外出と再会と 【挿絵あり】
ここ数話で少しずつ、物語が進行していきます。
説明が多くなるかと思いますが、お付き合い頂ければ幸いです。
白山もリオンの存在に慣れたのか、これまでほど睡眠不足と言った感もなくそれなりに眠れてしまった。
『慣れと言うか状況に適応したと言うか……』
睡眠がとれたことは、嬉しいのだが悲しいような残念なような複雑な心境のまま朝を迎えた。
いつものようにストレッチを行い体をほぐした白山は、そろそろランニングをしたいと感じブレイズにでも手頃なルートはあるか聞いてみようと、頭の中でメモをとる。
そうしているうちに、リオンも着替えを終え朝のお茶の支度を進める。
その顔を見ていた白山は、昨夜までのぎこちない表情から、幾らかリオンの表情が和らいだように感じ安堵していた。
朝食を終えた白山は、リオンの傷の具合を確かめる。
殴られたりした箇所のアザや傷は、だいぶ良くなっている。
切れた唇を縫合した箇所もだいぶ良いようだ……
メディカルポーチから医療器具を出し、抜糸したが目立つほどの跡は残らないようで白山をホッとさせた。
リオンはここ数日しっかりと食事をとっているせいか、捕らえられた時よりもやつれた感じが少なくなり、歳相応の少女らしさが少しづつ戻ってきている。
午前中は、装備の運び込みに時間を割いた。
いくら王宮とは言え、武装や弾薬を高機動車に積みっぱなしは気が引けたため、ブレイズに頼んで駐車場所に近い城壁内に武器庫として使える部屋を確保してもらっていた。
親衛騎士団から2人手伝いが来て、重量物の搬入に手を貸してもらう。
ラップトップやタブレットそして背嚢、個人装備といった品物は白山の部屋に運びやっと一息ついた頃、ブレイズが部屋にやってくる。
「よう、迎えに来たぞ」
その姿は、先日までの鎧に身を固めた格好ではなく、簡素な服に長剣を下げた格好だった。
白山は、一瞬何のことか分からずブレイズに尋ねる。
「ん……? 何か予定があったか?」
怪訝そうな顔を浮かべた白山に、ブレイズは呆れた様子を見せる。
「おいおい、午後から外出するって話だったから俺が付き添いになったんだよ」
そう言った言葉に、合点がいった白山はニヤリと笑ってからかう。
「なるほど、俺をダシにしないと親衛騎士団長殿は、ロクに休みも取れないだろうからな」
王都への帰還後も、ブレイズが忙しく動き回っていると聞いていた白山は、そんな冗談を投げかけ言外に忙しい役職を労う。
「まあ、そんなもんだ。ところで今日は何処に行くんだ?」
笑いながらどっかりとソファに腰を下ろし、リオンの淹れてくれたお茶を飲みながら、そんな事を聞いてくる。
「今日は、クローシュさんの所に顔を出そうと思う。それにリオンの身の回りの物も買わなきゃいかん」
そう言った途端、嬉しさが蘇ってきたのかリオンは白山に視線を向け、僅かに頬を染める……
そんな様子を見ていたブレイズは、良いからかいのネタを手に入れたとばかりに顔をニヤつかせる。
「おお、随分仲良くなったじゃないか。もうやる事はやったのか?」
下世話な話題を振ってきたブレイズに、白山が混ぜっ返す。
「残念だがそんな関係じゃない。それよりもあんまり王宮のメイドにしつこく言い寄らない方が良いんじゃないか?」
白山の意外な反撃に、口に含んでいたお茶を吹きかけたブレイズは、慌てて尋ねる。
「おい!そんな話、何処から聞いた!」
慌てるブレイズを尻目に、何くわぬ顔で支度を整える白山はニヤリと笑いながら、それには答えない。
実際の所は、トイレに立つ途中、メイド達の世間話を小耳に挟んでいた白山は、これは使えるとその話を覚えておいていたのだった。
「さて、行こうか。時間は有意義に使わないとな……」
支度を終えた白山は、リオンとともに部屋を出ようとする。
格好に悩んだが、白山は戦闘服に腰回りの装備と小銃・拳銃ナイフを身につけ、それらを隠すようにストールを巻いた。
その姿を慌てて追いかけるブレイズに、王宮のメイドの目が光っていたのはまた別の話である。
3人は、王宮から馬車で市街地まで移動することになっており、初めて乗る馬車の感覚に白山は異国情緒ならぬ異世界情緒を感じていた。
その馬車の車中、ブレイズがざっと王都の概要を話してくれた。
それによると、運輸や漁業の中心となる北部地区と東は住宅区、そして南に商業区となっているとの事だった。
馬車は、商業区に向かい真っ直ぐ進んでおり、20分ほどで商業区に着いた。
「そう言えばブレイズは、クローシュさんの事を知っているようだが、何処に店があるか判るか?」
そんな質問をした白山に、呆れたような表情を浮かべつつ答えてくれる。
「この国でクローシュ商会を知らないと、パンの一つも買えんぞ?
あそこに見える大きな商店が本店で雑貨から食料品、武器まで手広く扱っている」
ブレイズが指差す先には、明らかに他の商店とは別格の3階建ての大きな商店があり、忙しく店子や客が出入りしていた。
3人は馬車を降り、真っ直ぐにその大きな店に向けて歩いていく。
その様子を店子が見つけ、「いらっしゃいませ」と腰が低く優しげな笑顔で迎え入れてくれる。
なるほど、教育が行き届いており嫌味な感もなく、適切に客のフォローに回っている。
これだけの店を運営できるとすればクローシュの才覚は余程のものだろう。
白山は挨拶をしてくれた店子に、件の羊皮紙を示すと取次をお願いする。
怪訝そうな表情を浮かべながらも、その内容を読むとすぐさま白山達を応接室に案内してくれた。
しばらくするとノックの音と共に、クローシュが姿を表した。
行商の際に比べると、嫌味ではないが明らかに上等の衣服を着ており、まるで別人の様な錯覚を覚える。
「ホワイト様、ご無事で何よりです! おお、ブレイズ様もご一緒でしたか!」
白山とブレイズを交互に見やりながら握手を交わし、上質なソファに着席する。
「ホワイト様と、こんなに早く再会できるとは、思っても見ませんでした。しかし、ブレイズ様とご一緒とは、どういう事で?」
改めてお互いの無事を喜び合ったクローシュは、白山に尋ねる。
そこで、白山はそれまでの行動と経緯をクローシュに語って聴かせる。
無論、襲撃についてはたとえ国の商いをする豪商と言えど、話せないと思ったので野犬の群れと言い換えたが……
「成程、鉄の勇者が再来したとの話や、先日の鉄の馬車の話から、ホワイト様が何かしら王家と接触したと思いましたが、そのような事がありましたか……」
暫く考えながら、クローシュはブレイズにこう切り出した……
「野犬の群れも随分と大きな獲物を狙ったようですね…… よほど焦りがあると見えますな」
双眸が鋭く光り、ブレイズも先ほどまでの砕けた表情から一変し真剣な面持ちとなる。
どうやら耳の早い商人は、ある程度国王襲撃事件の情報をどこからか聞いていたようだ……
「鉄の勇者が国王派についたことで、野犬の群れはよほど焦っていると思われますな」
そんな陰謀めいた会話をしながら、剣呑な雰囲気になってきたと思ったのかクローシュは話題を変える。
「しかし、こちらの可愛らしい女性はどちら様ですかな?」
意味ありげな視線を白山に向けながら、クローシュが問いかける。
「リオンです。訳あって俺の護衛として一緒に行動しています。今日は彼女の身の回りの物を買う用もあって……」
はぐらかすように白山が答えると、クローシュは控えていた店子に指示を出しリオンを連れださせる。
ためらった様子のリオンに、白山はうなずいて「行ってこい」と伝えると、店子に連れられて、リオンは店に案内されていった。
「さて、野犬のボスは今回の一件についてどこまで知っているのでしょうかね?」
リオンが退出したあと、意味深な台詞をクローシュはブレイズに投げかける。
怪訝そうにしていたブレイズは、クローシュの真意を探ろうと質問を返す。
「つまりは、野犬の群れは別のボスに率いられていると?」
「そのようですね。まあ、最近は騒がしい方面から鼻薬を嗅がされているようですが……」
2人の会話を黙って聞いていた白山は、そろそろ解説がほしいと思い、隣に座るブレイズの脇をヒジでつつく。
「ああ、ホワイトはまだこの国の情勢については知らないか……」
そう言ったブレイズは、簡単にこの国の政治情勢について白山に説明してくれる。
まずは、公爵以下貴族が領地を治めているが、先の皇国の侵略から領地保護への、積極姿勢を打ち出せない王への不信感が高まっている。
そこで複数の貴族達は、軍務卿であるバルザム公爵を、筆頭派閥に推す動きがあるとされていた。
しかし、王家は世襲であり若くして王妃を亡くし、それ以降再婚を頑なに拒み、妾もいないレイスラット王には、グレース王女以外直系の子がいない。
そこに目をつけた貴族派は、バルザム公爵の息子をグレースの婿として王家に送り込もうと画策している状況だった。
つまり、自分たちの都合の良い状況を作り出そうと動き、国が1枚になっていないとの話だった。
そこまで聞いた白山は、ふと先ほどの会話を思い出し、クローシュに尋ねる。
「と言う事は、今回の一件は他に首謀者が居ると……」
そう言った白山の問にクローシュは静かに頷き、そして凄みのある笑顔を浮かべる。
「表面上は貴族派ですが、水面下で他の勢力とつながり自身の利を図ろうとする輩が、今回動いているのですよ」
そう言ったクローシュの説明に「なるほど……」と、納得した白山は朧気ながら、敵の正体が見え始めた事にある程度納得する。
「と言うことは、先日聞いたあの話か……?」
ブレイズに問いただした白山には、先日旅先で聞いた港町の領主に関する話が思い起こさせられる。
静かに頷いたブレイズは、渋い顔で同意を示す。
「ですが、その勢いもまもなく終わりますがね……」
含みをもたせたクローシュの言葉に、ブレイズは驚く。
「なにか新しい情報でもあったのか!?」
そう聞いたブレイズに、クローシュは白山の方をチラリと見てから頷いた。
「あの方は、やり過ぎました。商人にも圧力をかけ関税を余計に取るなどね……」
そう言ったクローシュの目には、商人を敵に回すとどうなるか……と言う意志をありありと写している。
静かにお茶を飲むクローシュからは、行商の時の優しげな表情から、大商人の顔になっている。
「まあ、近いうちに王宮へ御用伺いに参ります。その際にでもゆっくりと……」
そういって話題を切り替えたクローシュは、後ほどゆっくり時間を取ると伝え応接室を出た。
どうやら忙しい中、わざわざ時間を作ってくれたらしい。
礼を言って、立ち上がった白山とブレイズは再会を約束し、店に向けて歩き出した。
店の中を見回すと、少し困ったような顔をしたリオンの姿があり、その手には何か大きな袋があった。
白山が尋ねると、店子が見繕ってくれたと言い、更にお代については結構ですと言われてしまったらしい。
白山が袋の中を見ると、日用品の他に数点の衣服やアクセサリーなどもあり、どうして良いのか分からず白山を待っていたとの事だった……
クローシュにしてやられたなと、白山が思いリオンに「貰っておけ……」と言葉短く伝えた。
ふと店の中を見ていて、武器コーナーを視界に収めた白山は、リオンに武器などは何を使うのかと尋ねる。
「細身のナイフが2本ほどあれば助かります……」
そう言ったリオンは、懐かしそうなそれでいて遠くを見るような目で、飾られたナイフを眺めながら答える。
その言葉を聞いた白山は、リオンの手のひらや肩に手をおいてその具合を確かめる。
突然、白山に触れられたリオンは、ビクリと肩を震わせるが、色欲や悪戯に触れているのではないと判り、力を抜いて体を預ける。
暫くして、雑貨や日用品の担当とは明らかに違う無骨な担当者から、2振りのナイフを受け取り何か言われる前にさっさと代金を払っていた。
「これで大丈夫か?」
白山に渡された2本を、断りを入れて鞘から抜き放ち軽く振ってみる。
重さやバランス、手への馴染み具合も驚くほどリオンにピッタリだった。
1本は短く細身のレイピアのような形で真っ直ぐな柄が特徴的な1本
そしてもう1本は、カトラスの様に若干湾曲した少し反りのあるナイフだった。
「これなら、十分戦えると思います」
嬉しそうに目を細めるリオンに、白山は良かったと安堵しつつも釘を刺す。
「これを使うのは、自分か自分の大切な人を守らなければならない時だけだ。忘れるなよ」
「肝に銘じます……」
恭しく頭を垂れたリオンの姿に、『ホントにわかってるよな……?』と若干疑問を感じつつ白山は頷く。
クローシュの店を出てから3人は広場で開催されている自由市場をひやかしたり、屋台の品物をつまんだりと、十分に市内を満喫できた。
「さて、そろそろ帰るとするか……」
名残惜しい気もするが、これで最後でもあるまい。日も傾きかけてきている頃 白山は2人に告げる。
すると、ブレイズが晩飯を食って帰ろうと言い出した。
「毎日、城の飯だと息が詰まらないか?」手で盃を開ける仕草をしてブレイズはニヤッと笑った。
そう言ったブレイズの意図が分かった白山は、「よし、行こう」とこれも笑顔で答える。
慣れた様子で2人を先導し始めるブレイズは、程なく1件の酒場に辿り着いた。
木製の看板には、湖畔の宿木と看板が掲げられていた。
2階建ての建物は、1階が酒場で2階が宿屋のようだ。お世辞にも、外観は小奇麗とはいえないが
それでも中の活況は伝わってくる。それなりの繁盛店のようだ……
中に入ると8割ほど埋まった席をかき分け、なんとか3人座れる席を確保しブレイズが大声で店員を呼ぶ。
すると程なく、三つ編みのおさげを揺らしながら小柄な少女が、器用に客の間を縫ってやって来る。
「よう、コリン。久しぶりだな!ちったぁ、成長したか?」
そんな下世話な話をするブレイズを睨みながら、注文を聞きに来た少女はブレイズに告げられた内容を木版に書き込むと足早に戻ってゆく。
程なくして、木製のコップを3つテーブルへ乱暴に持ってきながら、ブレイズに舌を出して足早に逃げていく。
「どうして、あんなに嫌われてんだ?」
コップには、エールがなみなみと注がれており、それを回しながら白山はブレイズに悪戯めいて尋ねる。
「いや子供の頃、嫁にしてやるって言ったらしいんだが酔っ払って覚えてないんだわ……」
頭を掻きながら答えるブレイズに、白山は苦笑してブレイズの性格の一端が見えた気がしたが、気を取り直してコップを掲げる。
「まあ、ブレイズの女癖は置いといて……帰還と出会いに!」
そういって、控えめにコップを合わせた3人は、王宮の上品な料理とは違う豪快な肉の塊や魚に舌鼓を打った。
次々に運ばれてくるシンプルだが豪快な味付けの料理は、確かに王宮では出ないだろう。
出された料理を堪能し、そろそろお開きといったあたりで、リオンが白山にそっと耳打ちする。
「どうやら、こちらを監視している人間がいるようですが……如何致しますか?」
そう伝えたリオンの顔は、少女のそれから仕事人のそれに変貌している。
白山もその視線には気づいてはいたが、王宮からの監視なのか、その他の勢力からなのかは、判断がつかないため害意がなければ放置しようと考えていた。
店の入口に近い場所に2人、そしてリオンが言うには外にも2人がいるとの事だった。
ふむ……と、暫く考えた白山は小声でブレイズに尋ねる。
「監視は、王宮からか?」
今まではそれなりに柔和な表情で、時折コリンをからかっていたブレイズもその質問に、スッと表情を変える。
「いや、そんな話は聞いていないな……」
そう答えたブレイズは、リオンに銀貨を渡し勘定を済ませる。
「で?どうするんだ?」
名目上、白山の護衛になっているブレイズに白山は尋ねた。
「出方を見る。襲ってくるなら始末して、監視だけなら見逃そう……」
そう言ったブレイズは、白山に帰り道の道順について教える。
ここから馬車が停めてある騎士団の詰所までは約700m 先ほどの自由市場までは角をひとつ曲がった先だ。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
ひとり呟いた白山もスッと、戦闘に赴く表情に変わっていった…………
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10日 夜更新予定です。