港町の風景と偽装と本音
少し短いですが、地図に時間を取られました。
リオン無双回ですので、苦手な方はご注意下さい。
DAY-1
白山の運転する高機動車はリオンと親衛騎士団の2名を乗せ、王都を出発した。
バルム領の手前までは、王家の紋章を描いた小さな旗を後部になびかせ街道を走る。
途中の休憩以外は、距離と時間を稼ぐべく夕方以降も、ライトを点灯してある程度の距離を進んだ。
そのおかげで、2日目の昼前には目的地としていたバルム領の集落に無事到着した。
すると親衛騎士団の騎士が、村長と村人に事情を説明し緘口令を敷く。
村長の家に装備を下ろし白山は、すぐに現地の服装に着替えてクローシュの店子が到着するのを待つ。
村長の家で昼食を頂き、昼を少し回った辺りで店子が到着した。
荷馬車にツボや雑多な荷物を積んでおりそれらを一旦降ろすと、白山の装備を積み込みその上から持ち込んだ荷物で覆った。
白山の予定では今夜は村長の家に泊まり、明日の早朝に港町に移動する予定だったが早く到着したので、予定を前倒しし荷馬車に便乗して港町に行く事にする。
現地の環境に早く馴染む事は、危険や兆候を早期に感じ取る事が出来るため好ましいと判断する。
ブレイズ達本隊の出発は、2日後でその話が港町に届くまでは、もう1日かかるだろう。
すると、伯爵が行動を起こすなら早くて4日後になる。
それまでに現地を偵察し、気候や環境に慣れ観測所の準備を整える必要がある。
荷馬車の後端に乗り込んだ白山とリオンは、高機動車から比べると牧歌的な速度で港町に向けて街道を進んでいった。
少しづつ南に動くに連れて潮の香りが空気に感じられるようになる。
リオンは演技なのか本心なのか分からないが、擬装身分の夫婦役に入り込みピッタリと寄り添い腕に抱きつく。
「リオン…… 少しくっつき過ぎじゃないか?」
そう言うと、リオンは不思議そうな顔をして白山に問い返した。
「ホワイト様……街道に出てしまえば、街へ向かう人間も多くなってきます。いつそんな人々と街で出会うかわかりません。
何処で偽装がバレるか分かりませんから、こうした事は徹底しないと……」
白山はしごく真っ当なリオンの意見に、戸惑ってどうすべきか迷ったが結局されるがままにしている。
程なくして小さな丘を越えると、眼下に港町が見えてきた。
ここからなら歩いて30分ほどで港町の城壁まで到着できる。
荷物と同時に門をくぐり同時に窮地に陥るリスクを回避するため、この丘で荷馬車から降りて少し離れてから歩くことにする。
店子は少しだけ頷いて荷馬車を進めていった。
万一に備えて、店子にはサラトナの名前で発行された荷の証書を持たせてある。
万一発覚した場合は、その証書を盾に船便で王都に送る、重要な荷物であると強弁する事になっていた。
これもフェイズごとに予想されるリスクを検討して、最善策とその場合の代替案を考えてある。
最もその保険が使われない事に越したことはないのだが……
荷馬車が遠ざかってから白山とリオンは、街道から少し外れて小型の双眼鏡で港町を仔細に眺めた。
初めて覗く双眼鏡にリオンは少し驚いたが、港町の様子を真剣に眺めている。
防壁から覗く港町は活気にあふれているようで、町の入口は荷馬車や旅の人間らしき影がいくつか見える。
オーケンやリオンの話では、港の近くには酒場や商店が多く、城壁に沿って住宅が建っている。
中央の教会近くには市場があり、毎日露天が並び日用品や食料が取引されているとのことだ。
小高くなった丘の中腹に、かろうじて領主館らしき建物も見える。
背丈ほどの壁に囲まれ詳しい様子は見えないが、あれが偵察目標になるだろう……
じっと、港町を見つめていた白山にリオンが少し袖を引いた。
「そろそろ、街に向かいませんか? あなた……」
後半の言葉は恥ずかしげに小さな声だったが、白山の耳に確かに届き、白山は双眼鏡の視野を大きく揺らした。
観察を切り上げ内心動揺しつつも笑顔で答えた。
「そうだな、行こうかリオン……」
2人は、ゆっくりと港町に向けて歩き出した……
*****
徐々に近づいてきた港町は、石造りの高い城壁に囲まれている。
高さは10m程で上には見張りの巡回する通路が組まれていた。
潮風と海鳥の鳴き声が微かに聞こえ、海辺にやって来たことを実感させる……
件の店子はすでに門を通過したようで、荷馬車の姿は見えない。
まず第一の難関はクリアしたようで白山はホッと胸を撫で下ろす。
リオンと並んで入門の手続きに加わる。
事前の情報では、入街料さえ払えばそれほど規制は多くない。
長旅をする人間の簡易な武装も一般的であり、白山も革紐を巻いて偽装した脇差し、リオンもレイピアを腰に帯びている。
程なく白山達の順番が巡ってきた。
「滞在の目的は?」
革鎧を着て長剣を腰に挿した兵士は、繰り返される同じ質問に辟易としているのかぶっきらぼうに尋ねた。
「レイクから旅行です。街を観光してから船で戻る予定です」
白山が口を開く前に、リオンが明るい笑顔を浮かべてそう答える。
演技なのだろうが初めて見るリオンの笑顔に内心驚きつつも、白山も会話を合わせる。
「妻の実家がある村に挨拶に出まして、そのついでに港町を見ようと……」
笑顔を浮かべ愛想よく話す白山に兵士は短く舌打ちし、入街料を受け取ると門を顎でしゃくった。
リオンが会釈し自然な様子で門に向かって歩き出し、白山の腕を引っ張った。
白山もそのリオンの動きに合わせて門の方向に歩き出す。
「ちょっと待て!」
数歩歩いた所で、門番をしていた兵士に後ろから呼び止められる。
突然の呼び止めに内心驚いたが、それを仕草や表情へ出さないよう平静を装い白山が振り返る。
「どうか……しましたか?」
振り返った白山の手に、木札が2枚渡される。
「これを渡し忘れた。街にいる間はこれを持っていろ。
これを持っていないと不正に街に入ったとみなされるから注意しろ。
再発行には銀貨1枚が必要になるから、無くすなよ」
ぶっきらぼうに木札を渡す兵士に礼を言ってそれを受け取ると、白山達は今度こそ街に入る事が出来た……
何事も無く街に入れ、白山は心の中で安堵する。
街に入ると右手が小高い丘で、真っ直ぐな大通りが教会まで伸びている。
門の付近は人がまばらだが教会の周辺は、遠目に人が集まっているのが見えて賑わっているようだ。
右側の緑と背後の城壁そして木造や石造りの商店などが左手にあり、王都とは違った印象を受ける。
空を舞う海鳥は港の方向に翼を向け、青空をゆっくりと滑空していた。
中心部に向かうにつれて徐々に潮風の匂いが強くなる。
建物の間からチラリと海が覗いていた。
「まずは宿を取ろう。それからクローシュ商会に行こう。」
その言葉に、笑って頷いたリオンは白山と腕を組み、楽しそうに周囲を眺めている。
この笑顔は演技なのか、それとも本当の表情なのかは白山には判らなかった……
ただ、いつもの押し殺したような無表情よりは、歳相応の笑顔を浮かべている方がいい。
そう思った白山は、何も言わずリオンに笑顔を返した。
笑顔で周囲を見回す白山は、さり気なく右側の丘や周囲に目を配る。
その手の中には小さく光る物体が握られており、時折それを左右に振って何かを確かめている。
白山が持っているのはヘルメットに装着する小さなビデオカメラだった。
手のひらにすっぽり収まる円筒形の形は、ゆったりした袖口の衣服を着ている白山の手に隠れていて目立たない。
程なくして石造りの教会が見えてきてロータリーが左右に伸びている。
これまでの道のりでも宿は何件かあったが、港や出来れば領主館が見える位置の宿に入りたいと思っている。
リオンの話では、市場の近くにある宿がいいとの事だった。
ロータリーを右に曲がって周囲を見回していると、リオンの声が聞こえる。
「右手の道が騎士団の詰所と領主館に登る道です……」
白山に身を寄せて小声で話すリオンの声は、いつもの冷静な声で笑顔の表情とは違い冷たい響きを持っていた。
その声に笑顔で頷いた白山は、黙ってビデオを向けてゆっくり歩く。
表情や仕草は物見遊山のように、周囲を見回している風を装っていた。
そしてロータリーを半周した所で、僅かに傾斜になっているのか、一気に海が見えてくる。
周囲は市場の活況だろうか賑わっており、人の数もかなり増えてきた。
左手に広場が設けられており、敷物を敷いた商人達が様々な物を売っている。
串焼きや焼き魚などの露天も出ており、観光でゆっくりと訪れたい雰囲気だ。
他国の人間だろうか少し服装の異なる人間もチラホラと見え、白山の興味をそそる。
程なくして市場の外れにある宿屋を、リオンが指差した。
その看板には『船乗りの根城』と何ともストレートなネーミングの宿屋がそこにあった。
船乗りの根城は、3階建ての大きな宿屋だった。
1階はご多分に漏れず、食堂を兼ねた酒場になっており2階から上が客室のようだ。
カウンターには大柄な中年女性が座っており、酒場の奥にある厨房からは夕食の仕込みだろう。いい匂いが漂ってくる。
「1泊お願いしたいのですが、部屋は空いてますか?」
白山は丁寧に女将とおぼしき女性に声をかけると、縫い物をしていた手を止めて顔を上げた。
「2人かい?」
2人を一瞥した女将はジロリと一瞥してから語を継いだ。
「1人部屋は満室だよ。2人部屋なら空いてるけどね。
朝夕の食事付きで1泊2人で銀貨4枚だよ」
ニヤリと笑ってからそう言った女将は、引き出しから鍵を出す。
夫婦という設定がある以上、別の部屋をとるのは不自然と思い、懐から革袋を出し支払った白山が鍵を受け取る。
「部屋は3階の奥だよ。夕食は夕方の鐘から食べられる。体を拭くお湯が欲しいなら銅貨2枚、ランプの油は3枚」
鍵を渡しながらそんな事を言う女将に「分かりました」と返事をして階段を登る。
部屋に入ると白山は部屋のチェックを行い、安全を確かめる。
問題がないと判り荷物を下ろし、窓の景色に目をやった。
角部屋だった白山達の部屋は、後ろの窓から領主館の塀が見えた。もう一方の窓は海に面している。
隣の建物の屋根が少し下にあり、非常時にはここから脱出できるだろう。
部屋の中は小さな机と荷物棚、そして大きなダブルのベッドが1台……
なんとなく女将の気遣いとリオンの計略のような気もしないでもないが、白山は気にしない事にした……
今は任務に集中する時だ。
ひとしきり周囲のチェックが済むと、荷物の中からタブレットを出し、先ほどまで動画を撮っていたカメラからデータを落とし込む。
擬装用に持ってきた衣類の替えや日用品を棚に収め、部屋に生活感を出す。
些細な事で違和感があると偽装は簡単に露見する場合があり、こうした作業は重要だった。
その作業が済むと、白山はリオンに問いかけた。
「これからクローシュ商会に顔を出しに行こうと思う。リオンはどうする?」
椅子に座っていたリオンは、白山の問いかけに即答する。
「街に着いて夫婦が別行動をしては、不自然ですよね……?」
悪戯っぽく笑ったリオンに、白山は苦笑し「夕食までには戻ろう」と言って2人は部屋を出た。
部屋を出る時扉を閉めたリオンの顔に、一瞬笑顔が見えたのは偽装なのか本心なのかは、本人にしかわからない事柄だった……
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