路地と剣戟と密談と 【挿絵あり】
久しぶりの戦闘シーンですね。
白山は、小用に立ちながら便所で装備をチェックする。
小銃と拳銃に初弾を装填し、固定の具合を確かめた……
すると、一人の男が上機嫌に酔っ払った足取りで便所に入ってくる。
懐に手を入れてダガーを抜き出した酔っぱらいは、躍りかかるようにして白山にその凶刃を向ける。
油断なく注意を向けていた白山は、その初撃に問題なく対応する。
胸元からカランビットを抜き出した白山は、左手で相手のダガーを抑え、腕・首・腹と順に引き切ってゆく。
小さな悲鳴が酔っぱらいから漏れるが、首を切られた瞬間に空気がもれるような呻きに変わる。
最後にダガーを奪い、後頭部を強打し昏倒させる。
この間わずか5秒程で、器用に方向を変えたおかげで、白山には返り血もかかっていなかった。
酔っぱらいの衣服でカランビットの血を拭うと、便所を出てそのまま元の席に向けて歩み出す。
「土産だ……」
言葉短くブレイズにそう告げて白山はダガーを手渡す。
「どうやら、黙って帰してくれる気はないか……」
諦めたように、ダガーを見るブレイズは入り口にアゴをしゃくる。
頷いた白山はさり気なくストールの下でM4を握りながら、ゆっくりと入口に向かう。
潜り戸越しに、外の様子を伺うとさり気ない素振りを装いながら、こちらを伺う人間を発見する。
ブレイズが指で裏口を示し、黙って白山はそれに従った。
裏口から外を見るがそれらしき、人影は見えない。
スルリと裏口からでた白山は、M4を構えながら音もなく表通りまでの細い道を進む。
湖畔の宿木から、3軒ほど離れた表通りに出た白山は、ブレイズとリオンを先に進ませ、見張りの方向に銃口を向けつつ後方を警戒する。
周辺視野でリオンがコーナーを曲がり道を進み始めたのを見て、白山も踵を返す。
20mほども進んだろうか? 突然、空気を切り裂く音が聞こえ「カン」という甲高い着弾音と共に、白山の目前へ矢が突き刺さる。
「走れっ!」白山の声に後を振り向いた2人は、黒く塗られて視認が難しい暗殺用の矢を認め、走りだす。
白山は咄嗟にしゃがみ面積を小さくすると、矢の射られた方向を確認する。
通りを挟んだ向かいの商店の屋根に、黒装束の男が身を潜めている。
淀みない動作で照準を合わせると、M4が2発「パシッ」と空気を切り裂く音を出し直後、金色の薬莢が宙に舞う。
一呼吸置いて屋根の上で男が崩れ落ち、それを見た白山も走りだした2人の後を追いかける。
荷車が一台商店の前に停められており、2人はその陰で白山を待っていた。
白山はその方向に走り寄る途中、視野の隅に向かいの通りから走り寄る数人の人影が見える。
「左だ!」
素早く声を発すると、次の瞬間にはブレイズもリオンも抜刀しており、闇夜に青白い火花が散る。
4人の刺客達はブレイズとリオンに躍りかかると、両手に持ったダガーを繰り出し攻防が始まる。
ブレイズは、素早く立ち位置を替え、自身の持つ長剣の間合いを殺さないよう荷馬車から距離をとる。
リオンは細身のレイピアを持つと、その場で巧みに相手のダガーを捌く。
この距離では撃てない。そう判断した白山はスリングを素早く操作して背中にM4を回し、腰から愛用の脇差しを抜き放つ。
抜刀から刃を上に向けた状態で、荷車とリオンの間から脇差しを通して、リオンの正面にいる刺客を突く。
刺客はその攻撃を見切り、素早くバックステップで間合いを取る。
追いついた白山はリオンの横に並び立ち、突き込んだ相手と正対した。
リオンがその様子を横目に見ると、荷車の角を曲がり、もう一人の刺客に向かい合う。
白山が正眼に脇差しを据えすり足で間合いを詰めると、焦れたように刺客が、低い姿勢から飛び込んでくる。
素早く胸元に刀を引き付け横に移動すると、白山は最小限のモーションから逆袈裟で刺客の腹部を切り裂く。
「ぐっ」と苦悶の声が刺客から聞こえるが、それとほぼ同時に返す刀で首筋を切り込まれ、飛び込んだ勢いのまま地面に倒れ伏す。
残心を残しつつ、白山が周囲に目を向けるとブレイズも、裂帛の気合で防御の体勢でxの字に重ねられたダガーごと、刺客を幹竹割りしているのが目に入る。
地面にすでに一人の塊が転がっており、どうやら2人目のようだ……
リオンの方は苦戦かと思いきや、懐に潜り込み太ももを切りつけた後、そのまま首筋に鋭い突きを繰り出していた。
首の横から入った細身のレイピアが反対側に突き抜けており、僅かに刺客の体が痙攣している……
リオンがレイピアを抜くとそれが合図であったように、ドサリと刺客の体が地面に落ちた。
油断なく周囲を見回しながら血糊を払い納刀すると、白山は再びM4を手に周囲を警戒する。
白山はリオンを捕まえ異常ないかと聞くと、返り血を頬につけたリオンは頷きブレイズも同じく頷く。
騎士団の詰所まではあと500m程だ。
通りを横断し、1ブロック先を曲がった先が馬車の位置になる。
もともとは商業区で夕方には店を閉めて、人通りがまばらになる箇所だけに、通行人や人の気配は少ない。
だが、詰所がある広場近くには飯屋や宿屋が多く、幾らか人通りがある。
リオンに自分が先導することを伝えた白山は、左右を確認すると素早く通りを横断した。幸い先ほどのような弓矢の歓迎はなかった。
2人に合図を送り、同じように通りを横断して合流すると白山が先導する形で、通りを進んでゆく。
角を曲がるまでは順調だった。
リオンに後方を警戒してもらい、角を曲がると正面から2名の黒装束が走り寄ってくる。
その姿を見たブレイズが前に出ようとするが、白山は動くなと伝えて素早く2発を撃ち込む。
20m程の距離で糸が切れたように転がり倒れる黒装束達を横目に、小走りで詰所方面にむけて走る。
小路を抜けて広場に面した通りに出ると、幾人かの通行人と思しき人物たちが怪訝そうな表情で白山達に視線を向けてきたが、その視線に構わず真っ直ぐに駆け込むと、詰所の騎士へブレイズが事情を説明した。
突然の騎士団長の訪問に動揺した騎士だったが、すぐに数名の騎士が現場に走る。
同時に非常事態を知らせる鐘が鳴らされ、巡回の兵士達も集まってくる。
詰所で水を貰った白山達は、食事の余韻も吹っ飛びピリピリとした雰囲気で馬車に乗り込んだ。
念のため王宮までの馬車には騎士達が護衛で同道し、殺気立った一行はなんとか無事に王宮に入ることが出来た……
王宮に入ると、すぐに先程の鐘を聞いていた警備隊長が走り寄ってくる。
ブレイズが状況を伝えると、今夜は警戒態勢を強化するとの事だった。
*****
白山達は、とりあえず居室に戻り汗や返り血を拭いながら一息ついていた。
ブレイズは、メイドに頼みワインを持ってこさせて、黙って白山にグラスを差し出した。
ブレイズいわく、血を見るような戦闘の後にはワインを飲み自分の血を鎮めるのが習わしだと言う事だ。
グラスに半分ほど注がれたワインを、一息に飲み干した白山は熱く感じる胃の腑に生命を感じて、伝承や言い伝えも馬鹿にできないと感じる。
ストールを脱いでブレイズの対面にどっかりと腰を下ろし一息つくと、白山は何故襲われたのかを思案し始める。
リオンが黙って、ワインを白山とブレイズに注ぎ自らも、控えめに小さな丸イスに腰を下ろす。
「ブレイズ、俺には心当りがないんだがお前さんは、どこの女に恨みを買ってるんだ?」
冗談めかした白山の口調だったが、視線は真剣だった。
「おそらくは、貴族派の仕業だろう。俺もこんなに早く仕掛けてくるとは予想外だった」
冗談を受け流して、ブレイズは真面目な口調で白山に答える。
「貴族派にとってみれば、目の上の瘤ってところか?」
白山がそう答えるとブレイズは静かに首を横に振る。
「それどころか、喉元につきつけられた短剣に等しい」
その言葉を聞いた白山は、自身の立ち位置が分からずブレイズに尋ねる。
「どういう事だ?」
「伝説に語られる鉄の勇者が、王と共に帰還した。この事実は貴族派にとって衝撃だったのさ。
これまで貴族派の思惑通りに物事が進みそうだった所に、事態を覆す非常識な存在が現れた。
どこかの貴族が危機感を抱いて先走ったか、それとも勇者の力が本物かどうか確かめたって所だろう……」
大きくため息を付いて、ある程度の事態が理解できた白山はいらぬ騒動に巻き込まれたと落胆する。
不意に部屋の扉がノックされる。
リオンが対応してくれたが、入ってきたのは見知らぬ老人だった。
蓄えられた髭と身なりの良い格好からして、身分が高い事は判るがまだ紹介されたことはない……
「勇者殿……ご挨拶に伺うのが遅れたな。この国で宰相を任されているサラトナと申す」
すっと立ち上がった白山はサラトナと名乗った宰相に頭を下げる。
「こちらこそ、ご挨拶が遅れまして失礼致しました。ホワイトと申します」
うむと、頷いたサラトナは白山の対面ブレイズの隣に腰掛け、空いたグラスにワインを注ぐ。
「儂がここを訪ねてきたのは内密にな……
今回は災難だったな、ホワイト殿」
その言葉に、頷き着席した白山はまず反応と様子をうかがうべく言葉少なく答えた。
「なんとか無事に切り抜けられましたが、肝を冷やしました」
そう言った白山の反応にサラトナは、表情を歪める。
「国のゴタゴタに巻き込んでしまい申し訳ないと思う。許して欲しい」
頭を下げたサラトナに驚いた白山は、済んだ事ですと言葉短く伝える。
「そう言ってもらえると助かるな。さて、儂が訪ねてきた理由はな……」
そう言って、言葉を切ったサラトナはワインを一口飲むと改めて切り出す。
「儂は、この機会に王家に仇なす貴族を大掃除しようと考えている……
貴族派の筆頭と他国に益をもたらそうとする害虫をな」
そう言ったサラトナの顔には、凄みのある顔が浮かんでいる。
「私を餌に、貴族派を釣り上げると言うことですか?」
そう聞いた白山にサラトナは少し考える仕草をしながら、小さな声で答える。
「半分は正解だな。まず、軍務卿であるバルザムに貴族の支持が集中している状況を変化させる事……
そして、他国に内通しておる南の領主をすげ替える事だな」
サラトナの説明はこうだった。
まず、現在のレイスラット軍は貴族の息子や庶子などが中心となっており、軍の影響力が増大している事……・
その影響力が王宮の政治機構に干渉するまでに肥大しており、このままでは皇国との戦争に、大きく舵を切らざるを得なくなる。
そこで王は魔王など、直接的な勇者の存在価値を認める脅威がない現状で、白山を相談役として側に置くことで、貴族派を牽制する事を考えていた。
サラトナはその状況を利用し、軍務における王の相談役として白山を任命することで軍部の意見に対して歯止めを掛けることを画策している。
「では、バルム領については?」
疑問に感じた点を素直に口にする白山に、サラトナはニヤリと笑いかける。
「ブレイズと共にマクナスト伯爵を捕縛する任について貰おうと思っている……」
「王国内の治安維持に関しては、親衛騎士団の任務だからな」
そう言ったブレイズの目が鋭く光った……
サラトナの描く図式はこうだった。
いくら相談役に任命されたとしても、実績も後ろ盾もない白山には発言力が少ない。
そこでバルム領(港町)マクナスト伯爵の捕縛を利用し実績を積ませる。
同時に貴族派の財政基盤と大物貴族を捉えることで、貴族派に大きな打撃を与え影響力を削ぐ。
概ねそんな流れだった……
「では、マクナスト伯爵を捕縛するに足る証拠は……?」
サラトナはニヤリとして頷き、「こちらで揃えている」と呟いた。
そこへ、ブレイズが重ねる。
「そう言えば、クローシュ殿がサラトナ様との面会をしたいとも言っていましたな……」
とぼけた様子で、そう伝えたブレイズに頷いたサラトナは話を切り上げまとめにかかる。
「まずはホワイト殿の相談役任命の後に、この話は進める事になるだろう。それまでは、内密に頼みますぞ」
そう念を押して、静かに居室を後にするサラトナを白山は黙って見送った……
白山は、思っていた疑問点をブレイズに向けて尋ねる。
「俺と王が王都に帰還したのが昨日。幾ら何でも展開や絵図を書くのが速すぎないか?」
そう聞いた白山の疑問に、ブレイズが答える。
「宮廷魔術師の話は聞いているだろ?
サラトナ殿の頭の中には、召喚を行う時点ですでにその方法を考えていたんだろう。それが下敷きだろうな……」
そういったブレイズは、こめかみの辺りをトントンと指で叩きつつそんな答えを返してくれた。
つまりは、同行した時点でレールは敷かれていたのか……
大きな権力のうねりに否応なく巻き込まれている白山は、ため息をつきながら頭をかく。
「さて、どうしたものか……」
そう呟いた白山の頭には、様々な思考が渦巻いていた…………
ご意見ご感想などお待ちしております。
次話 11日に更新予定です。