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バードアイと港町 ※

 日没後は、2時間おきにナイトビジョンで周囲を確認し、時折眠った。


時折、野生動物らしき動きが見えるが、相変わらず人の気配はなかった。


白山は、日没からの時間を計算していた。

黎明期と黎暮期を含め、日没から約14時間で夜が明けており、思いのほか夜明けが早い。



夏が近いのだろうか……?



 夜中には周囲に街明かりや民家らしきものが見えないか目を凝らしたが、残念ながらそれらしきものは見当たらなかった。


「南十字星も北極星も見当たらない」


 天測を行おうと、星空を眺めてもナビゲーションに使える星座は見つからない。

天の川が2本流れている時点で、白山も少しづつ ここが地球とは違う場所ではないかという、悪寒にも似た思考に深くため息をついた。


極め付きの事態は、夜明け前に起こった。

とんでもない大きさの月が夜明け前に、朝日の反対側から薄く上り始めたのだ。

それだけなら驚きもしなかっただろう。

しかし、すでに下限程の月齢の月が、明けつつある夜空に浮かんでいる。


「月が2つか、どんなファンタジー世界だよ」


召喚されてから約半日、白山は妙に独り言が増えたなと感じながら、空に浮かぶ2つの月を見比べた。



 夜が明けて暫く経ち、白山はその小さな存在を確認しここが居世界であるとの確信に至った。

M4に取り付けたACOG(照準器)で拡大された世界に、地球ではありえない生物を見つけたのだ。



「一角獣? いや、一角ウサギ?」


小さな反応を示した動体センサーに、素早く反応した白山は、ACOGで草原を舐めるようにスキャンする。

そして、件の生物を見つけたのだった。


大きさや外見はウサギ、くすんだ茶色の体毛を持ち目は朝日を浴びて、金色に輝いている。

そして頭頂部には、一角獣にも似た鋭い1本のツノがその存在を主張していた。



暫く、肉眼とスコープ越しに観察を続けた白山は、不意に銃を横に置くとその場に仰向けに転がり

大きく息を吸うと、久しく忘れていた感情がこみ上げてきた。



「ふふふっ、クックックッ、あーっ! マジかよっ!?」


ひとしきり、笑った白山は大きく息を吐きだした。


ここが居世界である事は、疑いようのない事実のようだ。

そして、ここに召喚されたのは自分一人であろうことも、容易に想像できた。


「どんな、ラノベか漫画の世界だよ。洒落にならんぞ」


 昨今、自衛官の2次元嗜好はすでに定着しており、営内班を見回せば数人はその手の趣味の人間が居る時代だ。

元からそっちの趣味に傾倒している奴もいれば、同期に感化されてハマり込む奴も居る。


 コミケで部隊がわかれた同期に出くわしたり、上官とばったり遭遇した話など、枚挙に暇がない程だ。

一説には、非日常的な体験に対する憧れや、訓練や実戦で現実と向き合うことの多い職場だからこそ

フィクションに傾倒するのではないかといった考察まで出る始末だ。


白山自身は、そっちの趣味はあまりないが、同期が営内班に置いていったラノベや漫画は、もとより読書好きの性格も相まって

暇つぶしに何冊も読んでいた。


「死んじゃいないから、召喚なんだろうなぁ。ただ、召喚なら魔法陣やらお出迎えぐらいあって当然だろうに」


っと、都合の良い台詞を一人つぶやく程度には……



そして、Sとして選抜過程をくぐり抜けた柔軟な思考と、特殊部隊指揮官としての戦術的な視点は、この事態に対してどのようなアプローチをすべきかを冷徹に考え始める。



まず、情報が足りない。

この世界が異世界であるとして、人種や文化や文明のレベルそして、想定されうる「敵」の存在……


そして周辺の地理情報である。


幸いにして、今のところモンスターらしき姿は確認していないし、痕跡も見つからない。

それよりも恐ろしいのは、人間だと白山は思っていた。




 元々、白山達のホワイトチームは、機動運用班として柔軟に運用されていたチームだった。

米軍のFOB(前線基地)に間借りして、チヌークで車両ごと運ばれ特殊偵察や追跡・襲撃を実施する。

そんな何でも屋のようなポジションを、荒野のど真ん中で繰り返してきた。


高機動車には、そうしたあらゆる事態に対応するため様々な装備が雑多に詰め込まれている。

さらに長距離機動を前提としているため、燃料や食料品の備蓄も豊富だ。


白山一人なら、節約しても向こう1ヶ月は持ちこたえられる。


「とりあえずは、情報の収集からだな」


無用の長物と化した、耳を圧迫するヘッドセットをむしりとると、頭を大きくかきむしり高機動車を眺めた。





 すでに召喚から12時間以上が経過しているが、白山は安易に現在位置を動くつもりはなかった。

いくら、燃料が豊富にあるといっても、燃料は有限である。


街道なり、集落でも発見しなければ無駄に燃料を消費することになる。

そして何より、高機動車は白山の切り札であり、同時に弱点でもあった。


仮に人間が存在したとしても、文明レベルがわからない以上、この目立つ存在は頼りにもなるが

弱点にもなりうる可能性がある。



白山は、後部座席の下に押し込まれた細長い筒を取り出すと、助手席に固定されたラップトップの電源を入れ、OSを立ち上げる。


筒は、2m近い長さと20cm近い直径で、後部の座席下にギリギリ固定されているほどの大きさだった。

筒の端をねじって開けた白山は、ビニールに包まれた水色の布と円筒形の機械を取り出した。


アウターケースの奥に固定されていたボンベを取り出し、淀みなく組立作業を行う。


「訓練では、何度も使ったが実際に使うのは初めてだな」


いたずらっぽい笑みを浮かべながら、手を止めない白山は、布状の物体にソーラーパネルとケーブル、そして円筒形の下部に半円形の物体を取り付けた代物を組み立てた。


「よし、あとは充填だけか。」

樹脂製のバルブに、ボンベを接続すると満足したように空を見上げる。



助手席から引っ張りだされたラップトップには、折りたたみ式のソーラーパネルが接続され電力を供給していた。

素早く、コンソールを操作してソフトウェアを立ち上げると、ディスプレイと組み上げた物体の円筒形の部分で起動を確認する。


そしてボンベのバルブをゆっくりと、開くと徐々に白山が組み上げた物体が本来の姿を現せ始める。


『戦術UAVシステム バードアイ』これが白山が組み上げた物体だった。


ゆっくりと膨張する飛行船型のUAVは、直径が2m程 長さは4mと言った大きさだった。



バードアイは、特殊作戦において通信や監視活動などが困難な状況で、通信の中継や複数の光学機器による観測、マッピング機能を有するローカル戦術ネットの基幹システムとなるUAVだった。


本来、大規模な作戦でもなければ通常の装備で事足りるのだが、過去に既存の通信システムが使用できない、深い渓谷での任務があり急遽調達されたのだが、これまでは一度も日の目を見ることはなかった。


「備えあれば憂いなし、っと」


充填が完了したバードアイは、天頂部にソーラーパネルを備え、連続1ヶ月以上の連続運用が可能であり低高度から高高度まで各種高度での監視や、観測した画像データを元にした、地形照合やC4ISR機能までをも有した、高性能機になっている。


白山は、足りない情報を入手するため、まずはバードアイによる上空偵察を試みたのだった。




バードアイは、順調に高度を上げ予定していた高度に達すると、自動で姿勢制御を開始した。



白山は、無言でラップトップに映し出される画像データを眺める。

すると、東の方角に海岸線が見える、距離は、200km程だろう。


「街道や市街地は何処かにないか?」


疑わしい箇所は、すぐに拡大し確認するが街道だと思った箇所は、川や涸れ谷が殆どだった。

東には集落や街道は見当たらない。延々と草原が広がっている様だ。

南には、100km程で砂漠が広がっており、集落らしい影も形もなかった。


北にバードアイを向ける。


「ん、これは?」


途中、北西方向に海岸線を見つける。

どうやら、南北に陸地が続いており、東西は比較的狭い、ボトルネックのように見える。


海があれば沿岸沿いに街があるはずだ。

せわしなく、画像の種類を切り替えたり、倍率を変更しつつ海岸線を精査してゆく。



「あった!」


バードアイが映し出す画像には、石造りの街と、海岸にそって南北に伸びる街道らしき線が続いている。


即座に街がある場所を、ポインターでクリックすると、概ね72kmと出た。


「まずは、この世界が無人じゃなくて助かったというべきか……」


街の状況を、画像を拡大しながらつぶさに観察してゆく。

港町のようで、海岸線付近には数隻の帆船が見える。

街は、教会を中心として放射状に街路が伸びており、四方を壁で取り囲まれている。

典型的な中世の街の様子だった。


現状では、これ以上調べるのは無理だ。

バードアイの高度では、発見の恐れがあるので、あまり街には近づけられない。


「街までの、方向と距離、周囲の地形がわかっただけでも良しとするか」


白山は、バードアイを高度を上げ、現在地点と港町の中間地点に移動するように指示を出し、一旦画面から目を離す。



「さて、どうしたもんか」


特殊部隊員として、これまで数々の任務をこなし世界各地を巡ってきたが、あくまで、部隊の一員として仲間がいて、国や組織の支援もあった。


しかし、今は孤立無援だ。この先も見えない。

そしてどう立ち振る舞うのがいいのか、皆目見当がつかない。


かと言って、ここにいつまでも留まっている事も難しい。

白山は、人は、一人では生きられない事は、生存自活を通して良く知っていた。



「まずは、偵察と情報分析か」



ラップトップを閉じながら、白山はつぶやく。

SOPで定められている待機時間の二四時間は、そろそろ経過する。

これからどうなるかは、まだ解らないがここを出発し、街の様子を見るべきだろう。


それには、大まかでも計画を立案する必要がある。

未だ、この世界の住人や国家が味方であるとは限らない。

言語も風習も通貨も判らない事だらけなのだ。


出来る限り、自身の存在を秘匿して間近で、その活動を観察する。


「召喚されようが、結局はやる事はいつもと変わらないと」


苦笑しながら、プリントアウトしたバードアイの画像を眺めつつ

ノートに基本的な方針を記入していった。







※バードアイなんて便利なUAVは存在しません(笑)


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