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幕間~リオンの潜入

おかげさまで、10,000PVを頂きました。

いつもお読み頂き誠に有難うございます。


急ではありますが、これを記念して幕間を書きました。

リオン視点の物語です。

宜しければお読み下さいm(__)m

 日が沈み、船の出港や荷降ろしが一段落すると活況を呈するのは港近くの歓楽街だった。


 港町の酒場には、時折雰囲気の違う外国の船員が出入りし、日焼けした船乗りたちが久々の上陸と酒に酔いしれている……

娼館からは、嬌声や客引きの声が聞こえ、長い夜はこれからはじまるのだろう。



 酒場から漏れる豪快な笑い声を尻目に、マントを纏ったどこか陰鬱な男は裏路地にゆっくりと歩を進める。


 何度か辻を曲がり、辿り着いたのは小さなカウンターだけの酒場で、表通りの賑わいとは無縁でだった。

店の雰囲気を象徴したような店主が一人幾本かの蝋燭の中、所在無さげに酒瓶を磨いていた。


 銅貨を幾枚かカウンターに重ねたマントの男は、無愛想に注がれた蒸留酒を一口飲む。

会話もなければ喧騒も世間話もない……


 奥の扉から誰かが近づく音が聞こえ、店の奥からランプを持った老婆がゆっくりと出てくる。

フード付きのローブを着たその風貌は、一見するとおとぎ話の魔女を彷彿とさせた。



「黒陽炎かぇ?」


 しゃがれた声で、老婆が尋ねるとマントの男はゆっくりと頷いた……


 ついてこいとばかりに、店の奥を骨と皮だけの指で指した老婆は、踵を返すと奥の扉をくぐる。



 黒陽炎と呼ばれた男は、安い蒸留酒を飲み干すと老婆の後をついて行く……


 廊下の途中で何やら壁の仕掛けを動かした老婆は、隠し扉の奥にある地下への階段を降りる。

たどり着いたのは、小さな地下室だった……



 老婆は小さな机にランプを置くと、これまでとは違う声色が響く


「年寄りの変装は疲れるんだよねぇ……」


 老婆から発せられた声は、明らかに若い女性の声であり違和感が拭えない。

しかし、黒陽炎と呼ばれた男は平然と言葉を続ける。


「仕事と聞いたが……?」


 地下室の板がむき出しになった壁により掛かる男は、無表情にそう告げる。


「ええ、今回は見届け役ね……」


 詳しく聞いた男は、前金の金貨が入った袋を受け取ると、黙って階段を登っていった。

黒陽炎が受けた依頼は、襲撃者が事を成すかの見届けと、成功した場合の口封じだった。


 人数は多いが、やりようは幾らでもある。

さして難しくはない仕事に、見届けるべき男達の集合場所を思いおこし早く出立する必要があると考える。


 通りに出て、尾行や監視の有無を確認しながら歩いていると、すぐ横にフードをかぶった小柄な人物が並んだ。


「馬と食料は確保しました……」


 フードから覗く金髪と顔立ちからその人物が少女だと判るが、やや痩けた頬と、暗い瞳に生気は感じられない。


 黒陽炎と呼ばれた男は、駆け出しの頃に仲間として組んだ男の裏切りで瀕死の重傷を負い、それ以降決して他人を信用しなくなっていた。

そして、黒陽炎が取った手段は時間はかかるが、確実な手段だった。


 孤児として捨てられた子供達を拾い、時には攫いそして育ててきた。その数は10人以上に及んだ……


 黒陽炎はすでに齢40を過ぎており、そろそろ引退を考えていた。

これまで育ててきた孤児の手駒も、横に並ぶリオン一人になった。そろそろ引き際だろう。


 足早に街の郊外へ進む2人は、程なくして立木に括られた2頭の馬にたどり着く。

野犬や動物に荒らされないよう、枝に吊るされた食料の入った布袋を見て、黒陽炎がリオンに告げる。


「隠れて食う飯は美味かったか?」


 冷徹な言葉にリオンは無言を通すが、黒陽炎は突然リオンの頬に平手を打ち据える。


リオンの視界がぐらりと揺れる強烈な一撃。


 これまで子飼いの孤児たちの反抗の意志を刈り取る手段として、日常的に用いられていた。

孤児たちは食べるために盗み、そして殺し僅かな糧を得て生きながらえる……


 食料を制限し、暴力で支配された手駒を使い、黒陽炎は幾多の大仕事をこなしてきた。



 その様子を見ながら、馬の背に食料を取り付け北に向けて馬を走らせる。

痛みをこらえてリオンも何とか馬にまたがると、その背中を追いかけていった……



*****


 途中の街でつなぎを取る連絡員と接触した黒陽炎は、明日の早朝からの襲撃を見届け必要なら口封じを行うため、現場にほど近い森の中で野営をしている。


 街道からやや海沿いに離れた森ならば、露見する可能性は低いだろう。

小さく火を熾し、黒パンと干し肉そして野草でスープをこしらえ自分一人で、さっさと食事を済ませる。


 底が見える程度残した鍋とパンの欠片をリオンに押し付けると、後片付けをしろと告げマントをかぶり横になった。

リオンは黒陽炎の気が変わらないうちに、素早くスープの残りとパンの欠片を口に押し込み、なべ底をさらう……


 その夜、リオンは不思議な音を聞いていた……

すでに焚火も消え、辺りは夜の静寂に包まれている。

雷鳴とも獣の唸りとも付かない低い音が遠くから聞こえ、リオンは姿勢を低くして身構えるが程なくしてその音はパタリと止む。


 黒陽炎は静かな寝息を立てており、報告すべきかリオンは迷うが、それっきり聞こえなくなった音に、また叩かれるのは嫌だと聞こえないふりをした。



 朝もやの中、動き出した黒陽炎とリオンは、海側の街道を見通せる位置に陣取り男達が到着するのを待ち構える。

男達は小舟で林に移動する手筈になっている。

その合図の布は、すでにリオンが取り付けていた。



 男達が、小舟を降りて槍や弓を片手に砂浜から街道に向けて林を進む。

その顔には、様々な表情が渦巻いており一様に緊張しているのが見て取れた。


男達が配置につく……


 後は結果がどうなるにせよ、見届けるだけだ。


 黒陽炎は、岩陰に寝そべり時折、街道と男達を交互に見やり、静かに時を待った……


 そして街道に威容を誇る騎士の隊列と、豪華な馬車が見えてくる……


 男達の仕事が始まる。手筈どおり油の樽を落とし、火計で攻めて突撃。

これは防ぐのが難しいと黒陽炎は、男達の成功を確信した……


しかし、次の瞬間にその確信は予想外に裏切られた……


 雷鳴のような音が轟き、男達が人形のようにねじり倒される。

5分も経っただろうか……

男達の中で立っている者は皆無だった。


 予想外の結果に、黒陽炎は思案する。

まずはこの結果を伝えなければならない。そして、男達を全滅させた正体を見極めなければ……


 黒陽炎はどんな兆候も見逃すまいとじっと隊列を見つめた。

そして、風変わりな格好をした男が一人騎士と接触している……


 その手には杖とも箱ともつかない奇妙な物体を握り、王の馬車に近づく。

風にのって王の鉄の勇者という言葉が途切れ途切れに聞こえる。


 黒陽炎は、この場の監視をリオンに任せ、自分は海岸沿いを南に走った……

木々を縫い軽快に走る黒陽炎は程なくして、つなぎの男が待つ漁師小屋に到達する。


「男達は全滅した……」


 つなぎの男は、その言葉に驚愕し何度か状況を聞き直し、そして王が無事である事に考え込む……



 そして、黒陽炎に男達の尻ぬぐいを告げる。

黒陽炎は難色を示し、下りると告げるが通常の報酬の倍以上の額を提示された。

これだけの額があれば、自分一人が隠居するには十分な額が手に入る。


 最後の大仕事と腹をくくった黒陽炎は、仕事を承諾し漁師小屋を後にした……



*****


 リオンと落ち合った黒陽炎は王が向かった古城に足を向け、日暮れまでじっくりと城を観察する。

本来ならば、2~3日は城を見張り警備の盲点を突くのだが、今回はいつ王が出発するか分からない。

今夜のうちに方を付けないといけない。


 ある程度、警備のパターンを掴んだ黒陽炎はリオンを周囲に走らせ侵入口を探らせる。

日が暮れて暫く経ってからリオンは戻ってきた。

「北の城壁が古くなっていて、そこから登れそうです……」


 言葉少なく告げるリオンに、黙って頷いた黒陽炎は監視を続けていた……



 夜が更け城の中に見える灯りが少なくなった頃、徐ろに黒陽炎は動き出した。

地形を巧みに使い城壁に接近すると、巡回の兵士をやり過ごし巧みに古くなった城壁を登る。

そして、リオンにあの鉄の勇者と呼ばれた男を調べろと命じた……



 城壁の見張りを素早く昏倒させたリオンは、手始めにシートに包まれた奇妙な乗り物を調べる事にする。

奇妙な馬車の様な乗り物でその男は、王と共に城に入った事は確認している。


 しかし、多く存在する客室から男一人を探すのは難しい。

そこで、まずは馬車から調べようと考えた。


 植え込みを利用してゆっくりとその物体に近づく。

暗い布のようなものに覆われているが、あの大きさは間違いようがない。

あの布を切るか潜り込めば、馬車の中になにか見つかるかもしれない……


 植込みからゆっくりと這い出し、ジリジリとそれに近づいてゆく。

あと数メートルというところでリオンの視覚が何かを捉える……


 それは、糸のようで横に繋がれた杭に吸い込まれている。

これは仕掛け罠だろう。そう判断したリオンは、それを超えて先に進めるかを慎重に調べていた……



 その頃、黒陽炎は雨樋を伝って屋根に到達すると、慎重に王の居室と思しき場所に進む。

煙突にロープを括りつけ、そのロープを伝い窓から侵入するつもりだった。


『ドドドン!』


 不意に静寂を破る音が鳴り響き、黒陽炎は咄嗟に煙突の影に身を隠した……



 リオンは、突然四方で発生した爆発に、一体何が起こったのかと分からず、その場に伏せた。

しかし、反射的に身を伏せた先には、糸が張られておりそれを引っ掛けてしまう。


 管の先から何か丸い筒のような物が転がり出る。カランと何かが外れた……

突然、リオンは轟音と閃光に包まれて、胎児のように体を丸めていた。


 眼と耳が使い物にならないが、逃げなければという本能が、体を横に回転させた。


 だが、腹部に重く鋭い痛みを感じて、後ろに転がされる。


 やっと戻りかけてきた聴覚に、微かに「動くな」という言葉が聞こえ、首筋の刃に為す術が無いことを悟る。



 後ろ手に拘束されたリオンは、兵士2人に乱暴に引きずられ連行されていった……



『ドン!』


 先ほどの連続した音とは違う閃光を目の端に捉えた黒陽炎は、このまま様子をうかがい、折を見て脱出するか、仕事を達成する隙を見定めようと、身じろぎもせず息を潜めた。


にわかに周囲が騒がしくなり、松明を持った兵士が庭を駆け回る。


「こいつを連行しろ」


 遠くに聞こえたその声に、リオンがヘマをした事を悟った黒陽炎はついに一人になったかと、柄にも無いことを考える……


 程なくして目標としていた窓辺で、何か動きが感じられる。

身を潜めていれば、闇が自分の姿を消してくれる……


これまでの経験から、そう確信していた黒陽炎は動かない……


 しかし、窓辺から照らされたまばゆい光に、自分の姿を隠してくれる闇が切り裂かれる。

経験したことのない事態に、黒陽炎は慌てて煙突の反対側に逃げ込もうとするが、何かが砕け腰に痛みを感じる。


 驚愕しながら、腰に手を当てると濡れた感触があり、自分が傷を負った事を理解する。

流れ出る血液の量に次第に意識が遠くなり、黒陽炎は屋根から転落した。


 遠ざかる屋根に自分の命はここまでかと感じ、程なくしてその躯は地面に激突した……



*****



 牢に繋がれたリオンは、兵士2人に縛り上げられつま先が立つか立たないかといった高さに釣り上げられる。

拷問や陵辱は覚悟していたが、いざとなればやはり漠然とした不安がこみ上げてくる……


「おい、何を目的に忍び込んだ!」


顔を殴られたリオンは、うつろな目で虚空を見つめていた。


 チッと、短く舌打ちしながら鞘のまま剣で、リオンの腹部を打ち据える。

こみ上げる胃液と嘔吐感に苦悶の声を上げるが、その声が兵士達の加虐心に火を点けたようだ。


 平手、拳、木の棒で散々に打ちのめされ、顔に痣をこしらえ唇からは細い糸のような血が滴る……


 朦朧とする意識の中、リオンはこれまでの人生を思い起こしていた……

他の孤児達と一緒に育てられ、スリや盗みをしながら影としての仕事を文字通り叩きこまれた。


 仕事を無事にこなせば、満足とは行かないが幾ばくか食事の量が増える。


櫛の歯が抜けるように、仲間の孤児達は死んでいった……


「もうすぐ自分も行くから……」


 すでに痛みは感じない。

朦朧とする意識の中で、自分の人生は何だったのか?

自分が生きている意味は、何だったのか……


 薄れゆく意識の中で自問自答を繰り返すが、答えは出なかった……



 ふと、気づくと暴行が止み何か話し声が聞こえる……



 体の戒めを解かれ、誰かの腕の中に抱かれる。


力を振り絞ってリオンは尋ねた。


「何故……助ける……」


 その言葉に、答えは帰ってこなかったが代わりに、水の入った椀が差し出された。

痛みと喉の渇きで、水を欲していたリオンは、痛みも構わずそれを飲み干す。


 水が喉を通り越し、乾いた体に染み込むのがわかる。


「まずは自己紹介だ。俺はホワイト 君の名前を教えてくれるか?」


「……リオン」



 そう答えたリオンは、これからどうなるのかと朧気な意識の中で黙って天井を見つめていた……・



*****



 リオンは、王城の中で白山の頭を自分の膝に載せこれまでの半生を振り返っていた……

あれから白山に助けられたリオンは、これまでの生活とは一変した生活を送っていた。


 黒陽炎が王への刺客としてすべての罪を背負い死んでいき、リオンは無罪放免となった。


 自分を助けた男は体を求めるでもなく、使い捨ての駒とするでもなかった。


 今の生活は、夢ではないか?目を覚ますとあの牢の天井が目に飛び込んでくるのではないだろうか……


 そう感じる時もあるが怖くなった時は、白山の背中に抱きついて寝ると、何故だか安心できた。


 夢ならもう少し覚めないでほしい……


リオンはそう思っていた。



 不意にノックの音がして、部屋に豪勢なドレスを着た美しい女性が部屋に入ってくる。

リオンは、彼女と比較されるのではないかと初めての感情が心に生まれ、独占欲が少しだけ顔を見せる。


 ノックに気づいた白山が目覚め、体を起こそうとするがリオンはその肩を押さえつける。


『もう少しだけ……』


 声には出さなかったがそう心の中で呟いたりオンに、白山は優しげな視線を送る。

そしてリオンのヒザに、少しゴツゴツした手で触れた……



 リオンはそんな白山の視線に安堵し、ゆっくりと手を離した。


 わずかに微笑んだリオンは、スッと立ち上がり壁際に移動した。



 さて、影として護衛としての自分に戻ろう……




 この幸せな時間が永く続くように…………



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