叙勲と罠と
伏線仕込むのって難しいですね。
回収するのはもっと難しそうです…
白山は、夜になっても1冊の本を読みあさっていた。
それはフロンツが持ってきた図書館の壁から発見されたと言われている本だった。
明らかに羊皮紙に手書きで書かれてはいるが、体裁はFM(フィールドマニュアル・野戦教本)のそれだった。
作成者の名前に白山は見覚えがあった……
フランク……
東南アジアでの合同作戦で、タスクフォースを組んだネイビーシールズの部隊長だった男だ。
彼は、まだ白山がSに入りたての新人だった頃から面倒を見てくれた恩人だ。
そして東南アジアの地で頭部に銃弾を受け、白山の目の前で戦死している……
所属や部隊名まで記されているので間違いはない……
しかし奴が、何故250年近い過去にこの文章を書いているのか……
軽い混乱を覚えながら、白山は黙ってページをめくる。
この本には再び勇者が必要になった場合にそれを召喚する方法がイラスト入りで描かれている。
立ち上がったメインメニューやマウスカーソルの動作が書かれているが、その辺はさして役に立たない。
現代人であればすでに知っている知識だ……
電源の入れ方から各種操作方法が記載されているが、表記は英語だった。
どういう理屈かは分からないが、英語の文章も読もうと意識すると、日本語の文章のように意味が頭に飛び込んでくる。
しかし、その薄い内容の本には手順は書いてあるが、その意味がまるで欠落している。
そして、最後のページには召喚が終了したならば、所有者が確定されたならば、その所有者は本体内蔵のFAQを読めと書いてあり、詳しい事はまるで分からなかった。
しかし宮廷魔術師のフロンツによれば、このマニュアル通りには作動せず緑の文字で何やら書いてあった後に、突然作動しなくなったと言う。
機械的な故障なのかそれとも電源の問題か、今のところは分からない。ただ、この異界の鏡と呼ばれているラップトップは唯一の手がかりであるだろう。
当面はこれを入手する為に、何らかの実績を積まなければならないのか……
ため息をついて、本を閉じた白山はこの国の現状に意識を向けた。
硬直化したレイスラット軍は、今後改革を実施しなければ他国との戦争前に負けるだろう。
だが、既得権益を死守しようと権力も実動力もある貴族や軍が黙ってはいないと容易に予想される。
明日には名誉騎士の叙勲と相談役の任命が行われる……
グレースから聞いた話では、明日は昼過ぎから式典が行われ、そのまま晩餐会を兼ねた貴族への顔見せを行うとのことだ。
乗り気はしないがここを載り切らないことには、次のステップに進むことは出来ない。
そして、バルム領の領主マクナスト伯爵の捕縛に関する行動……
やるべき事と課題は山積みになっている。
そう考えると果たして、自分にどこまで出来るのか、漠然とした不安が出てくる。
だが、まずは目先の目標を着実にこなしていくだけだと、自分に言い聞かせていた……
*****
次の日は朝から、白山はグレースと幾人かの女官に着せ替え人形のごとく扱われていた。
本日行われる叙勲式と晩餐の衣装を合わせであったが、白山は戦闘服で出ると言ったが、王宮の儀典でそれは難しいとされ、やむなくされるがままになっている。
リオンは、先日のクローシュから貰った衣服の中に簡素なドレスがあり、それを着用する事になった。
女官に基本的な礼儀作法や立ち振舞を聞くリオンは、主人に恥をかかせまいと真剣に学んでいる……
白山は、結局複数押し付けられた儀礼服の中から着慣れた草色の1種制服に近い物を選ぶ……
制帽と短靴がないのが痛いが、まあ仕方ないと割り切った。
万一に備えSIGを携行しようかと考えたが、式典会場で問題になっても困るので、結局リオンに預けることにする。
授与式にはリオンは入れないそうだが、それ以外の晩餐会や控室では同席が許されるらしい。
午後になり昼食を終えると、白山とリオンは控えの間と呼ばれる部屋に通された……
そこには宰相であるサラトナと、ブレイズが待っていた。
二人とも式典用の豪華な衣装で、普段とは違う威厳を漂わせている。
「ふむ、礼装姿も映えるな……ホワイト殿」
そう言ったサラトナは、ヒゲをしごきながら白山の姿をゆっくりと眺めた。
「いつもの奇妙な服は、流石に式典では無理だったか」
苦笑するブレイズに、やれやれといった表情を浮かべながら白山はゆっくりとソファに腰掛ける。
「式典では、王都に依る法衣貴族や軍人も出席することになっておる。油断するでないぞ……」
そう言って頷いたサラトナは、打ち合わせがあるとのことで、早々に控えの間を出て行った。
ブレイズもこの後は、王の登壇にともなって、直近での警護を行うとの事で、貴族の顔がわからないと困るだろうと、副官を晩餐会の会場では直近に付けてくれるそうだ。
ブレイズの心遣いに感謝したが、手をヒラヒラと振って宰相に続いて出ていこうとする。
ふと、その足を止めて首だけを控えの間に突き出したブレイスは短く助言した。
「籠絡や甘言揚げ足とりが日常茶飯事だ。晩餐会では油断するなよ」
その言葉に頷いた白山は、今日が正念場だとゆっくりと集中力を高めていった……
*****
式典は厳かに始まった。
接見の間は奥の方に階段上の高い位置に玉座があり、その背後はステンドグラス調のガラスが嵌め込まれ、幻想的な雰囲気となっている。
まずは、高位の役職者や貴族といった参列者が左右に入る。ざわめきが治まらない。鉄の勇者再来の話題で浮き足立っていて、様々な会話や噂が飛び交っていた。
最後に宰相サラトナと財務卿のトラシェそして軍務卿であるバルザムが玉座に近い位置に立つ。
そうしてやっとざわめきが静まり、文官が独特の拍子で王の臨場を告げる……
玉座の横からこの場で唯一剣を携えたブレイスが付き従い王と王女であるグレースが玉座に座ると舞台は整う……
シンと静まり返った接見の間に、文官が一歩前に出て口上を述べる……
「本日の式典はー 先の折 王陛下のお出ましに際し、凶行を企みし30余名の逆賊を単独で討ち果たしー」
鉄の勇者再来については、方々で噂が流れていたが正式な場で白山の活躍が公の場で語られるのはこれが初めてだった。
式典の最中であるが、小さなざわめきが左右の貴族や陪臣達に広がる……
文官の口上は続く……
「フォレント城においてー 王暗殺を企む刺客より王を守りぬいた功績によりー……」
この情報もあの場に居た人間しか知りえない情報で、宰相と王の意向により、意図的にこれまで伏せられていた。
囮になった隊列は、昨夜の帰還だ。まだ情報としては誰の耳にも入っていないだろう。
左右に控える貴族諸侯に動揺が走る……
貴族派に属する者の中には穏健派も存在しており、直接的な王家への敵対行為に反感を覚える者はあからさまに不快な顔を浮かべる。
「鉄の勇者ー ホワイト殿に対し名誉騎士の叙勲を執り行うものであるー」
口上が終わると同時に、後の大きな扉がゆっくりと開かれ深緑の礼装に身を包んだ白山が進み出る。
背筋を伸ばし真っ直ぐに前を見据えながら、ゆっくりと中ほどまで進むと片膝をつく。
短髪に浅黒い肌そして引き締まった体躯の白山は、礼装の姿もあってまるで貴族の人間ではないかと思わせる程の静かな威厳と気品を感じさせる。
白山の登場に、接見の間は水を打ったように静まり返った……
「汝、ホワイトはこの儀において、名誉騎士としての称号を賜る用意はあるか!」
先程までの口上とは変わって、鋭い口調となった文官の問に白山は膝をついたまま、よく通る声で答える。
「有難き幸せ、謹んで賜ります!」
短い言葉だったが、その声は接見の間に響き、その意外な声量に貴族の中にはピクリと肩を動かす者も出る。
「では、王陛下より名誉騎士章を賜る。鉄の勇者 ホワイト殿前へ!」
そう告げられて、打ち合わせ通り階段の中ほどまで進んだ白山に、参加者の顔色が変わる……
陪臣で最高位でもある宰相であっても、階段には登っていない、更に玉座の置かれている階段に足をかけるのは王の許しが必要である。
許可無く階段に踏み込む者は、親衛騎士団長が何人であっても、切らねばならぬしきたりになっている。
下を向き、階段の中ほどで下を向いた白山には状況が飲み込めていない……
控えの間で白山は儀典官と名乗る見知らぬ文官に、式典での作法を教えられたが、これに罠が仕掛けられていた。
本来であれば、階段の一番下で叙勲を受けるのだが、何者かに吹きこまれた作法に従い、階段の中ほどまで進んでしまったのだ。
そんな白山の姿に会場はざわめく……
ブレイズは苦悶の表情を浮かべながら長剣に手を掛ける……
グレースは陪臣達の手前、表情を崩せずきつく手を握りしめ、ゆっくりと目を瞑る。
時が止まったように静まってしまった接見の間において、その静寂を崩したのは他ならぬレイスラット王だった。
「ホワイトよ……何を階下で留まっておる。儂の元まで登ってこい……」
静かだが、よく通る低い声で周囲に聞こえるよう、白山に促した王の言葉に貴族達に動揺が広がる……
その言葉を聞いた白山は、どうすべきか一瞬躊躇ったが頭を上げないようにしながら王に手が届く所まで階段を登る。
「サラトナよ、騎士章をこれへ……」
その言葉に、我に返ったサラトナは文官から騎士章の勲章を受け取ると、一礼してから階段を登り、王にそれを手渡す。
重厚な勲章である名誉騎士章を白山の首にかけると、王は静かに白山に囁いた……
「儂と一緒に立て……」
その言葉に白山は素直に頷くと、振り返りゆっくりと立ち上がる。
一段高くなったその景色は、並居る陪臣や貴族を見下ろしており、まさに権力者の立つ場所だった。
王は白山の手をとり、左手を小さく振って動揺を鎮める。
そして、こう言い放った。
「儂は、先だって日に2度暗殺者に晒されたがいずれも鉄の勇者によってその企みは阻止された!
国難にあっては勇者が再臨すると言われる、王家の伝説が証明されたのだ。
勇者と王家と共に歩み、互いに手を取り合うと約束を交わしている……」
一瞬の静寂は、痛いくらいに耳朶を打ち視線もまた壇上にいる2人に集中している……
「王家は国難に際し、鉄の勇者という力強い味方を得て、これに立ち向かう!」
王の言葉が陪臣や貴族達に沁み入る……
そしてポツポツとした拍手がやがて大きな歓声へと変わって行った……
*****
控えの間に戻った白山は、首にかけられた騎士章をテーブルに置くと上着を脱いでどっかりとソファに腰を下ろす。
「つ、疲れた……」
珍しくぐったりと、力を抜く白山にリオンが水差しから注いだ水を手渡してくれる。
それを飲んだ白山は一息つくと、そこにブレイズの副官がやってきた。
副官は、神妙な顔つきで白山に「よくご無事でしたね」と告げた。
意味がわからない白山は、その意味を尋ねると階段での作法について、副官が解説してくれた。
それを聞いた白山は、なれない儀式で緊張している最中、よもや別の意味で命に危険が及んでいたとは思いもよらず素直に驚いた。
そして、控えの間に訪れた儀典官と名乗る文官から、作法について聞いたと副官に伝えると、険しい表情で戸口の外に立つ警備の兵に何事かを伝え、一人が走り去った。
「恐らくは、貴族派の宮廷雀が罠を仕掛けたのでしょう」
険しい顔で白山に伝える副官の顔は、慣れない式典を狙った狡猾さと姑息さに顔をしかめる。
「まあ、過ぎた事は仕方がない。それよりも次は晩餐会だが、そちらで同じような過ちや儀礼上の注意点を教えてくれ」
白山は、不慣れな環境であっても最善の努力をしようと副官に問いかける。
今回の晩餐会は参加者が多いので立食形式にて執り行われるので、毒殺に関してはそれほど心配はいらないが貴族との無用なトラブルが懸念されるとの事だった……
血気盛んな貴族の子息や軍に所属している人間は、喧嘩まがいの口論をふっかけてくる可能性がある事を白山に伝えてくれた。
これらのいざこざは、その時は何という事がなくても後日尾ひれ背びれを付けて王に訴え出る可能性があるので、注意して欲しいと言われた。
その話を聞いた白山は、リオンへ部屋に戻ってある物を持ってきて欲しいと部屋の鍵を渡す……
先ほどの式典での罠を体験した白山は、ここが銃弾は飛び交わないが戦場であると意識を切り替える。
主な武器は銃ではなく頭脳と口舌だろうが、戦いの本質は変わらない・・・
ニヤリと凄みのある笑みを浮かべる白山に、ブレイズの副官は白山が味方で本当に良かったと思っていた……
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