派遣の是非と命の洗濯と
「間接的な手段による政権転覆とは?」
白山の言葉に食いついたのは、宰相であるサラトナだった。
「係争国との戦争は何も直接矛を交えるだけではない。そういう事です」
手短にそう答えた白山に対して、少し考えたサラトナは答えにたどり着く。
「つまりは、誰か他の人間に皇国と争わせる?」
そこまで答えを引き出した白山は、ゆっくりと頷き内容を補足していった。
「現状では、直接的な武力によって皇国を制圧するのは得策ではありません。
軍部隊の規模が圧倒的に不足しています。
しかし、十分な兵員数を確保するまでには皇国軍も更に規模を増していると思われ、到底追いつけません。
何より大義名分と、打倒後の戦後統治の問題も発生します」
そこで言葉を区切った白山に、ピクリとサラトナが反応する。
「これまで他国への侵攻を行ったことがない我が国が、突然隣国へ攻め入れば、たしかに無用な軋轢を生む」
「でしょうな。北の帝国などそれを口実に、南下を始めかねないでしょう」
「それに、ただでさえ人手不足が顕著ですから、それに輪をかけて皇国の統治など、御免被りたいというのが偽らざる本音ですね」
宰相、軍務卿そして財務卿が揃って白山の意見に同調し、言葉の続きを待つ。
「皇国の間者が我が国に対して貴族達を炊きつけて扇動したように、我々も彼の国に側面攻撃を仕掛けるのが妥当かと思われます」
「しかし、我が国にはそのような仕掛けを行える間者もいなければ、伝手もないぞ?」
そう反論を述べたのはバルザムだった。
白山は、その意見を聞くとチラリと木崎に視線を向け、それからその意見に答えてゆく。
「この作戦については、我々の得意とする分野です。
旗印となる人物は必要でしょうが、立ち上がるのは皇国の民衆であり、我々はそれを影から支援します」
どこまで行っても特殊部隊現場指揮官である白山は、皇国の惨状と会議の推移を見て確信していた。
この状況下で取りうる戦術は、非対称戦が最適であると。
そう言うと、白山は持参していた皇国の地図を机に広げ、説明を始めた。
「まず、サンクチュアリ……つまり、聖域を形成。その中で志願者を募り、皇国に対向する部隊を育み、最終的には現体制を打倒させます」
「それで、その聖域とはどういったものかね?」
これまで決断以降沈黙を守り、会議の行く末を見守っていた王が、ここで静かに口を開いた。
「聖域とは、反体制派。つまりは我々の側の人間が自由に動く事が出来て、補給や隠匿などの支援を受けられる地域を指します」
白山の意見を聞き、正確にその意図を汲み取った木崎が、王家軍指南役として王に助言し、その役割を果たす。
「遊撃部隊は小規模であり、正面から皇国軍と当たった場合、簡単に鎮圧されてしまいます。
しかし、少数の間者の捕縛に動員された軍にとっては、大きな負担となる事が、先の王都での騒動でご理解頂けるかと思われます。
反乱側の強みは、小規模で常に少人数で民衆に紛れ神出鬼没、そして何よりも恐怖です……」
「意趣返しか……」
誰となく、そうつぶやき、白山も敢えてその言葉には反論はしなかった。
「よかろう。この件はサラトナに一任する故、方策の概要が固まり次第報告を」
王は自身の庭先が荒らされた一件を思い出しているのか、少し眉を吊り上げながら短く承認の意を表すと、細部をサラトナに任せた。
それを受けて宰相は再び、会議を取り仕切ると、この議題については後日改めて時間を設けると言って、話題を切り上げる。
そしておもむろに白山を見やったサラトナが、声を上げた。
「さて、本日集まってもらったもう一つの件だが……」
そう言って、懐から書状を取り出したサラトナが、その羊皮紙を広げてそれを白山へと差し出した。
書状の隅に捺された封蝋の印影が、レイスラットのものではなく、異国からの書状であることが判る。
手渡された書状に目を通して白山は盛大にため息を吐くと、書状を机の奥へと押しやり、気を紛らわせるようにすっかりと冷めた茶を一口飲んだ。
その書状には、一種の定型文である修飾を抜けば、およそこんな文言が書かれていた。
伝承にある鉄の勇者が、レイスラット王国の地に再臨したとの報を聞き、その真偽を確認したい。
また、貴国との同盟に従い、再度皇国より侵攻があれば、我が国として正式に貴国と強調して皇国へ軍を出す旨を決定した。
ついては、轡を並べる事となる鉄の勇者殿とその軍団について、その武技について説明を求めるものである。
なお説明にあっては、勇者殿の来国を期待するものである。
受け入れられないと申される場合は、信頼性の観点から同盟及び出兵の可否について、今一度考えなおす可能性もある。
「ずいぶんと高圧的な物言いですね…… しかし、私はオースランド王国についてあまりよく知りませんので、この文だけでは判断しようがありませんが」
白山はあまりに高圧的な文章に少し反感を覚えながらも、感情と思考を切り離しオースランド王国について尋ねた。
「オースランド王国は、シープリット王国と並び我が国の重要な同盟国だ。
軍事そして交易において互いに協力し合いながら、これまで発展して来た友好国なのだがな……」
三国の王同士は、互いに幼少の頃から付き合いがあり、知った仲であったレイスラット王がそうこぼした。
それを受けてサラトナが補足するように付け加えた。
「ホワイト殿が陛下と共に王都へ戻られた時、丁度オースランド王との会談からの帰途であったのは、覚えがあるだろう。
その際にまとまったのが、皇国への共同対応と出兵の確約だったのだ」
そう言えばと、白山はすっかり過去となった召喚当初を思い起こし納得する。
「我が国そしてシープリットと比肩して、最も強い軍を持つのがオースランドであり、皇国と事を構える以上その協力は欠かせん」
白山を見ながらそういったサラトナの表情は、表情を曇らせながらも、そう説明してくれる。
出撃前に聞いていた事項ではあるが、改めて書状を見せられて説明を受ければ、外交的に微妙な問題であることが浮き彫りになる。
ここで白山が断ったとすれば、同盟関係にある国との信頼性が損なわれ、勇者の力を独占していると見做されてしまうだろう。
直接的な敵国を隣に抱え、その上さらに南北の国を潜在的な敵国に回す訳にはいかない。
どうやら、否応なしにオースランドへは行かねばらならないようだ……
温い茶を一口含むと、意識を切り替えた白山は思考を巡らせる。基礎的な条件と、オースランド側の意図について考えを巡らせた。
先ほど見せられた書面には、期日の指定や日時については書かれていなかった。
それはこれからレイスラット側が返答の書簡を認めて、彼の国へと送るのだろう。
つまり、少しばかりは時間的猶予があるのではないか?
白山を招く理由だが、現時点で考えられるのは懐柔や寝返りの工作、または兵器の強奪や供与、もしくは技術の盗用と言った所だろう。
身の危険についてはどうだろうか?
今の段階では未知数としか言いようが無いだろう。
同盟関係にある国で重要な戦力と位置づけられている自分に害を及ぼせば、重大な外交問題に発展する。
唯一可能性として考えられるのは、オースランドが皇国と水面下で手を組んでいる事態だが、そうした兆候は今の所見られない。
そもそも可能性の話をしていたら、キリがないだろう。
白山はそこで思考を区切ると、徐ろに口を開いた。
「どうやらオースランドへの派遣は、決定事項のようですね。
それであれば、派遣の是非を検討する手間は省いて、彼の国の意図や条件について、検討を重ねたほうが有益でしょう」
少々面白く無いといった雰囲気を演技しつつ、手早く訪問の日取りや内容について詰めておきたいと考えた白山は、会議の進行を促す。
どこか会場の中にホッとした空気が流れ、少しだけ場の緊張が和らいだ。
「それでは、基礎的な所からお話しましょうか」
そう切り出したのはこうした場ではあまり発言が多くない、財務卿のトラシェだった。
「オースランドは古くからの友好国で、我が国には欠かす事の出来ない国ですね。
これまで軍事的な側面は、あまり重要視されていませんでしたが、その軍は強力です。
また、オースランドとの交易は現在のところ、この国の最大貿易国となっています」
トラシェの説明では、主に食料品をオースランドに輸出し、その代価で鉱物や工業製品を輸入しているという。
軍隊については総数が約三万五千名で、北部の荒涼とした地形を活かし、精強な弓兵と騎兵が存在するらしく、小規模ながら水軍も有している。
「うーん、そこまでして私を呼びたい理由が思い当たりませんね」
そこまで聞いていた白山は、やはり自分を招聘した理由がわからず、率直にその心情を吐露した。
するとそれを聞いた王が、何か思い当たるフシがあるのか薄く笑いながらその問いに答える。
「なに、それほど難しく考える必要はない。あやつは昔から新しい物や強い者に惹かれる質なのだ」
王が言う『あやつ』とは、この口ぶりではオースランド王の事を指す以外にない。
若い時分に共に学んだ間柄だという三国の王達は、それなりに互いの気心を知っているらしい。相手国の王について事も無げにそう言い放った。
王の損な言葉に一層意味がわからなくなった白山は、諦めのため息をひとつこぼす。
すると会話の流れが止まったのを見計らってか、王の側仕えが控えめに会議室の扉をノックする。
中に入ってきた側仕えが王に向かって一礼すると、それを見た王が会議を切り上げる。
「おおよその流れは決まったな。詳しい内容については決まり次第報告を……」
そう言い残し、多忙な王は政務へと戻るべく会議場を後にする。
一様に起立して礼を持って王を見送った面々は、会議室の扉が閉じてから顔を見合わせる。
会議が途切れたタイミングで、すかさず給仕達がそれぞれの席へ新しい熱い茶と、スコーンのような茶菓子を配る。
疲れた脳が糖分を欲していたので、有難いと思った白山はジャムが挟んであるそれを頬張り、熱い茶を堪能した。
それぞれが茶で喉を湿らせて、一息つくと給仕の退出を見計らって白山が発言する。
「派遣は決定したとして、その内容を決める必要がありますね。
随伴する方やどうこうする部隊の規模、それに向こうで何かあった場合の対応など、この場で詰めるべきでしょうね」
こうして、昼近くまで続けられた会議はより実務的な内容となり、それぞれの案件について詳細が決められていった……
**********
白山が会議に出席するため出発して暫く経ってから、基地の内部に充てがわれた部屋の中で、カレンはようやく目を覚ました。
森の民としては珍しくだいぶ陽が高くなるまで寝過ごした様で、薄く引かれたカーテンからは陽光が差し込んでいる。
魔法で傷は癒えても肉体的・精神的な疲労は体に蓄積され、だいぶ参っていたようだった。
こんこんと眠ったせいか強張った体が、ずいぶんと重く感じられる。
だがベッドから起き上がり伸びをして体を動かせば、昨日までの鉛のような疲労感は、だいぶ薄らいでいた。
カレンが起きだして来たのを察したのか、控えめに扉がノックされる。
その音からして昨日から時分の世話をしてくれているリオンだろうと思い、軽く声をかける。
「リオン殿か?今開ける」
部屋に備え付けのスリッパを足に引っ掛けながら、扉にそう声をかけたカレンは扉に向けて歩く。
昨晩は白山と別れてから、リオンに連れられて基地内を案内され、カレンは心底驚いていた。
各国を訪れる旅に出たこともあるカレンは、軍隊の生活の悲惨さについてはよく聞いていたし、実際に自分の目でも見ていた。
損な常識がこの基地内では全く当てはまらなかったのだ。
丁度夕食時になり、案内された食堂は、広々とした平屋の建物で大勢の兵達が順番に並んで夕食を摂っていた。
百人は夕に座れる広さの食堂も、順番待ちをするほどの混雑ぶりで驚いたが、現在はこれでも足りずに隣に増設しているらしい。
それよりもカレンを驚かせたのは、食事の質だった。
兵の食事といえば固い黒パンに薄いスープと、どこの国でも相場が決まっているが、盆に置かれた夕食は軍としては贅沢極まりない。
肉と野菜のシチューに蒸かした芋、ハムと生野菜のサラダに、大ぶりの白パンが持っている盆を彩った。
これでは下手な宿屋の夕食なら、吹っかければ銀貨一枚にはなるだろう。
驚いて向かいに座るリオンへ「今日は祭りか何かの記念か?」と聞けば、これが何時も出ている量と質だという。
何でも厳しい訓練を受けている隊員達は、その分だけ食事をしっかりと摂り、体を作るのだと……
よくよく見れば、隊員達は皆血色が良く、体は市井の人々に比べれば平均して一回り大きい体躯をしている。
食堂の活況で、気づけば暫く満足に食べていなかった事をカレンの腹が思い出し、少々礼を失していたが隊員達に負けず劣らず、ガツガツと食べてしまった。
満腹になったカレンは、疲れから流石に眠気を覚えていたが、床に入る前にとリオンに連れられて行った先は、なんと浴場だったのだ。
湯浴みなど暫くしていなかったカレンは、その申し出をありがたく受け、本部の宿泊棟の浴場へと足を踏み入れていった…………
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