王宮とニセ勇者と
少し短いですがキリの良い所で投稿します。
「何故、王女が私のもとに?」
この場から、必死に逃げ出したい衝動をこらえつつ白山は平静を装いグレース王女に尋ねる。
「まずはご挨拶に伺ったのと、王陛下より鉄の勇者の伝承やこの国の状況などについて、お教えするように申し付けられました」
「それは、ご丁寧にありがとうございま……えっ?」
途中まで、言いかけて白山はグレースに聞き返す。
「鉄の勇者の伝承については、個人的に研究おりましてお力になれると思いますわ」
ニッコリと微笑みながらそう告げる王女に、白山は内心で頭を抱えた。
『どう考えても籠絡しようとかかってるよな……』
予防線を張るべく、白山が返答する。
「王女様が伝承について詳しいことは分かりました……
ですが、一国の王女様にご教授頂くのはあまりにも畏れ多い事です。
また身分も不確かな私のような人間が王女様に近づくのは、あらぬ誤解と批判を受ける恐れがあるかと」
交渉に関する教育を受けている白山は、すぐに少ない反論材料から今挙げられる問題点を列挙する。
しかし流石に貴族との腹芸に慣れているグレースは、サラリと言葉を躱した。
「ご懸念は最も……
ですが、これは国内の結束を図る上でも必要なことなのです。
鉄の勇者が再来したという事、そしてその勇者が王家と密接な関係である事を示せば、王家への求心力は高まりますわ。
そして……」
一度言葉を切り、お茶を優美な仕草で一口含むと笑いながら白山に尋ねた。
「鉄の勇者として宣言した陛下の配慮に異論を挟まれては、お互いに不利益が大きいと存じますが……?」
退路を絶たれたと感じた白山は、諦めたようにうなだれた・・・
知識や判断材料が少ない現状では、勝ち目がない。
「分かりました。よろしくご指導のほどお願い致します」
すっと、頭を下げた白山に王女が驚く。
「ホワイト様は、礼儀正しいのですね。もう少し乱暴な方かと思っておりました」
『どんな筋肉ゴリラだよ……俺の印象……』
「私どもが戦っていた戦場は、勇猛さも必要ですがそれ以上に知性を必要とさせる場所でしたので……」
言葉少なく、答えた白山に感心したようにグレースが頷いた。
「分かりました。もし宜しければホワイト様の居た世界についても私に聞かせて下さいね」
そう言って立ち上がったグレースは、もし宜しければ城の中を案内すると申し出てくれる。
夕食まではもう少し時間があるので、すっかり眠気も覚めた白山はリオンを伴って部屋を出る。
城の内部は4階建ての本棟と王族が居住や執務・接見を行うエリア
そして城壁を兼ねた騎士の詰所 兼 武器庫などから成っている。
白山は城壁と本棟に関しては、自由に動いていいとの事だ。
また、王相談役の身分が固まれば、一部王家の執務エリアへの出入りも可能となるらしい。
本棟は各種文官が執務を行う区域と、主に外交面で使用される貴賓エリアがあるという。
まずは貴賓エリアを見せられた白山は、調度品の豪華さに気圧されながらも、ある程度の位置関係や場所を頭に叩き込む。
食堂の位置や舞踏会を行う大会堂を見てまわり、玄関ホールを経由して執務区域に移動しようとした所で、何やら騒ぎが起こっている……
誰かが、中に入ろうとして門番の兵士と押し問答をしているようだ……
長い髭とローブが如何にも胡散臭い風貌であり、誰かとの面会を頻りに要求している声が聞こえる。
白山は、兵士の一人を捕まえて一体何の騒ぎかを聞く。
「はっ、宮廷魔術師殿が、陛下と勇者様との面会を求めておりまして……その……」
言いよどむ兵士に、「構わないので言いなさい」と王女が促すと渋々兵士が語りだす。
「いえ勇者殿が偽物であり、異界の鏡から召喚する勇者こそ真の勇者であると、訳の分からない事を言っておりまして……」
白山は、その兵士に礼を言うと早足で玄関ホールに向けて歩き出す。
何らかの手がかりになる可能性もある。そう感じた白山は王女の制止も聞かず騒動の中に入り込む。
門番の兵士は、渦中の人物がいきなり現れたことでさらなる混乱を懸念したが、構わず槍でバリケードを交差させ玄関を塞いでいる門番の肩を叩く。
城内への侵入を防ぐことに躍起になっていた兵士は、内側から声をかけられ驚いたが、現れた人間が白山だと知って更に驚いた様子だった。
「ゆ、勇者様……」
その言葉を聞いた宮廷魔術師は、白山の姿を上から下までじろりと眺めると、噛みつかんばかりの勢いで白山に食って掛かる。
「このニセ勇者め! どうやって王に取り行った! 儂の目は誤魔化せんぞっ!!」
唾を飛ばしながらわめく老人を、なんとかなだめようと白山が話しかけるが、全く聞く耳を持たない。
「鎮まりなさい! 城内で何を騒いでいる!」
グレースが、凛とした表情で先ほどまでの優しい表情とは一変した真剣な面持ちで一喝する。
その様子に、我に返ったのか宮廷魔術師は、幾分落ち着いた様子でグレースに願い出る。
「グレース王女、何卒王に接見を願います!異界の鏡も用いず勇者と称するなど王家に災いを……!」
「黙りなさい。鉄の杖を使い王の危機を助け、鉄の馬車を駆るホワイト様は紛れもない鉄の勇者です。
貴方は、陛下の判断に異を唱えるのですか?」
その言葉に宮廷魔術師は絶句して、白山とグレースを交互に見やる……
そのやりとりを黙って聞いていた白山は、絶望を顔に張り付かせた宮廷魔術師を見て問いかける。
「証拠があればいいのか?」
鼻を鳴らして白山の問を無視した宮廷魔術師は、相変わらずグレースへ王との面会を求めている。
徹底して自分を偽物として扱いたいらしい様子に、若干ムッと来た白山はグレースにアイコンタクトを送り庭を示した。
グレースもその意味を理解したらしく、僅かに頷いてくれる。
兵士の間を縫って庭に出るとすると、リオンが物騒な答えを返してくる。
「ホワイト様を偽物呼ばわりとは許せません。一言頂ければ永遠に黙らせますが……」
グレースの突然の登場から若干機嫌の悪いリオンは、冷酷にそう言い切った。
「それはやめとこう」と苦笑しながらリオンに言った白山は、自分の考えをリオンに耳打ちした……
「何を見せてもらえるのですかな? ニセ勇者が手品まがいの魔法でも見せてくれるのですか?」
バカにしたような口調で嘲笑を浮かべる宮廷魔術師は脇を兵士に固められ、庭の一角で佇んでいる。
その少し離れた位置にリオンとグレースが控えており、グレースは先程リオンから白山の悪戯を聞かされていた。
「黙っていなさい」
静かではあるが、有無を言わせない口調でグレースが宮廷魔術師を黙らせる……
程なく低い雷鳴の様な音が周囲に鳴り響き、リオンは今日1日で聞き慣れた音を聞き、グレースに頷く。
それを見たグレースは僅かに手を動かして宮廷魔術師の左右を固めていた兵士達を後ろに下げる。
その瞬間、城壁の後から角ばった大きな影が突然現れて、宮廷魔術師に向かって突進してくる。
「ひっ、やぁぁぁぁぁぁっっ!」
どこから出ているのかは分からない程高い叫び声を上げながら、その場に尻餅をついた宮廷魔術師は視線を突進してくる物体から外すことが出来ない。
白山は落ち着いてブレーキを踏み、宮廷魔術師の鼻先30cmの所で停車させる。
口をパクパクと動かす宮廷魔術師は、驚きのせいか言葉を発することが出来ずにいた。
運転席から降りた白山は、ゆっくりと腰を抜かしている男の前に出るとしゃがみ、笑顔でゆっくりと告げる。
「これで信じて頂けましたか?」
必死で頷く宮廷魔術師を眺めながら、一番満足そうだったのはグレースとリオンだったのだが……
背後の2人の表情を白山が知る事はなかった……
*****
高機動車を元の駐車場所に戻した後、宮廷魔術師は何処かへ消えていた。
グレースの話によれば、元々勇者召喚の儀式を行う予定が失敗し、宰相から謹慎を命じられていたらしい。
自室に戻った白山達は、グレースからそんな話を聞かされた。
いや、俺……確かに、召喚されたよ?
と白山は思ったが、どうやら『異界の鏡』という王家の秘宝は、勇者を鏡から召喚する代物らしい。
見てみたいと白山はグレースに聞いてみたが、王の裁可が必要ですぐには難しいとの事だった。
夕食を終えてグレースへ、外出や今後の行動について聞いてみた。
白山にとって、異世界に来て初めての都市だ。
少しぐらい王都の街並みを見てみたいという興味がないわけではなかった。
それにクローシュへ、連絡を入れる必要がある。
彼には世話になったし、車を隠匿して貰う約束もしていた。
オーケンの無事も確かめたい。
グレースの話では、白山の王相談役就任について正式に決まれば、その宣言と、名誉騎士の叙勲について式典が行われるとの事だった。
それまでは幾らか自由に過ごしてもらって構わないが、外出の際には事前に知らせて欲しいという。
『ようはヒモ付きか……』
そうは思ったが、現状ではしかたないなと諦め、割り切ることにする。
明日の外出は可能かとグレースに尋ねると、午後からであれば問題無いでしょうとの答だった。
では、クローシュを訪ねてみよう。
日数的には戻っているはずだが、まだのようなら言伝を頼もう。
部屋に戻りふと、白山はリオンの身の回りのものが一切無い状況だと気づいた。
幸い、クローシュにもらった金は、殆ど手つかずで残っている。
「リオン、明日は君の着替えや身の回りの物も見に行こう……」
そう伝えると、リオンは驚いたように目を見開き、そして悲しそうな表情を浮かべた……
「私はこれまで自分の持ち物や、服を与えられた事はありませんでした。
本当によろしいんですか?」
「ああ、明日は好きな物を選んでいいぞ」
白山は半長靴と戦闘服を脱いで、ベッドに寝転がるとリオンが立ち尽くしているのが目に入った……
俯き、指先で涙を拭いている。
驚いた白山は上体を起こし、狼狽しながらリオンに大丈夫かと尋ねる。
静かに顔を起こしたリオンは、ゆっくり頷き大丈夫ですと静かに笑った……
それは、白山が初めて見るリオンの笑顔だった……
ドキッとした白山は、慌てたように顔を背けてベッドに体を倒す。
「明日が楽しみなら、早く寝て明日は楽しもう。
俺も、この世界を眺めるのが楽しみだからな……」
ぶっきらぼうにそう言った白山に、リオンははっきりとした声で「はい!」と明るく答えた。
部屋の明かりが消えて、夜が更ける……
今日は大人しく自分のベッドに寝たと思ったリオンが、音もなく白山のベッドに歩み寄る。
その気配に気づいた白山は、背を向けたままリオンに尋ねた……
「……眠れないのか?」
リオンはその言葉に答えず、黙って白山のベッドに入ってくる……
「明日からは、ちゃんと自分のベッドで寝ます。だから今日は……」
安眠を諦めた白山は、リオンに毛布をかけてやりベッドに迎え入れる。
白山の背中にしがみつくリオンは、暖かくそれでいてやけに小さく感じられていた……
*****
白山が4日目の睡眠不足を甘受した頃……
王宮の執務室では、数人の男達が集まりある問題について頭を悩ませていた。
宰相であるサラトナ、王付きの文官、そして親衛騎士団団長のブレイズである。
「おおよその筋は、理解できた。王の話とも合致する。問題は、相談役の地位だな……」
宰相は、そう言ってワインを一口含んだ。
ようやく車酔いから回復した文官は、その言葉に刺のある言葉を返す。
「あの者は危険です。強大な力を持ち、王国の秩序や序列を蔑ろにして地位を手に入れるなど」
その言葉を黙って聞いていたサラトナはブレイズに言葉をかける。
「ブレイズの印象は、どうだ?」
その言葉を聞いてブレイズは、真面目な表情で答える。
「軍を率いる者としては信頼出来る。戦場に出れば比類なき働きをするだろう。
ただ、相談役の地位は間違いなく貴族共を刺激するな……」
その言葉を聞いたサラトナは、ニヤリと笑って「ならば……」
そう言って自身の考えを2人に告げる……
ランプの炎がゆらりと揺れ、執務室に政治の蠢きが胎動していった…………
ご意見ご感想などお待ちしております
次回更新は、9日の予定です。




