移動と方針と少女と ※
闇夜にディーゼルエンジンの低い唸りが響く。
白山は、偵察のSOP(通常作戦規定)に従って、夜間の移動を行っていた。
高機動車の姿は、やはり目立つ。しかし、唯一の資産である車両をあの場に残置は出来ない。
人目を避けて夜間に移動し、眼の届く所に置く必要があった。
それに、いくら使い方がわからないと言っても現代兵器が、この世界の住人の手に渡る事態は避けなければいけない。
バードアイが指定した港町と召喚地点の中間に到達した頃、おおよその基本計画を策定した白山は、改めて、港町とその周辺をつぶさに観察していた。
その結果、文明のレベルは間違いなく中世レベルで、移動手段は馬が主だった。
船への積み込みには、馬車が多用されており自動車や蒸気機関すらも見当たらない。
町の入口にあるゲートには、槍が立てかけてあり、兵士は金属の鎧をまとっていた。
この画像を見た瞬間、白山の脳裏には「魔女狩り」という単語が浮かんでいた。
恐らく、車両で港町に乗り付ければトラブルは避けられないだろう。
いくら自衛のためとはいえ、この世界の住人を殺傷しなければならない事態は避けるべきだ。
それに、最大の障壁はこの世界の言語である。
言葉が通じなければ、弁解も交渉もままならない。
分解能に限界があり、高精細の画像は見られなかったが、港町に暮らす人間は西洋人の特徴があり、日本語が通じる可能性は少ないと白山は考えていた。
多少、アップダウンのある草原をライトを点けずに、暗視装置越しの画像で進んでゆく。
日没から2時間ほど待機し、高機動車を発信させた白山は、かれこれ4時間ほどゆっくりと進んでいた。
港町まではすでに20kmほどの距離に近づいていた。
白山は昼の間に、大まかな行動指針と移動計画を立てている。
今は移動の最終工程で、LUP(潜伏地点)の周辺を捜索していた。
白山がLUPに選んだ場所は、港町から少し離れた大きな森だった。
バードアイの画像では周辺に人の痕跡や集落は存在していないが、画像情報は画像情報でしかない。
自身の目で確かめ、しっかりと安全を確認しなければならない。
これから数日はこの潜伏地点を拠点として、港街の周辺を偵察する予定だ。
周囲に異常がないと確認した白山は、ゆっくりと森の中に高機動車を進める。
森が光を遮断してくれるのと、木々の間隔がタイトなので、暗視装置を外し
小さなナビゲーションライトを点灯して、ゆっくりと木々の間を進む。
暗視装置では遠近感がどうしても狂いがちになり、細かい作業が難しくなるからだ。
程なくして、高機動車と牽引車が完全に森のなかに入るとエンジンを止め、偽装の準備にかかる。
バラキューを張り、車両の輪郭を消すと進入路の痕跡を、出来る限りぼかしてゆく。
召喚地点で行ったように、ワイヤーセンサーと動体センサー、更に森と草原に向けてクレイモアを仕掛ける。
最後に、高機動車へ燃料缶から燃料を補充して、白山は一息ついた。
ひと通りの拠点構築を行った白山は、後部座席の頭上にポンチョを張り、仮の住まいとする。
幸いにして、虫は少なく床面にロールマットを敷けば、それなりに快適に過ごせるだろう。
荷台に敷いたマットへ座り込むと、小さなノートを広げ、赤いライトで内容を読み始める。
水に関しては、砂漠を移動することを前提としていたので、18Lの飲料水が4缶牽引車に積んである。
糧食も豊富だ。暫くは自活可能だろう。
ここに来る途中、川を発見しているので水の補給は問題ない。
食料の調達に関しては、植生がわからない以上、危険を犯すことは出来ない。
食中毒や食あたりは単独行動をしている以上、絶対に避けなければいけない。
医薬品も、人道支援を実施する可能性を考慮して、外傷治療以外にもある程度は確保している。
ただしこの世界で流行する病原体に、どの程度の効果があるかは未知数だ。
武器弾薬に関しては、一人で戦争を起こせるほど豊富だ。
火器は、M4と9mmのSIG226がそれぞれ1丁 これは個人装備だ。
高機動車には、チーム火器としてM2ブローニングとM240が搭載されている。
一応、積載火器としては緊急時に使用されるPDWとして、助手席の下にMP7が収まっているが
めったに使用される事はない。
5.56mm 7.62mmは、それぞれ6000発と1000発
9mmが1000発
M320 40mmてき弾が 40発
7.62mmは他にベルトリンクが100×10本で1000発
車載火器としてM2が備え付けてあり、そちらは予備弾薬が300発
60mm迫撃砲 発煙と照明 榴弾が各10発
爆薬がC4に信管と無線、時限装置がそれぞれ2セット
手榴弾が破砕に発煙、催涙、スタングレネードが各20発とWPが2発
まあ、呆れるほどの火力だ。
しかしこれでもテロリストや現地ゲリラが数で包囲されると、たちまち弾薬不足に陥る。
なので、瞬間的に火力を発揮して即座に逃げる必要があるのだ。
白山は、武器弾薬、その他資材の量と場所をチェックしてから、行動指針に目を移す。
出発前に白山が定めた行動指針は、次の通りだった。
・現地の情報(生活様式や風習)を偵察で収集し分析する
・継続して監視を実施して接触対象の人員を選定する
・接触した人員からの情報を基に今後の方針を決定する
SOP
・偵察時は我の秘匿を可能な限り秘匿する
・交戦は出来る限り避け、正当防衛を旨とする
・国家や宗教への干渉や接触は避ける
ややこしく、かつ堅苦しく書いてあるが、要は見つからないようにこっそり偵察し、情報を集め接触してもいい人間を探すという慎重な方針だった。
港町に赴いて、集団に取り囲まれては銃を持っているとしても、無傷では切り抜けられないだろう。
生活様式や風習は、港町周辺で偵察して接触する人間は、郊外の小さな村や
集落を探して接触するのが望ましいと白山は判断していた。
「明日から、早速行動だな」
暗視装置で疲れた目を揉みながら、白山はつぶやいた……
まずは、偵察目標を具体的に選定しなければいけない。
港町周辺で出入りや日常の生活を詳しく見てみたい。接近はリスクを伴うが会話が聞こえれば、言語の手がかりにもなる。
そして南北に伸びる街道沿いに、港町以外の集落がないかも調べなければ。
接触対象の選定にも生活パターンや習慣を把握しなければいけない。
ライトを消して、マットへ横になる。
これからは長丁場になる。少しでも体力を回復しなければ。
今後の予定を考えながら、白山の意識は闇に沈んでいった……
「ピッ……ピッ……ピッ……」
白山の意識は即座に覚醒した。
動体センサーが反応を示す警告音が小さく荷台に鳴り響いた。
素早くM4の薬室をチェックして装弾を確認すると、センサーに目を向ける。
森側のセンサーが反応している。方向的には車両正面を中心として10時の方向120m
荷台から素早く降りた白山は、木々を縫うように移動し音もなく立ち木の根本にしゃがみ、センサーが捉えたモノを捜索する。
まだ、朝日は昇っていないが周囲は十分に明るい。
慎重に周囲を見回すと、そこには少女が一人、籠を手に辺りを見回していた。
12,3歳だろうか、小柄な体躯に肩くらいの金髪でヨーロッパの民族衣装のような格好だ。
かすかに聞こえる。鼻歌を歌いながら、何かを探している風だった。
「クソッ、民間人それも未成年!」
白山は、心の中で激しく毒づいた。
ここで拘束するのは容易いが、そうすればすぐに大人が探しに来てしまうだろう。
接触してから言い含めるにしても、自分の存在が直ぐにバレてしまう可能性も否定出来ない。
それに言語が通じるかも解らない。
白山は、ゆっくりとその場に伏せると「こっちに近づくなよ」と必死に念じるしかなかった。
木の間を通して見える少女のスカートの裾と革製だろうか、ブーツのような履物が見えた。
発見された場合のリスクは計り知れない。心臓が速いペースで鼓動を繰り返す。
鼓動が少女に聞こえるのではないかと思い、呼吸音も耳に障る。
白山は、緊張が偽装に良くない事をよく知っていた。
意識してゆっくりと呼吸しながら、森と同化するように全身の力を抜く。
接近されて露見するリスクは、相変わらず存在するが意識を切り替えて
少しでも情報を得るべきだと白山は、判断する。
眼球だけを動かして少女の姿を観察する。
ふと、元の世界なら犯罪だなと考えると、可笑しかったが表情は変えない。
少女は50m程の茂みで、低い背の木から何かの実を一生懸命に摘んでいた。
時折、籠ではなく自分の口に運んでいるところを見ると、何かの果実だろうか?
食料確保の観点からあとで確認しようと、白山は、頭のなかにメモした。
幾らか落ち着いて来て、現状について考え始めた白山は、少女がどこから来たのかという疑問に突き当たる。
港町からは、20km程離れているのでこんな早朝に、幼い子がここまで到達するのは不可能だ。
すると、旅の人間か未発見の集落か、木こりの家でもあると考えたほうが良さそうだった。
昨夜、到達した時点で森の周囲は、ある程度観察したが生活の痕跡やそれらしき家屋は発見できなかった。
バードアイのIRカメラにも、それらしき兆候は見られなかった。
とりあえずは、少女をやり過ごしたら森の中を調査して、安全を確保しなければこの森を潜伏地点として使用するのは難しい。
場合によっては、他の潜伏地点を選定して移動も視野に入れる必要がある。
ガサリと、嫌な音が白山の耳に飛び込んできた。
それは少女の後方から発せられ、明らかにこの場へ新たな出演者の登場を告げていた。
首をゆっくりと巡らせ、音の方向に視線を向ける。少女はまだ気づいていない。
少女の後方にある茂みが揺れるのが、下草の隙間から見えた。
明らかに「何か」が居る。首筋がチリチリする戦闘直前の気配を白山は敏感に感じ取っていた。
無意識に、M4を握る手に力が入る。
茂みが揺れ、小枝を踏み折る音が聞こえて、少女は振り返った。
「誰?」
音の方向に少女が振り返り、音の主を確かめようとその姿を探した……
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