ブローチと夜の倉庫
【地図の読み方】
今回の地図には座標が入っています。
これによって現在の場所が判る仕組みになっています。
(000 000)
最初に左上の数字を見てから、右下の数字を見ます。
※左フック→右アッパーと覚えると楽です。
3桁目はマス目を10等分した数ですね。
さて問題です。
地図上にはあえてクローシュ商会の場所を明記していません。
座標は書いてありますので、そこから場所を探してみて下さい。
答えは次回の投稿時に発表します。
クローシュ商会の港町の支店は、先程のロータリーの反対側 5時方向にあった。
(234 020)
やはり規模は大きく2階建ての大きな木造の建物で店は多くの人で賑わっている。
ゆっくりと教会を眺めるように周囲を確認しながら、ロータリーのカーブを利用し後方も確認する。
尾行者は確認できないが、念には念を入れる。
白山は何かをつぶやき、それに頷いたリオンは繋いだ手を離し教会の横にある屋台に向かう。
白山はその後ろ姿に「先に行ってるよ」と演技の言葉を投げてから、クローシュ商会の中に入った。
これは標準的な邂逅手順でのSOP(通常作戦規定)となる。
本来はスパイや情報提供者との会合に用いられるのだが、待ち合わせの場所へ1~2時間前に赴き、周囲の安全を確認する。
そして問題がなければ、情報提供者と接触する事になる。
尾行や監視を行う者は、対象の監視中はそれなりに気を使うが事前に展開する際にはどうしても粗雑な動きが出るものだ。
そうした兆候を監視するのだが、その手法を応用して白山はリオンに後方の確認を頼んでいた。
商会の中は品物を眺める人々で賑わっており、白山もそれに紛れて品物を物色する仕草をしながら様子をうかがう。
しばらく様子を見ていたが特に気になる人間は見当たらなかった。
頃合いと判断した白山は店員を呼び止め、支店長を呼び出してもらう。事情が分からない店員は怪訝そうな顔をしているが素直に従ってくれた。
白山の事は事前にクローシュから連絡を受けている、支店長以外は誰も知らない。
先程荷物を運んでもらった店子も、王都に送る重要な荷物としか聞いていない。知らなければ漏らしようがないのだ……
少し経ってから支店長は、白山に挨拶をしてから慇懃に尋ねる。
「どういったご用件でしょうか?」
丁寧に腰を折った支店長は、白山の用件について尋ねる。
その言葉に白山が短く答えた。
「船に積み込む荷物の確認に来ました」
ニッコリと笑いながら笑顔で答える白山に、支店長は僅かに緊張した様子で一拍 置いてから答える……
「いつ出港の船でしょうか?」
「4日後の王都への船ですね……」
符丁は正確に受け答えされる。
淀みなく答えた白山に、やや安堵の表情を浮かべた支店長は、奥の応接室に白山を導いた。
応接室の内部は豪華で、異国の品だろうか少し変わった調度品も置かれていた。
ソファに座った2人は、そこで本題に入る。白山が切り出す。
「荷物の運搬にご協力頂きまして有難うございます」
頭を下げた白山に、支店長は恐縮した様子で「頭を上げて下さい」と言い、1本の鍵を差し出した。
「こちらが倉庫の鍵です。港に向かって右手、北の方角にある大きな倉庫に搬入してあります……」(217 029)
白山は頷いて鍵を受け取ると、荷物の事について幾つか訪ね指示通りに行われているか確認した。
装備は街に入るとそのまま倉庫に直行し、荷馬車に積載したまま倉庫に入れられて施錠されている。
倉庫の中はカラで今後3日は使う予定がないので、倉庫には誰も近づかないように、店の人間には指示してあるという。
その言葉を聞いた白山は頷いてから、礼を言い懐から銀貨を数枚取り出すと荷を運んだ店子に渡すようお願いする。
支店長は恐縮しながらも「必ず渡します」と言いそれを受け取ってくれた。
その後、簡単な世間話として港町の近況や噂などを簡単に聞き取り応接室を出る。
店の中でリオンが待っており、事前に指示した通り擬装用の日用品を幾つか買っていた。
偽装の身分がしっかりしているので、不用意にコソコソせず堂々と店を出る。
太陽はまだ高く、夕方の鐘までは時間があるだろう。
倉庫の確認をしに行こうと白山はリオンに伝えた。
市場の雑踏を抜け港の方向へ、2人は手をつなぎながら散策を装いブラブラと歩く。
港には大小の帆船が停泊しており、白山にはここが異世界だと実感させられる。
しかし海も汚れておらず、まるで風景画のような景色に白山は一瞬、見とれそうになった。
北に向かって歩き、程なくして目的の倉庫が見えてくる。
支店長の話では鍵は、道路に面した通用口の物だそうだ……
ポケットの中で鍵をまさぐりながら、白山は道路を外れ港の方へ足を向けた……
帆船を眺める風を装い倉庫の周囲に不審な兆候がないかをチェックする。
細心な行動と繰り返されるチェック……
生き残るためには臆病なくらいの確認の繰り返しが必要になる。
少しの油断や見逃しが大きな危機を招き、作戦を失敗させ自身の命にも直結する。
そこが敵地ならなおさらだ……
白山は、このまま倉庫に入るつもりはない。
今、2人で倉庫に入っては目立ちすぎる。夕食後に日が落ちてから中に入る事にする。
倉庫周辺の地形や監視者の有無を確認した白山達は、ロータリーの方向に向けて戻り、市場を冷やかす。
その中にアクセサリーや小物を扱う露店があり、リオンがふと足を止めた……
見ればサンゴや真珠を使ったアクセサリーが並んでいる。
「何か欲しい物はある?」
偽装身分として夫婦を演じているのだからと思い、白山はリオンに尋ねる。
驚いた様子のリオンは、判らないといった表情で弱々しく首を横に振った……
これまでリオンは暗殺者として育てられ、アクセサリーやお洒落とは無縁の生活を送ってきた。
自分には必要ない物だと判っていながらも、白山に助けられ新しい世界が広がったリオンは好奇心から足を止める。
しかし、どれが似合うのかなどリオンには分からない。その為、首を横に振るしかなかった……
白山の声を聞いた店主が声をかけてきた。
「おっ、新婚さんかい?そろそろ店じまいだから安くするよ!買って行くかい?」
白山とリオンを交互に見てからにこやかに話しかける。
「ええ」と短く答えた白山にリオンは驚くが、ここで必要ないと話してしまうと身分に疑いを持たれてしまう。
俯いたリオンの表情を、恥ずかしがっていると思ったのか、店主は目を細めて笑顔を浮かべた。
白山は、リオンのそんな表情を見てから並べられた商品に目を移した。
リオンの髪はショートボブの長さだから髪留めは必要ない……
指輪はいくら何でもマズイだろう……
そう思って、小さなブローチを手にとった。
赤サンゴに白蝶貝で蝶を型取り小さな真珠が埋め込まれている品のいい物だ。
「これ、幾らですか?」
そのブローチを見た店主は銀貨8枚と言ったが、おまけして6枚にしてくれた。
礼を言って支払いを済ませた白山は、リオンの襟元にそれを付けた。
困惑したような、少し恥ずかしそうな表情のリオンはどうしたらいいのか判らず、されるがままだった……
「さあ、宿に戻ろうか」
リオンは白山に声をかけられてその顔を見上げた。
少し恥ずかしそうな笑顔で、自分を待ってくれている白山の表情を見てリオンは笑顔を浮かべた。
「はい!」
白山の腕に抱きついて嬉しそうにするリオンに、白山もつられて優しげな表情になる。
教会から夕方の鐘が響いてくる。
気づけば夕日が傾いて城壁にかかり始め、徐々に空が茜色に染まり始める。
宿で夕食を取るべく歩き出した2人を見ながら、露店の店主は「若いっていいなぁ……」と呟きながら店じまいを始めていた……
*****
夕食は海の幸を使った味の良い料理が並び、白山の胃袋を満足させてくれる。
流石に港町だけあって香辛料の効いた料理は、任務中でなければビールが欲しい所だった。
夕食を済ませて賑わう食堂を後に部屋へ戻った白山達は、ドアをチェックする。
上部にあるドアと壁の隙間に挟んだ糸はそのままで、この部屋に入った痕跡はなさそうだ……
鍵をあけて中に入ると、リオンが先行して室内をチェックする。
既に慣習になっているチェックを済ませて部屋に入ると、閂を下ろしドアをロックした。
さて、これからが今日のメインである、装備の確認に出向かなければならない。
リオンがランプに火を灯し、部屋の中にほのかな灯りが届く。
白山は、背負っていた荷物をベッドに置くと中身を並べ始め、黙々とチェックしてゆく。
まず、2つに分解されたM4(小銃)のロアレシーバーとアッパーレシーバーを結合し、作動をチェックする。
機関部とボルトの動きを確かめ、サプレッサー(制音器)を固定し、照準器のレンズを確かめた。
最後に、銃に連結されたライトの点灯を確認してから弾倉を挿入して、初弾を薬室に込めた。
カチャンと冷たい金属音が一瞬だけ静かな部屋に響き、そして準備が整った……
スリングでM4を吊り、左の腰に細いゴム紐で動かないように固定する。
偽装用の衣服にあった少し長い革のマントを羽織れば、傍目には銃を携行しているようには見えないだろう。
そして、NV(暗視装置)を取り出して電源を確認すると、首から細紐でぶら下げてマントの下に押し込んだ。
自分の荷物にブローチを大事そうに仕舞ったリオンも、真剣な表情に切り替えている。
「それじゃ、行ってくる……」
白山はリオンに短く告げるとリオンも頷き、入り口の閂を上げて白山を見送ってくれた。
「お気をつけて……」
部屋を出る前にかけられたリオンのそんな言葉に、僅かに頷き白山は宿をそっと出た……
宿の裏手に回った白山は、牧草地と細道を通り倉庫に向かって歩いた。
教会と宿の高い建物があり、海の方向が分かるので比較的方向の把握は容易だ。
足音を立てないようにスルスルと歩き、時折止まって周囲の状況を確認する。
そんなサイクルを繰り返しながら程なくして、倉庫の道路を挟んで向かいの倉庫まで達した。(220 030)
中心部の喧騒はここまで届かず、潮の香りと僅かな波の音以外、周囲は静寂に包まれている。
NVで周囲を確認する……
周囲に人影は見えない。
少し待って、もう一度確かめる。
問題はなさそうだ……
素早く道路を横断し、通用口に辿り着くと古い南京錠のような鍵を開け、素早く中に入る。
真っ暗な倉庫の中は広く内部は見えない……
扉を閉めると更に闇が濃くなる。白山はポケットからケミカルライトを取り出して折り曲げた。
赤い光がほのかに発光しはじめ周囲の状況が浮かび上がる。
昼に積み込んだ時と同じ姿で、荷馬車はそこに存在していた……
荷馬車からカモフラージュ用の荷を降ろし、中身をチェックする。
極力音を立てず黙々と作業を続ける白山は、梱包された荷物を解き使用できる状態に整えてゆく。
時折ライトの位置を変えながら、荷物をチェックする。メモ帳で作った封印や梱包の番号を確認し、地面に並べてゆく……
その作業は街の灯が消え、夜の静寂が訪れるまで続いていった……
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