判明と苛立ちと困惑と ※
白山は、リオンに食事と水をリオンに用意するように警備の兵に伝え、牢には誰にも入れるなと念を押した。
それから「明日また来る」と言葉短くリオンに告げてから、足早に地上へと戻っていった。
地下で電波状況が悪かったのか、地下牢を出た所でデータ受信を知らせるバイブがタブレットから響く。
時間が惜しい白山は、歩きながらリオンから聞き取った内容と受信したデータを見比べて、問題がないことを確認してゆく。
そうしてアレックスと共に、足早に王の居室へと向かっていった。
「現状、襲撃犯の人数は四名前後。アジトについては南西の木こり小屋であると確認が取れました」
白山の報告に王も、そして傍に控えていたブレイズも驚きを隠し切れない。
四方に走らせている探索の騎士達も、これほどの短時間では戻れる筈はない。
まして白山は捕虜の尋問を任されただけで、支城から一歩も出てはいないのだ。
まして拷問から始まるこの世界の尋問も、これほどの短時間に情報を吐かせるのも不可能だった。
王はどんな魔法を使ったのかと思い、ブレイズが難しそうな顔を浮かべながら白山に質問した。
「その情報は、捕まえた捕虜からの情報か?どこまで信用ができる?」
そう質問したブレイズは、白山から一瞬だけ視線を外し、白山の後ろで控えている副官に目線を向ける。
付き合いの長い二人はそれだけで意思疎通を図り、視線を受けたクリストフは、苦渋に満ちた表情を一瞬見せながらも静かに頷く。
「UAV…… いえ、離れた所の画像を空から見られる道具を使用して、周辺を調べ、捕虜の言葉からも裏付けを行っております」
そう言って白山は、タブレットをブレイズに手渡しその画像を見せた。
画面は二分割してあり、左側には支城を含む広域の赤外線画像、そして右側には件の木こり小屋周辺が映し出されていた。
「その画像にある通り、リオン……いえ、捕虜が供述した通りの場所に、木こり小屋が存在し、そこには人の痕跡が見て取れます」
そう言って白い場所が温度の高い場所であり、すなわち火や人の体温の痕跡だと白山は説明した。
王もそしてブレイズもその画像を驚愕しながらも、食い入るように見ていた。
夜間のそれも斥候も出さずに、ましてや空から兵の配置まで手に取るように判る。
その事がもたらす軍事的な利点や恐ろしさを理解できないほど、二人は暗愚ではなかった。
道すがら歩きながらその画像を見せられたアレックスも、息が止まるほどに驚き、そして畏怖していたのだ。
危険過ぎる力であり、この力が他国に渡ったならば、王国は忽ち滅ぼされる。
それどころか、この場で王を亡き者にすることすら容易いだろう。
如何な騎士として保守的な思想を持つアレックスも、鉄の勇者の保つ力の強大さと、その有用性を目の当たりにして、胸中に抱く自説を進言などできなかった。
捕虜から情報を聞き出した不思議な能力、そしてまざまざと見せつけられた勇者の力。
それでも得体の知れない不安感が拭えず、アレックスは口をつぐむ。
不意に訪れた沈黙を切り裂いたのは、王の一言だった。
「場所が判明したのであれば、早急にグレースを救い出さねばならぬな」
王としての口調の中にも、どこか押し殺した親としての感情が見え隠れする一言だった。
その言葉を受けて、ブレイズがギシリと奥歯を噛み締めてから、決然と言い放つ。
「すぐに救出の部隊を編成致します!」
そう言って、居室から出ようと足を進めたブレイズの腕を、白山はがっしりと掴んでそれを押し留めてから、ゆっくりと口を開いた……
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漆黒の闇の中で低いエンジン音を響かせて、高機動車が滑るように街道を進んでいた。
ここ数日進んできた荒野に比べれば演習場の道路にも似た街道は、悪路にも感じない。
程なくして小さな小路に差し掛かった白山達は、その手前でゆっくりと停車する。
NV用に色調と光量が調整されたタブレットに目を落とすと、バードアイから送られてくるリアルタイム画像と、高機動車のIRライトで現在位置を確認する。
現代のように精緻な作戦用の地図などない今の状況では、この方法が最も正確に現在位置を把握できる。
眼前の小路が間違いなく目的地への分岐であると確認した白山は、暗視装置を跳ね上げてから、助手席に座るブレイズの腕を握ると、軽く腕を振り小路を指し示す。
それにブレイズが頷いた事を確認した白山は、再び車両を進めて行った……
話は、部隊を編成しようと息巻いていたブレイズを、白山が押し留めた場面まで遡る。
「何故止める!」
ブレイズは険しい表情で白山を睨みつけた。
それは王族の警護という重責を担い、その職責を果たせなかった自分の不甲斐なさに対しての苛立ちも混じっていた。
そんな感情が昂ぶっているブレイズを白山は静かな視線を向けながら、ゆっくりと言い聞かせる。
「慌てるな。ここで大部隊を動かして取り囲めば、追い詰められた彼奴等は何をしでかすと思う?」
それは確かに白山の言う通りだった。
ほんの少しだけ冷静になったブレイズは、経験とカンを頼りに思考を巡らせるが、王女の救出は良くて五分といった所だろう。
「だったら、どうすれば良いと言うのだ!」
苛立ちにも似た荒い言葉は、本来白山に向けるべきではないと、ブレイズも理解はしていた。
それでも言葉を荒らげずにはいられなかった。
「俺に考えがある。ただし、一人では難しい」
そう言った白山の目には微塵も不安や動揺はなく、いつもの澄んだ視線を投げかける。
ブレイズは自分の憤りを追い出す様に、長くゆっくりと息を吐きだし、一瞬だけ瞑目した。
そこには本来あるべき姿をした、親衛騎士団長としてのブレイズが目を覚ます。
「判った」
短くそう答えたブレイズは、視線を王に向け確認を求める。
その視線にレイスラット王は深く頷き、同意を示す。
縋りたい…… 地位や恥も外聞も捨てて、ここで勇者に力を借りれば、グレースの無事が確約されるやも知れない。
そんな感情を押し殺し、王たる威厳を保ったまま言葉を発する。
「ブレイズよ、これは王命である。鉄の勇者と共にグレースの救出、必ず成し遂げて参れ」
騎士の礼を取るブレイズと、白山は王に正対して敬礼を行った。
仕えるべき『君』に対する敬礼ではないかもしれない。教範上も間違いであるかもしれない。
それでも、この場で白山は何の違和感も持たずブレイズに倣い敬礼を行っていた。
こうしてレイスラット王国史上、前代未聞の王女救出作戦は開始されたのだった。
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王の居室から、高機動車までの僅かな距離に白山とブレイズは打ち合わせを済ませて、早々に支度を始める。
「本当に鎧無しで行くのか?」
白銀色の高価な鎧は、団長に就任した時に支給される防御力も動きやすさも一級品なのだ。
しかし、白山はそれを「脱いで行け」と、こともなげに言い放った。
「これから先の作戦は、僅かな音や光で成否が左右する。目立つ代物は一切不要だ」
作戦においては一切の妥協を許さない白山は、一顧だにせずブレイズの質問を切り捨てる。
見送りと後方部隊の指揮を執るアレックスの手を借りて、鎧を脱いでいたブレイズに仲間の背嚢から予備の迷彩服を取り出すと、上着だけ押し付ける。
「コイツを着ろ」
鎧下だけになったブレイズは、怪訝そうな顔を一瞬浮かべたが、地面に置いた迷彩服が草と溶け込んだように見え、その効果に得心する。
その頃には白山は、高機動車に連結してあったトレーラーを切り離し、周囲のトラップの残骸もすべて撤収し終えていた。
上着を羽織ったブレイズは、少々ゴワゴワとする着心地に慣れないのか、腕を回したりベルトに差し込んだ剣の位置を調整している。
「よし、それじゃ出発…… おっと、化粧を忘れる所だった!」
ニヤリと笑った白山は、チェストリグのポケットから、円筒形の物体を取り出すと、遠慮無くブレイズの顔に塗りたくった。
「うわっ、ぷっ。何をする!」
白山は笑いながら、高機動車のミラーを指さすと、自分の顔を指で指し示す。
「何だこりゃ!」
後ろでミラーに映った自分の顔が、緑に染まって驚いているブレイズを尻目に、自分も手早くフェイスペイントを塗りたくる。
今回は長時間の監視任務ではなく強襲ミッションのため、ある程度顔の反射と肌色が目立たなければ問題ない。
そうして『化粧』を施した白山は大きく息を吸い込むと、目を閉じゆっくりと吐き出す。
ここから先は戦闘地帯だ。マインドセットを切り替えた白山が目を開けると、それまでの笑顔は消え、特殊部隊員としての貌<かお>に立ち返る。
それに驚いたのは、ブレイズだけではなかった。
これまで平時の白山の顔しか見ていなかったアレックスは、その風貌と気配に思わず息を詰まらせていた。
馬車の襲撃では後方に位置していた所為で、白山の戦闘は直接見ていない。
屋根の男を撃ち倒した時も、書いていた報告書を放り投げ駆けつけていた最中で、白山の戦闘を見る機会は無かったのだ。
『奇術や道具に頼り、勇者と言うにはどこか頼りなく胡散臭い』
有り体に言えばアレックスが白山に抱いていた印象は、こうした物だった。
それが今の一瞬で、白山の雰囲気が一変したのだ。
白山の表情は、人間らしい感情や痛覚までも切り捨てるような意志が感じられ、もとより鋭かった視線とその眼力は、総毛立つ程の冷たさを持っている。
幾度も実戦を経験し、騎士団での三指に入ると言われる腕前を持つアレックスでも、今の白山に勝てるというイメージが浮かんでこなかった。
そして自分が凝視しているにも拘らず、黙々と装備のチェックを行う白山本人は、その視線を意にも介していない。
「それでは、手筈通りに……」
白山の一言で我に返ったアレックスは、一歩下がろうとした足を意思の力でねじ伏せた。
しかし、頭では言葉を発しようとするが口が開く事はなく、僅かに頷くのが精一杯だった……
エンジンを始動させ、高機動車が城門へと向かう。
その後ろ姿をじっと見つめながら、アレックスは微動だにしなかった。
「あれが、勇者だと言うのか……」
車両が城門を過ぎ、見えなくなるとアレックスはポツリとそう呟く。
眉間にシワを寄せながら踵を返した副長は、待機する部下に大声で指示を飛ばす。
苛立ちと自身への叱責がアレックスの胸中を渦巻くが、今はやるべきことがある。
表情を崩さず、アレックスも自身に与えられた役割に集中していった。
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目標点である木こり小屋まで二キロの所で、高機動車が停車しエンジンが切られる。
現在地は開豁地へと通じている街道からの横道を、少し入った所だ。
道路際に停車した高機動車のフロント部分に括りつけられていた偽装網を広げ、簡素に斜体の輪郭をぼかす。
ここは既に敵のテリトリーであり、行動には用心深さが求められる。
木こり小屋の周辺は放棄された開拓地で、森を拓き農地にしようと試みたが薄い地表の下に岩盤があり、農耕には適さないらしく無人になった場所らしい。
城代とこの地の領主の話では、先日王の到着前に『掃除』を済ませており、その際は無人であったことを確認していたそうだ。
十人程度が寝泊まりできる大きさの小屋を最初に森の中に作り、そこを中心に北側へ森が切り開かれている。
既に切り開かれた開豁地は、概ね一平方キロ程度で、放棄された木の根や木材に適さないような細くうねった木々が所々にまとめて置かれているが、概ね見通しは良い。
西側は起伏の激しい森を抜ければ断崖絶壁の海、東側には街道が南北に伸びている。
木こり小屋周辺は防風林を兼ねているのか木々に囲まれており、一見しただけでは開豁地からは見えないようになっている。
小屋の方から開豁地を見張れば、接近は容易に露見してしまうだろう。逆に開豁地側からは森の奥を見通すのは難しい。
ブレイズも車を降りると、姿勢を低くして夜目でかろうじて見える視界に目を凝らし、周囲を警戒していた。
ここに至るまでブレイズには驚きの連続だった。
夜間に馬を走らせるのは安全な街道であっても、かなりの危険なのだ。熟練の騎兵や伝令兵など高い技量を要するのだ。
一般の馬車や輜重隊などの移動は、安全な昼間に限られるのが普通だ。
それなのに白山の駆る高機動車は真っ暗な街道を、かなりの速度で進んでいったのだ。
それも一切の灯りを用いず、真っ暗闇の中をだ……
ブレイズは知る由もないが、白山はIR<赤外線>ライトと暗視装置を併用して車両を進めており周囲の光景は鮮明に判別できている。
しかしそれを知らないブレイズは、闇の中で振り落とされないように、ベルトや車体を必死になって掴んでいたのだった。
「ここからは別行動だ。教えた通りに頼む」
ぐいっと身を寄せてきた白山が小さな声でブレイズに囁くと、緊張が滲んだ顔で頷くのが判った。
ブレイズは白山から預かった袋を確かめるように握り締めると、ゆっくりと開豁地の方へと歩を進める。
それを見届けた白山も、跳ね上げてていた暗視装置を目元に下ろし、幽霊のように森へと進んでいった。