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道中と薬と添い寝の夜

これまでのあらすじ


リンブルグ公一行とオースランドへと向かう事になった白山達

一行は無事にオースランドへと辿り着けるのか……

「本当に、ジョゼまで三日でたどり着けるのですか?」


 白山の乗る高機動車の車内で、リンブルグ公が大声を張り上げる。

助手席の白山は、それに親指を立てて大きく頷いた。


 王都の周辺と違い、各都市に通じている街道はそれほど整備されていない為、少々揺れが激しい。

それでも車列は順調に距離を稼いでいた。


 既に十分程の小休止のみで、ほぼ予定通り南下を続けており、この分ならば昼を少し過ぎた辺りでラモナまで到達できるだろう。

出発当初こそ不安と興奮が入り混じった様子だったリンブルグ家ご一行様は、馬車よりは快適とはいえ次第に疲労の色が見え始めている。


 中でもメイド長のジュリアンと騎士のニルス、そしてリンブルグ公が車酔いの症状を呈しており、念のため各人に袋を配ってある。


 流石に馬で鍛えられているのか、護衛長のアルフは車酔いは問題無さそうだが、金属鎧がゴツゴツと当たりえらく不自由そうだった。

時折楽になれる姿勢を探しているようだが、可動域が狭いのか車がバウンドするたびに、ガシャンという音と小さな悪態が聞こえてきた。


 国境までの道程では、先行する一台が先触れを兼ねて先行偵察を行っており、追い越しに難儀しそうな馬車などは、予め言い含められ道の横に待機させられている。

自国領の中とはいえ、一行は車載の機関銃に隊員が取り付き、油断なく周囲を警戒していた。


 皇国の間諜による野盗や盗賊崩れなどは、その後各軍団の働きによって沈静化していたが未だに残党や被害報告がチラホラと聞こえてくる。

まさか王国の旗を掲げた馬車ですらない『車両』を襲う馬鹿な盗賊は居ないとは思うが、皇国の手引きによって何らかの襲撃も予想されるのだ。

今回の出張に選抜された隊員達は、事前ブリーフィングでその事を徹底されており、誰もが周囲に鋭い視線を向けていた。



 車列は途中幾度かの休憩をはさみながら、順調に進み昼を少し過ぎた辺りでラモナに到達する。

ここでようやく昼の大休止と相成ったのだが、初めて乗る車両への緊張からかリンブルグ家御一行に、何人か体調不良者が出ていた。


やはり慣れもあるのだろう。隊員達は涼しい顔で、車両の点検や荷物の固定を確認するなど、動き回っていた。


「うう、酷い酔い方だ…… 馬車でもここまで酔いはしないというのに」


 一行の中でもリンブルグ公本人と、鎧に身を包んでいた騎士のニルスが青い顔で横になっている。

リンブルグ公などは、車列から少し離れた所でメイドのユーリヤに背中を擦られていた。


「水を飲んで、少し休めば良くなります。もし辛ければ薬を持参していますので、お申し付け下さい」


「人員及び車両異常なし」と報告を受けた白山は、一行の惨状を見て、苦笑しながらそう言った。


「本当ですか?そんな薬があるなら是非分けて頂きたい!今なら金貨百枚と言われても喜んで支払うよ」


 ユーリヤに支えられながらも弱々しくリンブルグ公は、そう言って副執事のアントンに目配せをする。

それを見て主に恭しく一礼したアントンが、懐から革袋を取り出すと白山に近づいて来た。


「勇者様の妙薬とすればかなりの値打ちと思いますが、主がご所望ですので、まずは手付けだけでも」


「いやいや、部隊で準備している薬品ですので、お金は結構です。

それより、この先の旅程に影響が出る方が後に響きますので、早々に回復して頂きたいのです」


革袋の口からチラリと覗く、ギッシリつめ込まれた金貨を見て、白山は慌ててアントンの言葉を遮った。


「なりませぬ!お抱えの治療師でもない一介の軍人が差し出す薬など、毒であったなら如何するおつもりか!」


 その言葉を発したのはアルフだった。

衛生担当の隊員を呼び、酔い止めを出してもらっていた白山は、その言葉に一瞬だけ思考が停止する。


「いや、今ここで私がリンブルグ公を害する意味が無いでしょう」


少々呆れながら白山はそう言うが、アルフの意見は頑としており、これでは埒が明かないと思っていた時、横合いから思わぬ助け舟が出された。


「それでしたら、私が毒味をして問題がなければ、お館様にお召し頂くと言う事で如何ですか?」


 それを言い出したのはメイド長のジュリアンだった。

こちらも主に負けず劣らず青い顔をしているが、それを堪えながら言った言葉は、忠義から来るものか、苦しみから逃れる方便なのか、白山はわからないふりをする。


「でしたら、ジュリアンさんに人数分の薬をお渡ししますので、扱いはお任せします」


 白山がそう言うと、軽く頭を下げて礼を言ったジュリアンにアルミパウチに包まれた薬を手渡した。

もちろん用法と容量について、言い含めておくことも忘れない。


 これまで医療班が隊員や現地の農民などの治療にあたって、薬の効用やその耐性について様々なデータを取っていた。

それによれば、抗生物質などの強い薬以外は、それほど注意しなくても問題ないとの結論を得ている。


それ故にこうした酔い止めの薬なども気軽に手渡せるのだ。


 薬を手渡されたジュリアンは、アルフの目の前で水と一緒に薬を飲み下し、問題がないことを証明する。

手助けになるかは分からないが、それを見て白山も服用の必要はなかったのだが、同じ薬を飲んで見せた。


 それによって文句のつけようが無くなったのか、アルフも渋々といった体ではあったが、主に薬が手渡されるのを認める。


「助かりました。このままリンブルグ公の体調が回復しなければ、この先の旅程に影響が出るかもしれませんでしたので」



 白山は暫くしてから、木陰で休息していたジュリアンに向けて、声をかけた。

隊員達はそれぞれに何かしらの役割があるので、乗客であるリンブルグ公ご一行様の面倒はなるべく白山が担当する事にしていたのだ。


「いえ、こちらこそ助かりました。薬が効いてきたのかお館様も私も、大分楽になってきましたわ」


 クスリと小さく笑いながらジュリアンはそう言って、同じように木陰で横になっているリンブルグ公に、ちらりと視線を向けた。

リンブルグ家の面々に薬を配った事を伝えてくれた。

それを聞いて安心した白山は、残りの薬も毎日 朝食時に服用して下さいと伝え、その他の面々に視線を向ける。


 騎士のニルスは荷物の番という名目で荷台で横たわっており、メイドのユーリヤは殆ど手を付けられなかった昼食の後片付けに勤しんでいる。

そんな中アルフだけは、主の近くで黙々と口を動かしていた。


 どうやら昼食で出したレーションの味がかなり気に入ったらしく、遠慮した家人の分も平らげているらしい。


普段から馬で三半規管を鍛えているのか、アルフは車酔いも気にした様子もなく旺盛な食欲を見せていた。


「食事中に失礼しますね。車の移動はどうですか?」


白山は、水のペットボトルをアルフに手渡しながら尋ねた。

アルフはペットボトルに一瞬訝しげな視線を向けたが、中身が水だとわかると、それを受け取って喉を鳴らす。


「なんと、よく冷えた水だな」


 出発前に氷とともにクーラーに入れてきたペットボトルは、キンキンに冷えており初夏に近い今頃は有難い。

製氷機と冷蔵室が設置してある基地だけに許されている特権だが、初日の贅沢として白山は車両に持ち込んでいたのだ。


半分ほどの水を一息に飲み干したアルフは、騎士としての矜持と食事や水の質で少し面白くないような顔を浮かべる。


「ホワイト公の軍では、いつもこのような贅沢な食事を摂っているのか?」


「いや、実戦になれば、やはり温かい飯はお預けですね」


 断りを入れてから横に腰を下ろした白山は、苦笑しながらそうこぼした。

無論、訓練中や実戦では、食事や水の制限など当たり前であり、そうした意味では今回のオースランド派遣は、比較的ラクな部類に入る。

しかし敢えて白山はそれを口には出さなかった。


「儂はお館様とくらべて酔いはせぬが、あの車とやらの窮屈さは何とかならんか?」


 フルプレートメイルを着込んでいるアルフは、大柄な体躯もあって高機動車のなかで身動きがとれないでいた。

やんわりと白山がその事を指摘すると、やはりと言うかアルフは激昂してしまう。


「公をお守りするのに、騎士が鎧も着ずに何とするか!」


 まあまあ、と白山はアルフをなだめながら、近くで休んでいた隊員に声をかけてある代物を持ってこさせる。

それは標準装備品として車両に積載されている、予備のプレートキャリアだった。


「これならば動きも妨げず、幾分楽になると思いますがどうですか?」


 ナイロンとセラミックプレートで構成されるそれを不思議そうに眺め、コンコンと軽く叩いていたアルフは、口をへの字に結びながら、重厚な鎧を脱ぎ始める。

どうやら鎧と車内の相性に辟易としていたようで、背に腹は代えられないとばかりに簡素なプレートキャリアを試着した。


「ふむ、これならば最低限の守りは期待できるか……」


そう言いながらもアルフはまんざらでもない様子で、口の端をニヤリと歪めながら腕を回し悦に入っていた。


「それと、コイツも持っていて下さい」


 白山が差し出したのは、部隊で使用している小型無線機だった。

使用方法を説明しつつ、初日の大休止は、ゆっくりと過ぎて行った……



************



 ようやく乗り物酔いが緩和されペースを取り戻した一行は、日没後に本日の宿営地であるモルガーナへと到着した。

この世界の常識では、日没前に宿営地を定め野営なり宿場に入り、決して夜の移動は行わない。


 その為に馬車の行進ペースに合わせて、宿場や野営に適した休憩所などが自然発生的に整備される。

しかし、野盗による襲撃や夜道の危険性を無視できる白山達の車列は、煌々とヘッドライトを点灯して街道を進む事が出来る。


 馬車の旅ならラモナ近辺で一泊となる所を、白山達は一気にモルガーナまで到達していた。

あり得ない速度ではあるが車両を活用すれば、造作も無い事だった。


 リンブルグ公の一行は、一日でここまで到達した事に驚きながらも慣れない車両移動で疲弊しており、その日の宿で早々に就寝と相成った。

ここでも本来ならば、その地を管理している貴族や有力者からの歓待を受けるのだが、事前の通達によってそうした晩餐などは全て断っている。


 今は皇国との緊張状態が続いており、迅速に移動し会談を終えて戻りたいというのが、白山の偽らざる本音なのだ。


 モルガーナに到着した白山達は明日の行程を確認した後、解散となった。

隊員達はそれぞれローテーションを組んで、車両と宿の警備を行っている。


出来ればゆっくりと休息を取らせてやりたいが、人数的にそれも厳しい。


 モルガーナから先は白山も初めて足を踏み入れる地域であり、不安と好奇心が入り混じった気分になっていた。


「明日はリタまでの行程ですね」



 今日の宿割りを担当したリオンは、ちゃっかり白山と同室に割り当てており、お茶を差し出してくる。

王国の地理に詳しい彼女には、先行偵察と先触れを担当しており白山の本隊とは別行動だった。


 ウィスキーのような蒸留酒を少しお茶に垂らしたものを手に取った白山は、ゆっくりとお茶を味わう。


「明日は、警戒を厳にする必要があるな……」


 先ほどの打ち合わせで、事前に先着していたリオンがモルガーナの騎士団から得た情報を反芻する。


「そうですね。もともと道が悪い上に、距離がありますので。それに……」



 リオンの言葉を聞いて白山は静かに頷いた。

レイスラット王国の南部四領は、王都から遠く、港街であるバルム領を中心として独自の交易圏を築いている。


 国境を超えて入ってくる物資はその多くがバルム領に集められ、そこから海路で北に運ばれ、王都や北の帝国からの物資はバルムから南部に流れてゆく。

そうした事情から、リタとモルガーナとを結ぶルートにはそれほど需要が少なく、かつ山がちな地形もあり、あまり活発な街道整備は成されていない。


 海側の南北を結ぶ街道は、船に積みきれない物資の交易路として、それなりに整備されている。

そして対立中の皇国との国境は安全上好ましくない。実はこうした事情もあって、白山が召喚された時にレイスラット王は海側の街道を通っていたのだ。



 地図に目を落としていた白山は、そこで小さく息を吐いて紅茶を飲み干した。

明日の出発も早朝になるのだ。あまり夜更かしもしていられない。


 リオンがカップを片付けて隣り合ったベッドへ腰掛けたのを確かめてから、ランプの灯りを吹き消した。

暗闇の中で目を閉じ、明日の出発予定を思い描いていた白山の耳に、微かな軋みの音と、誰かが動く気配が感じられる。

そして一呼吸置いてから、自分のベッドに小さく柔らかい気配と感触が潜り込んできた。


「リオンさんや……なんで自分のベッドに行かないのかね?」


半ば諦めと言うか恒例となったリオンのベッド侵入に、白山はため息をこぼす。


 昨今のリオンは、出会った当初の不健康な印象はすっかり消え、ここ最近では大人の色香が随所に現れていた。

白山の前では、明るく歳相応の笑顔を見せてはいるが、相変わらずそれ以外の異性には、冷たい視線と態度は変わっていない。

それでも一般的な儀礼や挨拶程度であれば、周囲に薄い笑顔くらいは見せる様になってきており、部隊や王宮の内外で密かな人気になっている。


「ここ暫く忙しくて、基地での寝泊まりが多かったですよね?」


 背中に寄り添うように密着してくるリオンが、囁くようにそう答える。

部隊長である白山が、基地に女を引っ張りこんでいるという噂でも立てば、即座にスキャンダルにつながるし、部隊の規律も崩壊するだろう。

それを考えて基地内ではリオンは副官兼秘書に徹し、白山が基地に泊まり込む時はおとなしく隣室に控えていた。

ここの所、部隊の編成替えと皇国への作戦立案、そしてこの派遣騒動で基地での寝泊まりが多くなっていた。


「一応、任務中なんだがな」


「あら? 編成上は前川一曹が、輸送・警護の長になっていますよ?」


 悪戯っぽくリオンは白山の言葉に返答した。

確かに今回の派遣では、白山自身にも式典や接見の予定があり、指揮権は前川一曹にゆだねている。

名目上は白山もパッケージ(荷物)なのだ。


「早く寝ろ…… 明日も早いんだ」


白山は議論を諦めて、背中越しに声をかける。


 白山の背中に顔を擦りつけていたリオンは、何も言わずただ頷く。

背中に感じる温かい感触を感じながら、ゆっくりと眠りに落ちていった…………


遅くなりました。

年度末と新人君の育成で修羅場っておりました。


ぼちぼち書いてゆきますので、気長にお付き合い下さいm(_ _)m

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