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識別と合流と ※

 親衛騎士団別働隊は、暗い街道の途中でじっと息を潜めていた。

臨時編成の二十名を指揮する副団長アレックスは、斥候からの報告を受けて白山から指定された待機場所で考えを巡らせていた。

その手元には赤く光る不思議な棒が握られており、淡い光を放っている。


白山からの指示はこうだった。


『大勢で敵に近づいた場合、奇襲を気取られる。その為騎士団は所定の位置で待機し、合図を持って接近、交戦が認められれば、一気呵成に突入し支援して欲しい』



 その考えを聞いた時、真っ先に反対の声を上げたのはアレックスだった。

少数での奇襲には賛成だが、たった二人では王女の救出どころか、斬り殺されるのがオチだと主張したのだ。


『ブレイズよ、これは王命である。鉄の勇者と共にグレースの救出、必ず成し遂げて参れ』


しかし王命が下され、作戦の決定権を白山に握られいる現状、結局は従うほかはなかった。


 そして鉄の馬車で出発して行った団長と鉄の勇者。

悔しいが軍場に赴く時に感じた白山の所作は、間違いなく歴戦の強者であるとアレックスの感覚が告げている。

研ぎ澄まされた刃のような感触と気配。合流してからの半日で感じた人当たりの良さとはまるで別人のようであった。


未だ勇者の再来を信じられない猜疑と、騎士としての直感がせめぎ合っている。


「合図はまだでしょうかね……」


アレックスの隣に立つ小隊長が、正面の闇を見据えながらポツリと呟いた。


「支城の庭で響いた『あの音』が合図だという事だ……今は待つしか無いだろう」



 あの大音響は支城の外まで鳴り響き、警備に当っていた騎士達に強烈な印象を与えていた。

人の力ではあんな音は出せないという短絡的な考えから、やはり彼は勇者なのではないかと言い出す者まで出る始末だった。


無論、王の勇者認定や昼に襲撃を撃退した力量、その後の夜襲への対応などから、白山を勇者と認めている人間が大多数となっている。



 そして今、それほど間を置かずに出発したアレックス達だったが、夜間とはいえ馬の機動力を持ってしても鉄の馬車に追い付く事はなかった。

それどころか、しっかりと待機場所の合図を残し、不思議な模様の轍はずっと先へ続いている。


 手元で赤く光る不思議な棒は、その異様な輝きで的確に騎士達へその存在を知らしめた。

アレックスはこの救出作戦の結果を見て、白山の評価を考えようと思考を打ち切る。

ここで答えの出ない問答をいつまでも続けていては、これからの戦闘で遅れを取るかもしれない。


 いくら勇者と手練のブレイズとは言え、仮に多勢が小屋に控えていた場合、救援の遅れは死を意味する。

彼らが死んだ場合、王女の命も露と消えてしまう。


今は目の前の事柄に注力すべきだ。



 アレックスがそう考えた次の瞬間、存外に軽くそして微かではあったが、空気が震える。

やや遅れてドーンと間延びした音が騎士達に届き、互いに顔を見合わせた。


そして再びドーンという音が街道まで響き、皆がアレックスに注視する。



「行くぞ!」


 アレックスは騎士達へ檄を飛ばし、前進を開始させた。

カンテラに灯が入れられ、辺りが照らし出される。


そして重く響く馬蹄の音と共に、騎士達は突撃を開始した。




************


 グレースを背負いながら小屋を出た白山は、SIGを片手に森の中へ移動を開始した。

ブレイズと出発前に打ち合わせた内容では、両者とも『仕事』を終えたら即座に車両の位置まで戻る事になっている。


 この任務の必成目標は、あくまでグレースの救出なのだ。

残党の捕縛や背後関係の洗い出しなどは、今現在こちらに向かっているであろう騎士団の仕事になる。


「残党が居ないとも限りません。森の中を抜けますので、もう少々ご辛抱ください」


多少なりとも灯りのあった小屋の内部とは違い、漆黒の闇を進む白山の動きにグレースは強く背中へしがみつく。

声を出してはいけないと、考えているのだろう。白山の肩口に頬を寄せ、小さく頷いたのが感触で感じられた。



 小屋への接近とは違い、大きく迂回する必要が無い為、直線的に車両へ向けて進んでゆく。

見覚えのある地形で車両は近いと判断した白山は、暗視装置を下げると車両を探し始める。


すぐ先に、IR《赤外線》ストロボライトの瞬きを確認でき、ほっと胸を撫で下ろした。


 森を抜けて車両に辿り着いた白山は、グレースを後部座席に寝かせると小さなライトを点灯させ、改めて異常の有無を検査し始めた。

救出された直後はアドレナリンの作用や恐怖から、自身の体の不調に気づかない場合もある。

戦闘終了後に他人から指摘されて、初めて自分が骨折していることに気づいた兵士なども稀に存在するのだ。



「改めてお伺いしますが、痛みや具合は大丈夫ですか?」


「はい、縛られていた所為か少々手足が痺れますが、嗅がされた薬もだいぶ抜けてきた様です」


そんな返答を聞いた白山は、グレースの細い手を握りしめる。


「握ってみてもらえますか?」


末梢循環を確認するため、手を取った白山の動きにグレースの心臓は跳ね上がった。

その時白山の視線は件の千枚通しを刺された指先に向いており、グレースの緊張した表情は見えていない。



 後からの手当てで問題ないと思い、白山が手を離そうとした所、グレースのもう一方の手が重ねられる。


緊張からか一度喉を鳴らしてから、ゆっくりと噛みしめるように言葉を紡いだグレースは、まっすぐに白山を見つめ口を開く。


「一度ならず二度までもホワイト様には命を助けて頂き、感謝の言葉もありません」


「お礼については、城へ戻ってからで結構です。ここはまだ敵地、もう少々ご辛抱下さい」


そう言った白山は、ゆっくりとグレースの手を解き、局所所見の観察に移る。



「少し失礼します」


そう言った白山は、骨折や腹腔内出血の有無を調べるために、グレースの身体へ手を伸ばした。


「えっ、あっ―― そんな……」


 頭部から頸部そして腋窩と、異常を訴える部位がないかを、至って真面目に確認していた白山は、グレースの小さな声に気づかない。


「腹部で痛む箇所などはありませんか?」


「っ――!!」


四本の指先を揃えて腹部を押し始めた時に、声にならない反応で身を硬くする。

白山は異常があったかと、内心でヒヤリとしながら、再度同じ箇所を圧迫する。


「だっ、大丈夫です……痛み……は、ありませんから……」


 顔を真っ赤にしながら小さな声でそう答えたグレースに、少し訝しみながらも白山は異常なしと判断して、骨盤と四肢を確かめた。

軽度の脱水とショックはあるが、それほどひどい怪我もない。


 指先の治療を行うために白山が医療パックの中を物色している頃には、グレースの顔は茹でダコのように真っ赤に染まっていた。

消毒薬の含浸された脱脂綿のパウチと絆創膏を取り出した白山は、再びグレースの手を取り治療を開始する。


グレースは真っ赤になった自覚があるのか、白山から借りているストールを引っ張りあげ、治療の間ずっと顔を隠していた。


「この傷は……、どこかで刺でも刺しましたか?」


ゆっくりと消毒液で傷口を拭った白山がそう質問すると、のぼせていた表情が険しくなり、やがてポツポツとその時の場面を語り始めた。


「目的は判りませんでしたが、私の血を――この首飾りに垂らしていました」


そう言ったグレースの説明に白山は、ライトの光を近づけて仔細に首飾りを眺めた。

『ファンタジーらしい展開だな』と、どこか自嘲気味に考えながらも、その手つきは爆発物を確認するように慎重だった。

もし仮に魔法などという自分の理解の範疇を超えた代物であった場合、ここで外すのは躊躇われる。


「呪術や魔法の類であった場合、私の専門外ですね。騎士団や城に詳しい人間は?」


 血を垂らしたとグレースは言っていたが、中央に収まる大きめの石には、それらしき痕跡はなく、金属製の台座に僅かな血痕が付着している。

血を垂らした直後は淡い光を放っていた石も、今はその輝きを失い、普通の宝石と変わりなく、ライトの光を鈍く反射させていた。


「王城に居る宮廷魔術師のフロンツならば、これが何か判るかと思います。ですが今回の旅程に同行した中で、そう言った知識を有している者は……」



成程、この首飾りの正体が判らない以上、ここで不用意に外してしまい何かの害があっては不味い。


「ファンタジーモノの定番と言えば、奴隷契約とか隷属やら心理操作とかなんだろうが…… 確かに無理やり外したら……」



 一人でブツブツと考えていた白山の耳に、後方から騎馬の重く響く音が聞こえてきた。

白山はあまり科学的ではない思考を打ち切ると、音の正体を判別すべく車外へと視線を向ける。


「増援の騎士団だと思われますが、万一の事がありますので、そのまま動かないで下さいね」


グレースの耳にも馬蹄の音が届いたのだろう。白山と同じ方向を向き、それから白山の横顔に視線を戻すと、少し残念そうに頷いた。


白山はタイミング的に騎士団であろうと当たりをつけていたが、万一これが敵の増援だった場合、乱戦に陥ることも考えられた。

そうした意味でも、接近には細心の注意を払うように申し合わせを行っていた。


 白山はグレースに水のペットボトルを手渡し、ゆっくり飲むように促してから後部ドアを操作して外に飛び出す。

手早くM4の弾倉を新しい物と交換して装弾を確かめる。残弾は十分あるが、もし後方から来る連中が敵だった場合、弾数は多い方がいい。


そして胸元のチェストリグを手探してケミカルライトを取り出し、バキリと折り曲げて発光させる。

途端に緑色の明るい光が発生して、白山は夜目を潰さないように片目を閉じた。


 高機動車から少し離れ立木を遮蔽物に取りながら、頭上でケミカルライトを左右に振り後方へと合図を送る。

これで返答の合図が返ってくれば友軍、弓矢が飛んできたら敵だ。


暗闇でじっと合図を待っていた白山の耳に、馬の速度が落ちるのが聞き取れた。

駈歩から速歩、そして並足へと移り、やがてその歩みは停止する。


 もうすでに騎馬隊の持つカンテラでその姿は見えているが、それでも警戒は緩められない。

騎士達の裏切りや謀反。反乱の類であれば、何かしらの伝手で騎士団の鎧を入手する事も決して不可能ではないからだ。


 それ故に白山は正式に合図がなければ敵と見なし、躊躇わずに殲滅すると別働隊の指揮官であるアレックスに明言している。

チリチリとした緊張が漂う中、騎馬集団の中で移動するような音が響き、向こうからも赤いケミカルライトが左右に振られた。


その赤い光は紛れも無く途中の街道に白山自身が置いてきた物であり、それを確認した白山はようやく一息ついた。


返答である前進の合図、自身が持つ緑のケミカルライトを大きく円を描く様に振ると、ゆっくりとした速度で向こうが動き始めた。



『…… この国も一枚岩ではない状況だとしか、今は言えんな』


 フォレント城に入ってすぐ、ブレイズから聞いたその言葉が、白山の脳裏には浮かんでは消えていた。

用心や警戒に行き過ぎという事はない。


考え過ぎかもしれないが、仮に城の中で内通…… あるいは手引した者がいれば、王女の寝室への侵入は容易い。


 白山はケミカルライトを黒いビニールテープで木に巻き付けると、更に数歩下がって暗闇に姿を消す。

程なくして車両まで辿り着いた騎士達は、ケミカルライトを持っている筈の白山が見当たらない事に気づき、周囲を見回している。


「ホワイト殿―― どこだ?」


出発前に聞いたアレックスの声が小さく響く。


「今、出て行く」


 抜剣しているでもなく、それほど不審な点は見られず、白山は声をかけてからゆっくりと暗闇から出る。

その手にはしっかりとM4が握られており、不審な動きがあればコンマ数秒で初弾を叩き込める体勢だった。


「 『姫様』 はどこにいる? ご無事か?」


「ああ、大きな怪我もなく、奥に停めてある俺の馬車でお休みになられている」


それを聞いたアレックスは、普段の王女様という呼び方も忘れているのに気づかず、『はぁ~っ』と白山にまで届くほど大きな安堵の溜息をこぼした。


「良かった。グレース様…… 本当に……」


そこまで言ったアレックスが安堵の念を呑み込み、騎士としてのかおに戻り、白山に問いただした。


「それで、賊は?」


 そう聞いたアレックスの表情は、先程の言葉とは真逆の厳しい表情を浮かべ、この大罪を犯した者への憤りを見せる。


「俺の方は裏の見張り一名と、小屋の中にいた男の二名を倒している。ブレイズはまだ戻ってきていないが、時間的にそろそろの筈だ」


「分かりました。それではすぐに、手筈通り半数を姫様の護衛として残し、もう半分で残敵の掃討と死体の見分を……」


「少し、待ってくれ。伝えなきゃならん事がある」


隊を指揮し、すぐにでも動き出そうと身を乗り出したアレックスに、白山は接近して馬上の腕を掴む。



「今、王女様の健康には特段の問題はないが、賊の一人から何か魔法か呪術的な首飾りを掛けられている。

俺はそっちの方面には門外漢なんで、下手に外して害が及ぶと不味いと思いそのままにしてある。


もし賊に生きている者がいれば、生かして連れてきた方がいい。


それと、あいつらの持ち物や書類、遺体などは詳しく調べる必要があるだろう」


白山は、姿勢を低くしてくれたアレックスの耳元で小さくそう告げると、一瞬だけ表情を歪めたが、すぐにその意味を理解し、頷いてくれる。


「よし、半数は小隊長の指揮で、残敵の捜索と団長の応援を! 背後関係を吐かせる。なるべく生かして捕らえよ。


それから、賊の死体や持ち物なども残らず、すべて集めろ!」


「敵は相当の手練だ!油断するな!」



白山がアレックスの言葉を補足し、一同が頷く。

編成が終わり、小隊長に率いられた半数が前進を開始しようとした、その時だった。


「副団長!前方から合図です!」


前方を警戒していた騎士から鋭い報告が上がる。


その声に白山とアレックスも前方に視線を向けると、確かに緑のケミカルライトの灯りが揺れていた。



「ブレイズ様!」


アレックスが叫び、白山は木からケミカルライトを引剥がし、ブレイズに向けて振り動かす。

それに気づいたのか向こうも、どこかぎこちなく振り返してきた。


白山とアレックスは視線を合わせると、互いに安堵したような表情を浮かべた。


「よお、早かったじゃねぇか」


ニカッと笑い白い歯を斑に塗った顔から覗かせながら、ブレイズは白山とアレックスを交互に見る。


「それで、ここまでお膳立てしたんだ。無事にグレース様は救い出したんだろうな?」


「ああ、今は馬車で休んでいらっしゃる」


先頭のなごりなのか、地が出たのだろうか。

ブレイズは口調が変わっていることにも気づかずに白山へ砕けた口調で語りかける。


「そうか……」


白山から王女の無事を聞くと、ブレイズはどこか晴れ晴れした表情で空を仰ぎ、小さくつぶやいた。


ふと緑色の光に照らされたブレイズの姿を見て、右肩が黒く濡れているのが白山の目に留まる。


「とりあえずはその肩を手当てするか」


そう言って、出発した捜索隊を横目に、白山は高機動車の方へ顎をしゃくった。


「大したこと無い、かすり傷だよ」


苦笑するブレイズに白山は、左手の拳でコツンと肩を小突く。


「っつ~! おまっ!」



白山はブレイズの仕草に笑いを堪えながら、アレックスにも車両の位置を示して向かってゆく。



その瞬間、ヒュンという風切り音と共に一本の矢が飛来して、ブレイズの胸に突き刺さった。


「伏せろ!」


白山は目の前で矢が突き刺さった瞬間をはっきりと見ており、反射的にブレイズを引き倒し、その上に覆いかぶさる。


「敵襲だ!相手は少勢一気に潰せ!」


流石練度の高い親衛騎士団といった所だろうか。団長が射られた事にも動揺せずアレックスの命令で突撃を敢行する。

しかしその素早い動きが仇となって白山の射線を遮り、射撃を妨げてしまう。


「クソッ!」


白山はブレイズの上着をつかみ、車両の方向へ引きずるとアレックスへと叫ぶ。


「ブレイズを乗せたら、速やかにこの場を離脱する! 馬車の後方を頼む!」


「心得た!」


既に抜剣して周囲を警戒していたアレックス達は、馬上から鋭い返答を返す。


白山は乱暴に偽装網を撤収すると、ブレイズを担ぎあげて素早く後部座席に押し込んだ。


「グレース様、急ぎこの場を離れますので、どこかにお掴まり下さい。それと舌を噛まないように」


「ブレイズ! 彼はどうしたのですか!?」


白山はその問には答えず、後部ドアをバタンと閉めると、運転席へ飛び乗った。

キーを捻りエンジンを始動させると、重く頼もしいレスポンスが返ってくる。


「出します!」


そう叫んだ白山はアクセルを踏み込んで、横道に飛び出した。

大きな車両の動きと聞き慣れないエンジン音に、横道を塞ぐように展開していたアレックス達の馬が動揺する。


それに構わず白山はハンドルをいっぱいに回して駐車場所を抜け出す。


「行くぞ!」


 アレックスに声をかけてから、アクセルを踏み込む。

既に発見されている今の状況では、姿を隠すより迅速に離脱する方が安全性は高い。


 灯火管制スイッチを、3から2へと切り替えてヘッドライトを点灯させる。

ハイビームの大光量で正面が真昼のように照らされ、速度が上がる。

多少目立っても、海外派遣仕様をベースに改修されているこの車は、当然ながら防弾仕様だ。

弓矢程度なら大量に撃ち込まれない限り、屁でもない。


 突然周囲が照らし出された事で馬達は再度怯んだが、騎乗している騎士達は馬首を巡らせ何とか高機動車に追従する。

あっという間に街道に達してからは、バックミラーに目を向けて時速40キロ程度の速さで、馬達と連携しながら車両を進めてゆく。


白山はある程度進んだなら一旦車両を止め、ブレイズの容態を見るつもりでいた。

任務の特性を考えれば歯がゆいが、今は治療よりも離脱を優先しなけれなならない。

敵が追いつけないであろう安全な距離まで、十分遠ざかる必要がある。


「ブレイズ…… 死ぬなよ」


ガタガタと揺れる車内で、白山は独り言ちる。

脳内では緊張性気胸や胸腔ドレナージの座学内容を必死に手繰っていた。

白山の専門はメディックではないが、一通りの医療講習は部隊内では必修となっており、一通りの医学的知識を身につけている。


せめて創傷部にチェストシールだけでも貼らなければ……


胸部への外傷は早急に処置をしなければ、あっという間に命を落としてしまう。

それ故に、白山は募る焦りを懸命に抑えながら運転していた。




「……誰が、死ぬって?」



運転中の白山は、幻聴かと驚いてバックミラーに目を向け、そこにブレイズの顔がヌッと大きく写っているのを見て、更に驚いた。

後部座席と方から、矢傷を受けて重症だと思っていたブレイズが少し不機嫌そうな表情で、白山に視線を向けている。



「おい!無事だったのか!」



ハンドルを叩きながら、安堵と驚きが入り混じった声を上げる。


「ああ、俺もあの瞬間は死んだと思ったんだがな……」



どこか恥ずかしそうにそう言ったブレイズの言葉を聞き、白山は笑いがこみ上げてきた。


「クックックッ―― いや、無事でよかった」



「おい、これでも心労と肩の怪我で、かなりボロボロなんだぞ―― こっちは」


呆れるようにそう反論したブレイズに、左手を挙げて応えた白山は、笑いを堪えながら運転に集中する。



「ブレイズ、貴方もホワイト様と一緒に、来てくれていたのですね……」


それまで横になっていたグレースがゆっくりと身を起こし、忠臣を労うように優しい声をかけた。


「グレース様!」


グレースの存在に気づき、慌てて振り向いたブレイズは、車両のバウンドでバランスを崩す。

ドシンと盛大に尻もちをついたブレイズをミラー越しに見て、白山はついに堪え切れず吹き出してしまうのだった…………



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