仲間と回顧と今後
今回のお話は、あくまでざっくりと近代の軍事について説明してあります。
あまり長すぎるとテンポが悪くなるので、簡潔にまとめました。
フィクションとして肩の力を抜いて御覧下さい。
アトレアの資料を思わず2度見した白山は、先程のどよめきとリオンの会話を聞き納得した。
しかし、パッと見た印象は好青年としか言い様がない……
暫く眉間を抑えて黙っていたが、白山はリオンに尋ねる。
「アトレア殿が女性だといつから気づいてた?」
カトラスの握りに巻いた革紐を調整していたリオンは、その言葉にこちらを向き「途中の会話からです」と答える。
確かに男にしては高い声だったが、さして注意していなかった。
「うん、男だと思い込んでた…… 」
まあ、己の迂闊さはさておき、今更態度を変えるのはどうかと思うので、これまでの態度を貫こうと白山は決める。
『なんか、こっちに来てから女難の相が出てないか……?』
リオンの方をちらりと見ながら、そんなことを考えていた白山は意識を切り替え、直近の視察対象である第一軍団にある程度のつながりが出来た事を良しとする。
部屋付きのメイドに頼んで、自室で夕食をとった白山とリオンは、久しぶりに穏やかな時間を過ごしていた。
白山が自身のノートやラップトップに今後の視察で必要になる着眼点や、こちらの軍が使用する戦術や用兵についての考察……
現在の技術レベルで可能な兵器の開発や効率化、挙げればキリがない。
そうした時間を過ごしていると、不意に乱暴なノックで来客が告げられる。
この荒っぽいノックと部屋付きのメイドがそそくさと逃げた様子から、来客はブレイズだと推測する。
ガチャリと開かれた扉から現れたのは案の定ブレイズだったが、他にもう一人この部屋を訪れた人間がいた。
噂をすれば何とやら…… 件のアトレアがブレイズと共に部屋にやって来た……
*****
「んで、お前さんは人が真面目に仕事をしている所に何故、酒瓶を持ち込んでるんだ?」
散らかった資料を整えながら、白山はソファに腰掛ける2人を見てそんな言葉を投げる。
「まあ、そう硬い事言うんじゃねーよ。」
ニッコリと笑いながら、グラスに注いだ蒸留酒を白山に押し付ける。
アトレアもそんな様子を見ながら、グラスを受け取りつつブレイズの言葉をフォローした。
「ブレイズ殿は、軍の訓練校で私の教官だったのだ。軍に入ってからも良くしてもらっている。」
アトレアの話によると、ブレイズは元々第一軍団の出身で、よく軍で面倒を見てもらっていたらしい。
そして2年前の戦役以降、功績を上げた2人はそれぞれ第一軍団長と親衛騎士団長に抜擢されたとの事だった。
旧知の間柄だった2人は、王の帰還後久しぶりに再会したとの事で、ブレイズは昨夜の晩餐会があり明日は休み
アトレアも任務から帰還し、2~3日は休養となったそうだ。
そこで偶然白山の話が出て、アトレアとの夕刻の邂逅に話が及び……
それならばとブレイズが酒を仕入れて、ここにやって来たとの話だった。
「突然の来訪ですまないな……」
そう切り出したのはアトレアだった。
ゆっくりと首を横に振って「問題ない」と伝えた白山は、これ以上資料をまとめるのは諦めてグラスを受け取った。
簡素に乾杯をしてグラスを傾ける。
「しかしホワイト殿が、あの伝説の鉄の勇者だとは思いもしなかった。」
アトレアは、そう言いながら白山に視線を向けてしげしげと眺めながらグラスを傾ける。
「まあ、普段はそう見えんだろうが、いざ戦闘になるとこいつは別人だ……」
白山の戦闘の様子を2度見ているブレイズは、グラスを持った手の指を1本器用に白山へ向けてそんな言葉を投げる。
肩を並べて共に戦闘をすると、一種の連帯感のような親密さが生まれる。
白山とブレイズもお互いの力量を見ており、そんな信頼関係が醸成されつつあった。
「まあ、それなりに厳しい訓練をくぐり抜けて、実戦も経験すれば嫌でもそうなる……」
苦笑しつつそんな答えを返す白山に、アトレアは興味を抱いたようで白山の戦闘に関する話を聞きたがった。
白山は少し考えた後、今後の参考になるだろうと思いまずは基礎的な観点から話を始めた。
「まず、前提になるのは銃という存在だ。
俺達の世界でも、銃が登場するまでは剣や弓が主力だったが銃が現れてから戦場が一変した。」
背嚢と一緒においてあったハードケースから、M4(小銃)を取り出すとアトレアに見せる。
ブレイズもその威力は身を持ってよく知っていたが、間近で見るのは初めてで食い入るように2人は見つめていた。
「こいつは、火薬の力を使い弾頭を弓よりも早くはるか遠くに正確に撃つ事ができる」
5.56mmの弾丸を1発、弾倉から取り出して手渡すと、慎重に受け取りそれに見入っていた。
返された弾丸を弾倉に戻しながら、白山は話を続ける。
「これによって、戦闘のあり方は大きく変化したんだ。何万という人間が整列していればそれは良い的でしかなくなった」
その言葉に、アトレアはゴクリとつばを飲み込み、ブレイズは普段よりも真剣な表情で何かを考えていた。
それを見た白山は、アトレアに質問をする。
「アトレア殿…… お互いの陣営が銃を持った場合どうなると思う?」
その質問にアトレアは深く考えた後、切り出した。
「お互いが見えないように隠れるか距離をとる……か?」
その質問に頷いた白山は、「だいたい正解だ」と答える。
「俺が着ている服は、迷彩服という。自然の中に溶け込み目立たなくするための衣服だ」
壁にかけられていた戦闘服の上着をリオンに取ってもらい、それをアトレアに手渡す。
しげしげとそれを眺めたリオンとブレイズは、どのくらいの効果があるのか訝しんだが、今度実演して見せるという白山の言葉に頷いた。
「隠れて敵よりも先に相手を発見するように知恵を絞って、なおかつ相手の弾を避ける工夫をした。これが一方の進化だな」
これまで、じっと何かを考えていたブレイズがその言葉に疑問を呈する。
「では、もう一方は?」
真剣な眼差しでそう聞いたブレイズに白山は質問で返した。
「お互いが銃を持ちうかつに近寄れない。そんな状況ならどんな知恵を使う?」
少し考えたブレイズは、ふと思いついたように言葉を発する。
「より強力な銃を作るって事か?」
その言葉に流石に団長を務めるだけあって回転が早いと思いながら、ブレイズに視線を向けて頷いた。
「密集をやめて隠れる兵を銃を使って点で殺傷するより、大きな威力で遠くから面を制圧した方がいいと気づいて、そんな兵器が開発された」
白山の言葉に、まさに言葉を失ったという表情の2人は、酒に手を付けるのも忘れ暫し考え込んでいた……
「どうだ?信じられるか?」
幾分、自嘲気味に感想を聞いた白山に2人は異なった意見を返してきた。
「俄には信じられん。そんな兵器があるとすれば一瞬で国が滅びるだろう……」
アトレアは難しそうな顔を浮かべて、酒を煽った。
そしてブレイズは、それよりやや肯定的な見解だが、やはりまだ信じきれていない様子だった。
「俺はホワイトの銃の威力を知っているが、それよりも強力な兵器か……」
その言葉を聞いた白山は、しゃべり疲れた喉に酒を流し込み席を立った。
「ブレイズ、昨日の夜もっと面白いものを見せると話しただろう?」
「ああ……」
戸惑いがちに答えたブレイズは、思い出したように酒を煽った。
白山は、背嚢の中から1枚のデータCDを出して持ってくる。
「昨日の機械は音を記憶する機械だったが、音だけじゃなく景色や人の動きを記憶できる物もあるんだ……」
ニヤリと笑った白山は、ラップトップを起動し動画再生ソフトを立ち上げる。
ラップトップのスクリーンに写し出されるデスクトップの画像にも2人は驚いていたが、再生された画像に釘付けになる。
そこには米軍のFOB(前線基地)に間借りしていた白山達が教育資料として撮影していた戦闘風景や火砲の誘導や迫撃砲の発射シーンが克明に記録されていた。
ヘリからの空撮や航空機による対地攻撃の様子が映っており時折、ヘルメットカメラでの戦闘の様子も克明に記録されていた。
アトレアがその画像を見て呟く……
「信じられん……」
その言葉を聞いた白山が、ゆっくりと酒を飲みそして切り出す。
「これが、俺のいた戦場だ……」
時折、白山のチームの仲間が映像に映る……
彼奴等は、今何をしているだろうか……
郷愁とも望郷の念ともつかない感情が白山の胸を締め付けた。
日々の状況に対応するのに精一杯で、これまで彼奴等のことを考える余裕が少なかったが、映像を見て改めて想う。
仲間の安否、そして不可抗力とはいえ任務を達成できなかった事……
そんなやるせなさが、映像を見て白山にこみ上げる……
気がつけば映像は終わっていたが、気付くのが遅れていた。
気を取り直して話を続けようとするが、ブレイズに先手を打たれてしまう……
「仲間を思い出していたのか……?」
残り少なくなった酒を一息に煽ると、白山は短く答える。
「まあ、そんなとこだ……」
黙ってブレイズが白山のグラスに蒸留酒を注いだ。
礼を言ってグラスを受け取ると、一口それを含む……
「ホワイト…… 良ければ話してくれないか? 俺達はお前を鉄の勇者と呼び祭り上げているが、お前の事はあまり良く知らない……」
そんな言葉がブレイズから溢れる。
これは同情ではなく、ブレイズの本音だった……
壁際に静かに佇んでいたリオンも白山に視線を向ける。
そしてアトレアも身を乗り出し真剣な表情で白山を見つめていた。
そんな視線を受けて、観念したように白山は語りだす……
「俺は特殊部隊という高度な作戦を実施する部隊で小隊長をしていたんだ……」
そんな切り出し方で始まった話は、ブレイズやアトレアの想像を超えた話だった……
「そうだな…… 特殊部隊というのは、通常の一般部隊では難しい任務を担当するんだ。
前線のはるか後方で偵察や攻撃、人質の救出なんかをな……」
そこまで話してから、グラスを傾け一口酒を飲むと話を続ける。
「当然、難しい任務を担任する上で訓練は厳しく、そして死傷率も高い。
俺もこれまでに3人の部下を失っている………」
そして白山は訓練で1人、実戦で2人部下を失っている事について語る。
「俺達の世界では、兵の命が非常に重いんだ。
湯水のごとく金を使い最高の訓練を積んであらゆる状況に対応できるようにしても、死ぬ時はあっさり死ぬんだ……」
白山の瞳は物憂げに虚空を見上げていた………
「指揮官は場合によっては冷徹に命令を下さなければいけない…… 判るだろ?」
その言葉に2人は神妙な顔で頷いた。
ブレイズもアトレアも2年前の皇国との戦役に出ており、その苦しみは十分に理解できた。
「この世界に来る直前、俺は……いや、俺達は敵支配地域のど真ん中で監視任務の最中だった。
その任務のさなかに俺だけが、この世界に飛ばされた……」
任務を完遂出来なかった事、そして不可抗力とはいえ何より守るべき仲間を敵地に置き去りにしてしまった事実……
そうした事柄が心に引っかかっている。
運命の悪戯なのか……
この世界に来てからは、こうして王城で酒を飲んでいるが、ふとした拍子に心があの荒野に戻る事がある。
正直にそう語って聞かせた白山の言葉に、ブレイズは静かに目を閉じて何かを考えていた……
「そうか……… それは辛いな……」
ポツリと呟いたブレイズは黙って小さなグラスに3つ蒸留酒を注いだ。
「仲間と、散っていった男達に………」
ブレイズがグラスを掲げる………
アトレアもグラスを掲げ、白山もやや遅れてグラスを掲げた。
蒸留酒を飲み干した白山は、意識を切り替えたように表情を変え2人に語りかける。
「湿っぽい話は終わりだ。今日はアトレア殿が来てくれて助かった。
俺は自分の知識をこの国の軍に活用しようと考えている。2人の協力が欲しい」
そう切り出した白山に2人は少し考えた後、口を開いた。
「自分の軍が強くなる事については、積極的に受け入れたいが私の一存では決められないだろう……」
アトレアは難しそうにそう答える。
「やはり、問題は貴族の反対か?」
静かに頷いたアトレアに白山も腕を組んで考え始める。
「急激な変化はおそらく貴族派に属する連中を刺激するだろう。
あいつらは、対面や格式を重んじるからな……」
そう答えたのはブレイズだった。
その言葉を黙って聞いていた白山は、知恵を貸して欲しいと2人に頭を下げる。
「俺一人では、おそらく軍への助言や改革は上手く進まないだろう。
軍の内情や慣習について詳しくないからな。」
白山のは国境沿いに配置されていて、貴族派が多数を占める第2・第3軍は改革に適さないだろうと考えていた。
その為、ブレイズとアトレアに協力を仰ぎ、第1軍をモデルケースとして先行して改革出来ないかを検討する。
そしてこの場で、内諾を得てから王に上奏する腹づもりであった。
詳しい内容やその方向性については、今後この3人で定期的に会合を開き、改革の効果の検証や実施策について話し合うことにした。
話の内容が前を向き始めるにつれて、次第に場の雰囲気が和らぎ会話が弾む。
そうして夜の話し合いは深夜にまで及び、有意義な会話は3人の間に確かな絆を作っていった・・・
ご意見ご感想、お待ちしております。
次話 16日 夜 更新予定




