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兵と交流と試合

今回のお話は、団体での戦闘や登場人物の台詞に

物語の進行上、フィクションや誇張があります。


苦手な方はご注意下さい。

あくまで創作として、肩の力を抜いて御覧下さい。


 深夜にまで及んだ話し合いは、概ね建設的な内容で終わった。


 翌日はアトレアに同行してもらい、第1軍の訓練を見学させてもらう事になった。

幸いなことにいつもより少し多めに飲酒したが、寝覚めは悪くなかった。


 朝食を摂った白山は、リオンに手伝ってもらい幾つかの武装を武器庫から運び出し高機動車に積み込む。

アトレアとは昨日ランニングで出会った位置で待ち合わせをしている。


 昨日の話し合いでは、いくつかの下地を作りその反響を見る方向で話がまとまった。

アトレアが把握している限りでは、約6割程度が国王派だが4割前後の貴族派に指揮官が多く、やはり兵は指揮官の意見に左右される傾向がある事。


 その為白山の武器や手法を説明し、その反応を探ろうという事になったのだ。


 どちらかと言うとアトレアが、白山の武器を実際に見たいと食いついてきたのはご愛嬌だろう。

休みのはずだったが明日は、交代で訓練している第1軍に同行すると言ってくれた……


 正門と衛兵の詰所に高機動車を出す事をあらかじめ伝えて、無用な混乱を予防した白山は車両を点検し、異常の有無を確認してからエンジンを掛ける。

 少し甲高いスターターの音に続いて、低いエンジンの唸りがそれに続く。


 ゆっくりとしたペースで、昨日のランニングに使用したコースを平原に向けて進んでゆく。

湖畔の分かれ道を右に折れて暫く進むと、昨日の騎馬とは異なる歩兵の軍団が見えてくる。

その数は100名ほどで、昨日の話ではこれで中隊との事だった。


これを4個中隊で連隊を編成しているとのことだ。



 兵士達が明らかに動揺しているのが見て取れ、近くに高機動車を停めた白山は歩み寄ってきたアトレアへ声をかける。


「おはよう!今日はよろしく頼む。」


 歩み寄った2人は互いに握手を交わし、揃って兵の前に歩いてゆく……

動揺していた兵たちがその姿に驚きつつも、兵長達は兵を整列させ始める。


 握手は昨夜のうちにアトレアに白山が依頼していた事だった。

軍団長であるアトレアとの友好関係を兵達の前で見せる事で、外部の人間である白山の印象を幾分和らげる心理作戦だった。


 この手法は交換訓練や現地軍の指導でよく使われる手で、白山はまず現場の兵達と信頼関係を構築しようと考えていた。


 整列が終わった部隊を前に、アトレアが声を上げる。


「本日の訓練は、新たに軍相談役に就任したホワイト殿が我々の訓練を視察される!

皆の訓練の成果を遺憾なく発揮して欲しい!」


 短く訓示を行ったアトレアは、横に並び立つ白山を紹介し訓練の開始を告げた。

訓練は隊を半分に割っての模擬戦が本日の訓練科目だという。


 訓練用の木剣と槍に見立てた長い棒を持って、両陣は200m程離れた位置で対峙する。


 アトレアが側に控える兵士に合図を送ると、その兵はラッパを吹き両軍が動き始めた。

両軍は集団となって、戦闘を開始する。

怒号が交錯し木と鉄がぶつかり合う音が響く。


 その様子を見ながら、白山は思った点をノートに書き込む。

歩兵の戦闘を見ているとまず気になるのが、集団戦闘の意識が少ないのだ。

各人の武力が重視され、集団の利を活かす方向に意識が向いていない。

ゆえに、ぶつかった後は乱戦になり戦果は運頼みになっている。


 無論、集団を動かす意味での戦術はあるが、それは連隊長以上の指揮官が戦場を俯瞰し用兵を行うが、それもぶつける方向を決める程度だと言う。

浸透や伏撃、迂回といった戦術は取られていない……


 聞けば伏撃などは、奇襲などは卑怯であり貴族が取るべき手法ではないと言われており、それが戦術の発展を妨げていた……

その為、2年前の戦争では、敵重装歩兵の集団戦法による攻撃で甚大な被害を出している。


『ファランクスから教えるべきなのかなぁ……』


 戦訓は活かされているのかとの白山の問に、最近になって戦力が回復してきた状況で、まだそこまでの対策は行われていないとアトレアが力なく答えた。


程なくして、片方の軍団が勝ち訓練は小休止になった。


 白山は今回負けた兵長の所に歩み寄って、幾つかの助言を与えた。

地面に図を書きながら白山は丁寧に説明をした。

兵長は難色を示していたが、まずは今回だけやってみてくれと説得する。


 更に兵達に入り込み、隊列の組み方を実地に指導する。

戸惑っていた兵達も半信半疑ながらそのやり方を聞き納得してくれた。やはり自分の命を賭して戦う兵達は、効率的なやり方に興味を示す。



 やがて休憩が終わり、模擬戦が再開された。

勝利した部隊の方は、先ほどと同じように隊列もなく集団として固まりになっているだけだった。

一方先程敗北した部隊は、白山が助言したように部隊を半分に分けて、前列は2列の横隊を敵の正面に向けて、残りが集団でその後方に布陣する。


「これには、どんな意味があるんだ?」


 アトレアが開始前に白山へ尋ねるが、白山は笑って「じきにわかる……」とだけ答えた。

その言葉を聞いたアトレアが合図を下す。


ラッパの音が鳴り響き、模擬戦が開始される。


 勝って勢いに乗っているのか先の勝軍が勢い良く駆けてゆく。

一方、白山が指導をした軍勢は動かずその場に留まっている。


 2列横隊で待ち構えていた前列は、密集して槍を突き出し牽制する。

前列の人間が槍を前に並べ接近を防ぎ後列の人間が、その隙間から槍を操り接触した相手の軍を仕留めてゆく。


 接触から少し経って、兵長の号令で隊列を維持したまま、徐々に後退を始める。


 すると突然の後退に対応できず、徐々に攻撃を仕掛けていた軍が縦に伸び始めた。その隙を突いて後方に控えていた部隊が側面から回り込み横腹を突く。

剣を主体にした後方の部隊は瞬く間に食い付き、方向転換する間もなくバタバタと切られる。


勝負は先程の半分以下の時間で決着した……


 白山は釣り野伏を簡略応用した側面攻撃を教えていた。

こうまで策にハマり込むとは白山も予想外だったが、勝った方は歓声を上げ負けた方は釈然としていない様子だった。


 アトレアも驚いた様子で、白山の説明を聞いていた。

簡単に説明を終えると白山は両軍に入り込み、まずは両軍の健闘をたたえてから今の陣形の良い点や悪い点を指摘する。

そして兵士達に話しかけて、どう感じたかなどの感想を遠慮なく言わせる。

身分や階級に関係なく意見を言わせ、活発に議論させた。


 そして、ひとしきり意見が出ると白山は問題提起をする。

実際の地形を見て、先程の動きを使うにはどういった地形が良いか?、兵を伏せるにはどんな条件が必要かを考えさせた。


 白山が戻っても、両軍の兵達は活発に議論を続けている。

アトレアは白山の手法に驚き、そして活発に議論を交わす部下の兵達を眺めた。


 これも白山の手法だった。

外部の人間が突然現れて、これまでと違うやり方を押し付けたなら反発は必至だ。


 とりわけプライドの高い現地の精鋭部隊などでは、外部からの軍事顧問に対して反感を持つことも少なくない。

しかし、実践させてそれについて自主的に議論をさせ、意識を議論に振り向け自分もその輪に加わる。

これによって外部からの押し付けというイメージが薄れ、反発が少なくなる。


 その手法を応用した白山の手法は見事に当たり、兵達が積極的にアイディアを出し合っていた。


「鉄の勇者が視察に来ると聞いて反感を持つ者も居たのだが、杞憂だったな……」


アトレアがそんなことを言い出す。


「それはまだわからん。今回は上手くいったが他の部隊でも同様とは限らないしな……」


白山が肩をすくめながらそう言うと、アトレアも小さく頷いた………




 そこへ数騎の騎馬が、城の方から蹄の音を響かせ接近してきた。

その姿を見た兵達が議論をやめ静まり返る……


「貴様ら! 訓練はどうした!何を怠けておるっ!」


 軍団旗を靡かせながら現れた男は突然、兵達を叱責するとアトレアに向き直る。

年の頃は40前後だろうか、長身痩躯で顎髭を伸ばした如何にも神経質そうな顔つきをしている。

しかし身なりや装備は良く、ひと目で貴族のそれと判る格好だった……


「軍団長、これは一体どういう事ですかな?

視察においでになるとの事で、私も急遽こちらに来ましたがこれでは訓練ではなく、まるで茶話会ではありませんか!」


 苛立った様子でまくし立てる人物は憮然とした表情で、アトレアに食って掛かる。


「ヒックス連隊長、これは戦術の議論だ。無駄話をしている訳ではない」


 軍団長としての威厳を持った口調で、アトレアが返答するが連隊長は聞く耳を持たず反論する。


「兵ごときが戦術を考えるなど言語道断です! 下の者がいらぬ考えを持てば肝心な場面で役に立たなくなる!

私の兵に無用な知恵など与えないで頂けますか。」


「連隊長、ここにいる兵は君の兵でもあるが私の兵でもあるのだよ」


若干語気を強めた口調でアトレアが諭すが、連隊長は意見を曲げない……


白山はその話を聞き、頭痛がする思いを堪えつつ黙って聞いている。


「だいたい、鉄の勇者などが軍に余計な口を出すなど不遜極まりない。軍の事は軍人に任せておけばいいのだ!」


 一言も発しない白山の態度を、臆病とでも捉えたのか連隊長はその口舌の矛先を白山に向けた。


「昨日話を聞いたが、ホワイト殿は兵を率いていた経験が豊富だ。私達より戦に関しては詳しいぞ……」


 アトレアは昨夜の話を思い返したのか白山を擁護するが、連隊長は一向に引く気配がない。

白山はここで自分が何かを言い出せば、アトレアの立場に響くと考え、発言を控えていた……


「それにな、ホワイト殿の戦術は理にかなっており、従来の半分の時間と損耗で部隊を勝利させたのだ。

これは、先の戦争で我々が苦しめられた皇国の重装歩兵に対する手段になると私は見ている」


 アトレアのその発言に、ピクリと眉を動かした連隊長は兵長を呼び出しその手法について問い質す。

軍団長と連隊長の前に連れて来られた兵長は、かなり萎縮していたが白山の戦術を辿々しく報告する。


それを聞いた連隊長は顔を真っ赤にして白山に詰め寄った。


「騎士の軍である私の兵に正々堂々と戦いもせず姑息な手段を吹き込むとは、一体何を考えているのだ!」


「はっ?」


 思わず素で聞き返してしまった白山に、連隊長は更にまくし立て口から泡を飛ばす。


「お言葉ですが連隊長…… 少しお伺いしたい。

我々は軍隊です。試合や決闘であれば正々堂々も良いでしょう……

しかし、戦争では相手は正々堂々と戦ってくれますか?


そして、我々が守る後ろには何があるのですか?

不安に怯える民がいるのですよ?

我々が負ければ、国や民はどうなりますか?


貴方にも家族がいるでしょう。

あそこにいる兵達にも同じように家族がいるのですよ?

戦争で人が死ぬのは避けられない。

しかし、死者を減らす努力をするのは、指揮官の勤めではありませんか?」


 至って静かに含めるように語りかける白山に、連隊長も口を閉じ反論の材料を探すが中々それが出てこない。

そしてようやく出てきた言葉は、白山への侮蔑の言葉だった……


「ふん、幾ら綺麗事を並べても、どうせ正々堂々勝負が出来ず小細工を弄するしかできんのだろう……」


 そんな言葉しか出てこないのかと、白山は落胆のため息をこぼしながらも、それに答える。


「では、個人の武を示せば納得して頂けると?」


 白山の言葉に何かの糸口を見出したのか、連隊長はチラリと部下を見やると嘲るように言葉を吐く。


「良いでしょう。私の部下に勝てたなら貴方の戦術とやらを認めて差し上げましょう」


 いやらしい笑みを浮かべて、一人の部下を呼び出した連隊長は勝ちを確信したように鼻を鳴らした。

現れた部下は、身長が190はあるだろうか?隆々とした筋肉にハーフプレートを装備した大柄な男だった。


 如何にも武力が自慢といった様子で、自分よりも小柄な白山を見てニヤニヤと笑っている。

その男を興味なさげに一瞥しただけで、白山は連隊長に尋ねる。


「それで方法は剣ですか?」


 尋ねられた連隊長は好きにして構わないと告げ、それを聞いた白山は先程まで活発に議論していた兵達に声をかける。


「おい、木剣を貸してくれ!」


 走り寄ってきた兵が木剣を渡すと、白山はバランスを確かめ軽く振りアトレアに向かって頷く。

それを見て察したのか、アトレアは勝負の方法について話し始める。


「よし、それではこの勝負、軍団長である私が証人になろう。勝敗はどちらかが戦闘不能になるか、まいったと言うまで!」


 筋力に物を言わせて、木剣をブンブンと素振りする男は同僚に「勇者を叩きのめしてくる」などと軽口を叩いている。

一方の白山は、相変わらず力みも強張りもなく自然体で佇んでいた。


双方の距離は4m程だろうか……


アトレアが合図をかける。 「はじめっ!」


 それと同時に相手の男は木剣を腰だめにし、猛然と白山に向けて間合いを詰めてくる。

白山は構えも取らず右手に木剣を持ち、自然体のままでそれを待ち構えた。


 間合いに入った途端、男が木剣を振り上げ袈裟懸けに振るう。

だが、流れるような動きで相手の懐に入り込んだ白山は、剣を振る事もなく相手の勢いを利用し首に手刀を叩き込む。


 「グッ」と苦悶の声を一瞬漏らした男は、白山の肩を滑るように崩れ落ち地面に転がった……


 呆気無くおわった勝負に、誰もが言葉を失っていた……

そんな様子を見た白山はもう少し続けるかと考える。

このまま終わっては、何かイカサマでも行ったように誤解……いや曲解される可能性もある。


 白山は、無言で気絶した男の木剣を拾い上げると、観戦していた連隊長の部下に投げ渡す。

明らかに動揺した様子だが連隊長から視線を向けられると、叫びながら向かってきた。


 先程の一撃を見ているためか、接近は慎重で間合い近くで様子を窺っている。

白山は無言でスルリと歩み寄り、頭を相手にわずかに突き出し頭部への攻撃を誘う。

 

 案の定、それに食いついた2人目の男は剣を振り上げ、最上段から剣を振り下ろした。


 しかし、斜めに踏み込んだ白山の頭部はすでにそこに無く、虚空を切った木剣に白山の木剣が振り下ろされる。

鈍い音がして男が木剣を取り落とすのと同時に、白山の木剣が首筋に当てられていた……


「まっ、まいった……」


 力なく言い渡された降参の言葉に、白山は首筋に当てた木剣はそのままに連隊長を見る。


「まだ、続けますか?」


 部下が負けるとは思ってもいなかった連隊長は、驚愕の表情を浮かべていた顔を歪め苦虫を噛み潰す……


「ふん、好きにしろ……」


 舌打ちとともに、捨て台詞のようにそう言い放つと馬に向けて歩き出し、慌てた部下がそれに追従する。

首筋へ木剣を押し当てられていた男に白山は、「その男も連れて行け」と顎をしゃくった。


 青い顔をした男は、倒れた大男に向かい頬を叩き、意識を取り戻そうとする。

うぅ…と、朦朧とした意識を揺り戻した男は状況が理解できていない様子で、同僚の顔を見て怪訝そうな顔をする。


 そして、白山の顔を見るやいなや、忘れていた闘争本能を思い出したかのように猛然と襲い掛かってきた。



 男の体が地面に叩きつけられたのは、それから数秒後の事だった…………

ご意見ご感想お待ちしております。

次話 17日 夜更新予定です。

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