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検分と指輪と残る謎 ※

 グレースは部屋に差し込むやわらかな日差しと、レースのカーテンを揺らす高原特有のそよ風で目を覚ました。

上質の寝心地は紛うことない王家が使用する寝具であり、この感触から察するに昨夜の出来事は、夢ではなかったのかと考えてしまう。


しかし、窓辺に視線を向けたまま胸元を手探りして、手に触れる首飾りの感触から、嫌でもこれが現実なのだと認識させられてしまった。


 未だこの首飾りが、なんの目的で自分に付けられたのかは解らない。

魔法的な意味合いが込められているのならば、身から離す事で何らかの魔法が発動する可能性もあり、おいそれとは外すことも叶わない。

ちゃらりと動いた鎖がグレースの首元を流れ、意識が現実へと引き戻される。


 薬の影響もだいぶ抜けたらしく、寝る前に感じていた気怠さや、しびれるような感覚も消えていた。

ゆっくりと身を起こしベッドの縁に腰掛けると、昨晩から待機していたのだろう。素早くメイドが寄ってきて、身体を支えようと手を伸ばす。

グレースはその動きを首を横に振って制すると、ゆっくりと自分の足で立ち上がった。


 少しぼんやりとするが、どちらかと言えば寝起きの所為だろう。寝間着の乱れを整えながら用意された洗面器で顔を洗い口をすすぐ。

手渡されたタオルで水気を拭き取ると、寝間着を脱ぎ捨てて比較的ゆったりとしたワンピースに袖を通す。

朝の儀式のような長年続けてきた慣習を終えて、椅子に腰掛けると絶妙のタイミングで暖かな紅茶が差し出される。


 王城に居る時であるなら、女官が今日の予定を報せてくれ、その後に朝食となるのだが……


長年仕えてくれている女官の姿が見えない。昨夜の記憶を呼び起こす。

攫われた時に盛られた薬が未だ抜けないそうで、臥せっていると誰かが言っていた。


「レーナの具合と今日の予定は?」


グレースの好みに従って少し甘目に、ミルクを多めに淹れられている紅茶を味わいながら、誰ともなくグレースは尋ねた。


「レーナについては手足のしびれが抜けずに、もう暫く静養が必要との見立てです。

本日ですが、陛下より本日はゆっくり静養せよ。とのお言葉を賜っております」


「そうですか」


 そこまで聞いたグレースは、どうやら今日は籠の鳥になりそうだと、小さくため息をつく。

無理もないだろう。前代未聞の王の馬車が襲撃を受け、更に王族誘拐が発生してしまったのだ。

それを考えれば、その当事者である自分に、あれこれと動き回る自由があるとも思えない。


 王族としてこうした不自由さには、すっかり慣れてしまっているグレースは、行動の制限に取り立てて騒ぐ事はない。

しかし徒に時の過ぎゆくまま身を任せるのは、何か違う気がしていた。


「グレース様―― お食事は如何なさいますか?」


何が自分の心に引っかかっているのかグレースがその答えを探していると、遠慮がちにメイドから声をかけられていることに気づく。


「そうですね。なにか簡単につまめる物を…… それと、持ち込んだ本の中から魔法関連の本と紙とペンを」



 少し考えてから、何も出来ず捕らえられてしまったという無力感を晴らしたい気持ちに行き当たる。

しかしそれ以上に、白山の役に立ちたいという感情が心の奥底感じられ、無力感云々は建前だとグレースは認識してしまった。


それを意識してしまった途端、昨夜白山に抱きかかえられ救い出された情景が思い起こされる。

考えてみれば幼少の頃を過ぎてからは、異性にああして触れられるなど初めての経験だった。


思い出すと思わず鼓動が早くなり、顔が赤くなってしまう。


メイド達が傍に控えている手前、カップを口元に運んで表情をごまかす。


白馬ならぬ、鉄の馬車に乗った勇者が颯爽と現れて、自分の心を奪ってしまったと思い、紅茶を味わいながらグレースは少しだけ微笑んだ。




************



 昼前に起き出した白山は、まだ残る気怠さと疲れを感じながらも、行動を開始する。

簡単に洗面を済ませてから、部屋付きのメイドからお湯をもらいインスタントコーヒーを作り、眠気を追い払う。



 まずは武器の手入れが先決だった。本来ならば寝る前に済ませてしまいたい所だったが、ブレイズの処置と会話で時間が取れなかった。


背嚢のサイドポケットから武器手入れ具を出した白山は、まずプライマリーであるM4カービンのクリーニングにとりかかる。

床に敷かれた豪華なじゅうたんを汚すのは気が引けた白山は、部屋の隅に引っ込んで分解を開始した。


弾倉を抜き薬室の安全を確認してから、ロアレシーバーのピンを押し出し上下に分割する。


簡単にブラシで機関部とボルトの汚れを落とした白山は注油を行う。ひも状の銃口通しを銃身バレルに差し込み、汚れを掻き出した。

それから布製のパッチを通して仕上げを行う。



 本来ならばもっと念入りに各部のクリーニングを行いたいが、いつ襲撃があるかもわからない現状では、手早さを優先するしかない。

M4を元通りに組み立てた白山は、動作チェックを行ってから弾倉を挿れ横に置く。


続いてセカンダリであるSIG226を、同じようにバラして分解してゆく。

M4と同時に行わないのは、どちらか片方が使えるようにしておかなければ、不意の襲撃に対処できないからだ。


慣れた手つきで弾倉とスライド、フレーム・バレル・リコイルスプリングとガイドをバラした白山は、M4と同様に汚れを落としてゆく。



 清掃を行いながら、白山はこれからの事を考えていた。


 昨日は怒涛のごとく一日が流れていって、その情報量にいささか食傷気味だ。

だが、混乱のるつぼへ叩き込まれることの多い特殊作戦員としては、そうした状況は慣れっこだった。


 まず考えなければならないのは安全の確保だ。

白山が置かれている立場から考えれば、王族の安全確保は白山の立場を守ることにつながる。


 背後関係の洗い出しや犯人の捜索などは、この国の内情を知らない白山には難しいだろう。

だが情報の分析や先日捕まえた侵入犯の尋問など、いくらか貢献できることもある。


 SIGを組み上げた白山は、腰のホルスターにそれをおさめてから動き出す。

まずはブレイズ達騎士団の所へ赴いて、進展があったか聞く必要があるだろう。


 部屋を出た白山は廊下の警備についていた騎士に、詰所の場所を聞き足を向ける。

どうやら二階の一角が、詰所として使われているらしい。

階段を降りて言われたとおりの場所へ向かうと、部屋の前に二名の騎士が槍を持って立ち番をしている。


「ブレイズ殿に面会したいが、こちらに?」


白山の立場と活躍を見知っていたのか、姿勢を正した騎士へ白山は声をかける。


「はっ、団長は先程、食堂へと向かわれました」


「ありがとう。そちらに向かおう」


 槍を胸元に引きつけて敬礼を向けてくれた騎士に、白山は答礼を返し回れ右をする。

どうやら入れ違いだったらしい。食堂という単語を聞いた白山は、そう言えば最後の食事は随分前だったなと思い出す。


食事ついでに進展について訪ねようと、白山は食堂へと足を向けた。



 食堂の中は、まばらに騎士達が座り食事をしていた。

中には少し汚れが目立つ者もいて、彼らは捜索隊かもしれないと白山はあたりをつける。


 白山が食堂に入ると何人かがそれに気づいて視線を向けてくるが、白山はそれを気にせずブレイズの姿を探した。

すると、OD色の三角巾で腕を吊ったブレイズが、奥の方でパンをかじっている姿が目に入る。


「済まないが、皆と同じ食事をもらえるかな?」


 近づいてきた給仕に、白山は機先を制するようにそう言って、騎士達へチラリと視線を向けた。

王の賓客として案内しようとしていた給仕は、一瞬驚いたようだったがすぐに一礼して奥へと下がってゆく。


 兵士として現場に出ている以上、特別扱いは必要ない。

それに現地の兵士たちと同じものを食べて、同じ作業をすることで生まれる連帯感は非常に重要だ。

白山は軽く手を挙げて挨拶をすると、ゆっくりとブレイズの正面に座った。



「傷の具合はどうだ?」


「多少疼くが、前に矢を受けた時より随分マシだな」


 左手でぎこちなくスプーンを扱っていたブレイズを見て、白山は少し苦笑しながらブレイズのパンを自分のナイフで切り分けてやる。


「おっ、スマンな」


白山はパンを一口大に切り分けながら、後方に顎をしゃくる。


「後ろの連中は捜索隊だな?何か成果はあったか?」


木匙でスープを口に運びながら、ブレイズは少し渋い顔を浮かべながら首を横に振る。


「いや、最後の一人は残念ながら取り逃がした。夜が明けてから、遺体と証拠品を残らずさらってから戻ってきたそうだ」


先程の給仕が具だくさんのスープと、大ぶりのパンを持って来てくれたのを礼を言って受け取り、白山は自分のパンもついでに切り始める。


「そうか、調査はもう始めているのか?」


白山が自分達と同じような食事を頼んでいたことに、少し驚きながらブレイズはパンを口に運ぶ。


「ああ、一応ざっと見てみたが、身元の特定につながるような物は、当然持ってはいなかったな」


「……そうか」


白山は熱々のスープに息を吹きかけて冷ましながら短く答える。


「それで、今後の予定については何か決まったか?」


互いにもぐもぐと口を動かしながら、会話を続ける。


「今日の夕方に、王も交えて予定を話し合う予定だ」


「なるほど、それじゃあ食事が終わったら一応、俺にも持って来た物を見れるように取り計らってもらえるか?」


「ああ、構わない。それなら俺も立ち会おう」


 そこまで話した白山とブレイズは、一旦会話を切り上げて食事に集中する。

出汁が効いているのか、塩味のスープは素朴な味だが十分にうまい。よくわからないが、芋らしき根菜と葉野菜が煮込まれていて量も満足できる。

温かさと滋養が腹に染みわたるのを感じながら食事を終えた白山は、給仕が持って来てくれた茶を飲みながら、話の続きを切り出す。


「それと、昨日捕まえたあの娘はどうなってる?」


その質問にブレイズは少しニヤリとしながら、カップを持ち上げる。


「おとなしくしているらしい。アレックスが見張りに釘を刺したのは聞いている。どうした?情でも移ったか?」


「いや、そんなんじゃない。昨日は時間がなくて詳しく話を聞けなかったが、まだ何か知っているんじゃないかと思ってな」



 苦笑しながらブレイズのからかいを躱した白山は、そう言ってからふとその処遇が気になった。

アレックスとの会話の中で、王家への反逆は等しく死罪が与えられるとの言葉があったのを思い出す。


 正確な年齢は聞いていないが、見たところまだ未成年だろう。

それに現代風の罪状で言えば、不法侵入と窃盗未遂程度のものだ。それで死罪かと白山は考えこんでしまう。



 それについては、本人の生きる意思次第かと白山は思った。

どのみち彼女の傷の経過も見なければならない。


「それじゃあ、見分が終わったら、なにか新しい情報が得られないか聞いてみるから、そっちの手配も頼めるか?」


ブレイズが頷いたのを見て、白山は茶を飲み干してから立ち上がる。

証拠品と襲撃犯の遺体は、本館の横に建っている倉庫に運び込まれたらしい。

揃ってそちらに向かいながら、途中で車両の横を通り過ぎる。



 どうやら騎士団で見張りを立ててくれたらしく、昨夜停車した位置の四方に騎士が立ち、油断なく周囲に目を向けていた。

一応、施錠とセンサー類は設置してあったが、特に問題はなさそうだ。



 庭園を横切り、目立たない場所に建てられている倉庫に辿り着く。

倉庫に足を踏み入れると一種独特の雰囲気が感じられる。静寂と淀んだ空気が死臭と共に鼻孔へ突き刺さる。


 白山は胸ポケットからメディカルグローブを取り出すと、遺体に近づきながら両手にそれをはめる。

証拠の保全など、この世界では望むべくもないだろうが、毒物や感染症の心配もあるだろう。用心に越したことはない。


 白山は遺体の横に立つと、戦術ネットに連接していたPDAをポケットから取り出してカメラ機能を使い、遺体を撮影してゆく。

顔のアップと全身像を撮影すると、遺体の見分をはじめ気になった点を撮影していった。

生前の顔とは異なるだろうがデスマスクでも、何かの証拠足りえるかもしれない。


 一通り遺体を見てみたが、やはりこれといった特徴がある訳でもなく、衣服も聞いた限りでは、ごく普通に買える代物らしい。


 それに比べてもう一方の遺体の群れは、どこか特徴的だった。

こちらは王の馬車を襲撃した連中で、夜の襲撃を行った者達に比べてゴツゴツとした手や筋肉のつきかたは、兵士のそれと言えた。

ところどころ腕や身体に古い傷跡があり、幾度かの戦闘をくぐり抜けてきたことを伺わせる。


 明らかに昼と夜の襲撃者は、性質が異なるのだ。

連動しているのか? 別口の襲撃なのか?

情報が足りず、また背景が見えないため白山には判断がつかなかった。


 次に白山は証拠品の置かれているテーブルへと向かい、置かれてる品々を一瞥する。

そこには昼の襲撃者達が持っていた剣や鎧、夜の誘拐犯が持っていた暗器や短剣の類が無造作に並べられていた。


「この剣や鎧も一般的な代物なのか?」


何も言わず横に立つブレイズへ白山が質問を投げかけた。


「ああ、街の武器屋や商人も扱っている数打ちの代物だ。そこから購入者をたどるのは難しいだろうな」


「夜の連中が持っていた武器はどうだ?」



 黒く塗られた短剣を手に取りながら、白山は続けて聞くがブレイズは難しい顔でそれに返答する。


「この手合は、自分達で武器を作ったり足の付かない物を使うのが一般的だ」


 それを聞いて白山は、やはりそうかと思いながら一応すべての証拠品を写真に収めるべく、テーブルを回ってゆく。

暗器や用途の判らない器具などを撮影している時、ふと場違いな指輪が目に留まる。


 大きめの石と不釣り合いな質素な台座のそれに、白山はどこか違和感を覚えた。

これまで見てきた証拠品の中には、装飾品の類は一切発見されていない。

それなのに場違いなその指輪は、何か違和感を放っていた。


「これは、どこで回収されたんだ?」


その問いに、ブレイズは少し首をひねってから、近くにいた騎士を呼び詳細を聞く。


「どうやら、小屋の中で死んでいた男が指にはめていたらしい」


それを聞いた白山は、グレースが付けられた首飾りと、この指輪に何か関わりがあると直観的に感じていた。


 ペンライトを向けて、仔細にそれを見てゆくと台座の底…… 石の下に何かが浮かび上がる。

ライトの角度を変えてよく見てみると、それは円形の魔法陣のような文様が彫り込まれていた。


「これは、王女様に付けられた首飾りと何か関連がありそうだな……」


ペンライトをブレイズに渡し、見てみろと促すと、目を細めながらブレイズもそれがわかったようだ。


「これは、魔法陣か? どうやら、関わりがありそうだな……」


ペンライトを白山に返しながら、ブレイズは思案顔で答える。

どうやらブレイズにも、魔法に関する知識や経験は無いようだった。


「ところで、馬鹿にせず教えて欲しいんだが、この世界は魔法が存在しているのか?」


白山の質問に、一瞬 きょとんとしてから、呆れたような顔でそれに答えた。


「俺にしてみれば、ホワイトの持ってる杖や馬車の方がよっぽど魔法じみているがなぁ。

まあ、昔は魔法が使える人間が大勢居たらしいが、今のところ王国内では殆どいない」



 その答えに白山は首をすくめて、その意味を考える。

なぜ魔法が衰退したのか?王国内にはと言う点などいくつか引っかかる所はあるが、それは後回しだ。


「とにかく、この指輪は何かの手がかりになるのは間違いない。確保しておいた方が良いだろう」


その声にブレイズがうなずき、ハンカチらしい布で包んでから懐にしまった。


「これ以上見ても、得られるものはなさそうだな」


少し落胆気味に白山がつぶやき、ブレイズもそれに同意する。


「まあ、指輪の件がわかっただけでも収穫だ。それじゃあ、あの盗賊の片割れに話を聞きに行くか?」


「ああ、そうするつもりだ。ブレイズは先に指輪の件を報告してきた方がいいんじゃないか?」


「それじゃ、そうさせてもらおう。夕方の話の前には呼びに行かせる」



そう言って、白山はブレイズと別れ母屋の方向へゆっくりと向かっていった……



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