効率化と既視感
白山をこの世界に召喚した元凶。そして部隊の生命線でもある『異界の鏡』こと召喚用ラップトップは、当然ながら厳重な管理体制に置かれている。
大型金庫と各種センサーによって防護された地下室に保管されていた。
金庫と地下室の分厚い扉は、白山とウルフ准尉が持つ二本の鍵、そしてパスコードを打ち込まなければ決して開く事はない。
この場所から持ちだされるのは、幾つかの条件がある。
一、召喚に用いる場合
一、研究及び修理保全のために持ち出す事
一、災害時に緊急的に移動させる場合
一、有事その他で作戦に用いるため、前方に展開させる場合
ドリーはこの条件の中で唯一、『研究及び修理保全のために持ち出す事』を許されている。
それでも研究室からの持ち出しは厳禁であり、研究中は基地全体のセキュリティーレベルの引き上げ、更には研究室周辺に警備の隊員が配置される。
米大統領が持つ核のフットボールにも似た厳重な取り扱いになっていた。
それ故に最近は魔法陣の研究が優先され、ラップトップの解析については後回しになっていたのだ。
それがカレンが基地に来て僅か一日で、使用する魂の効率化について目処が立ったとすれば、カレンを救出した判断は大正解だったと言う事になる。
地下室の扉を開き、金庫の前に立ちながら白山はカレンが皇国の手に落ちなくて本当に良かったと安堵してた。
カレンが皇国に捕らえられていれば、彼我の戦力差は縮小し、王国軍にも多大な損害が出ただろう。
ウルフ准尉がパスコードを打ち込み、白山もそれに続いて暗記しているパスコードを入力する。
鍵を差し込みガチャリと回し、重々しい金庫の扉を開放する。
金庫の中にはラップトップが収まったペリカンケースと、緊急時のラップトップの使用方法を記した冊子、緊急避難の指示書などが収められている。
その場でケースの中に収まっているラップトップを確認した白山が、准尉にケースを手渡した。
ワイヤーでウルフ准尉がケースを手首に固定し、移動の準備は整った。元通りに金庫を閉めて地下室を出る。
地上に戻ると、すぐさまM4を手にした完全武装の四名が、四方を固めて警備につく。
ここからドリーの研究室に到達するまで、面倒な手順がいくつかある。
カードキーの読み取りと指紋・網膜認証をくぐらなければならない。
ドリーの研究室自体も補強と改築で、外見からは判らないが、かなり堅牢な造りになっていた。
階段を登り一番奥にあるドリーの研究室に到着すると、白山がドアをノックした。
待ちかねたように、すぐさま部屋の主がドアを開けて出迎えてくれる。
「お疲れ様、早速はじめましょう」
ドリーがニッコリと笑いながら待ちきれないという表情で白山達を出迎えてくれ、その後ろに少しげっそりとした様子のカレンが椅子にもたれていた。
白山とウルフ准尉が研究室に入ると、壁のホワイトボードに大陸標準語と英語で、何やら講義のように数式や走り書きが踊っていた。
何枚もの書類や資料が乱雑に散らばっている。
どうやら、ドリーとカレンは魔法について、かなり突っ込んだ議論を交わしたようだ。
何か濃密な知の残渣というか、大学や図書館で感じられるような、静かな熱気が感じられるようだった。
昔気質というか現場主義というか、難しい理論などが苦手なウルフ准尉は、手首からワイヤーを抜き取ると、受取のサインをドリーに書いてもらい早々に退散しようと目論んでいた。
それを知っている白山は、准尉へ僅かに頷いてその意図を了承すると、ウルフ准尉は少し苦笑した様子で、肩をすくめながら研究室を後にした。
パタンとドアが閉まり、僅かな機械の駆動音が響く研究室で、ドリーがラップトップを取り出し始める。
「このラップトップにはカレン曰く、時間固定と眩惑の魔法がかけられているそうよ」
取り出されたラップトップを長机の上に置き、その表面に指を走らせたドリーは、確認を求めるようにカレンへ視線を向けた。
「ふむ、母の遺した資料にはこの機械に施した魔法の記述があった。
もっとも、読んだのがだいぶ昔で、記憶が朧気な所もあるが、概ね間違いないじゃろう」
そう言って立ち上がったカレンは、ドリーと入れ替わるようにラップトップの前に立つと、静かに目を閉じて真言を口ずさむ。
「我の解呪によりて、かの物に写されし幻を解け…… 」
カレンの指先から発せられた金色の魔素の輝きは、ラップトップの表面に達するとその表面を包むように広がり、やがて消えていった。
魔素の光が収まると、これまでシンプルな外見をしていたラップトップの姿が一変している。
あちこちに古びた羊皮紙に書き込まれた魔法陣が貼り付けられ、これまでその存在も見えなかった各種接続ポートの姿も確認できる。
その姿はどこか怪しい雰囲気を漂わせており、なるほどこのラップトップならば、召喚に使われるのもあり得るといった外観になっていた。
ドリーは嬉々として表面に貼られた魔法陣の文様をデジカメに収めて記録すると、すぐにUSBポートから自身のPCとラップトップを接続する。
「さてと、ここから先は私の専門分野ね」
ドッカリと椅子に腰掛けたドリーは、ポキポキと指を鳴らしながら矢継ぎ早にソフトを立ち上げ、キーボードをものすごい速度で叩いてゆく。
NSAにハッキングを仕掛けた腕前は伊達では無いらしく、ものの数分でラップトップのプログラムを自身のPC に表示させていた。
そしてひとしきりソースコードを眺めていたドリーは、一連の流れについていけていない白山に問いかける。
「それで、省力化とインターフェースの改良はこっちで勝手にやっていいわよね?」
ドリーの言葉で我に返った白山は、「ああ」と小さく語り、改良を承認する。
それを聞いたドリーは肩を回して小さく息を吐くと、再びものすごい速度でキーボードを叩き始める。
「あっ、夕方くらいには一通り終わらせるから、その頃にまた連絡するわ」
思い出したようにモニターから顔を上げたドリーは、白山にそう告げると再び集中し始める。
「わかった。それじゃ、夕方にまた来る……」
白山は半ば呆れながらも、作業の邪魔をしては悪いと静かに研究室を後にする。
それに続いてカレンも出ていこうと立ち上がるが、器用に片手でキーボードを打ちつつ、もう片方の手でドリーに捕獲されてしまう。
「貴方がいなくなったら、魔法陣の確認は誰がするのかしら?」
モニターから顔を離さずに、そう語りかけるドリーの迫力に、ひぐっとカレンは固まり、白山に助けを求めるような視線を送る。
その視線に気づいた白山だったが、諦めたように静かに首を横に振ると、カレンは言葉にならない表情を浮かべながら、その場に取り残されていた。
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白山はカレンという生贄をドリーに捧げた罪悪感を引きずりつつも、この先の事に向けて考えを巡らせていた。
召喚に必要な魂の効率化が出来れば、今後の展開もだいぶ変わってくるが、それは完成してから考えるべき事項だ。
それより白山に課せられた命令は、直近ではオースランドへの出張と、王命として下された皇国への非対称戦の下準備がある。
教官達は何色を示していたが、それでも命令が下達されれば最善を尽くして実行するのが、軍人としての努めと言える。
今の所、ウルフ准尉が中心となって皇国の対象地域の策定と基礎情報の収集と整理が行われていた。
それを基にして明日以降に戦略会議で任務分析を行う予定になっている。
そうなれば白山としては、オースランドへの出張に対してプランを練るのが当面の優先課題だった。
執務室に入り、リオンの淹れてくれたコーヒーに、少しだけ気持ちを落ち着けた白山は、オースランド出張の計画を検討し始めた。
今回の出張は貴族としての公式の招待として、国家代表を兼ねていると言う事だった。
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伝承にある鉄の勇者が、レイスラット王国の地に再臨したとの報を聞き、その真偽を確認したい。
また、貴国との同盟に従い、再度皇国より侵攻があれば、我が国として正式に貴国と協調して皇国へ軍を出す旨を決定した。
ついては、轡を並べる事となる鉄の勇者殿とその軍団について、その武技について説明を求めるものである。
なお説明にあっては、勇者殿の来国を期待するものである。
受け入れられないと申される場合は、信頼性の観点から同盟及び出兵の可否について、今一度考えなおす可能性もある。
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写しを貰った外交文章に目を落としながら、これは重責だと再認識させられる。
一回の軍人である白山には些か荷が重いが、立場がそうなってしまった以上は最善を尽くすしか無い。
予定では移動の期間も含めて二週間前後を予定している。
同行者については、外交儀礼に長けた貴族が同行してくれるらしいが、領地に戻っており連絡が取れていないらしく、まだ聞かされていない。
問題なのは、相手側の意図が読みきれないと言う事がネックだった。
外交文章にあった通り能力の確認が目的なのか、白山を自国に取り込もうとしているのか。
武器供与が目的なのか?今の状況では皆目検討がつかない。
よもや、貴国の狙いは何ですか?と直接聞く訳にも行かないだろう。
それであれば、どのような状況に置かれても対応できる体制で、出張に望む必要があるだろう。
武技を説明とある通り、簡単なデモンストレーションを披露する必要もあるだろうし、護衛としての戦力も必要になる。
トラブルがあって脱出を試みなければならない場合は、独力で王国まで帰還しなければならないだろう。
すでにバードアイで撮影したデータを基にした地図を見ながら、白山はコツコツと計画を組み立ててゆく。
要員としては二個分隊の一六名と、国境付近に予備として一個分隊を秘匿配置する。
車両は、高機動車二両と三トン半を一両で編成し、万一に備えて水トレーラーと食料などを携行する。
国境でオースランド側が出迎えてくれるそうだが、自己完結性を蔑ろにするなどもってのほかだ。
丁度昼になった所で、ラッパが鳴り昼食を知らせてくれるが集中していた白山は、席を立ちたくなかった。
「お食事は、こちらに運びますか?」
別の書類をまとめていたリオンが、白山の集中ぶりを見てそう問いかけてくれる。
こうした機微をよく読んでくれるようになって、白山は大いに助かっていた。
「ああ、そうだな。よろしく頼む」
それを聞いたリオンは席を立ち、二人分の昼食を取りに食堂へ向かおうとドアに向かう。
「そうだ、すまないけどカレンとドリーの食事も頼めるか?
さっきの調子だと食事抜きで作業しそうだったからな。ドリーはともかく、カレンにはまともに食事してもらわんとな」
その言葉を聞いてクスリと笑ったリオンは、頷いて執務室から出て行った……
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夕刻に約束通り連絡の内線電話が鳴り響き、再びドリーの研究室に赴いた白山は、少し外観に変化のあったラップトップを前にして、ドリーの説明を待っていた。
全力で取り組んでいたのだろう。少し疲れの見えるドリーは、白山の持って来たコーヒーでようやく一息ついている。
その横にはドリーよりも消耗した表情のカレンが、長机に突っ伏していた。
「まあ、一通りは完成ってところね。大体の構想は前から考えてあったから、インターフェースの変更とプログラムの書き換えは簡単だったわ」
そう言ってラップトップを細い指先でコツコツと叩いたドリーは、コーヒーのカップを机に戻す。
白山は黙って腕組みをしたまま、ドリーの説明を聞いている。
「予想した通り、ソフトの中にハードウェアの動作プログラムが組まれていて、それが魔法陣に作用していたわ。
そこで消費電力を抑える省電力ソフトの応用と、プログラム自体の効率化でかなり改善が出来たの。
貴方も召喚の時に溢れんばかりの魔素の奔流を見ているでしょ?
昨日からビデオを再生しながら、カレンと話し合った中でこの魔素のうち、どのくらいが必要量なのか検討していたの」
「それで、具体的にはどのくらいの削減になったんだ?」
技術的な点については、自分の理解の範疇を超えていると判断した白山は過程を省き、要点をドリーに尋ねた。
「まったく、その他にも技術的な革新とかかなりの進展があったのよ?
それをすっ飛ばして結果だけ聞くの?相変わらず情緒のかけらもないわね」
呆れた様子で口をとがらせるドリーに苦笑しながら、白山は視線をラップトップに向けた。
よく見れば今朝方には古びた羊皮紙に描き込まれていた魔法陣は、プリンターで印刷された新しい魔法陣に刷新されている。
「固定化と眩惑の魔法はまだかけていないから、外観はそのままだけど中身はずいぶん変わったわよ」
ドリーはそう言って、ぐったりしているカレンの方をチラリと見ながら、言葉を続ける。
「十分の一ね……」
「なに?」
「だから、十分の一よ!耳まで悪くなった?」
驚いた白山は、思わず聞き返しドリーが悪態を混ぜて、同じ言葉を繰り返した。
金属製品ならば『1トン=1柱』であったこれまでの召喚コストが、単純計算で『10トン=1柱』になるのだ。
効率化についてはそれほど期待していなかったが、あまりの成果に白山が固まっていると、ドリーが更なる追い打ちをかけてくる。
「ちなみに言っておくけど、これはまだ改良の初期段階。
魔法陣自体の省力化と召喚プロセスを見なおせば、まだまだ改良の余地があるわよ?」
「ああ、あの、ぷりんたー とやらには心底驚かされたわい」
机に突っ伏したままカレンが呻くようにそう呟くと、むっくりと顔を起こして恨み節をこぼす。
カレン曰く、プリントした魔法陣の起動テストや、魔法配線をずっとやらされたらしい。
「今後、魔法陣の積層多重構造に一定の道筋が出来れば、劇的に消費数が減るわよ~」
コーヒーを飲み干したドリーが得意気にそう言って鼻を鳴らし、ニヤリと笑う。
「それで、もう完成って事でいいのか?」
我を取り戻した白山は、皮算用を思い浮かべつつ、ドリーにそう尋ねるが答えはノーだった。
「一応、完成はしているけど、もう少し仮想マシンでデバッグしておかないと……
装備を召喚したつもりが、とんでもないモノを呼び出したとか、シャレにならないから」
どうやら召喚転送座標など、かなり複雑なプログラムらしく、あと数日は動かせないらしい。
「やれやれ、これでやっと開放されるかのぅ……」
カレンがようやく聞き取れるかといった声量で小さく呟いたその言葉は、耳聡いドリーに残念ながらキャッチされてしまう。
「何言ってんのよ。動作プログラムに魔法陣と魔法的な要素がてんこ盛りなのよ?
暫くは忙しくなるから、諦めて頂戴ね」
白山はどこか既視感を覚えつつも、視線で助けを求めるカレンをその場に残し、研究室を後にしていった…………
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