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王の帰還と安堵の涙 ※


 リオンの身柄について話が片付くと、白山はカップを置いて頭を振った。

自分一人でも今の現状は厄介だというのに、それに加えて未成年の少女まで押し付けられてしまった。

しかも拒否権はないらしくリオンの命は、白山が引き取るか、密かに処刑されるかのどちらかだという。


選択の余地はなかった。


「さて、そろそろ打ち合わせの時間だ。向かうとするか」


話の区切りがついたと、ひざを打って立ち上がろうとするブレイズに、白山が声をかけてそれを留める。


「いや、ちょっと待ってくれ。少し相談したい事がある」


白山の呼び止めにブレイズは、何かこの場で話すべきことがまだあったかと、疑問を浮かべる。


「実は陛下に進言したい話があるのだが、協力してもらえないか?」


「ほう、そりゃどんな話だ?」



白山はブレイズが食いついた事を確認して、自分が考えていたプランを語り始めた。


そして一通り話を聞いたブレイズは、ニヤリと笑ってただ一言 「面白そうだ」 と言って席を立つ。


「よし、それなら早速その内容を陛下に進言するとしよう。行くぞ」



 そう言って白山を打ち合わせ会場へと促すブレイズは、先程までの重苦しい心境を振り切るように笑いかけた。

ブレイズとしても権謀術数を企てて、共に戦った男を自派閥へと縫い付けるような会話をするよりも、こうして気さくに話をする方がよほど性に合っている。


「ああ、それじゃ行くとするか」


それにならって白山も立ち上がり、部屋を後にする。


廊下で楽しげに響く二人の声は、茶器を片付けに来たメイドの耳にも届き、やがて遠ざかっていった……



************



 明くる日の早朝、まだ夜も明け切らないうちに白山は起床して手早く洗面を済ませる。

頼んでおいた朝食をせわしなく腹に詰め込むと、正面玄関へと降りてゆく。


 見張りの兵士に軽く手を挙げて挨拶をすると、高機動車へ近づいていった。

昨夜のうちに騎士達の手を借りて、整理と掃除を済ませた高機動車からシートを取り外し、出発の準備を整える。


給油や空気圧チェック、エンジンチェックを行い異常がない事を確かめ、エンジンをスタートさせる。

早朝の静寂を切り裂いて、ディーゼルエンジンの低い唸りが響く。


 暖機運転を終えてから、手振りで車を動かす旨を見張りの兵士達に伝え、進行方向を空けてもらう。

1tトレーラーが連結された高機動車がゆっくりと発進し、興味深そうに兵士達がそれを眺めていた。


 正面玄関のアプローチへ、滑るように高機動車が乗り入れられる。

車両が玄関前に到着すると同時に扉が開き、幾人かの人々が無言でその周囲に集まる。



 運転席を降りて助手席側へ回り込んだ白山は、一礼してからドアを開ける。

そこへ乗り込んだのは、驚いたことにレイスラット王その人だった。


 この早朝の出発は内密の出立であり、特に見送りや挨拶などは行われない。

レイスラット王は細身のズボン、ワイシャツのようなシルクのシャツに革のベストと、一見すると乗馬か狩猟にでも出かけるような格好だった。


 白山の一礼に、ゆったりと頷きながら助手席へ乗り込む。

足を挟まないように注意しつつドアを閉めた白山は、続いて後部ドアを開けにかかった。

トレーラーが連結されており乗り降りがしにくいため、支城で借り受けたステップを車内から出し、乗り降りがしやすいように配慮する。


 そこへ乗り込んできたのは、救出直後と比べて随分と血色の良くなったグレースと、長剣を持ったブレイズ、そして数人の侍女や文官だった。


 白山は座席に乗り込むグレースに、手を貸して乗り込むのを手伝う。

グレースも王にならって乗馬スタイルのような衣装で、動きやすさを優先させていた。


 腰からウェストにかけてのラインが、後部座席へ乗り込む時になめらかな曲線を強調し、白山は不敬罪に問われないように思わず視線を逸らした。

グレースが動いた時に、例の首飾りがかすかに動き、グレースの表情がわずかに曇ったのを白山が見て取る。


白山は何も言わずにわずかに頷いて、グレースを元気づける。

その視線に気づいたグレースも少しだけ微笑むと、座席に座ったままぐっと手を握りしめていた。



 全員のベルトが締まっている事を確認し、白山は運転席へ戻り、車内へ一声かける。


「それでは出発しますので、ご注意下さい」


 そう言ってチラリと視線を横に向けると、上機嫌で前を見据えるレイスラット王の姿が視界に入る。


 見送りは、アレックスと邸内の護衛を担っていた騎士が数名だけだ。

グレースに手をふられて、アレックスが騎士の礼を返している。


そんな中ゆっくりとアクセルを踏み込み、白山は高機動車を発進させた。



 白山とブレイズの悪巧みとは、高機動車を使って今日のうちに王都に到達してしまうというものだった。

昨日の計算では、王都まで約200km程だった。


馬車で進む場合、途中の休憩も含め3~4日はかかる。しかし、高機動車なら1日で到着できる距離だ。



 どうしても大規模な馬車列を組まなくてはならない王の移動は、速度も遅くなりがちになる。

しかし高機動車で王とグレースだけを運んでしまえば、警護の厚い王城へ今日中に到達できる。


 また、支城に居残っている隊列を成していた騎士たちや馬車などは、予定通り明日出発する。

出発の布告を出し、姿格好の似た騎士とメイドを影武者に仕立てて、隊列を囮にするのだ。


 敵が未だに襲撃を諦めていないのならば、厳重な警備が敷かれている王城より移動中の方が危険性は高い。

だが、敵が馬車を襲撃したとしても、心の王と王女はすでに王城の中にいる。


敵は名誉挽回の機会に燃える、怒れる騎士団の餌食になるだろう。



 白山がブレイズにこのプランを説明し、打ち合わせの席で王に進言したところ、王はいたく乗り気で即座に準備をせよと命を下した。

その入れ込みようは白山も驚くほどで、「しかし……」と、難色を示した文官を一喝した程だった。



 白山はそんな王の様子を見て、静かにアクセルを踏み込む。

エンジン音を轟かせ、なめらかに加速した高機動車は街道に出ると更にスピードを上げる。


 なるべく前を見るようにと注意されていたが、好奇心に負けて文官が周囲の景色に首を巡らせ、1時間もしないうちに酷い車酔いに苛まれていた。


 普段から馬を乗りこなすブレイズなどは、比較的マシの様だ。

王はどうかと思い白山はチラリと横を見るが、僅かに口角を釣り上げ真っ直ぐに前を見据えている。

グレースもまっすぐに前を見て楽しそうに微笑んでいる。

もっとも、グレースの場合は視界に入る白山の姿を見ているらしく、白山が後部座席の様子をバックミラーで確認すると、始終目が合うので、どうにも落ち着かない。



 途中、何度か商隊の馬車や旅人を追い越していったが、全員が目を丸くして驚き、悲鳴を上げて逃げる農民や、その場にへたり込む旅人までいた始末だった。


 二時間ほど車を走らせ、北の国境都市と王都の中継地点にあるバレロの街にたどり着く。



 王の裁可が降りた時点でブレイズは早馬を走らせており、王都への到着予定の変更と事態の簡単な経緯を、留守居役の宰相宛に届けていた。


 早馬は関所への連絡も兼ねており、無論ここにもその連絡は来ていた。

王の帰還は内密であり、街の中に乗り入れるのはさすがに目立つと言うことで、街道沿いの草地に天幕を立て代官が到着を待っていた。


そこに車両を乗り入れて、今日最初の休憩となった……


 レイスラット王とブレイズそしてグレースは、平気な様子で車両から降り立ったが、王付きの文官は青い顔で、衣服が汚れるのも厭わず地面に倒れ伏す。

白山の差し出す水を受け取り口をすすいだ文官は、「もう乗りたくない」と、しきりにつぶやいていた……


「いや、馬よりも早い速度がここまで持続するとは驚いた。まさにバケモノだな」


笑いながら問いかけるブレイズに白山は、自分の世界ではもっと早い乗り物があると答え、ブレイズを驚かせる。


「この調子なら、日暮れ前には王都に入れるな」


王都の方向を見据えながら、ブレイズは白山にそう言った。


「そうだな。この先は街道も整備されているようだから、速度もあげられるだろう。今夜は王都で寝かせてやる」


そう笑い返した白山の言葉に、近くにいた文官が悲鳴をあげ絶望的な表情を浮かべていた。



「如何ですか? 乗り心地は」


茶を嗜んでいた王に白山が体調を伺うようにして声をかける。


「すこぶる良い乗り心地だな。揺れも馬車より格段に少ない。最初に見たあの時から、一度乗ってみたいと思っていたのだ」


笑いながらそう言ったレイスラット王の言葉に、白山は苦笑しつつも問題がないようで安堵する。



「あの車は、どんな魔法で動いているのですか?」


 グレースはといえば、高機動車がどんな仕組みで動くのかに興味があるらしく、目を輝かせて白山に尋ねてくる。

薬の影響も体調も問題なく回復したようで、安心した白山は簡単に原理を教えたが、今ひとつ納得していない様子だった。



 腕時計を見て、十分に休養したと判断した白山はそれぞれに声をかけ皆が車に向かい始めた。

若干一名の例の文官が、覚悟を決めるように後部座席へ乗り込むと、再び車両が動き始める。



 アデーレから王都までは、街道が整備されており比較的速いペースで進むことが出来た。


 なだらかな丘を一つ越えた辺りで、眼下に広大な湖と、そのすそ野に広がる石造りの都市が小さく見えてくる。


王が白山に声をかけてくる。


「ホワイトよ、あれが王都レイクシティだ……」


 いくら公務とはいえ、1ヶ月近く留守にしていた自身の居城を見るのは感慨深いのかもしれない。


「もう暫く、ご辛抱下さい」


 王からかけられたその言葉に頷き、白山は正面の街並みに目を凝らす。

湖面の反射と石造りの建物が調和し、周囲の緑と実によく映える。素直に美しいと白山は感じ入っていた。


石畳の道を順調に走ってきた一行は、程なく民家がまばらに見え始めた辺りで出迎えの騎士団と合流する。

騎士団も一様に初めて見る高機動車の威容に驚いていたが、タレットに身を乗り出したブレイズがエンジン音に負けない声で命令を伝える。


キビキビと動く騎士達は、高機動車の前後を挟むようにして配置につき、比較的ゆっくりと王都の中に入っていった。



 城壁をくぐり、初めて目にする大きな都市の様子は、白山の心を踊らせた。

間近で目にしたレイクシティの街並みは、石畳の広い道路と市街地の活気あふれる住民たちの動きで、非常に賑やかだった。

北に広がる湖には小さな帆船が幾艘も帆を張り、東北の方角に一段小高くなった城が見える。


 騎馬隊が先行し道を空けさせるが、何事かと見に来る住民が高機動車を見て仰天し、目を見開いている。


 白山はそんな様子を横目に見ながら、街の様子を観察する。

一見綺麗に見える街も、よくよく見れば裏通りや周囲のゴミなどで、その施政が垣間見える。


 自身の経験から、そうした点を見てゆくが落ちているゴミや、中世にありがちな道端の汚物も見えない。

貧民のような生活困窮者も、大通り沿いにはそれほど見られなかった。


 どうやら助手席に乗る施政者は善政を敷いており、民の暮らしにも心を砕いているようだった。

街並みを眺める王の瞳は、威厳を保ちながらも民の暮らしや街の様子に、さり気なく視線を向けていた。



 緩やかな坂道を登り始めるとそれまでの喧騒が消え、閑静な街並みが姿を現す。

この一角は、貴族の別邸や城勤めの文官や、高級騎士が住む住宅街となっているらしい。


 石造りの大手門を抜けて、石畳の道を進むとやがて正門が見えてきた。

それを抜けた先には大きな馬車止まりと、よく手入れされた正面庭園が映える、大きな玄関に到達する。


 そこには、早馬の知らせを受けた文官や騎士そして城の重臣達が整列し、王の帰還を待ちわびていた。

王都までの距離と支城まで向かう時間を考えれば、王の帰還をことさら隠す必要はない。


むしろ、出迎えがない方が不自然に映ってしまう。


今から馬車は囮だと王都から報せに発っても、間に合わないのだ。

それよりも王の無事を喧伝したほうが、良い結果を生むだろう。

しかし、重臣や貴族そして騎士達さえも、初めて目にする高機動車の姿にどよめきと動揺が広がる。


恐らく王は、この威容も周囲に知らしめるべく白山の案を呑んだのだろう。



 静かに正門前で停車した車両からレイスラット王が降りると、ざわめきはピタリと静まる。

数歩進み、玄関ホールの一段高くなっている場所に立った王は、ゆっくりと振り返り、出迎えの面々を前にこう言い放った。


「此度の会談は、実に実り多き物であった! 特に……!」


そこで言葉を切った王は白山を手招きし、言葉を続ける。


「鉄の勇者と共に、無事帰還できた事を喜ばしく思う。 出迎え大儀であった!」


一斉に各々が礼を取る。

王はグレースをエスコートしながら、颯爽と城内へと進んでいった。


ブレイズに促され、一緒に城の中へ進む白山へ周囲から色々な感情を含んだ視線が向けられる。


白山は極力気にしないように正面を見据え、歩を進める。


ようやく玄関前は落ち着きを取り戻したが、そこに一人突っ伏している男がいた。


それは、車酔いで身動きの取れない文官の力尽きた姿だった……



************


 白山は高機動車を城の中庭に停めた後、ブレイズに案内され城の貴賓室で旅装を解いた。

旅装と言っても背嚢を下ろす程度だが、装備を外して上着を脱ぎ半長靴の靴紐を緩めれば、随分と気持ち的にも楽になった。


 長距離の運転で少しばかりくたびれた白山は、メイドに供されたお茶を啜りながら、とりあえずは無事に王都へ入れた事に安堵していた。

今後どうなるかはまだ分からないが、王やブレイズとの信頼関係がある程度構築できている現状、じっくり腰を据えてこの国の現状や、帰還の手段について調べる必要がある。


 油断はできないが、とりあえずはブレイズいわく、『今日は何も予定はないのでゆっくりと休んで欲しい』と言われている。

行儀が悪いとは思うが、落ち着いた室内にいるせいか、ふとまぶたが重くなり、ソファでウトウトとしてしまう。


「ホワイト様…… ホワイト様」


誰かの気配に気づいて、まどろみの中から意識を覚醒させた白山の耳に、どこかやわらかな声が届く。

その声の主がグレースだと判ると、白山は夢を見ているのかと思ったが、うっすらとまぶたを持ち上げた先にグレースの顔がアップで映り、一気に眠気が吹っ飛ぶ。


「ぐっ、グレース様!」


これまでの疲労の蓄積と長距離の運転があったとは言え、白山がここまで他人に接近されるまで気づかないなど、本来ならばあり得なかった。


「どうして、私の部屋に?」


寝起きの頭をフル回転させて、ソファの前にひざまずく形で白山の顔を覗きこんでいるグレースに、白山は質問を投げかけた。


「すみません、ノックしたのですがお返事がなくて様子を見ようとしたら」


これは油断したなと、白山は謝ろうとするがその前にグレースが口を開く。


「判りませんか?」


 そう言って胸元に手を当てたグレースは、心の重荷がとれたように、花咲くような笑顔を白山に向ける。

その手の動きを追って視線を動かした白山は、あの首飾りがグレースの首元から、綺麗になくなっているのにようやく気づいた。


「おお、無事に外せたんですね」


 白山は自分の事のように喜びながらも、いつまでも王族であるグレースを前にして、ソファに寝転がっている訳にもいかないと、上体を起こすべく腹筋に力を込める。

しかしその動きは、グレースの不意打ちで不発に終わってしまう。


「はい、宮廷魔術師のフロンツが、鑑定と解呪を行ってくれました。

ホワイト様の言う通り、あのまま無理に外していたら罠が発動していたそうです」



 そう言いながら、白山の胸元にグレースが顔をうずめ、ぎゅっとしがみついてくる。

その肩はわずかに震えており、白山はどうしたものかと戸惑いを隠せない。


 このまま慰めるのは簡単だが、白山の微妙な立場とグレースの地位を考えれば下手な真似はできない。

少し迷ったが白山はグレースの頭に手を置き、慈しむように優しく撫でてやる。


 少し子供扱いがすぎるかと思ったが、下手に誤解されるよりはこの方がよっぽどいいだろう。

そう思った白山はグレースが落ち着くように、そのままポンポンと撫で続けた。


 無理もないだろう。これまで蝶よ花よと育てられた正真正銘のお姫様が、突然暴力の世界に叩きこまれたのだ。

挙句の果てには得体の知れない魔法具によって怪しげな術をかけられそうになり、王都に辿り着くまで不安で仕方なかったのだろう。


それに王族として、周囲に弱い自分をさらけ出す場所など、そうそうあるはずもない。


 今ぐらいは、胸を貸そう。白山は何も言わずにグレースが落ち着くのを待った。

やがてグレースがしがみついていた力が弱まり、白山の胸の上で規則正しく肩が上下しはじめる。


どうやら、彼女も疲れていたんだろうなと、白山は微笑ましく感じていた。



『あれ?ところでこの体勢から、どうやって抜け出せば……』


 結局、お茶を運んできたメイドが来るまで白山は身動きひとつ取れず、その状況を脱する事が出来たのは、結構な時間が経ったあとだった…………


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