晩餐会と侮辱
アクセスが急に伸びてびっくりしています。
つたない文章ではありますが、よろしくお願いいたします。
ちょっと長くなりましたが、キリの良い所まで掲載しておきます。
2時間ほどの休憩の後、宮殿の大ホールに陪臣や貴族が集まり出し、晩餐会は夕暮れ時に始まりを迎えた……
楽師隊が音楽を奏でる中でテーブルに集まった参加者は、先程式典に参加した者の妻や娘、仕事で出席できなかった者なども参集し、活況を呈している。
主賓席に案内された白山とリオンは、そこで先に会場に到着していたサラトナに出会い、叙勲式での顛末を聞かされた。
儀典官に扮していたのは下級官史で、金貨5枚で頼まれたというが、頼んだ者の正体は不明だった。
即刻牢獄に繋がれた下級官史は後に処断されるだろうが、そこから先は恐らく辿れないだろうとの事だ。
「しかし、肝を冷やしたぞ……」
そう言うサラトナの顔は、周囲を見渡しながらドロドロとした王宮の空気に、辟易とした表情を浮かべていた。
「しかし、今回は陛下に助けられましたね……」
会話に割り込んできたのは、白山よりやや年かさの優男だった。
サラトナがそちらの方向を見ると、その通りとばかりに頷いて同意を示した。
「ホワイト殿、こちらは財務卿のトラシェ殿だ……」
サラトナの紹介に、白山は頭を下げ言葉を返す。
「申し遅れましたホワイトと申します。
あの場で助けて頂かなければ、ブレイス殿に切られてこの場には居ませんでしたね……」
白山は素直に、謝意を示すことで眼前の男の様子を見る。
その言葉に柔和な笑みを浮かべたトラシェは、白山に小声で語りかける。
「ご心配には及びません。私も国王派ですので……」
それに頷いた白山は、力強い握手でそれに答える。
サラトナの紹介ではその能力ゆえに、最年少で財務卿に抜擢された才人だという事だった。
和やかな空気で談笑していた白山達のもとに、幾人かのブーツの足音が響き何者かの到来を告げる……
近づいてきたのは恰幅の良い頬に傷跡を持つ中年の男が、何人かの取り巻きを従えゆっくりと歩み寄ってくる。
これに応じたのはサラトナだった。
「おお、バルザム軍務卿! ちょうど今日の主役に貴殿を紹介したかったのだ!」
オーバーアクションで軍務卿と握手を交わすサラトナは、白山にバルザムを紹介する。
「ホワイト殿、こちらが軍務を取り仕切る軍務卿のバルザム公爵だ」
そう紹介された白山は、慇懃に腰を折り挨拶を交わす。
「ご紹介に預かりました国王陛下より僭越ながら、鉄の勇者との宣言を賜りました、ホワイトと申します。
軍務卿閣下におかれましては、お見知りおきの程お願い申し上げます」
流れるような挨拶を受けたバルザム公爵は、取り巻きのざわつきを意に介さず、白山と握手を交わし言葉を返した。
「国王陛下の危機を救ってくれた事、陪臣を代表して心より御礼を申す。
本来は我らが成さねばならぬ事を行ってくれた。
御身こそ、勇者と呼ぶにふさわしい男だろう」
そう言ってバルザムは、握手を交わす手に力を込めるが白山も表情を変えず手に力を込める……
「有難きお言葉を頂戴し恐縮です。王陛下のお役に立てるよう、努力させていただきます……」
しっかりと相手の目を見て握手をした手を離さずに、そう伝える白山の態度は、言外の意図をありありとバルザムに伝える。
しかし、敵もさるものでニヤリと不敵に笑ったバルザムは、握りしめた手に更に力を込めながら答える。
「お互いにこの国のため尽力しましょうぞ……」
そう言ってどちらともなく握手を解いた2人は、席に着くとまもなく到着すると言われた、国王の臨席を待つ……
サラトナも宰相という地位で腹芸には長けているのか、顔色一つ変えず周囲と談笑している。
白山もゆっくりと周囲を見回し、周囲の貴族の反応や参加者の動向を眺める。
程なくして、レイスラット王が臨場するとの告知が流れ、王と王女が中央奥の一段高い席に収まった。
グレースは先程までのドレスから着替え、夜会向けの淡いグリーンのドレスに着替えていた。
今回の晩餐会は、王の帰還祝いと白山の叙勲に対する慰労との名目だったが、貴族達は冒頭に発表された白山の軍相談役就任について騒がしい。
この事態の重さを知る者は囁きあい、今後の自身の動きや、国王派や貴族派の動向について、あれこれと憶測を巡らせ白山に視線を向ける。
こんな浮足立った状態で始まった晩餐は、王の乾杯で幕を開けた……
ブレイズの副官は、控えの間で貴族について色々と教えてくれた。
自身も男爵家の次男だという副官は、そのあらましを簡単に説明してくれる。
まずこの国では、10人の公爵これは、王国の各領地を運営する筆頭貴族でバルザム軍務卿も王都周辺の領地を持つが、同時に法衣貴族として軍務卿を兼任している。
そして、その下に伯爵から男爵までの領地貴族が存在するという。
これらの領地貴族は、主に代官や領主の代理として、役割をこなす上で必要な身分として、公爵が推薦する。
そしてそれを王家がそれを認証する、言わば地方領主の子飼いのような立場になる。
その他に、軍や王宮での各種役割をこなす、領地を持たない法衣貴族が存在する。
最高位の侯爵とそれ以下の法衣貴族として、各種政務に携わっていた。
これら法衣貴族は、各種貴族の子息や次男以下などが推薦などによって割り振られる。
立場や出身家により新たな法衣貴族として独立する場合も存在した。
この中で、やはり領地を持つ貴族は強い。
既得権益により貴族派に属する事が多く、逆に家を出た法衣貴族には国王派が多いとの話だった。
現在の所、国王派と貴族派は貴族派が多数を占めている。
伝統や格式を重んじる貴族の世界では、法衣貴族は格下に見られており、それが事態を一層悪化させている。
貴族派の派閥に入り長いものに巻かれる法衣貴族や、貴族間の争いが絶えないのだという……
そんな事前ブリーフィングにも似た説明を思い起こしながら、白山は笑顔で挨拶に来る貴族達に接していた。
言葉を選び、丁寧に受け答えをする。
何がどう転ぶかは分からないので、晩餐や夕食への招待は、丁重にお断りする。
ただ、娘を連れて色目がちに、縁談を暗に匂わせてくるのには、閉口するしかなかった……
貴族達をあしらいつつ、永く感じられる晩餐会を過ごしていると、白山のもとに、淡いグリーンのドレスを着たグレースが歩み寄ってくる。
やはり、豪勢なドレスと生まれ持った気品は晩餐会においても一際美しくその存在を主張している。
「楽しんでいらっしゃいますか?」
にこやかに語りかけるグレースの口調は、聴く者に安心感をもたらす天性のものだった。
張り詰めていた空気を「ふぅ」と短く吐き出すと、白山は軽くグラスを掲げ「おかげさまで……」と微笑み返答する。
すると、ニッコリと微笑んだグレースは白山に近づき、周囲に聞こえないような小さな声で白山に語りかけた。
「式典では驚きましたわ……でも、怪我の功名だったかもしれませんね……」
王女を見ていた周囲の貴族達は、白山とグレースの接近に目を細める者もいれば何やら噂をする者もいた。
その言葉に小さく頷いて同意を示した白山に、去り際ふとグレースが耳打ちする。
「今日のドレス……ホワイト様の衣装に合わせてみたのですよ……」
優雅にお辞儀をしてグレースは自身の席の方へゆっくりと歩き出す。
呆気にとられた白山は、返答も出来ずにポカンとしてしまう……
そこへ、乱暴な足音が複数近づいてくる。
「貴族でもない名誉騎士風情が、いい気になるなよ!」
グレースの後ろ姿を見送っていた白山は、突然背後からかけられた男の声に振り向く。
そこには、少しポッチャリとして、吹き出物が多い顔に怒気をまとわせ、豪華な軍服を着た男が立っている。
あからさまな敵意をむき出しにするこの男は、一体何者だろうかと思うが当然面識はない……
すかさずブレイズの副官がそっと耳打ちしてくれた。
「バルザム軍務卿のご子息フローク殿です。第2軍で連隊長をされています……」
そう伝えられたが、白山にとってみれば、何故敵意を向けられるのかは分からない。
父親はあれだけ腹芸が得意だというのに……
「貴族派がグレース様の婚約者に推してるんですよ……」
副官の答えに得心した白山は、改めてフロークに向き直る。
無駄に飾り立てた軍服の腹は年の割にせり出している。
明らかに飽食と運動不足が見られるが軍人としてはどうなのかと白山は思う。
「フローク連隊長殿ですか…… ご挨拶が遅れました、軍相談役を拝命致しましたホワイトと申します」
グラスをテーブルに置き、正対した白山は体型に関する思考をおくびにも出さず10度の敬礼を行う。
その姿に、一瞬たじろいだフロークだが、軍人として礼を尽くした白山の態度を誤解したのか、尊大な態度をとり始める。
「相談役か何かは知らんが、軍の何を知っていると言うのだ。下手な真似をすれば、如何な勇者といえど唯ではおかんからな!」
全く腹芸をするつもりもなく、怒気を強めるフロークに、白山は呆れるがここでトラブルを起こす事は不味いと考える。
「私も元の世界では軍人であり、そして今は、この国に身を寄せております。
国家を守る者として、微力ですがお力添えをさせて頂こうと……」
その言葉を聞くなり白山の言葉を遮り、嘲笑の言葉をフロークがぶつける。
「ふん、どこの馬の骨ともしれない輩が率いる軍など…… 大方山賊でも追い回して満足する、自警団まがいの代物であろう」
その言葉に、フロークの取り巻きが、一斉に笑い声を上げる。
白山は挑発だと判断しグッと堪え、真っ直ぐにフロークを見据える……
だが、泥水をすする訓練に耐え、国益を守るために大局を見据え派遣され、敵に囲まれても果敢に立ち向かう。
そして死んでいった仲間や部下達の顔が脳裏に浮かぶ……
白山の顔から次第に作り笑いが消えてゆく……
「何だ……?その顔は?
よもや図星を突かれて言い返せぬか?
お主のような軟弱な男の下に就いた部下は、犬死だろうな!」
周囲の笑い声が強まる……
ここで感情を爆発させる事が短慮であり、後に禍根を残す事は十分にわかっている。
だが、命を懸けて死んでいった仲間に対する侮辱だけは、どうしても我慢できなかった……
「貴様に何がわかる……」
静かに怒気を含めた声で、白山はフロークに問いかける。
「貴様、連隊長に何という口をきくのだ!」
取り巻きが、騒ぎ立てるが白山の気迫に気圧され、それ以上の語を継げない……
「敵に囲まれた戦場で仲間を守るために一人死地に残り笑って死んでいった男……
敵軍に捕らえられ、首を切り落とされる瞬間まで、情報どころか悲鳴もあげなかった男……」
周囲が白山の言葉にシンと静まり返った……
「そんな男達の気持ちのひと欠片でも、お前に判るのか?
自分を殺し、部下を死地に送る命令を、貴様は下せるのか?」
「貴様も軍人で、部下を預かる身なら、答えてみろっ!!」
白山の叱責に、フロークは尻餅をつき足が震え唇が青くなっている……
白山達の周囲が、水を打ったようように静まり返り、白山の時に気圧されたのか、その付近だけが空間が空く。
無言で一歩足を進めた白山に、フロークは足をばたつかせ、必死に後ずさろうとするが、足が言うことを聞かない。
その姿は哀れであり、滑稽でさえあった……
「何事だ!」
そこに現れたのは、バルザム軍務卿だった。
その姿を見たフロークは、取り巻きにすがりつきながら、必死に立ち上がると、父親に窮状を訴えた。
「父上! こっ、此奴が私に暴言を吐き、ぶっ、侮辱したのです!」
その言葉に我を取り戻したのか、取り巻き達も一斉に白山を非難し始める。
ブレイズの副官が慌てて、誰かを呼ぶように指示している。
「成程、ではその暴言の内容とは、どんな内容なのだ?」
するとフロークや取り巻き達は、ある事ない事、嘘八百を並べ立て必死に白山を悪者に仕立てようと躍起になって説明している。
「息子はこのように申しているが、ホワイト殿は如何申し開きされるか?」
息子の放蕩ぶりは、実父である自分が一番良く知っている。
しかし、これを口実にして、早々に危険な芽を摘めるかもしれない。
白山が申し開きしようとも、いくら正確に口論の内容を語ろうとも、証人や証拠は捏造出来る……
バルザムはそう考えて白山に尋ねた……
そんな様子を冷めた目で見ていた白山は、胸のポケットから銀色の細長い代物を取り出す。
会話ややりとりを記録しようと、念の為にリオンに持ってきてもらったICレコーダーが、こんな形で役に立つとは思いもよらなかった。
ボリュームを上げ再生ボタンを押した直後、先ほどのやりとりが繰り返される……
『貴族でもない名誉騎士風情が、いい気になるなよ!』
『フローク連隊長殿ですか、ご挨拶が遅れました軍相談役を拝命致しましたホワイトと申します……』
『相談役か何かは知らんが軍の何を知っていると言うのだ。下手な真似をすれば如何な勇者といえど唯ではおかんからな!』
『ふん、どこの馬の骨ともしれない輩が率いる軍など・・・ 大方山賊でも追い回して満足する自警団まがいの代物であろう』
『何だ?その顔は? よもや図星を突かれて言い返せぬか?
お主のような軟弱な男の下に就いた部下は、犬死だろうな!』
・・・
・・
・
先ほどのやりとりが、克明に録音されておりそれが再生された今、フロークの嘘は、誰の目にも明らかだった……
父親の権力で、白山をやり込められると確信していたフロークは、その音声を聞き、卒倒してしまう。
取り巻きに抱えられ、退場するフロークを憐れむように見送った白山は、真っ直ぐにバルザムを見据える。
「如何なさいますか?」
未だ静かな怒気を瞳に湛えた白山は、静かにバルザムに問いかけた。
「いや、こちらの落ち度であったようだ。ご無礼お詫び致す……」
静かに頭を下げたバルザムは、内心で息子のしでかした不始末に、苛立ちながらも、この男は侮れんと考える。
すると、人垣を割って当人たちに声が掛かる……
「問題は解決したか?」
レイスラット王は静かに両者を見据えそう口を開く……
周囲の人間はバルザムと白山のやりとりに気を取られ、王に気づくのが遅れたが、その言葉で一斉に膝をついた。
白山そしてバルザムもヒザをつくと、王が言葉を続ける。
「先ほどのやりとりは、儂も聞かせてもらった。
どちらに非があるかは……明らかなようだな……」
そう言ってバルザムを見据える王の目は、冷たく光っている。
「はっ、この場での謝罪はさせて頂きましたが、後日改めて謝罪致す所存です……」
バルザムは、ひざをついたままそう答えると、白山に視線を向けた。
「ふむ、ではホワイトに問う。
バルザムはこう申しているが、そなたは謝罪を受け入れるか?」
「はい、発言を取り下げて頂ければ、それ以上は望みません。
これ以降は水に流し、軍に携わる者として協力して、職務に邁進できればと思います」
その答えに満足したのか、王は目を細めると小さく頷いた。
「その言葉しかと聞いた。バルザムも異存ないな」
「はっ、ホワイト殿の寛大さに感謝申し上げたいと存じます……」
「ならば、騒ぎは終わりじゃ。皆の者、宴を楽しむとしようぞ!」
王の一言で、楽師の演奏が再開され次第に会場は落ち着きを取り戻していった。
その後バルザムは退出し、主賓である白山は最後まで残ることになったが、問題なく晩餐会は過ぎていった……
ただし、騒動の後は貴族の口調が気味が悪いほどに丁寧になり、違う意味で白山を閉口させていた……
ご意見ご感想お待ちしております。
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