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晩餐と孤立無援

予算については、どこも大変でしょうね・・・(遠い目

 宰相のサラトナとの面会を終えた白山は揃って、王居住区にある王家の食堂に足を運んだ。

先程までの話し合いは多岐にわたった。


 まず、王居住区近くに白山の執務室が設置されることになり、数日以内には使用できるとの事だ。

ここ数日は自室で仕事をしていたが、応接セットや食事用のテーブルでは手狭になってきて頼んだのだが、あっさりと認められた。

サラトナも白山との連絡を密にしたいとの思惑があり、二つ返事で了承してくれた。


 軍の改革における対立に関しては、サラトナは已む無しとの立場だった。

軍務卿バルザムの影響力を如何に希釈するか、バルム領に対する手入れ後の展望……


そして軍の改革が進まない場合の、代替案についての相談……


 そうした諸懸案について話し合い、あっという間に時間が過ぎる。

サラトナに先導され食堂にやって来た白山は、応接室に通され食事までの時間待機する事になる。


 そこへやって来たのは財務卿のトラシェだった。


 彼も本日の会食に呼ばれているメンバーだった。

聞けば月に一度、王国の幹部と王は会食をしつつ諸懸案について話しあうという事だった。

今回は王からの招待で白山も特別にこの会食に呼ばれたとのことだ。


 王の支度が整うまではもう暫く掛かるとのことなので、トラシェにも話を向け軍の予算についても白山は尋ねる。


「王国軍の予算体系は、主に人件費と糧秣費そして武具、軍馬の購入費用が主ですね。

ただし、砦の建設や駐屯施設の建設は別枠の予算になります」


 トラシェの話では、そうした予算が秋に請求され、折衝を経て春に一括で支払われるらしい。

軍の予算は、2年前の戦争からある程度優先して支給されているとの事だった。


 少し考えた白山は、昼間に見た兵達の食糧事情についてトラシェに尋ねた。

元々予算が不十分なのか、それとも他に理由があるのか疑問に思ったからだ。


 その話を聞いたトラシェは顎に手を当てて考えこみ、幾つかの可能性を示した。


「ひとつは、偏った支給があるかもしれません。

粗食に慣れていない貴族軍人の食費を賄うために兵にしわ寄せが行っている可能性。


 もう一つは何らかの不正が行われている場合……」


「あるいは、その両方か……」


 トラシェの話を聞いた白山は、そう指摘する。

その言葉にトラシェは頷き、こちらでも調査すると確約してくれた。


 ふと思い出した白山は、この国の経理システムについてトラシェに訪ねてみた。

軍の予算については話が聞けたが、もしかすると自分の持っている知識でも、役に立つことがあるかも知れないと思ったのだ。


「先程、一括で予算を渡すと言っていましたが、その点についてもう少し詳しく教えて頂けますか?」


 それを聞いたトラシェは、大まかな公金の流れを説明してくれる。

秋の折衝で必要な物品や給金の計算を軍から出してもらい、それについて内訳を聞き、相場と照らしあわせてから決済するとの事だった。

また、その金額の合算は軍の会計部門へ春に一括で渡され、そこから各軍団に分配されるらしい。


その話を聞いた白山は、少し考えた後こう切り出した。


「と言うことは、渡された予算を他の用途に流用するのも難しくはないという事ですか?」


その言葉の意味を聞いたトラシェは、「そうなりますね」と難しい顔で頷く。


その顔にやや諦観を浮かべた白山は徐ろに話を切り出した。


「王国の出費を抑制して、予算の使用用途を厳格化する手法があるとしたらどう思いますか?」


 その言葉を聞いたトラシェは身を乗り出し、更にはサラトナも椅子を飛ばす勢いで食いついてくる。

その様子に白山は一瞬たじろぐが、気を取り直して話を続けた。


「私の国……いや、世界で使われている手法なのですが……」


 そう言って白山は説明を続ける。

それは入札の制度と規格の統一、予算別の財務状況の報告などだった。


「入札というのは、要は競りですね。ただし、通常の競りは値段が上がりますが入札は値段が下がります。

例えば、槍を100本購入するとしましょう。

いつもなら、同じ値段で購入していた…… ここでは金貨1枚としましょうか。」


 その言葉に頷いた2人は、視線でその続きを白山にせっつく。


「ですが、槍の材料の値段はその時々によって変わってきますよね?

そこで入札を行います。商人達に槍100本を城で購入する旨を伝え、入札を告知します。


商人達は自分たちの利益や材料費を考えて槍の値段を設定させ、城の入札箱に金額を記入した札を入れさせます。

その中で、一番安い値段を付けた商人に発注するのです……」


 2人は驚いた様子でその話を聞いていたが、少し経ってトラシェが質問してきた。


「確かに効率的ではありますが、質の悪い粗悪品を納入してごまかした場合はどうするのですか?」


その言葉を聞いた白山は、にっこりと笑ってその質問に答えた。


「その為に仕様書というものを作ります。

そうですね……槍ならばその構造や材質と図面、そして要求される性能を定めます。

連続で革鎧を10回貫ける穂先、鎧を着た兵士がぶら下がっても折れない柄などを事前に決定してその要求を満たす物を納入させます」


 その言葉に紅潮した雰囲気でトラシェが聞き入り、サラトナは冷静に次の質問をぶつけてくる。


「しかし、それでも小賢しい商人はなにか不正をしでかさないだろうか?」


その質問に残念そうに苦笑を浮かべた白山は、言葉を継いだ。


「確かに、それはあるでしょう…… ですが防止する手法も幾つかあります。

 まず、入札に使用する紙は王国で作成して判を押して一枚きりの支給にしたり、入札に参加する為には供託金を城に預けるようにさせます。


 納入された商品が仕様書の性能を満たさない場合、支払いは行わず供託金は没収、更に入札参加資格を取り消します。

役人側も事前に入札価格を漏らした場合は厳罰を適応する事で、ある程度予防できると思います」


その言葉に頷いたサラトナの様子を見て、白山は言葉を続けた。


「1回の入札で圧縮できる金額は、それほど多くありませんがこれが王国全体であればかなりの削減になるでしょう。

この手法は、多くの取引で応用できますので……

そして、物品の購入はこの手法で用途を限定できます。

例えば、これまで不透明だった金の流れを入札結果を報告させることで厳格化するのです」


「槍100本の予定価格を金貨1枚よりも安く購入できた場合は、その差額を返納させる……」


 思いついたようで、パッと顔を上げたトラシェが白山に問いかけた。

頷いた白山は、言葉短く「その通りです」と答える。


流石は最年少で財務卿に抜擢されただけあって、その頭の回転は早い様だ。


議論に熱中していた3人だが後方から聞こえる言葉に居住まいを正した。


「陛下のお越しです」


文官から告げられた言葉に、立ち上がり王を出迎える。


 ゆったりとしたチュニックを着たレイスラット王は、笑顔で3人に座るように促す。


「中々楽しそうな会話だったな。ホワイト殿を招いたのは正解だったと見える」


その言葉を聞いた白山は、スッと頭を下げ招待に感謝を告げる。


「本日はお招き頂きまして、有難うございます」


その言葉に頷いた王は、満足そうに目を細め頭をあげるように白山に告げる。


「それほどかしこまらなくて良い。ここにいる者は儂が信頼する人間だけだ。

それに、食事をしながら儂にも先ほどの話を聞かせてくれ」


 終始笑顔を崩さない王は、そう言いながら3人を王族用の食堂へと誘う。

王に続いて食堂への扉をくぐった白山は、執事に案内された席に着席すると、少し遅れて食堂に一輪の華が舞った。

淡いブルーのドレスを着たグレースが食堂に姿を現し、その姿に食堂の雰囲気が華やいだ。


 王へと同じように頭を下げた白山に、グレースは花が咲いたような笑顔を浮かべ静かにそして優雅に着席する。


サラトナとトラシェがそれぞれ挨拶をし、グレースが白山に視線を向けた。


「本日はお招き頂きまして、有難うございます」


 グレースの視線を受け止めた白山は、そう言ってニッコリと微笑み返す。

その視線のやりとりにグレースは嬉しそうに目を細めて、そして頬を染めるとわずかに俯いた。


 その様子を笑顔で見ていたレイスラット王は、軽く咳払いをすると周囲を見回して告げた。


「それでは食事を始めようか……」


 王のその言葉と合図で、洗練された動作で使用人達が食前酒を配り始め、王がグラスを掲げる。


「王国と民の為に……」


 静かにグラスを掲げたそれぞれの面々は、食前酒に舌鼓を打ち、王が話題を切り出す。


「先程の話は途中からしか聞こえなんだが、詳しく説明してくれるか?」


 その言葉に、正しく自身の説明が通じているか確かめる意味も含め、白山はトラシェに視線を送る。

その意図を理解したのか、トラシェが王に説明をしてくれる。

白山は王の質問で、まだトラシェが知らない場合のみ、受け答えを代わりその内容に答えた。


その内容に納得したのか、王は頷いてからサラトナの方を見る。


「儂は、実施しても問題無いと思うがどう思う?」


その言葉を聞いたサラトナが食前酒をテーブルに置きながら答える。


「私も異論はありません。草案を作成して、段階的に始めてみるのがよろしいかと」


 その言葉に頷き、王が一口食前酒を飲み干した絶妙のタイミングで、料理が運ばれてくる。

料理は、野菜や肉そしてレイスラット城の北にあるマザーレイク(母なる湖)で捕れた鱒だった。

どれも見栄え良く、シンプルながら滋味あふれる料理が続く。


 そうした料理の合間に、財政や内務・外交と様々な意見や話題が出て来る。

その多くはこれまでのレクチャーで城の人間から、白山に聞いていた事が多く話題についていけないといったことが起こらない。


 これは、自分の知識の範囲がここの面子に伝わっていると白山は感じて、視線を軽くグレースに向ける。

するとその意図を理解しているのか、グレースはニッコリと微笑みながらわずかに頷く。


 配慮に感謝する意味で白山も僅かに頭を下げると、そのやりとりをサラトナが見咎めわざとらしく話題を振った。


「しかし、バルザム卿のご子息は手痛い失敗でしたな。あれを挽回するのは容易ではない」


 給仕に注がれたワインを飲みながら、そんな話題を振った。

するとそれに便乗するかのごとくトラシェも笑いながら話す。


「近くで聞いていましたが、あれは傑作でした。これでグレース様との婚姻に関しては脱落でしょうな」


 最も、今の時点で王はまだグレースが女王として国を治めるか、婿を迎えて次の王に据えるかは明言していない。

ただでさえ国内の貴族が揺れ外敵が迫る中で、これ以上の反発や無用の諍いを起こしたくないと言う気持ちもあるが……

何より重大なのは、相応しい男がいない事だった。


 国内の貴族では、10年前の流行病で貴族の子にも亡くなる者が多く相応しい人物がいない。

何人か男子の有力貴族の子息が残ったが、その筆頭が先日失態を犯したバルザムの息子だった。


 国外を見渡してもシープリットの国境は閉鎖、オースランドはこちらも年齢の合う王族がいない……


 2人の言葉を聞いたグレースは、ホッとしたように息を吐き話題を振った2人に反論する。


「あら、私にも夫を選ぶ権利があるのではないですか?」


 すると、サラトナは大げさに驚いた仕草で両手を上げると、わざとらしく降参の仕草をする。


「これは手厳しい! では姫の眼鏡にかなう男子は、何方かいらっしゃいましたかな?」


 その言葉を聞いたグレースは、一瞬だけ呼吸が止まった様な動きを見せるが、やがて一息ついたように言葉を吐いた。


「さあ? それは秘密ですわ……」


 ニッコリと笑うグレースの視線は真っ直ぐに向けられ、その先には白山が座っている。

呑気に王族の結婚って大変だな…… などと考えていた白山はその視線にワインを咽そうになる。

流石は王に仕える給仕だ。こんな時でも慌てずグラスに水を注ぎ、白山に手渡してくれた。


 グラスを受け取りながら若干涙目になりつつ、必死で咳払いをする白山にトラシェが追い打ちをかけた。


「なるほど、その選択肢もありますね。ホワイト殿が功績を上げて貴族に任じられれば……」


 意味ありげにそう言い放つトラシェに驚きの表情を向ける白山は、ニヤリと笑顔を返される。


 白山が内心、これは罠かと思い王に諌めてもらおうと顔を向けると、そこにも何故か王のニヤリとした顔があった……

この瞬間、孤立無援だと悟り『王宮って怖い』と白山は今更ながらに感じていた……




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次話 20日 夜 更新予定

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