここで会ったのも何かの縁、明らかにこの人足長屋の情況は常軌を逸している。

何があったのかを、少し聞かせて頂けませんか?」


 そう言った白山は、アージャの困惑を他所に、かまどに乗せられている鍋のお湯を一瞥すると、そこへ持参したパック飯の封を切り投入した。

この家族の体力や栄養状態を考えれば、粥のほうがいいだろうと考えた白山の配慮だった。


 途端に、子供達が鍋の近くに寄って来て、久しく見ていないだろうその光景に目を輝かせた。

鍋をかき混ぜるのをジャーナに任せ、白山は母であるアージャに向き直る。


「この子達の情況は見過ごすには忍びない。 せめてこれを食べ終わるまでは、話を聞かせて頂けませんか?」


 白山はそう言うと、アージャに笑いかける。

アージャは、久しく見ていない子供達の期待を込めた眼差しに負け、小さなため息と共に根負けする。


「ホワイト様とおっしゃいましたが、何故こんな亜人が暮らす長屋に来られたのですか?

見た所、お役人様でもなさそうですし……」


「旅の途中でこの地に立ち寄ったのですが、王国の他の地方ではこうした待遇は見られなかった。

王都にはそれなりに位の高い知り合いも多いので、何か役に立つ事があればと……」



 白山は、敢えて身分を隠しこの窮状を、他所に知らせる事が出来るかもしれないと匂わせた。

ここで身分を証してしまえば、作戦に支障が出る可能性もあるし、かしこまられては話が進まないだろう。


「そうでしたか……」


 そう言って俯いたアージャは、やがて重い口を開き自身の身上や今の境遇について語り始めた。


「事の始まりは、四年前でした。

この地で商売をしていた、クリート商会がこの街の交易を牛耳ったあたりから、今の状況が始まったのです……」



 バルム領での港湾交易業務では、それまで数軒の商会が競い合って商売をしていたそうだ。

それに付随する形で力の強い亜人達は、港湾業務を司る貴重な労働力として、商会からも町の住人もその存在を認めていたらしい。


 それが、一番勢力が小さな商会だったはずのクリート商会が急速に勢力を伸ばしたあたりから、歯車が狂って行った。



「競合する商会を強引な手段で次々に潰し、版図へ組み込むと、そこから悲劇が始まったのです……」



 それまでは、貧しいながらもそれなりに自由や楽しみがあった人足長屋に、突如として頭が送り込まれて、暴力が支配するようになっていった。

賃金は減らされて行動も制限され、挙句ムチを振り回して恐怖によって獣人達を支配するようになっていったと、アージャが語る。


「勿論、長屋の住人達も抵抗しましたし、領主様に訴えにも行きました…… でも……」



 どこから雇ったのか、傭兵くずれの男達が反乱を鎮圧してしまい、領主へ直訴に及んだ勇気ある獣人は、領主の私兵に無残に斬り殺されてしまう。

その時を境にして更に締め付けが厳しくなり自由な往来や買い物も制限され、奴隷以下の扱いに落とされてしまったのだ。


 仕事で船着場に行き来する以外は、移動が禁じられ食事も配給となり、薄い具のないスープや薄くて硬いパンが、ごく少量与えられるのみになった。

埠頭で力仕事をするにはあまりにも少ないその食事量は、日々の生活から獣人達の活力や抵抗力を奪ってゆく。


 双子や三つ子といった多産が多い獣人族は、その少ない食事の中から子供達の食事を賄わなければならず、必然的に女性達もやせ細っていった。



 そうした、待遇の話を黙って聞いていた白山は黙って思案に耽っていたが、ジャーナからの声で視線をかまどに向ける。

煮上がった粥は、いい具合に仕上がっており子供達は待ちきれない様子だった。


 それを見た白山はジャーナに微笑むと、それを見た彼女は、早速粗末な椀を出して粥をすくい始めた。

大事そうに両手で包み持たれた椀は、まずはじめに白山の元に。そして、母へと運ばれてから子供達の手に収まった。


 小さな言葉で祈りを捧げ、熱い粥に悪戦苦闘しながら食べ始めた子供達を見て、白山は目を細める。


「久しく…… こんな温かい食事を口にしていませんでしたから……」


 自分が食べることも忘れ、アージャはそう言って白山と同じように子供達を見つめる。

その瞳には悲しみとも、何かの諦観のようなゆらめきが宿っていた。


白山はその言葉に何も言わず、腰のポーチから薬剤を取り出す。


「体調を整える薬です。 飲んでおいた方がいい……」


 その内の二錠を取り出すとそれをアージャへと渡して、食後に飲むように勧めた。

同時に、食べ終わって水で濯いだ自分の椀に落とし込み、匙ですり潰す。


 そしてその錠剤に水とオレンジスプレッドを加えて、即席のビタミンシロップを作った。


 詳しい診察が出来る環境でもないし、不用意に薬を与える訳にも行かないだろう。

それでも、一食を与えただけでは、この栄養状態を改善できるとは白山は到底思えなかった。


 そこでまずはビタミン剤の投与で、幾らかでも状態が改善すればと考えたのだ。

それをひと匙ずつ、食べ終わった子供達に与えてやる。


 初めて口にするであろう甘さに、子供達は驚きながらも抵抗なくシロップを嚥下していった。


「ごちそうさまでした!」


 小さな声ではあるが、元気にジャーナがそう言って白山に微笑んだ。

その顔は温かい食事を食べた所為か、少し血色が良くなったように思える。


 白山はその頬についた米粒を拭ってやると、満足したのかジャーナと兄弟達は、ウトウトと眠そうにしている。

それを見たアージャは、子供達を毛布に寝かせてから、改めて白山に礼を言った。



「ホワイト様……本当に、有難うございます。 食事だけではなく、薬まで頂いて……」



 少し涙を浮かべながら、そう言ったアージャは、何か覚悟を決めたように粗末な衣服の裾に手をかけ始めた……

いくら粗食でやせ細っているとはいえ、妙齢の女性であり種族故だろうか、豊満な胸が見えそうになる。


 その行為に慌てたのは他でもない白山だった。

既の所でその手を押しとどめて、制止すると内心の動揺を隠しつつ口を開く。


「いや、そういう事を期待してここに来た訳じゃない。誤解しないでくれ」


 その言葉にアージャは、どこか安堵したようなそれでいて、何か残念そうな表情で手を止める。


「それに、貴方にも旦那さんがいるだろう……」


そう言った白山にアージャは弱々しく首を振る。



「直訴に出て斬り殺された男というのが、私の主人でした……」



 そう聞いた白山は、何も言えず口をつぐんだ。

しかし、このままなし崩し的にアージャとそうした関係になる訳にもいかず、自分は情報収集に来たのだと、意識を切り替える。


「なら貴方の知っている事を、聞かせてもらえないだろうか?」



 そう言ってクリート商会の事や、その倉庫の場所を聞き出す。

これは白山にとって大きな収穫だった。


 これで、副官達が抑えるべき証拠の場所が絞り込めるだろう。

ひと通り話を聞いた白山は、これ以上の情報はないだろうと判断して、会話を切り上げた。


「概ね、情況は分かりました。この食料は、話をして頂いたお礼です」


 そう言って、布袋ごと戦闘糧食を幾つかアージャに進呈し、ついでにビタミン剤もパッケージごと手渡した。

この長屋には百人程の獣人族が暮らしているらしいが、そこまでの人達は助けられない。

だが、こうして奇縁で知り合ったジャーナやアージャ達は助けてもバチは当たらないだろう……


「それから、言うまでもないと思いますが、私の訪問や質問の事は内密に……」


遠慮していたアージャに無理やり食料を手渡すと、来訪の事実を隠すよう白山は念を押した。


 白山が動いたことで、室内のランプの明かりが僅かに揺れた。

そして、来た時と同じように壁の穴から出ようと白山が動いた時に、後ろからアージャが声をかけてきた。



「この先…… 私達はどうなるのでしょうか……」



その言葉に、白山は肩越しに僅かに振り向くと、一言だけ言葉をつぶやいた。


「必ず、夜明けは来る……」


そう言い残して、白山は長屋を後にしていった…………



ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m


追伸

この話との整合性を取るために

港街での物語を、少し改編すると思います。

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