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エルフの耳と追跡者


 白山が無線連絡を行い陽動作戦の発動を申請すると、数瞬の間があってから突然北側の街道近くで、大きな爆発が起こる。

その煌きは遮光性に優れている筈の天幕の内部に居ても、ハッキリと判る程の明るさを持っていた。


 ペットボトルに入れられた燃料とC4爆薬の爆発は、大きな火の手を上げ北側の街道を照らし出し、周囲の喧騒はより大きくなる。


「慌てるな!敵の場所を確認する!周囲を固め、四方に斥候を放て!」


 襲撃が予期されていたのか、突然の爆発に遭遇しても指揮官らしき人物が大声で命令を発し、兵をまとめている。

しかし、その仕事熱心な動きが仇となってしまう。


 音もなく飛来した弾丸に眉間を撃ちぬかれ、指示を出していた騎士は糸の切れた人形のようにドサリとその場に倒れ伏した。


「行けます……」


 外を窺っていたリオンが小さく声を発し、それを聞いた白山はカレンを担ぎ直して無線に手を伸ばす。



『sf-1、これより離脱する…… 双撃に注意』



 そう言った白山は、リオンとタイミングを合わせて、そっと天幕を抜け出すと、一直線に駈け出した。

陽動によって篝火に集まっていた兵士達は、全員がその方向に駆け出しており、その虚を突いて一気に開豁地を駆け抜ける。

田中二曹が一瞬だけ、手を振り顔をのぞかせて、こちらを支援している事を白山達に報せてくれた。


 ようやく森に入った白山とリオンは、緊張した状況を抜け出し大きく息を吐き出すと、直ぐに次の行動に移った。

このまま森の中を進み、南へ進んでから街道を横断し、集合点へと向かうのだ。


 まずは姿を隠すべく、森の奥へと入った白山達はそこから進路を南に転じて、進み始める。

ここからは時間との勝負だった。敵が体制を立てなおして追跡を開始すれば少人数である白山達に勝ち目は薄い。

そうなる前に、安全圏へと逃れなければならないのだ。


 しかし、手つかずの森の中を夜間に進むのは骨が折れる作業だった。

それにデッドウェイトになっているカレンを抱えたままで、思うように速度が出ない。


 気持ちは焦るが、痕跡を残さないように慎重に進む必要があり、一定のペースで白山達は進んでゆく。


 そして野営地から五百メートルほど遠ざかった場所で、白山達は一旦体制を立て直すべく立ち止まった。

気絶して力の抜けた人間を運ぶのは、かなりの労力が必要であり、それほど長距離を運ぶことは難しい。


 少し息の上がった白山に代わり、誰かが背負う必要がある。

そう考えてカレンを地面にそっと下ろした白山だったが、その振動でカレンがうめき声を上げ、意識を取り戻す。


「うぅ…… ここは……?」


 白山はカレンの前にしゃがみこむと、顔が見えやすいように近づいて自分の唇に指を押し当てる。

その仕草を見て、カレンはその意味が判ったのか周囲を見回して、小さく頷いた。


「色々と思う所もあるだろうが、まずは安全な場所まで移動したい。動けるか?」


 小さく囁いた白山の声に、カレンはもう一度頷くと足に力を込めて、ゆっくりと立ち上がった。





 白山達が森の奥に移動している頃、混乱の渦に叩きこまれた信仰騎士団は、体制を立て直すべく奮闘していた。


「よし、すぐに捜索隊を出せ!」


 天幕の中で情況を確認していた隊長は、伝令からもたらされた情報を聞き取り、カレンの逃走を把握するとすぐさま指示を出した。

それを聞いて駈け出してゆく伝令を見送り、椅子に腰掛けた隊長は背後に気配を感じ、ゆっくりと振り返る。


「して、この襲撃はやはり、エルフ共の仕業か?」


 いつの間に姿を現したのか、先程までは存在していなかったはずの場所に、一人の影がゆらりと姿を見せていた。


「なんとも言えん。だが、逃げ出したのは間違いがない。

周囲に潜ませていた我々の手の者が、何も異常に気づかないとは、余程の手練だろう」


「こうなった以上、追跡にはそちらの人間も出すのだろうな?」


そういった影に少し表情を険しくさせた隊長が、乱暴に言葉を吐き捨てる。


「森の探索は、我々が先行しよう……」


 そう言って天幕の中から姿をかき消した影は、外で待つ影達が潜む篝火が作り出す濃い闇に視線を向けた。


「奴等はおそらく森の中だ。探せ……」


森を顎でしゃくり、手短に指示を出す。


 その言葉で、幾人かの影が素早く森の方向へと走り始めた。

しかし、その中の一人が突然、何かにつまずいたように転がり、それ以降動かなくなる。


 指示を出した影は、怪訝そうにその様子に視線を送るが、一向に倒れた影は動かない。

しびれを切らし、倒れた影に向かいその体を起こすと、胸元に赤いシミを作り既に事切れていた。


 表情を変えることなく、その影の胸元をはだけ傷口を確認した影は、素早く身を躍らせて、ジグザグに走り出した。

そして森の中に飛び込むと、誰に聞かせるともなく呟いた。


「王国の勇者<イヌ>共か……」


 森の中で先行した影達と合流した男は、その旨を伝え、足早に森の奥へと進んで行った……




 森の中に皇国の影達が散開した頃、白山達はカレンに情況を説明していた。


「我々は、レイスラットから来ているんだ。

皇国軍の動向を探っている中で、君達が囚われたのを確認して救い出した」


「その格好……主ら、鉄の勇者の眷属か?」


 何か合点がいったように白山達に視線を投げかけたカレンは、少し落ち着いた様子で、そう言葉を吐き出した。


「眷属か、どうかは判らんが、巷ではそう呼ばれている」


 白山の返答に、カレンは驚いて白山をじっと眺め、それから小さくため息を吐いた。


「主が勇者?、器に魂が入っておる。どうなっとるんじゃ……?」


 カレンの疑問や自分達の事を知っている驚きはあったが、ひとまずそれは保留として、移動を開始した。


 白山達はまず森の奥に向かい、光が届かない程度の場所まで達してから南へと転じた。

幸いエルフであるカレンは暗闇の森でも、移動に支障はなく部隊の移動速度は維持できた。

それに狩りによってタンパク質を摂取している、狩猟民族であるエルフは部隊のステルスを維持する上でも有利だった。


 ある程度野営地から遠ざかったと判断した時点から、速度を上げ距離を取る。

音を出さないステルスから、速度を重視する行軍へと切り替えた。

カレンは、傷が痛むのか、ときおり苦しげな表情を浮かべながらも、かなり速いペースでの移動に食らいついてくる。


 一時間程進んだ所で、白山は小休止の指示を出す。

じっと潜んでいて冷えた体が温まり出した所だったが、カレンの調子と傷の具合を考えて、一休みする事を判断した。


 白山は腰の水筒を取り出し、電解質パウダーを注ぎ入れると黙ってカレンに差し出しだ。

不思議そうに鼻をヒクつかせ水筒の匂いを嗅ぎ、それから小さく一口含んだ。


 レモンの酸味とブドウ糖の甘い味が広がった瞬間、アドレナリンで興奮したカレンの体が、喉の渇きと飢えを思い出した。

一息に半分ほどの水を飲み干し、さらに差し出されたカロリーバーも残らず平らげる。


 ようやく人心地ついたのか、カレンは大きくため息をついた。

そして、小さな声で白山に尋ねる。


「それで、これからどうするのじゃ?」


「もう少し進んでから街道を越え、マザーレイクを渡る」


 周囲に視線を向けたまま、白山はぶっきらぼうにそう答えた。

その表情が面白くないのか、カレンは少し不機嫌そうに応える。


「ここから森を出て、街道を渡れば良いではないか」


「いや、まだ野営地に近い。発見の恐れがある」


首を横に振り、そう言った白山に苛立たしげにカレンが応える。


「儂の首輪を外してくれれば、幻惑の魔法で見つからないように街道を渡るのなぞ、造作も無い」


 その提案に白山は首輪を一瞥すると、この場で外すには時間がかかりすぎると判断した。

それに、いきなり魔法で解決しますと言われても、究極のリアリストである軍人がハイそうですかと、その提案に乗るはずもない。


「いや、当初の計画通りもう少し進んでからだ。リスクが大きすぎる……」


 そう言って、休憩を切り上げた白山はもう一度南に向けて歩き出した。

しかし、カレンは足を止めたまま動こうとしない。


 自分の魔法が否定された事に腹を立てたのかと、白山は面倒に感じながら振り返る。

するとエルフ特有の鋭く尖った耳をしきりに動かし、じっと後方の闇に目を凝らしていた。


「厄介な連中が接近して来る……」


振り返ったカレンは、真剣な声で白山にそうつぶやいた。


 白山は先行しかけていた田中二曹達を、唇を鳴らして停止させると、カレンに問い質す。


「追跡者か?」


 暗視装置をその方向へ向け、カレンが見据えている方向を凝視するが、白山には何も見えず、鋭敏と言われている聴覚にも、引っかかるものはなかった。

白山の質問に静かに頷いたカレンは、声こそ発しないものの、その視線は真剣だった。


「環状移動、伏撃に移行する。追跡者を振り切るぞ」


 白山は小さい声でそう指示を出すと、足早に進み始めた。

カレンの耳がどこまで信用できるかは未知数だが、それでも経過時間と距離から考えて、追跡者が送り込まれても不思議ではない。

サポートチームである本隊から離れている状況下では、彼らの支援も望めない。


 ここは、白山達の独力で切り抜ける必要がある。

南に数百メートルほど移動して、そこから箱状に進む。


 デジタル数字の『6』を描くように動いた白山達は、元のルートを観察できる位置に付け、そこで横隊の姿勢を取り敵を待ち受ける。

進み始めた直後はわざと大きく痕跡を残し、それから徐々に痕跡を少なくしてゆく。

そうして敵が痕跡を追ってくれれば、白山達の罠に飛び込むことになるのだ。



 じっと息を潜め、森の中で敵が通過するのを待つ。

白山はカレンをやや後方に下げ、被害が出ない位置に置き「音を立てるな」と言って自身も配置についた。

どのくらい待っただろう。数分ほど経って今度の兆候は白山にも聞き取れた。


 カサリ、カサリと小さな足音が複数耳に届き、やがて暗視装置の中の景色に動きが見えた。

黒装束のような目立たない衣装に身を包んだ男達が、ゆっくりと地面を手で触りながらこちらに向けて進んで来る。


 その動きは熟練の狩人か、トラッカーとして理にかなった動きである。

白山は迷わずその中の一人にIRレーザーでポイントし、対象を発見した事を周囲に告げた。

それを見て、隣のリオンが同じようにその横にいた男に、レーザーを照射する。


 もう少し…… しっかり引きつけてからでなければ相手に壊滅的な損害は与えられない。

ジリジリと待ち受ける緊張感に、自分の呼吸音すら煩く思えた。



 先頭の集団は二名でその後を少し離れて、四名の男達が姿勢を低くして移動している。

合計で六名、白山は先頭の男達が自分の前を通り過ぎた所で、赤外線ライトを照射した。


 それが合図だった。

四人のM4が一斉に火を吹き、M320がHE弾<高性能炸薬弾>を吐き出した。


 しかし、それは静かな伏撃だった。

40ミリグレネードが、ドンと低い音を伴って炸裂した以外は、全員のM4に装着されたサプレッサーが、効果的に銃声を減音した。


「後退!」


 短く指示を出した白山に反応して、上林・田中二曹のバディが素早く後方に下がった。

その間に白山とリオンは、敵に銃弾を浴びせて敵の移動や反撃を阻止する。


「動け!」


「動くぞっ!」


 鋭くやりとりされる移動のタイミングは、全て日本語だった。

今このチーム内にいるのは、リオンとカレンを除いてすべて日本人なのだ。

この大陸の言語と地球の言語は、かなり発音やイントネーションが異なり、聞き取るのが難しい。


 それ故、こうしたタイミングや音声での簡単なやりとりは、英語か日本語で行われるのが通例になっていた。


 そのやりとりの合図で、今度は白山達が後退してゆく。

白山はカレンの襟元を引っ掴み強引に立たせると、そのまま後ろに下がる。


 上林二曹達の横隊を超えて、さらに後方に移動した白山達は、その場で弾倉を交換すると合図を出す。


「動け!」


「動くぞっ!」


 同じやりとりが繰り返され、今度は上林二曹達が下がってくる。

そうして移動している間に白山達が、射撃を行い離脱を支援する。


火力で相手の頭を下げさせて、距離を取る火力機動の基本的な戦法だった。


 しかし敵も手練のようだった。

攻撃を受けても混乱せず、体制を建て直して反撃してきた。


 小さな光球が散発的にこちらへと向かって飛んでくる。

その光球は、最初に白山達の近くに立つ太い木に触れると、バンと軽い破裂音と共に周囲に爆風が飛び散った。


 これは小口径のグレネード並みの威力だ。

光球の打ち出された方向に向けて、射撃を行いながら白山はそう思った。

リオンも射撃の合間を縫って、スモークグレネードを投擲し、相手の視界を遮るように煙幕を展開している。


 側面から発砲音が聞こえてきて、上林二曹達が移動完了したことが判る。

暗闇と煙そして襲撃による混乱は、敵の距離感を狂わせてくれる。


 ある程度の距離が取れれば、声を絞り、射撃の質も量から精度へと切り替えてゆく。

これにより敵の距離感を狂わせて、離脱のタイミングを図るのだ。



 森の奥側へと撤退していた白山達は、射撃を中止して、IRフラッシュの点滅を頼りに、上林二曹達と無事に合流を果たす。

ここからは闇とスピードを武器に、追手を振り切るのだ。


 真っ直ぐに南に迎えば、時期に森が切れる場所に到達する。

予定ではそこから街道を横断し、合流地点に移動する計画だった。


本隊は、そろそろ集合地点に向かって移動を始めているはずだ。


 カレンを真ん中に挟み足を早めた白山達は、息つく暇もなく南へと消えていった…………



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