ブリーフィングとランニング【挿絵あり】
晩餐会のあと、騒動の後に王が現れた真相が明らかになった。
ブレイズの副官がこれは、自分の手に負えないと感じブレイズを呼びに行った。
しかし、王の警護で張り付いているブレイズにそのことを伝えた所、王の耳にもそれが入り文官の制止も聞かず、白山のもとに現れたのだという。
控えの間でブレイズにその話を聞かされた白山は、迷惑をかけたことをブレイズと副官に詫びた。
すると、ブレイズはニヤリと笑い、フロークの放蕩ぶりが気に食わなかったらしく、良い物が拝めたと白山の背中を叩いた。
副官は呆れた様子で「次は勘弁して下さい」と言ったが、彼もまんざらでもなさそうだ。
事態が落ち着いたら、この二人には王都で酒でも奢ろうと白山は考える。
「そういえば、後ほど正式な謝罪の使者がバルザム卿から来ると思います」
副官は思い出した様にそう告げる。
なんでも、こうした謝罪の場合体面を重んじる貴族は、正式に謝罪の使者を立て財貨を払い詫びをするとの事だった。
白山が必要ないというが、受け取らない場合謝罪を拒否されたと取られ、決闘や場合によっては戦争になる場合もあるので、素直に受け取ったほうが良いと忠告された。
ブレイズに至っては、「貰えるもんはもらっとけ」と実に彼らしい答えを返してくれ白山も諦めて受け取ることにする。
「しかし、あの小さな箱で音を残して置けるとは、驚いたぞ」
ブレイズは、ICレコーダーに感心していたようだ。
説明も面倒なので、今度はもっと面白いものを見せるとブレイズに答えニヤリと笑いかける。
「そうそう、いい忘れてたが陛下から言伝だ」
王からの伝言を言い忘れるとは如何なものかと思うが、白山はどんな内容かを聞いた。
「今日の晩餐は疲れただろうから、明後日の夕食に招待するとの事だ」
なんでも、王の個人的な夕食に招きこれまでの労いをしたいとの事だった。
当然、拒否権がない白山にとってみれば、二つ返事で受けるしかないのだが……
どうやら、相談役に就任したことで王への接見が容易になり、夕食に招く事が出来るようになったとのことだ。
本来はもっと早く招きたかったらしいが、流石に無役の人間を王宮内へ招くのは難しいらしく、このタイミングとなったそうだ。
承った旨をブレイズに返答し、リオンと共に居室に帰ることにする。
道すがら晩餐会で執拗に口説かれたらしくげんなりしていたが、リオンが白山の従者だと知ると一様に逃げていったらしい。
そんな様子を聞き、優しく笑いかける白山はリオンにねぎらいの言葉をかけた。
「今日はリオンに持ってきてもらったこいつで助けられた。ありがとな……」
胸のポケットからICレコーダーを見せて、そう言った白山の様子にリオンは頬を染め俯いた。
だが、リオンはフロークが白山を侮辱した際、本気で殺しに行こうかと思い堪えるのが大変だったと白山に告げた。
「あの男を殺す時があれば、遠慮なくお申し付け下さい。生まれて来た事を後悔させます……」
リオンの言葉に苦笑しながらも、白山は「今日はつかれた……」とリオンにこぼした。
リオンは笑って「帰ったらお茶を淹れますね……」と語りかける。
そう告げると、白山も笑顔で頷いた……
*****
次の日は朝からブレイズの副官がやって来て、レイスラット軍に関するブリーフィングが始まった。
今後は、軍に関する助言や視察を行う事が多くなるので、その前に基本的な事項について知っておく事が多くある。
第一から第三まで各軍団の団長の人となりや構成、軍区や戦い方、装備に兵站、指揮命令系統などをじっくりと聞いていく。
本来であれば、バルザム軍務卿に誰かを派遣してもらい、聞くのが筋だろうが、昨今の現状からブレイズが気を利かせて、副官を派遣してくれた。
ブレイズは、「好きにこき使え」と笑って言っていたが、白山は本来任務に支障は出ないかと、心配して副官に尋ねた。
すると笑って副官は答えてくれる。
「今のところそれほど逼迫はしていませんので、ご安心下さい。普段怠けている団長に、仕事をさせる良い機会ですし……」
それを聞いた白山は、副官とニヤリと笑いあう……
昼食を挟んで各種資料を前に聞いた内容は、まさに中世の軍隊でさらに貴族偏重が酷いという事だった。
これには国の成り立ちに関わる伝統が、そうさせていた。
初代 鉄の勇者が魔王軍と呼ばれる、正体不明の軍勢に立ち向かった際、共に戦ったこの国の貴族達が、その始祖にあたる。
領民を護り果敢に戦った事から、戦いは貴族の領分との伝統が形成されていた。
時代を経るに従いそれが変質し、いつしか貴族偏重に変わっていったのだろう……
一息ついた白山は、レイスラット軍の内情についてラップトップにその情報を落としこんでゆく。
副官は一旦、自分の仕事に戻るといい、午後の茶を飲むと足早に去っていった。
時折、リオンからお茶のおかわりをもらいながら黙々と資料を作成する。
その内容は、日本語で書かれておりリオンには分からなかったが、真剣な白山の表情に口を挟まずただ黙って控えていた。
白山が聞き取った内容は簡潔にまとめられ、おおよそ次の様になっていた……
レイスラット軍 基礎情報~
人員 約21,500名 陸軍のみ
第一軍 軍区 王都周辺 約6,000名 アトレア軍団長
第二軍 軍区 北部ヴェルキウス帝国 国境 約7,500名 バートン軍団長
第三軍 軍区 東部シープリット皇国 国境 約8,000名 ザトレフ軍団長
予備役に相当する諸侯軍 約20,000名
主な兵装 剣・槍・弓……等
輸送手段 人力及び騎馬
各軍団は1,500名前後の連隊が4個前後編成され、それぞれに重軸隊が存在する。
各連隊は、騎馬隊・歩兵・弓隊・重装歩兵の兵科が設定されており、各軍団で比率が異なる。
国内の食糧事情及び生産能力は高く、兵站については余力がある。
現状では全軍が行動を行った場合、現在の備蓄及び余剰供給力により約20日前後の作戦行動が可能との見積もり
武器及び装具に関しては、若干の余力不足が懸念されるが、入札及び納入システムについては不透明……調査の必要あり
○周辺諸国情勢
シープリット皇国軍
人員 約30,000名
王国時代から重装歩兵連隊の活躍が有名であり、騎馬による機動力は少なく歩兵が主体となっている。
ヴェルキウス帝国軍
人員 約45,000名~60,000名 情報により諸説あり
水軍及び陸軍が編成されている。
水軍の規模は現状では不明 古い資料では20隻の帆船を所有
陸軍に関しては、広大な平原を移動するため騎馬部隊が主力となっている。
ある程度の情報をまとめた白山は、一息つきながらリオンが淹れなおしてくれたお茶をすすった。
あとは実地で現場を視察したいが、第2第3軍は国境沿いの配置のためにすぐには難しいかもしれない。
作成した資料を眺めながら、両国の脅威にどのように対応すべきか、現状のレイスラット軍の問題点は何処か……
暫く考えていた白山は、現状ではこれ以上出てこないためそろそろ気分転換が必要な頃合いだった。
朝に副官から聞いていたランニングに適したコースを聞いていた白山は、少し汗をかいたほうが良いと思い立つ。
リオンに、少し走ってくると伝え白山は半長靴とTシャツ姿で、部屋を出る。
念の為に腰のホルスターにSIGとカランビットを差す。
*****
久しぶりのランニングは楽しみだった。
召喚される前も時間が許せば、最低5kmは走る習慣があった白山は、教えてもらった湖畔を走るルートに向けて正面玄関をくぐる。
軽く体をほぐして、ややゆっくりとしたペースで走りだした白山は、心拍の上がる感覚を楽しんだ。
やがて石畳の道から、土を固めた道へと変化し眼下に大きな湖が見え始める。
副官の話では左手に進むと湖港に通じていて、右手に進むと軍の訓練にも使用される郊外の平原に出るとのことだ。
あまり人通りの多い方向は得策ではないと、思った白山は右手に進んだ。
やがて、丘を越えると広大な平原と点在する森が目に入る。
しっとりとかいた額の汗を拭い、その風景にしばし足を止めた白山は広大な自然に目を細める。
すぐにランニングを再開した白山の耳に、遠くで聞こえる騎馬の音が聞こえ始める……
目を凝らすと、1kmほど先の森の陰から数十騎の騎馬隊が土煙を上げながらこちらに走って来る。
よく見えないが青地に獅子と剣を描いたレイスラット王国の旗を立てている事から、白山は第一軍だろうと当たりをつけた。
草原を横切り道に入ってきた騎馬隊は、徐々に白山との距離を詰める。
邪魔にならないよう道からそれてその様子を見ていた白山に、騎馬隊も気づいた様子で徐々にその速度を落とす……
先頭で部隊を率いているのは、銀のハーフプレートに身を包んだ若い青年だった。
高い身長と金髪そして銀の鎧が馬上にありまるでお伽話の様な印象を受ける。
「ここは、王家所有の土地で城内だ。どこから立ち入った!」
開口一番、そう詰問した若い騎士は真っ直ぐに白山を見据えている。
「王家軍相談役に任命されたホワイトと申す。貴殿は?」
白山はそう返答するが、周囲の騎馬達が距離を取りつつも緩やかに自分を包囲し始めている。
各騎馬の位置関係と武装を確認しつつ、若い騎士を見つめる。
「私は、第一軍団長 アトレア 王家には軍相談役など言う役職は聞いたことがない。重ねて問う、貴様何者だ!」
明らかに敵愾心を持って詰問するアトレアに対して、内心辟易としつつも白山は答える。
「王相談役への就任は、昨日付けで就任した。城の人間に問い合わせて頂ければ判るだろう」
アトレアは、剣の柄に手を掛け警戒心をむき出しで白山を見つめていたが、配下の騎士に目配せをすると2騎の騎馬が城の方向へ走っていった。
その様子にひと安心した白山は、会話によって意識を逸らそうとアトレアに話しかける。
「昨夜の晩餐では、アトレア殿にはお目にかからなかったが、任務で離れておいでだったか?」
その問に鼻を鳴らしたアトレアは、嘲笑気味に答える。
「宮廷雀のやかましい晩餐会などに興味はない。それに先日からずっと野営の日々だったからな」
昨日の晩餐会の騒動を思い出し大いに共感を覚えた白山は、苦笑しつつも頷く。
「確かにあの喧騒は私も苦手だな…… 任務については労い申し上げる」
その言葉を聞いたアトレアは、フッと笑い剣の柄から手を離す。
「労いについては有難く受け取ろう。ただし、軍の人間として身分の確証が取れるまでこのまま留まり頂けるか」
その言葉に頷いた白山は、先程までの資料を思いおこしながら会話を続ける。
「第一軍団は騎馬が主体と聞いていたが成程、見事な手綱捌きですな」
周囲に配置された騎馬を眺めつつ白山は素直な感想を伝えた。
その様子にまんざらでもない様子のアトレアは、ニヤリと笑うと手振りだけで包囲の騎士達が一斉に白山の周囲を駆け巡り始める。
突然のことに身構える白山だったが、側にいるアトレアは笑ったままその場に佇んでいる。
周囲をめぐる騎士から掛け声がかかると、円形の包囲陣から縦に切り裂くような急激な機動で真っ直ぐ白山に向かってきた。
白山はいつでも動ける態勢を取りながらも、僅かに直撃コースを逸れている事を悟り、動かずに騎馬を見つめる。
案の定、突っ込んできた騎士は白山のギリギリを掠め、後方に駆け抜けていった……
ランニングでかいた汗とは違う種類の汗を背中に感じながらも、白山の度胸を試し、自分たちの練度を示す行為だと分かりアトレアに視線を向けた。
相変わらずニヤリと笑っているアトレアだったが、微動だにしない白山の胆力に僅かに目を細めた。
「肝は据わっているようだな。相談役殿は……」
「まさに人馬一体ですな……」
お互い笑いながら、そんな言葉を交わしていると城の方から先程の騎馬が戻ってくるのが見える……
到着した騎士はアトレアに一礼すると端的に報告を行う。
その言葉に何度か頷いたアトレアは、白山に向き直り頭を下げた。
「失礼致した。ホワイト殿の役職確かに確認させてもらった。非礼をお詫びする」
そう言った途端に周囲を囲んでいた騎馬が元の隊列に戻り、整然と整列する。
「いや、当然の処置でしょう。お気になさらず」
にこやかに答えた白山に頷いたアトレアは、お詫びに城まで送ると言い、白山に手を差し伸べた。
途端、周囲の騎士達からどよめきが起きるが白山にはその理由が分からない。
周囲のどよめきを他所に一息に馬上に登る。見晴らしのいい馬上の景色に心躍るが、走り出した馬の速さにバランスを取るのに苦労する。
「腰に手を回せ」アトレアの言葉に従って右手を回し、左手で鞍の縁を掴むと幾らか安定した。
やはり馬は早い。傾斜を物ともせずあっという間に城の正門に達する。
そこで下ろしてもらった白山は、礼を言い後日改めて挨拶に伺う旨を伝える。
アトレアはこの後、任務の報告に王のもとへ行くと言いそこで別れた。
遠ざかる馬蹄の音を聞きながら、アトレアのような軍団長が相手なら、改革も上手く進むかもしれないと考える。
立木の影からスッとリオンが現れる。
突然現れた気配に驚いた白山は言葉短くリオンに尋ねた。
「ついて来ていたのか……?」
ワンピース姿のリオンは、ランニングと騎乗での移動に姿を隠して付いて来たようだ。
しかし髪も乱れておらず息も切れていない。
そうした影の技術に興味を持ちながらも「はい…」と小さく答えたリオンに白山は感謝を伝える。
そう言えば先日の襲撃からまだ、数日しか経っていないのだ。
気を引き締め直した白山は、リオンの意外な言葉に驚く……
「アトレア様もホワイト様を気に入られた様子で…」
何処か冷たくに話すリオンの言葉に、要領を得ない白山は尋ねる。
「軍団長と友好を深めるのは、悪い事じゃないだろ……?」
白山の表情と口調から状況を察したリオンは、ため息をつき「何でもありません……」と首を振る。
浴室で汗を落として、部屋に戻った白山はアトレアとの再会に備えて資料に目を通す。
そこには、リンブルグ家『息女』との文字があり、白山を絶句させた…………
ご意見ご感想お待ちしております。
次話 14日夜更新予定です
基本白山は鈍感系というか、自制しています(笑)
女性キャラは、もう少し出てきますが結ばれたり
そういう関係になるかは、まだ考えていません……
リクエストがあれば、出揃った時点でアンケートでもやりましょう。




