表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/183

魔法と封印と静かな怒り

 突然迸った魔素の奔流は、一瞬のうちに診察室を木にロの光で満たし、やがて終息してゆく。

驚いたのは白山だけではなく、ソフィーも同様に息を呑み青い顔をしている。


 異変に気づいた田中二曹が診察室へ駆け込んできたが、ようやく平静を取り戻した白山が、それを手で制する。


「驚かせてしまったようじゃな。

首輪で阻害されていた魔力が、一気に開放されたせいじゃ。害意はない、許せ」


 一瞬、爆発かと覚悟を決めた白山も、大きく息を吐きだし、ようやく肩の力を抜いた。

気づけばじっとりと額と手のひらに、嫌な汗をかいている。


「予想出来ていたなら、先に言って置いて貰えると、助かるな……」


 苦笑交じりにそう言った白山は、診察台の上に首輪を置くとタオルで汗を拭った。


「いや、我も魔力を封じられたのは初めての経験じゃ。まあ、詫びついでじゃ、お主こっちに来い」


 いきなり手招きされた田中二曹は、意外そうな顔を浮かべ、よくわからないがカレンの言葉に従い診察室のベッドに腰掛けた。

それを見たカレンは、田中二曹の包帯越しに傷口に手をかざし、何かを唱え始める。


「精霊よ、我の意を汲みて彼の者に癒やしを……」


 小さく唱えられた呪文とともに、カレンの手のひらに金色の魔素が収束して、包帯に浸透してゆく。

当の本人である田中二曹、そして白山とソフィーもその光景に魅入られるように、口を閉ざしていた。


やがて静かに消えていった光を意に介さず、カレンが次の呪文を唱え始める。


「精霊よ、我の意を汲みて我に癒やしを……」


 今度はカレンの足元から沸き出した魔素が、カレンの体をなぞるように飛び始める。

その動きは途中までは均一だったが、ガーゼに覆われた傷口付近に達すると、そこに集中し静かに消えてゆく。


はじめに違和感に気づいたのは、田中二曹だった。


「えっ、痛みがない……」


 三角巾に吊られた腕をわずかに動かして、それに気づいた田中二曹は、ゆっくりと腕を外し包帯を外してみる。

そこには見事にふさがったピンク色の表皮が存在しており、外見上は完治していると言っていい状態だった。


「ちょっと、どうなってるの!」


 その不思議な現象に真っ先に反応したのは、やはりと言うか医療チームのソフィーだった。

それもそうだろう。先程自分がバタフライテープを張って、被覆した真新しい創傷が、一時間と経たずに完治したのだ。


 傷口があった場所を丹念になぞり、しげしげと観察して、ソフィーが一言だけ呟いた。


「治ってる……」


 するとカレンは、呆然とするソフィーに顔を向け少しだけ済まなそうに声をかけた。


「せっかくの治療をムダにするような真似をして、すまんな」


 そう言ったカレンもまた、頬や腕に充てられてていたガーゼをはがしており、田中二曹と同様に傷が完治していた。


「これが、魔法の力……なのか?」


田中二曹とカレンを交互に眺めながら、白山はそう呟いた。


 その言葉に、カレンはややドヤ顔気味に白山に視線を向け、ソフィーは生気のない視線を白山に投げかけていた。



**********


 あの後、正気を取り戻したソフィーは、カレンを質問攻めにしてしまい、これでは落ち着いて話ができないと考え、白山達は診察室を後にした。

ようやく執務室へと到達した白山とカレンは、ソファーに腰を落ち着けた。


 装備の片付けを終えたリオンが、執務室に現れカレンにはお茶を白山にはコーヒーを淹れてくれる。


そうして一息ついた段階で、白山は口を開く。


「さて、色々と聞きたい事は山積みだが、まずはラップトップ……つまり異界の鏡について聞かせてくれないか?」


 カップを置きながらそう切り出した白山に、カレンは暖かなカップを両手で包むように持ち、それに応える。


「そうじゃな、まずは儂の母から語るべきか……」


 そう言ったカレンは、ふと郷愁に駆られたのか、視線を彷徨わせそれから再び語り出した。


「深淵の大魔術師と呼ばれた我が母ディアナは、建国して間もないシープリット王国の宮廷魔術師として一時仕えておった。

その頃はまだ人間も魔法をある程度は使えたが、それでも森の民<エルフ>は、太古より魔法に長けておっての。

建国の祖であった初代シープリット王に請われ、宮廷魔術師となったディアナは、やがて大きな国難に立ち向かうことになったのじゃ」


「母の日記に書かれていた事柄じゃ」 と前置きして、続きを語り始めたカレンの言葉に、潤した筈の喉が乾いてゆくのを白山は感じ、思わずコーヒーに手を伸ばした。



「これは、母の日記から読み取った事実なのじゃが、魔王と呼ばれる何者かが突如として現れ、大陸に侵攻を始めたらしい。

それに対して南部のオースランド王国が対抗し、それに呼応する形でレイスラット、そしてシープリットも参戦したそうじゃ。


宮廷魔術師として母も参戦し功績を上げたが、やがて三国が相手でも魔王軍に圧され始め、母は後方に下がる事となった」


 そこで話を切ったカレンが、一口お茶をすすり再び語り始める。その内容に白山は相槌を打つのも忘れ、真剣に聞き入っている。

自分の机で書き物をしていたリオンも、その手を止めて、カレンの言葉にじっと耳を傾けていた。



「魔王軍の兵士は死兵であり、感情を持たない恐るべき兵だったと書かれおった。

やっとの事で捕虜に取った敵兵は肉体こそあるものの、魂を持たない兵であったのじゃ。

これに対向するには大軍を持って迎え討つか、それとも同じ手段を用いるしか無い。


そして、先の戦闘で疲弊した三国には、選択肢は無かったのじゃ」


「そうして生み出されたのが、異界の鏡だと?」


「そうじゃ。しかし、その方法には魔王軍とは些か方法が異なったのじゃ。

たとえ大量の兵を喚び出すにしても、意思や感情を持たぬ死兵を呼び出しては、魔王と同じ外道に成り果てる。

そう考えた王達は、勇者を召喚する術を模索し、シープリット王と我が母が中心となって研究を行ったのじゃ。


完成した術式を、各国が分担し大きな魔法陣に書き起こす作業を行い、多くの魔法使いが魔力を注ぎ込み、一人の勇者を召喚することに成功したのじゃ」



「それが、初代勇者…… それも俺の知っている男だった」


 白山は自分の目の前で頭を吹き飛ばされた、元ネイビーシールズのフランクを想い起し、静かに目を閉じる。


「そうじゃったか……」


 白山の意外な言葉に、カレンも言葉短く答え、カップのお茶を少しだけ口元に運んだ。


「初代の勇者は、各国から選抜した少数の戦士を率いて、敵の本拠地へ乗り込み魔王に肉薄するが、あと一歩で取り逃がしたという。

そこで、武器が必要だと勇者が訴え、召喚の手法を応用し異界の鏡が出来たのじゃ。

異界の鏡で軍勢と武器を呼び出した勇者は、一進一退の攻防の末にようやっと魔王軍を倒し、平和を取り戻したそうな」



 鉄の勇者の伝承、そしてラップトップに残されていたFAQ、カレンの話はそのいずれにも違和感なく整合し、無理な点もない。

裏付けとなる日記の現物がないのは致し方ないとしても、嘘や創作である可能性は低いだろう。


死兵の行にしてもそうだ。白山とドリーしか知り得ない、感情を持たない兵士の召喚用裏コードにもカレンは触れている。


「なるほどな……」


 話の区切りがついたと思った白山は、何を聞くべきかと目を閉じたまま考えて、思考を整理する。


「この話に関連するのかどうかは判らないが、さっき俺の器がどうとか言ってたよな?」


 その言葉に深く頷いたカレンは、もう一度グリーンの瞳でじっと白山を見つめ、首をひねる。


「異界の鏡は、お主も知っていると思うがこの世界と異なる世界の輪廻に干渉し、その写身を得る召喚術じゃ。

現世の過去や未来の輪廻に干渉するのは、死者蘇生にも繋がり禁忌とされておる。

しかし、この世界と異なる世界のであれば、それは死者の蘇生ではなく召喚と呼べる……


まあ、苦しい言い訳じゃな……」



 そう言って自嘲気味に笑ったカレンは、もう一度白山に視線を向けると、表情を引き締めて言葉を続けた。


「お主の世界で死んでおる者が喚ばれておるのならば、お主は死者である筈じゃが、主の器には紛うことなく魂が入っておる」


「確かに、この世界に呼ばれる前は、確かに…… 生きていた」


 白山は、召喚される直前の任務の状況を脳裏に思い起こし、自身の生存を強く確信する。

何があってもあの場では、死んでいないと断言できるだろう。


「なぜそのような事が起こったかは、詳しく調べなければ判らんが、通常の魔法原理ではないことは確かじゃ」


 神の悪戯か、偶然の産物か。今の段階ではあれこれと考えても仕方が無いとも言える。


「わかった、この話はひとまず保留にしよう。それよりも今後の事について、考えた方が良いだろう」


「ふむ、過ぎた事は割り切り先に目を向けるか。なかなか前向きじゃな」


 少し茶化すように呟いたカレンに、白山は自嘲的な苦笑を浮かべながらもすぐに意識を切り替える。

現実問題、この世界に召喚され部隊を任されている以上、優先すべきは今なのだ。


感傷や後悔など、一線を退いてから幾らでも出来るだろう。


「まず、カレンさんが出来る事や要望などあれば、聞いておきたい。

それを加味した上で、貴女の振り方について考えたいと……」


「まず断っておくが、儂は、直接戦闘には携わらん。腐っても森の民じゃ、これ以上禁忌を犯すつもりはない」



 厳然とした口調でそういったカレンに、白山も頷いて同意を示した。

カレンの魔法攻撃力は確かに魅力だが、唯一といえる人材を前線に投入して頼るべきではないだろう。


 それよりも魔法の知識を活かして、後方で研究や支援を行ってもらった方が、よっぽど有益だと白山は考えていた。


「それに、見た限り鏡の封印も未だに解いておらぬようだしのう……」


「鏡の封印……?」


聞き返した白山の問に、カレンは深く頷いた。


「その様子では、封印の存在も知らぬようじゃな」


 互いに問いかけの続く会話に、白山は深く頷いてカレンからの答えを待った。

ふと、横に視線を転じればリオンが腰を上げ、飲み物のおかわりを準備していた。


 それを見て気づいたが、カップに半分ほど残ったコーヒーは既に冷めており、白山はそれを飲み干し、カレンに向けて視線を戻す。


「文字通り封印じゃ……


 魔王軍との大戦が終わった後に、鏡自体は再び魔王が復活した場合に備えて、王国の秘宝として保管する事は決まったのだが。

三国の王が協議してそれ以外の場合に悪用を防ぐ目的で、能力を制限する封印を施したのじゃ」



 もっともな話だと白山は思った。

地球においても大戦が終結し、過剰な軍事力が冷戦を生み出したように、行き過ぎた玩具は猜疑や良からぬ事を想像させてしまう。

三国がラップトップの奪い合いや、他国への侵攻を企てなかったのは、余程の賢王だったのか、それとも何かの力が働いたのだろうか?


 国というものは、その歴史と営みの積み重ねであるが、どういう訳かレイスラット王国では大戦前後から、記録が失伝しており、今となっては何が起こったかは判らない。

思考と考察のループから一旦抜けだした白山は、封印の事についてカレンに質問をする。


「封印が解けたなら、どうなるんだ?」



 今の制限がついた部隊の能力が伸ばせるのか?それとも、パンドラの箱を開ける事になるのか……

言いようのない感情を押し殺して、白山はカレンにそう尋ねた。


「判らん」


「ん?」


「じゃから、判らん!」


 白山は、ソファから身を乗り出して話を聞いていたが、脱力してしまい思わずコケそうになり慌てて体勢を立て直した。



「母の日記には封印したとの記述はあったが、具体的に何をどう封印したかについては、書かれていなかったのじゃ!」


「いやカレンさん、そこが肝心だと思うんですが……」


「ふむ、それもそうじゃが、文句なら母に言ってくれや」


 開き直りというか、からかい半分というか、未だカレンの性格や動向が読めない白山は、乾いた笑いをこぼすしかなかった。


「まあ、異界の鏡に施された魔法的な要素については、大体覚えておる。

何とか封印を解けるように、努力してみるとするかの」


「わかった、詳しい事は明日以降に話そう。今日の所は、疲れているだろうからゆっくり休んでくれ」


 そう言って白山は、ちょうどおかわりを持って来たリオンに、案内を頼んだ。

女性であるカレンの案内には、やはり女性が好ましいが、男所帯である部隊では医療班を除けば、リオンとドリーしかいない。


「今夜は、お屋敷に戻られますか?」


 リオンが、白山の今夜の予定を聞いてくる。

これはカレンを屋敷に連れて行くかどうか?との質問も含まれているだろう。


「いや、今夜はまだ片付けなきゃならん問題が山積みだ。帰ってベッドで寝たいが、今日は基地に泊まる予定だ。

リオンもカレンの案内が終わったら、今夜はゆっくり休んでくれ」


 なにか言いたげな表情を浮かべたリオンだったが、事あるごとに無理をするべき時と、休息の重要性を説いていた事もあり、少し躊躇ってから短く首を縦に振る。

リオンは、当初から白山に合わせて自分の休息時間を犠牲にしがちだったが、ここ最近では説得の甲斐あって、素直に従ってくれる。


リオンに導かれてカレンが執務室を出ると、途端に室内は静寂に包まれた。


 白山は疲れからくる熱っぽさと眠気を誤魔化すように、二杯目のコーヒーを飲むと残った仕事を片付けようと、席を立った。



**********



 白山が訪れたのは作戦室だった。

作戦は終わったが、各偵察チームが持ち帰った画像データや、簡単な報告聴取の内容は、既に作戦室に届けられている。


 これらに目を通し、ある程度の分析をしておかなければならない。

明日には帰還の報告に王城へ赴くが、報告書は後ほど提出するにしても、首脳陣からの質問には、ある程度答えられるようにしておく必要がある。


 作戦室には、眠そうな顔のドリーと少し目の赤いウルフ准尉、そして口数の少ない木崎が、パソコンやモニター、タブレットを睨み、画像を分析していた。

それぞれが疲労の色濃く見える表情で、画像を睨んでいた。


 現場の隊員達にも無理を強いたが、後方支援を請け負った三人にもかなり疲労の色が見える。


 ドリーがモニターから顔を上げ、入室してきた白山に気づくと、一旦立ち上がり大きく背伸びをしてから、机の書類を手に歩み寄ってくる。


「話には聞いていたけど、相当ひどいわね」


 報告聴取で述べられた内容をまとめたレポートを白山に手渡しながら、ドリーは珍しく言葉少なく席に戻って行った。

田中二曹が負傷した件で、一発殴られるくらいは覚悟していた白山だったが、その表情に何かを感じて黙って自分も席に座った。


 席に座り報告書の内容に目を通すうちに、ドリーが無口になった理由が判り、白山は画像を呼び出した。


 報告書の内容に嘘は無いだろう。それでも文字で見る情報を信じられず、画像を表示させた。


『シリアットの街では皇国軍とみられる兵士が、市民を虐殺する光景を目撃』


『ルストレームの食料及び衛生状況は、極めて悪い』



 観測所で隊員達が目撃した街の状況、それらが高解像度の画像でタブレットに表示され、白山は眉間にしわを寄せた。


「想像以上に、酷いな……」


 歴戦のベテランであるウルフ准尉も、今回の惨状を見て表情を曇らせている。


 白山は何も言わず画像に目を落とし、淡々と流し見てゆく。ふと、白山の手が止まる。

そこには我が子を守るように胸に抱き、そのまま倒れ伏した親子の姿が映し出されていた。



「ホワイト、貴方こんな状況を見て、放っておくつもりは無いわよね?」


ドリーが静かに怒りを押し殺し、白山に問いかけた…………


ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ