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偵察と奇妙な馬車と成長と


「おい、一体どうなってやがる!」


ボロボロの衣服と革の胸当てを着けた男が、横に居た小柄な男に声をかける。


「俺が知るかよ!あいつら、倒木に気づきやがったんじゃねぇか?」


男達は眼下に見える街道で動いている人影を、木々の隙間から窺っていた。


「見えっこねえだろ、一コロ(キロ)以上離れてる上に、曲がり角の先だぞ?」


「それじゃ、俺らが狙ってるのに気づかれたか?」


「それこそありえねえよ。ここは岩の隙間だし、元猟師の俺がそんなヘマしねぇ!」


「じゃあ、なんであの奇妙な馬車が引き返していくんだ?」


そう言われて小柄な男の方が目を瞬かせ、その方向を見ると確かにあの『奇妙な馬車』は、何度か切り返して橋の方向へと頭を向けていた。


「ちくしょう、このままじゃ逃げられちまう。今からでも頭達を呼んできて襲っちまうか?」


元猟師の焦る声に、後ろで見ていた胸当ての男が首を横に振る。


「いや、お頭が言うには本当に『旗付き』なら、本隊が来るまで待てって話だ」


そう言うと、胸当ての男は切り返しが終わった『奇妙な馬車』の後部を顎でしゃくる。

そこにはどこの貴族の紋章かは判らないが、小さな青い旗が掲げられており、動き出した風で軽くはためいた。


「それに、あいつら見たところ剣も弓も持っちゃいねぇ。

本隊には多少の護衛はいるかもしれんが、それくらい気が抜けてんのさ」



胸当ての男は、そう言って小馬鹿にしたように小さく笑った。


「まあ、頭がそう言うなら俺はそれでいいけどよ―― あ、馬車が橋の向こうで止まったぞ」


「さっき、何人か川の方に降りて行ったな。多分、水でも汲みに行ったのかもしれん。

俺は頭の所に報告に行ってくるから、本隊が来たら報せてくれや」



そう言って、胸当ての男は斜面を登り、尾根の反対側へと消えていった。


「ありゃ、馬車を見てたら降りた奴らが見えなくなったぞ?どこ行った?」


元猟師の男は、馬車に気を取られていた隙に、川へ降りた男達を見逃してしまったが、あまり気にもしていなかった。

どうせ水浴びでもしようと、斜面の死角にでも入ったのだろうと考えた。


「本当に来るのかねぇ……」


馬車と橋の向こうの街道に目を凝らし、いつ来るともしれない獲物を待ち構えるのは、退屈な仕事だ。

それでも元猟師としての経験から、ここで焦れば獲物を逃すと判っている。

どうせ降りた連中は、いずれ馬車に戻るだろう。


そう考えて、北の方へと続く街道を、退屈気味にぼんやりと眺めていた。



************



 高機動車から降りた隊員達を、街道から一段低くなった川岸で掌握した河崎は、手早く任務を説明する。


「よし、前方の偵察だ。川沿いにおよそ1キロ程前進して、倒木の状況を確認する。

隊形は縦隊、左手の丘に注意しろ。MINIMIともう一人は、現在位置で街道を射界に収めて警戒。

何かあれば無線を飛ばせ。


……以上、質問は?」


少し鋭い視線を隊員達に向けた河崎に対して、隊員達も自信を持って小さく頷き、問題ない事を示した。

長距離行軍中の前方偵察などは、訓練や実戦でさんざん経験しているのだ。今更怖気づく事もなければ、戸惑う必要もない。

とちらかといえば、仮設敵である教官達がいない分、実戦ではあるが心情的にはピクニックに等しい。

茂みの陰に引きずり込まれて縛り上げられたり、容赦なく催涙ガスを浴びせられ、訓練用ペイント弾<シムニッション>を撃ち込まれる訳でもない。



無言で頷きあった隊員達は、かぶっていたブッシュハットに軽く草を挿して偽装すると、バディで銃と装具を点検して手早く準備を整えた。

それを黙って見ていた河崎は、彼らと同じように声を発する事なく、ハンドシグナルだけで前進を命令する。


隊員達は河崎から『前方の倒木を確認する』と、だけしか言われていない。

だが、自分達が受けてきた伏撃や対伏撃訓練を思い出せば、今の状況がアンブッシュの可能性が高い事は明々白々だ。

それ故に彼らは、適度な緊張感を持って前進する。


丘側から死角となるように、頭の高さに注意を払いながら中腰でゆっくりと進んでゆく。

川沿いと言う事もあって羽虫や昆虫が、時折彼らの顔に留まるが不快感を意識の外に締め出して、黙々と任務に没入していった。


警戒と移動のサイクルを繰り返し、時速二キロ程度の速度でゆっくりと進む。

作戦中の移動としては早いペースではあるが、個人装備だけで荷物も特に持たず軽装な彼らは確実に歩を刻んでゆく。

唯一気がかりなのは、土混じりのガレ場に近い足元だけが彼らの歩みを慎重にさせていたが、悪路の克服はすでに彼らの体に刻み込まれている。

動きそうな石や崩れそうな場所を的確に避けながら、彼らは進む。


先程まで車両に乗って暖まっていなかった彼らの体は、急な運動で心拍と呼吸が上がり始めるが、それも一時。

日々の体力練成で培われた頑強な肉体は、すぐに本来のポテンシャルを取り戻して、運動に体が馴染み始める。

初夏の日差しと気温に加えて自身が発する熱が、確実に運動エネルギーに変換されるに伴い、明確にペースが上がり始めた。


そんな肉体の熱とは別に、思考と五感は隊員達の横を流れる清流より冷たく澄んでいた。

僅かな兆候を見逃さないように各員の警戒方向へと視線が向けられ、歩測を刻む以外の思考は頭の中から排除されていった。



そうして川沿いに移動していった河崎は、一旦隊員達をハンドシグナルで止めると徐ろに胸に付けたペースカウンターを指し示す。

河崎の歩測ではおよそ800メートルを進んだ勘定だったが、荒れた川沿いのガレ場がもたらす計算の狂いが気になったのだ。


隊員達はそれぞれピーズの数を数え、同じようにハンドシグナルで河崎に伝達してくる。

若干の前後はあるが、平均すればどうやら目標としていた距離は進んだと言えるだろう。


河崎は法面に視線を向けてから指を二本両目に向け、『見る』のハンドシグナルを隊員達に送ると、それを見た隊員達は心得たように頷き、隊形を整える。

前後の隊員はそれぞれ進行方向と後方を警戒し、河崎の後ろに並んでいた隊員が彼に背を向けて川の方向を警戒し、全周防御を敷く。


その間に河崎はM4を背中に回し、腰に挿していた戦闘用ナイフを抜く。

このナイフは白山が、王都の鍛冶屋に特注で作らせた代物で、教官達と一部の隊員達に支給されている特別製だった。


それを躊躇いもせず法面に刺し、それを手がかりにして身を引き上げ、足を蹴りこんでつま先を土に埋めながら、伏せたまま器用に急な斜面を登ってゆく。


僅かに街道と同じ高さに目線を出した河崎は、頭を動かさずに眼球の動きだけでまずは周囲を確認する。

特に異常は見られず、もう少しだけ身体を引き上げた河崎は、腰のポーチから双眼鏡を出し、既に肉眼ではっきりと見える大きさの倒木を仔細に観察し始めた。


直径は四~五〇センチはある大きな大木で、隠すつもりもないのか根本には斧で切りつけた跡がクッキリと双眼鏡越しの視界に飛び込んできた。

ミルスケールで測ってみれば、おおよそ長さは四メートル程だ。これならば車両で引っ張れば問題なく排除できるだろう。

訓練でさんざん丸太を担いでいる隊員達があれだけ居れば、もしかすると気合いを入れれば人力でも可能かもしれない……


ふと、訓練中の丸太担ぎを思い出した河崎は、そんな冗談が一瞬だけ頭をよぎる。

しかしそれも切り口の斧の跡を見れば、すぐに消え去る。この丸太は間違いなく人為的に落とされた物だ。

双眼鏡を丸太から外し、その上の丘を舐めるように観察するが、残念ながら人影を見出すことは出来なかった。


これ以上の偵察は意味が無いと判断した川崎は、周辺地形をもう一度目に焼き付けると、ゆっくりと法面を下って行った……




************



「頭! どうやら先触れらしい奇妙な馬車が一台、橋んとこまでやって来ました。前に言ってた旗付きですぜ!」


「奇妙な馬車だと?」



 周囲を木々に囲まれた標高の高い窪地に陣取った盗賊の頭は、おあつらえ向きの岩にどっかりと腰を下ろしたまま、怪訝そうに聞き返す。

ガッチリとした体躯は横にも相応の広さを持っているが、肥満体のそれとは違い、どちらかと言えば筋肉の塊と言った風情だ。


そんな体格と頭の性格を知る報告に来た男は、睨まれた蛙のように身を小さくしたままで、必死に見たままを訴える。



「へっ……へぃ、大きさは普通の馬車より幾分大きくて、牽く馬が見えねぇ奇妙な代物でさぁ。

それに、頭が前に言っていた、どこぞの貴族の旗が後ろに掲げてありました」



馬の牽かない馬車など俄には信じられないが、これまでこの斥候組の男が、嘘や偽りを言って来たことはないのだ。

もしそれが本当に『旗付き』であるならば、どこぞの好事家か新物好きの貴族がこしらえた新しい馬車かもしれない。



「間違いなく、旗付きだったんだな?」



一層視線を鋭くして、斥候組の男に睨みを利かせるが、男はブンブンと首を縦に振りながら 「間違いない」 と断言した。


この盗賊の頭は、粗野な外見とは裏腹にそれなりに知恵が回る。

それ故にここまで徒党の規模が大きくなり、生き延びてこれたのだ。


珍しい品が入手出来れば、いや貴族を人質に取れれば、それなりの稼ぎにはなる。

もしも護衛の規模が大きければ残念ではあるが、やり過ごせば問題ないだろう。

最悪の場合は、このまま山道を歩いて皇国へ入ってしまえば、王国兵はおっては来れない。


そこまで頭の算盤を弾いた頭目は、パンと膝頭を手で叩いて周囲にいる男達へと号令を下す。



「よし、野郎共、一仕事と行くぞ!

ただし、いつも通り厄介な相手だと判断したらケツまくって逃げるからな。先走るなよ」



そう言って凄みのある笑みを浮かべる。

盗賊としてみれば、みすみす獲物を前にして逃げる事を公言するなど、臆病者と嘲笑する部下が出てもおかしくはない。

しかし幾つもの場数を踏み、その度に生き残ってきたその判断に、一目置かれており口を挟む者は皆無だった。


そもそもが皇国で食い詰めた農民やスラムの民を、頭目自身が纏め率い、ここまでの規模に育った盗賊団では、その判断は絶対だ。

もしも皇国の圧政がなければ、その腕っ節や統率力は、どこかの騎士団に召し抱えられていたかもしれない。



「手筈はいつもの通りだ。オメェら、ぬかるんじゃねえぞ!」



盗賊団の団員達は、間もなく訪れるであろう極上の獲物に、舌なめずりをしながら粛々と準備を進めて行った……




************



 ガタガタと揺れる高機動車の車長席で前方を見据えていた白山は、もうそろそろ先遣隊が指定してきた会合地点だなと当たりをつけていた。

腕時計にチラリと目を向けて自国を確認し、再び視線を前方に向けた所で、先行していた高機動車が遠目に確認できた。

どうやら問題の場所に到着したようだ。


ドライバーも高機動車が見えたようで、ライトをパッシングして前方に合図を送っている。


「下車用意―― これより先遣隊と合流する」


白山はハンドマイクにそう告げて、早々に片付けば良いがと、内心でため息を吐く。

これまでの行程ではそれほど遅れは出ていないが、ここで時間を取られると国境付近やオースランドへ入ってからの行程が少々厳しくなる。

時間が押してしまえば焦りを生み、焦りはミスに繋がるのだ。


外交上出来れば相手側に付け入る隙を与える事になるような失点は、極力避けなければならないだろう。

そう考えれば早急に障害を取り除いて先を急ぎたい所ではあった。


橋の手前で停車した高機動車から降りた白山は、リオンと合流する。

リオンの顔には、普段の冷たさを感じる顔ではなく、幾分の柔らかさが感じられる。

しかしそれも一瞬で、障害除去の為に打ち合わせに訪れた前川一曹がこちらに来たのを見て、すぐに表情を戻す。


両者の顔を見てから、徐ろに先遣隊指揮官として状況の報告を始めた。


「お疲れ様です。これまでに判明している状況を報告致します。

障害は丸太で、直径はおよそ六十センチ程度、長さが四メートル程の大きさです。

地点は、4640 2850 道路を塞ぐ形で 『敷設』 されています」


挿絵(By みてみん)


「敷設……と言う事は人の手が入っているという事か?」


白山の言葉に頷いたリオンは、河崎三曹を呼び寄せ状況報告をさせた。


「先程前方斥候に出て、自分が目視で丸太を確認しましたが、根本は間違いなく人為的に切り倒された跡がありました。

切り株は確認できませんでしたが、おそらくは道路の北側にある急斜面から切り落とされたと思慮されます」


「その場所から落とされたという根拠は?」


そう聞いたのは前川だった。その質問に迷わず河崎が答える。


「切り落とされたと思われる急斜面の上に不自然な痕跡が見られました。

真新しい枝折れや、下草の千切れなどです」


それを聞いた前川は頷いてから新たに質問を投げかける。


「それで、そこまで人為的な痕跡があっても、人影は確認できなかったのか?」


「はい、現在も二名を川沿いの法面に配置して、東側の丘を監視させていますが人影は確認できていません」


そこまで言って、少し思案してから河崎は再び口を開く。


「もし、許可を頂ければウチの班で丘の安全確認をさせて下さい」


その言葉にリオンが先遣隊指揮官として、口を開きかけるが白山は小さく手を挙げてそれを制する。


白山は河崎からの意見具申に、視線を前川へと向ける。

派遣隊の指揮を執る前川の判断はどうかと、視線で問いかけてみるが、どうやら彼はその意見には否定的のようだ。


「残念だが時間が押している事と、緊急離脱を実施しなければならない状況が生起した場合、お前達が山に入っていたら拾えん。

だが状況から考えて、一定の警戒員は必須だ。最初に現着して周辺地形を見てきたお前らに、周辺警戒は任せる」


前川はそう言って河崎の肩を軽く叩き、落とし所を伝えると、チラリと白山に視線を返す。

白山はその視線に少しだけ笑顔を浮かべ、小さく頷いた。


そうして、四人で対処要領を打ち合わせていると、前川も河崎も召喚されてから、重責を担い十分に成長しているのが実感できる。

それが白山には頼もしく、そして嬉しくもあった。



手早く簡単な作戦をまとめると、ふと会話が途切れ、誰ともなく目の前にそびえる丘に視線を向けていた。


「さて、それじゃあ仕事に取り掛かるか」



白山の一言で、全員が頷きそれぞれの車両へと足を進めて行った…………









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