お勉強とラップトップと
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今回の襲撃に関する報告や、現場の検証はブレイズが引き受けてくれるとの事だった。
夜も更けてきており何か分かったら、明日伝えるとブレイズは言って、城壁にある自分の居室に戻ると白山に伝え部屋を出ていった。
「とんだ外出だったな……」と呟いた白山は、ブーツを脱ぎベッドに横たわる。
戦闘から来る疲労と若干の興奮が入り混じり、眠気はなかったが体を休ませなければいけないと感じた白山は、ゆっくりと眼を閉じる。
だが、サラトナに告げられた内容が頭をよぎり、思考がまとまらない。
運命に翻弄されていると感じながらも、この世界に関する情報や知識が足りないばかりに、判断材料や選択肢が少ないと感じていた。
今回のような襲撃があった以上、おちおちと外出もできないだろう。
ある程度自由に外出が許されるなら、自分の足で鉄の勇者の伝承を調べるつもりだった白山は、今後どのように動くべきか考えていたが、やがて疲労から意識が緩やかに落ち込み、眠りに落ちていった。
次の日、白山は自室でリオンとともに朝食を食べ終えるとグレース王女の訪問を受ける。
ひどく心配した様子だったグレースは、怪我もなく落ち着いた様子の白山を見て安堵した様子だった。
「明後日、私は王の相談役と名誉騎士の叙勲を受ける予定ですが、恥ずかしながらまだこの国の現状について良く知りません。
なのでこの国の事や状況について、姫の知りうる範囲で結構ですのでご教授頂けませんでしょうか?」
白山は、グレースにそう切り出すと教えを請われた本人は、侍女に本日の予定を全てキャンセルするように申し付ける……
「わかりました。私の知りうる事でしたら……」
白山の態度に、真剣さを見たグレースは真面目な表情で頷き返す。
そうして、白山に対するグレースのブリーフィングが始まった……
*****
まず、白山が尋ねたのは王家の成り立ちだった。
グレースは、王家の歴史や鉄の勇者の伝承を調べているだけあって、詳細な話を伝えてくれる。
王家の始祖は約300年前に遡るそうだ。
現在のレイスラット王は12代目で周辺の3つの国を統合し、初代が誕生したとのことだ。
約250年前魔王軍と呼ばれる軍勢が、突如として南の平原に現れ、暴虐の限りを尽くしたと言われている。
それまで緑豊かな土地だった南部に砂漠が現れたのはその頃で、魔王軍の瘴気が木々を枯らしたと伝えられ、多くの人々がその瘴気で亡くなったと言われている。
それに対し、召喚された鉄の勇者が異界の鏡を用いて軍勢を呼び出し、魔王軍へ勇敢に立ち向かい、これを打ち倒したという。
しかし、その代償は大きくレイスラットの首都は当初、湖の中ほどにあったのだが、魔王軍の攻撃で湖に沈んだと言われているという。
そして、当時の王家は勇者と姫が結ばれ、王家には勇者の血筋が流れているのだという……
最後の言葉を紡いだグレースの表情が、やや紅潮していたが白山は見なかった事にして頷く……
そして近代の王家は魔王軍に対する連合から、レイスラット、シープリット、オースランド王国が連合を組み、それ以降は良好な関係を築いていたとの事だ。
近年では各王都にある高等学院に持ち回りで、王子や姫が共に学び信頼関係の醸成に一役買っていた。
今の3国の王も共にレイスラットの学院で共に学んだ仲だという。
シープリットに新光教団が勢力を伸ばし始めたのが20年前で、7年前にシープリットが皇国に変わり2年前に突然の侵攻……
盟友であったシープリット王の安否が知れない現状では、王はシープリットと不用意に事を構えたくない、というのが本音のようだ。
だたし、これ以上の引き伸ばしや次の侵攻があれば、それを看過することは出来ず、王は苦境に立たされている。
そして、北のヴェルキウス帝国も大きく勢力を伸ばし、大陸北部を制圧し着々と南侵の機会を伺っている。
この事態でレイスラット王国は窮地に立たされている。
どちらか一方ならば、ある程度は善戦できるだろうが東と交戦すれば、北から攻められる恐れがあり、逆もまたありえる状況だった……
そして、レイスラットの軍が抱える問題もグレースは語ってくれる。
レイスラット軍は、第1から第3軍からなりそれぞれ8000人を擁している。これに各諸侯からの軍勢を加えて有事には運用される。
しかし、軍の命令系統を確立するためには、貴族をまとめられる人物が必要で有力貴族であるバルザム公爵が、軍務卿として軍を動かしている。
同時に、諸侯軍との連携を容易にするとの名目で貴族の次男などが送り込まれ、半ば専有化している状況だった。
平民などは兵長以上には決してなれず、貴族であるというだけで昇任するシステムが出来ている。
白山は、頭痛がする思いでこめかみに手を当てて深く息を吐きだした……
これではクーデターが起こる一歩手前ではないかと、正直思う。
組織の硬直化と形骸化、問題は山積みでこんな状況に自分は対応しなければならないのかと白山は力なく頭を振る。
そんな様子を見たグレースは、心配したように白山に尋ねる……
「無理はなさらないで下さいね。私も出来る限りお力添えさせていただきますので……」
そう言ってくれたグレースに心配をかけさせまいと白山はニッコリと笑って頷く。
すると、消え入りそうな小さな声でグレースがつぶやく……
「バルザム公爵の子息と結ばれるなど、絶対に嫌ですので……」
その声は、白山には届かなかったが聞き返した白山にグレースは首を振って「何でもありません」と話を濁した。
日が随分と高くなり、2時間近く話を聞いていた白山は、情報をまとめる必要があると思い、リオンにラップトップを取ってくれと言って、データをまとめようとする。
応接セットの上にリオンが持ってきてくれたラップトップを見たグレースの眼が見開かれる……
「異界の鏡……!」
その言葉を聞いた白山は、思わず立ち上げた画面から視線を上げ、グレースを見る。
「これが、異界の鏡……ですか?」
そう聞いた白山自身も、驚きを隠せない。
てっきり白山は、鏡と言っていたので、古めかしいアンティークの鏡台をイメージしていたのだが、ラップトップを見て驚くグレースの言葉から、自分の持つラップトップが異界の鏡と呼ばれていることを知り、意外な糸口が出てきたと思う。
グレースは驚いた表情のまま侍女を呼び、フロンツを呼び出すように伝えると、気持ちを落ち着かせようとお茶に手を付けた……
グレースは、この問題は詳しいものが来るまで待ちましょうと言い、少し早いが3人は昼食を取ることにした。
口数少なく食事を取り午後になって、部屋の扉がノックされる。
そこに現れたのは、以前王宮の玄関で騒いでいた件の宮廷魔術師だった……
*****
白山とグレースが揃っている部屋に呼び出されたフロンツこと宮廷魔術師は、顔を青くした様子で立ち尽くしていた。
「そこで、いつまで立っているつもりですか?」
グレースにそう言われたフロンツは、おずおずと応接セットに近寄ると、深々と白山に頭を下げる。
「先日は大変失礼致しました。謹んでお詫び申し上げます……」
苦虫を噛み潰したような表情ではあるが、その言葉に白山は溜飲を下げ着席を促す。
「私は特に気にしていません。私もいささかやり過ぎました。お互い水に流しましょう……」
白山の言葉を聞き、深く頷いたフロンツはソファに腰を下ろした。
「して、私を呼びだされたのは如何なる御用で?」
グレースと白山を交互に見たフロンツは、呼び出された意図がつかめずそう尋ねる。
「こちらを見て頂けますか?」
グレースが頷くと、白山はバッグの中からラップトップを出しフロンツの前に差し出す。
それを見た瞬間、フロンツは息を呑んだ……
「異界の鏡がどうしてここに! いや、これは勇者殿の持ち物なのですか!」
興奮した様子で白山に尋ねるフロンツに、白山はゆっくりと答える。
「まずは、この機械は文章を作ったり、思考や計算を助けるために使われる一種の計算機と考えて下さい……」
白山の説明に驚いた様子のフロンツは、その言葉を聞き黙って頷いた。
「先程、王女様より異界の鏡の伝承を聞きましたが、私の居た世界では至極ありふれた機械であり、人を召喚したりする機能はありません」
そう断言した白山の言葉に、フロンツは唸った……
そして静かに語り出した……
「異界の鏡は、初代鉄の勇者の遺品として王宮の宝物庫に保管してありまする。
そして伝承では国に危機が訪れた場合、異界の鏡から勇者を召喚するべしと記されています」
なるほど、先日の騒動は異界の鏡から現れなかった白山を、勇者とは認められないとの判断からだったかと、白山は頷いて続きを促す。
その仕草を見たフロンツは、ゆっくりと先を語り始める。
「半年ほど前、王宮の図書館を改築していた際に、1冊の本が壁から発見されました。
その本には、勇者の召喚方法について詳しく記載してあり、王を説得し先日召喚を行ったのですが……」
フロンツの言葉は、後半が消え入りそうに小さくなる。
召喚失敗の汚名を着せられた悔しさだろうか、シワだらけの顔に苦悶の表情を浮かべ言葉をつまらせた……
その姿を見た白山は、フロンツに尋ねる。
「貴方が召喚を実施したのは、何日前ですか?」
「10日ほど前ですな……」
確信を得た白山は、ゆっくりとフロンツに答えた。
「私がこの世界に呼び出されたのも約10日前……状況は合致しますね……」
自分を呼び出した張本人が目の前にいるのだが、それに対してどういう対応をとるべきか、複雑な感情を白山は抱いていた。
この場で彼を問い詰めても、問題の解決にはならない……
情報が先だと考える白山は、ぐっと感情を飲み込み話を続ける事にする。
「どうやら私がフロンツ殿に召喚されたのは間違いないようですな。場所は王宮ではなかったようですが……」
そう言って白山はゆっくりと視線をフロンツに向ける。
フロンツは感極まったように紅潮し、そして再度深く頭を下げた。
「重ねて非礼をお詫び申し上げる。ホワイト殿は間違いなく鉄の勇者であると儂が保証する……」
白山は、慌てて頭をあげさせフロンツに話の続きを促す。
幾分、打ち解けた口調のフロンツは、咳払いをして意識を切り替えると、徐ろに話し始める。
「そもそも異界の鏡とは召喚兵と呼ばれる兵を、鉄の勇者が呼び出し魔王軍に相対した際に用いたと記されております。
その詳しい内容は伝わっておらず、先日の本の発見から勇者召喚についての内容が判明したため、それを実行したのです……」
ふむ……と、状況を理解した白山は後ほどその本を見せてくれとフロンツに依頼する。
白山は二つ返事で快諾してくれたフロンツに笑顔を向けて、グレースに視線を向ける。
「なんとか宝物庫に保管されている異界の鏡について俺が調べる時間は作れないだろうか……?」
その言葉を聞いたグレースは少し考えた後、言葉を選びながら白山に告げる。
「王家の秘宝は、慣例として王族以外には開示しないことになっております。
今回は特例としてフロンツが閲覧を許されましたが、それ以外は前例はありません。
しかし……」
言葉を切ったグレースは、ゆっくりと白山に告げる。
「王家の危機や格段の功績があった場合は、王の裁可で恩賞として賜る事が可能となっています……」
そう簡単には行かないか……
そう考えた白山は、ひとまずこの問題は棚上げするしかないと考える。
サラトナ殿や王にもこの話を通す必要があるだろう……
しかし、謎なのは、何故ラップトップで兵を召喚することが出来るのか?と言う事だ……
召喚のシステムが判れば、帰還の糸口につながるかも知れないが、まだわからないことが多い。
だが少しでも謎が前進し始めたと、今は思うことにした……
*****
暗い執務室には、机の上に灯された小さな燭台以外に灯りはない……
そんな中で静かに影から報告を受けている人物は、意外な報告に小さく驚きそして考え込んだ。
8名を投じた影による暗殺は失敗に終わり、そのうち5名が死亡との事だった。
燭台に照らされた男の手には、金色に光る円筒形の物体が握られている……
それは、影が回収してきた白山が放った5.56mm弾の薬莢だった。
「勇者は王家の虚言ではなく、本物ということか……」
そう呟いた男は影に下がるように伝えると、短く息を吐いた……
これまで順調に進んでいた国の実権を握る権力闘争は、紆余曲折もあったが概ね順調だった。
しかし、突如として現れた鉄の勇者を名乗る男に、王家の牽制で立てられた偽りの勇者かと疑った。
その芽は早いうちに摘むべきと思った男は、影に襲撃を命ずる。
だが鉄の杖を用い、ことごとく影の襲撃を切り抜けた実力からその力は本物だと確信に至る。
『此奴を取り込むか、羽をもがねば計画に支障が出る・・・』
そう考えた男は、背もたれに深く体を預ける。
蝋燭の光に映し出された男の顔は、バルザム軍務卿その人だった…………
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