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暗澹と決断と

 翌日、白山は早朝から動き出し朝二番の鐘(0900)が鳴る頃には、城へと向かっていた。

隊員達は使用した銃器や装備の細かい整備、本格的な報告聴取以外は休養を取らせている。


 朝の食堂では、皇国に派遣された隊員達が居残り組に話をせがまれ、当り障りのない話をしているのが白山の耳にも届いた。

やはり若い彼らは戦闘に関する土産話を求めていたようだったが、予想以上に重い派遣隊員達の口に、何かあると感じたのか、そのトーンは次第に小さくなっていった。


 偵察チームに加わった者は、あの惨状を間近にみているのだから無理もないだろう。


 助手席に座り資料を携えていた白山も、これからの報告を考えると、些か憂鬱な気分を振り払えなかった。

皇国の一般市民への圧政は、伝え聞いていたよりも数段酷く、これを聞いたレイスラット王を始めとした首脳陣への対応もある。


「一難去ってまた一難……か」


 白山は、本省勤務となった同期の苦労を少しだけ判ったような気がして、小さなため息を吐いた。



 城に到着した白山は衛兵の案内で、執政院の一角にある会議室に入った。

今日の会議出席者は王と政務三役、そして木崎が出席予定になっている。


 肝心の木崎はと言えば、会議の資料を白山に任せ別行動となっている。

どうも諜報組織の立ち上げに関連して、色々と水面下で動いているらしく、夜更けにふらりと出て行った。


 白山としては木崎の重要度を考えると、あまり闊達に動きまわって欲しくないが、自身も部隊の立ち上げで無理をした手前、あまり強くも言えない。


 一番に会議室へと到着した白山は、差し出された茶をすすり一息ついた。

油断すると先日来の疲れが出て、睡魔に肩を叩かれそうだが、熱い茶はいい塩梅に眠気と陰鬱な気分を和らげてくれた。


 すると軍務卿であるバルザムと、財務卿のトラシェが揃って会議室に入ってくる。


「おはようございます。本日は、急な召集ですみません」


 白山は立ち上がりそう言うと、両名は軽く手を挙げて気にしていないと言う仕草を見せてくれる。


「いや、皇国の動向は最優先事項、お気になさるな」


バルザムがそう言って、ゆっくりと席に腰を下ろした。


 トラシェは秋の収穫シーズンで、税の管理に忙殺されており、目の下にクマをこしらえていた。

それでも部分的な表計算ソフトの導入で、かなりの労力が削減されたと言い、昨年までよりはかなり楽だという。

しかし、良いことには裏があるもので、数字のごまかしが露見して処分される人間が多く発生しており、そちらの対処にも追われているらしい。


「長雨の影響が最小限で済んだので、石高は例年並みで胸を撫で下ろしましたよ」


 皆が茶を片手に損な会話に花を咲かせていた。

白山はそんな会話を聞きながら、頭の片隅で皇国と王国の差について思いを巡らせていた。


 そうこうしているうちに宰相であるサラトナと木崎が、揃って会議室に入って来た。

この二人、同族嫌悪となるかと思いきや意外に馬が合うらしく、時折酒を酌み交わしているそうだ。


「では、昨晩の相談事については明日以降……」


などと、小さな声で何事か密談の続きを重ねていた。


 白山は二人に目礼を送り、それに気づいたサラトナが僅かに顎を引いてそれに返答を返す。

二人の席にも茶が供され王を除く全員が揃った所で、この手の会議では仕切り役となるサラトナが、ゆっくりと口を開いた。


「概要は木崎殿から聞いているが、改めて説明しよう。

先だってのホワイト殿が行った皇国への偵察で、尋常ならざる惨状が判明した。


そして、こちらからもホワイト殿に対して連絡がある故、この会議の招集は調度良い機会だったな」



 白山は、自分に関する連絡とは?と思ったが、サラトナから話の続きを促され、ひとまず質問を飲み込んだ。


「こちらの資料を御覧下さい。これは、我々が先日皇国内で目撃した惨状の 『ほんの一部』です」


 そう言って図嚢から取り出した資料を銘々に配り、白山は沈黙した。

すでに茶を出していた給仕達は部屋を出ており、室内には紙を捲る小さな音だけがかすかに響く。

途中に質問を挟んだり、無駄口を叩くような人間は誰一人いなかった。

それ程までに資料の内容は、人々を黙らせる負の感情に満ちていた



 会議室が不気味な程の沈黙を保っている時に、不意に鈴の音が鳴り響き、王の臨場が告げられた。

カチャリと小さな音が響き、扉が全開に開け放たれる。そして親衛騎士団の団長であるブレイズを従えて、レイスラット王がゆっくりと議場へと入ってくる。


「ふむ、朝の決済が長引いてな。して、会議はどのように進行しておるかな?」


 起立して王を出迎えた全員が、およそ王の眼前とは思えぬ程に口が重く、その表情を見て取った王が怪訝そうに眉をひそめた。


「サラトナよ、議事について報告せよ……」


 場の雰囲気を感じ取ったのか、いつになく厳然とした雰囲気でそう命じたレイスラット王は、静かに椅子に腰を下ろすと、運ばれた茶にも手を付けず周囲を見渡す。

白山は何も言わず、資料をサラトナへと廻し会議の進行を待つ。


 サラトナが言い淀むのも無理は無い。

国教の封鎖と商取引の禁止、今資料に記されている惨状を創り出したのは、間違いなく今ここに居る面々であり、王に献策を齎したのは自分達だったからだ。


「たった今、ホワイト殿より皇国の現状について、報告を受けたところでありました……」


 そう言って手元に廻された資料を王に差し出すと、流石の狸親父も言葉なく王の発言を待つ。


各々が静かに紙を捲る音だけが再び聞こえ、そしてその音もやがて途絶えた。



「ホワイトよ、この報告は紛れもない事実であるな?」


 長いため息をこぼし、何かを考えるように目を閉じた王は数瞬の後、再び揺るぎない視線を白山に投げかけた。


「これが、厳然たる皇国の実情です」


 「ふむ」と、その確認に頷いた王は、そこで一旦資料を横にどけると少し温くなった茶を手元に引き寄せると、洗練された仕草でそれを嗜んだ。


 本来自由闊達な議論を尊ぶレイスラット王は、最小限の意見や意思決定のみで、時には衛視として警備に立つ兵に意見を述べさせるなど、周囲の意を汲み取る事に長けている。

しかし本日の会議においては、そうした意見を述べるよう促す発言もなければ、宰相の議事運営もロクに機能していなかった。


全員の意識と視線が茶器を持つ王に集中し、誰しもがその発言を待っていた。


 白山や木崎でさえ、この場の雰囲気には抗い難く、この国の最高意思決定者の発言に対して沈黙を守っている。

王政においては文字通り、王の権力とは絶対を意味する。その中で王の心情を汲みその補佐をする首脳陣は、多大な責任と重責も併せ持つのだ。

穏やかな性格のレイスラット王は、これまで民には慈しみを見せ、賢王として名高いが、貴族派の粛清など大胆な根切りも行える胆力を持つ。


 渋る王を説き伏せて国境線の完全閉鎖を進言した、サラトナを始めとしたこの会議の出席者は、王の機嫌一つで役職を解かれてもおかしくない状況なのだ。


やがて、誰も発言をしないと判断した王は、ゆっくりと居並ぶ重臣に視線を投げかけ、そして言葉を紡ぐ。



「案ずるな…… そなた達を責めるつもりはない。

儂が悔いておるのは、斯様な惨状を目の当たりにするまで、シープリットが乱れていた事に、目を背けてきた自身の決断を恥じておる」



そういった王は、静かにカップを置くと決然とした表情で言葉を続ける。


「一国の王として、国の礎たる民を斯様な状況に置く事は、到底看過できん!」


 静かではあるが重く、そしてよく響く声が会議場の中に発せられた。

もしこれが白山が召喚される前の軍務総会であったならば、満場の拍手と賞賛の声が鳴り止まなかっただろう。


 この言葉を聞いたならば、貴族達はこぞって下手な精神論をふりかざして兵を鼓舞する。

物資や人員は、後先考えぬ借金や徴発。そして農民からの徴兵などで体面だけは何とか格好をつけ、まだ見ぬ家格の向上や報賞の領地など、皮算用に思いを馳せながら出兵に馳せ参じるだろう。



しかし、現実は非情なのだ……



 この場に居合わせている人間は誰一人として、身じろぎ一つせずにその言葉を肚で受け止めていた。

現実問題として先の国境紛争で消耗した常備軍である各軍団の再編成、それに正面戦争を行えば民の生活にも大きく影響し、国力の低下に直結しかねない。


 こうした現実については王も、再三に渡り聞いており理解している筈であるが、それでもその一言を口にしたという事は、相当腹に据えかねているのだろう。



「これまで儂は、始祖より続く三国同盟の間柄であり、何より旧友であったシープリット国王を想い、事を荒立てるつもりはなかった。

それは幼少の頃より気心の知れたあの男が、訳もなく我が国へ攻め入り、そして自国の民草を虐げるなどとは、思いもよらなかったからだ。

しかし現実には、このように苦しむ民衆を蔑ろにしておる……」



資料を一瞥した王は、短く息を整えると再び静かに語り出す。


「王位を禅譲し『皇国』となった彼の国は、もはや旧友の治むる『王国』に非ず。

情けをかける必要は、最早ありはせん。レイスラット王国はこれより、シープリット皇国を正式に敵国と認ずる」


 皮肉といえば皮肉だろう。

あれだけ貴族派が望んでいた皇国との対立が、それを望んでいなかった白山の報告によって、現実のものになってしまったのだ。


 決断を下した王は、自身の発言を確かめるように小さく頷くと、もう一度首脳陣に視線を巡らせた。


 王の宣言があった後は、誰の目にも沈痛な表情は浮かんでいなかった。むしろ、どこか納得した表情すらあった。

既に賽は投げられたのだ。今更慌ててもどうにもならない。


沈黙を守ってきた会議場が、堰を切ったように息を吹き返した。


「バルザム殿、各軍団の兵員補充と訓練を急がせて欲しい。トラシェ殿には秋の煩雑期に苦労をかけるが、予算と物資についての調整を」


 そこまでサラトナが言ってから、白山と木崎にその視線が向きそこで止まった。


 旧来の軍隊の枠に収まらない白山の部隊は虎の子であり、同時に槍の穂先でもあるのだ。

そして木崎は臨時に与えられた役職とはいえ、王家軍相談役である。


 サラトナはそこで一呼吸置き、期待と不安を心中に隠しながら口を開いた。


「ホワイト殿、木崎殿、王は正式に皇国を敵国として認定なされた。軍の動員や今後の軍略について、ご意見を頂けるだろうか?」


 その問いかけに白山と木崎は互いに顔を見合わせた。木崎の視線が自分から答えさせろと訴えている。

こうした場面では、戦略的な視点に長けた木崎が口火を切るのが望ましいだろう。


「大前提として、この会議の場は国の大事を決める戦略の場です。

陛下が皇国との敵対を決心成されたのであれば、この場に置いて将兵の道筋となる確固たる戦略を策定せねばなりません。

細やかな作戦や用兵については、各軍団長が知恵を絞るべき次項です。


そのためには幾つかの事柄について明確にすべきでしょう。

第一に、敵国と認定した皇国に対して何を目標とするか? そして、どんな手段を持って敵国を屈服させうるか、といったところでしょう。

まずはそこからですな」


 木崎の言葉に出席者は、三者三様の表情を浮かべている。

無理もないだろう。この世界の戦争といえば、奇襲や宣戦布告から大軍を持って、敵対国へ攻めこむ事でしか無いのだ。

皇国との領土紛争は経験していても、長年続いた平和な時代のために、戦争関連の知識の蓄積や経験が少ない。


 どこをどう攻めるか?、そうした前提で部隊の規模や兵站を決めるのが精々で、系統だった戦略が確立されている訳ではない。


 そこに木崎が将として戦略論を持ち出して、理路整然とこの場での決定すべき事項を述べたのだから、一瞬だけ皆の顔に驚きが浮かぶ。

しかし、そこはこの国を預かる重鎮であり、すぐにその重要性を理解する。


「無論、元凶である皇王を打倒するのが、最終的な目標となるであろうな」


そう言い切ったレイスラット王の言葉に、表情ひとつ変えずに深く頷く。


「ではその目標が達せられるように、道筋を造り兵馬を整えるのが、ここに居る皆様方の役割となるでしょう」


口火を切ったのは軍務卿であるバルザムであった。


「軍としては命令を頂ければ、皇国を攻めるには何の問題もありません。ですが、兵の充足が問題ですな。兵の数が絶対的に足りません」


「皇国へ進行するとした場合、現状の軍団を全力で動かせるのは兵糧面から見れば、二ヶ月が限度でしょうな」


 バルザムの言葉に呼応するように、国の台所事情を預かるトラシェが、机の上で暗算をしながらそう応える。

いずれにしろ疲弊した王国軍の現状では、今すぐに皇国への侵攻とは行かない事は、誰の目にも明白だった。


 王の決心があったとしても、現実問題として寡兵では返り討ちに遭うのが目に見えている。ただでさえ皇国は自国の民を犠牲にしてでも、軍備を増強しているのだ。

そして現実的な問題が壁として立ちはだかり、参加者の視線は自然に白山と木崎に集中する。


 所属とすれば王家直轄ではあるが、白山の部隊も王国軍の一員である。これまでの実績もあって、この状況を覆す案を皆が望んでいた。

誰もが口にはしないが白山はその視線を受けて、小さくため息を吐く。


 未だ火力や兵站面で大きな不安を抱え、充足もおぼつかない。

結局のところ戦闘は数であり、少勢である白山達が正面戦争で活躍できる役割はそれほど大きくはないだろう。

それに、白山達の部隊も人間であり部隊長の立場としては、折角育った部隊を徒な戦闘で消耗させるつもりはなかった。


「現状において主戦力を用いた正面戦闘は、時期尚早であると判断します。

戦略目標が皇国の打倒であれば、間接的な手段による政権転覆を目指すべきかと」



 白山がそう述べると、木崎意外の全員が、言葉の意味が判らず、怪訝そうな顔を浮かべていた…………



少々仕事が押しており、更新が不定期になっており

ご迷惑をお掛けいたしておりますm(_ _)m

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