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作戦発動~後編

 白山達は、周囲が寝静まった日付が変わる頃に、ようやく動き出した。

本来ならば人間の注意力が一番低下する夜明け前に潜入を果たしたかったのだが、離脱のスケジュールを考えればこの時間にならざるを得ない。


 注意深く森を抜けだした白山達は、茂みの横に伏せて暗視装置でじっくりと野営地を観察する。


『sfチーム、IRフラッシュの点滅を確認……』


 目に見えない不可視赤外線を点滅させるフラッシュを暗視装置を通じて確認した本隊から短い無線が入る。

本隊は火力支援だけではなく、白山達 sfチームの安全確保と誘導も兼ねている。


『レザーを照射、目標地点を確認せよ……』


 続いて発せられた同じく不可視赤外線によるレザーが暗視装置越しに煌き、街道を挟んだ丘の上から一直線に、野営地の一点が示された。

白山達の現在位置からは、五百メートル程離れている。



  挿絵(By みてみん)


 野営地は南から木柵や綱で作られた簡易馬房、そして軍隊らしく整頓された種類別の馬車群と炊事場、その北側に天幕が集中している。

レザーの軌跡は、天幕の方向を示しており、潜入は容易では無さそうだ。


 白山は後ろを振り向き、後続の三人に手信号で森の中へ戻るように指示を出し、ゆっくりと森の中に入ってゆく。

開けた野営地の外周を危険を犯して歩くよりは、見通しの効かない森の中を進んだ方が発見のリスクが少なくなる。

それが解っている三名もまた、各人の警戒方向に油断なく視線を向けながら、白山の後に続いてゆく。


 森の中は少し入れば、途端に暗くなりその闇が四人の姿を隠してくれる。

そして幸いにして地面は厚い腐葉土に覆われており、地面の枯れた小枝や下草に気をつければ足音が立つ心配も少ない。

それでも足の裏と周囲に神経を巡らせて、ゆっくりと進むのは非常に骨の折れる作業だった。


 止まっては進み、進んでは止まる移動と警戒監視の手順を繰り返しながら、馬車群までを森の中を歩く事で通過し、再び森を抜ける。

そうして草むらの後ろに伏せた白山は、慎重に周囲の様子をうかがう。

もし脅威が存在していても、本隊の存在している丘の向こう側からは天幕の後ろ側は見えない死角になる。

ここで潜入が露見してしまえば、作戦自体が水泡に帰すのだ。


 簡易的な炊事場になっている場所は、何台かの荷車が留まっているがそこには既に人の気配はなく、しんと静まり返っていた。

白山は先行する事を後ろに伝え、素早く森と野営地の間を駆け抜け、荷車の横にたどり着く。

素早く進行方向である北側を警戒しつつ、後続に指示を出す。


 続くリオンも風のように草原を駆け抜けると、白山から離れた位置にある荷車へと取り付いた。

そうして白山が前方、リオンが後方を警戒する中、上林・田中二曹がそれに続き無事に森から抜けだした。


『天幕群までの前方ルート、クリア……』


やや間があって響いた無線を聞き、白山達は移動を開始する。


 南から北に進路を取るのは、戦闘方向を考慮しての事だった。

野営地の外縁部を進むのならば、万一射撃が生起する事態に陥っても、弾丸は野営地を逸れるだろう。

本格的な戦闘が惹起されるまでは、可能な限りステルスを追求しなければならない。


 静かに遮蔽物に取りつきながら進む白山達は、音も立てず幽霊のように炊事場を抜け、天幕群の南端へと取り付く。

中で寝ている兵士のいびきや寝息が聞こえ、白山達は天幕から少し距離を取って中心部に向けて進んで行った。


 ふと前方が明るくなり、暗視装置の調光機能が作動する。

前方では篝火が焚かれており、その光で天幕の周辺にクッキリとした陰影が揺らめいている。


 それを見て取った白山は、大胆にも天幕群の内部へと進行方向を変え、篝火の光源を避ける。


 そうして天幕群の間を進んでゆくと突然、天幕の入口が開き、寝ぼけ眼の兵士があくびをこぼしながら出てくる。

その距離は白山達から僅かに数メートルだった。


 先頭を進んでいた白山は、それに反応しゆっくりと姿勢を低くして闇に隠れた。

こうした場合に急激な動作で隠れては、いくら闇の中とは言え見つかる確立が高くなる。

それ故に、本能的な退避へと動く欲求を意志の力でねじ伏せ、ゆっくりとした動作で動く必要があった。


 幸いにして兵士が白山達に気づく事は無かったが、不味い事に白山達の方向へ向かってきている。

隠密処理の必要性が生じた白山は、すぐにスリングでM4を背中に回すと、チェストリグに固定してあるカランビットの位置を確認し、接敵に備えた。


 ヒタヒタとサンダルが草を踏む音が徐々に大きくなってきて、白山の緊張もそれに比例して高まる。

ここで露見すれば、すべてが水泡に帰す。

潜入が露見した場合の応急計画についても、策定はしてあるができればそれは避けたい。


 北側の篝火から僅かに溢れる光で、白山が隠れる天幕の横に歩いてきた兵士の影が見えた。

天幕の横に兵士の横半身が見えた時点で、白山は素早く動いた。


 白山は貫頭衣のような簡素な服を着ていた兵士の肩を掴むと、しゃがみ込むように体重をかけ兵士を引っ張る。

咄嗟の事で何が起こっているのか判らず、バランスを崩した兵士の首へ腕を回した白山は、相手の崩れたバランスを利用して、一気に首をへし折った。


 白山の腕の中でゴキリと鈍い音が響き、電気が走ったように一瞬だけ痙攣した兵士は、そのまま脱力して動かなくなった。

すでに白山が兵士に対処している隙を埋めるため、上林二曹が素早く進行方向の警戒を受け持ちカバーする。


素早く死体を排水用に天幕の横に掘られた溝に隠すと、移動を再開した。


目的地はすぐそこなのだ……



 天幕群の先は、間が空けられ南北の天幕群に挟まれる形で、ポツンと草原に佇んでいる。

そこへ丁度レーザーの瞬きが馬車に照射され、主目標が白山達の左手、つまり西側に位置しているらしい。


 白山は視線を走らせ、警備状況を自分の目で確認する。

死角になっており見えない箇所もあるが、篝火が四隅と中央の計五箇所で焚かれ、槍を持ち立哨している兵士の姿も見えた。



『pt長よりsfチーム、発起位置への到達を確認…… 敵兵位置をマークする』


 そう無線が響くと、先程と同じようにレーザーが動きまわり、白山の死角に存在する歩哨の位置を的確に示してゆく。

どうやら街道の入口と、東西の馬車の横にそれぞれ二名、計六名の兵士が警戒に立っている。


『カチカチ……』


 了解の意を伝えた白山は、素早く手信号を送り自分の意図を、後続に伝えてゆく。

上林二曹と田中二曹は、右の二名を始末し白山とリオンが左側の二名を始末する。

そして、本隊のスナイパーに街道沿いの二名を処理してもらう算段だった。


『街道沿いの二名を頼む…… 合図を待て……』


 左腕で口元を隠しながら無線に小さく囁いた白山は、『了』と小さく返ってきた返答を聞き、右翼を狙う二人に移動の指示を出す。

程なくして無線から、『カチカチ』と小さく音が響き、右側の合図が整ったことを報せてくる。


白山とリオンは交互に低い位置から目標を確認すると、スタッグを組み、タイミングを待った……



『カチカチ、カチカチ……』


 パシパシと小さな音を立てて放たれた小さな弾丸は、冷徹な殺意を持って兵士達に襲いかかる。

白山達のM4にはサプレッサーとサブソニック弾が装填されてあり、数発の音声は誰かが小枝を折った程度の音しか発しなかった。


 それと同時に本隊のスナイパーが必殺の一撃を放ち、街道沿いの警備を担っていた兵士の頭を吹き飛ばす。


 真夜中の静かな襲撃は、地面が草地であり襲撃者を発見しやすいようにと、檻馬車と天幕の間を離していた事が逆に災いした。

兵士が崩れ落ちる僅かな音だけを残して、再び静寂へと戻っていった。


 ようやく檻馬車へと取り付いた白山達は、素早く周囲を確認しホステージを運び出す段階に移行する。

日除けなのかそれとも人目を避ける為なのか、馬車にかけられていた布をめくり、内部を素早く観察する。


 するとそこには一見誰も居ないように見えたが、隅の方に誰かがうずくまっているのが見えた。


「大丈夫か?助けに来た……」


 白山は、小さな声でそう囁くと馬車の中に居たカレンは、億劫そうに頭を上げる。

そして迷彩服にフェイスペイントという、異様な白山の姿を見て「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。


「静かに…… 詳しくはここを抜け出してからだ」


 そう言った白山は、リオンが外周を警戒する中、檻馬車の鍵に目を向けた。

暗視装置を跳ね上げ、小さな赤色ライトを使って錠前を確かめた白山は、背中に背負っていたボルトカッターを抜き出すと、力を込めて掛け金を押し切った。

バチンという音が予想以上に大きく響き、白山を一瞬んドキリとさせたが問題なく開いた扉から、油断なく檻馬車の中へと入る。


「俺は、ホワイトと言う。訳あって君を助けに来た…… 動けるか?」


 カレンは、信じられないといった表情で入ってきた白山を見つめ、やがて我に返ったように小さく頷いた。

それを見た白山は、ライトを使ってざっと点検し、命にかかわる怪我や以上の有無を確かめてから、カレンの縛めを解く作業にかかる。


 この場で錠前破りや完全な解放は望むべくもない。今は動けるようにするのが最優先だった。

素早く力を込めて手足の枷につながっている鎖を切断し、白山はカレンに手を出した。


「さあ、行くぞ……」


 絶望の縁に立っていたカレンは、差し出された無骨な手を、信じていいのか一瞬だけ躊躇ったが、何かを考えてからその手を握り返す。

しかし暴行の傷と、数日ぶりにまともに立ち上がったせいか、足に力が入らずよろめいた。


 倒れ込みそうになったカレンを白山はがっしりと抱き留め、そして肩を貸した。

戸惑いながらもその肩に掴まり、歩き出したカレンは外に出て久しぶりに新鮮な空気を吸い込んだ。


 すると、次第に意識がハッキリとしてきて視界の先にもう一台の檻馬車があるのが目にとまる。


「お願いじゃ!あのもう一台の馬車も助けてくれ!」


 その馬車を見た瞬間、カレンは藁にもすがる思いで、白山に訴えた。

白山はそれを聞いて表情を曇らせる。


「いや、残念だがそれは無理だ……」


 退路として設定している森の方向に向かいながら、白山は檻馬車の横を通過してゆく。

助けたいと、馬車の方向に進もうとしたカレンの足が、何かに気づいたようにピタリと止まる。


エルフとしての敏感な感覚器官が、馬車から漂う残酷な匂いを拾ってしまう。


 足を止めたカレンに、白山はこの場で立ち止まる危険性をカレンに訴えたい気持ちをグッと堪え、静かに森の方向へと体を押した。

森まであと百メートルといった所で、白山はカレンの変化に気づく。


 先程まで悲しみや喪失感を現していたその顔に怒りがこみ上げており、握られた拳からは血が滴っている。


「助けてくれた礼は言う。頼む……後生じゃから、この首輪をここで外してくれ……」


「今の状況を考えろ、まずは離脱が先だ……」


 小さな声ではあったが、静かな怒りを込めたその言葉は、白山に否定され、それがカレンの心に火をつけてしまう。


「儂は助けてくれなど、頼んではおらんわ!」


 声のトーンが上がったその言葉は、草原に小さくではあるが確実に響き渡り、そして悪い流れが連鎖する。

丁度、見張りの交代に出てきた兵士が、その声を聞きつけ篝火に照らされた白山達のシルエットを目撃してしまう。


「誰だ!」


 鋭く叫ばれたその誰何の声は、退路の確保の為に先行していた田中二曹の射撃によって、続かなかったが声の連鎖は止まらなかった。


「おい、何の音だ!」


 天幕の中から目が覚めた兵達の声が響きはじめ、静寂は破られつつあった。

短く舌打ちをこぼした白山は、興奮するカレンの鳩尾に当て身を食らわせその意識を刈り取ると、素早く担ぎあげた。


ここまで騒ぎが大きくなれば、潜入が露見するのは時間の問題だった。


「急ぐぞ……」


 リオンにそう告げて、森の方向に目配せをした白山は、足早に森の方向へと進んでゆく。



「おい、誰か来てくれ!見張りが死んでる!」


 一際大きな声が、野営地に響き渡り、その声でバラバラと兵士達が天幕から出てきた。

すぐに鐘が打ち鳴らされ、辺りは喧騒に包まれてゆく。


 既に数人の兵士達が周囲に出始めており、森との間の篝火に集まり出した。

白山は素早く状況を判断し、リオンに天幕の中へ入るように指示した。


 リオンはすぐに天幕の中へと飛び込むと、内部を捜索し、チッチッと小さく口を鳴らし内部が安全だと報せてくれる。


白山は、カレンを抱えたままM4を構え天幕の中に潜り込む。


幸いなことにその天幕は無人で、中は倉庫のようになっていた。


「行けるか?」


外を窺っていたリオンに白山は小声で尋ねるが、リオンは小さく首を横に振った。


『sf-1、退路との間に多数の敵兵……』


 無線を通して、外の状況が伝えられる。

既に松明を持った兵達が走り、回り野営地は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


どうやら、決断する時のようだ……


白山は覚悟を決め、無線に呼びかける


「エマージェンシー!ステルス・ブレイク! フェイント・オプ発動要請」



『了解、待機せよ……』



 山城一曹の静かな声が無線から響き、白山は逃走のタイミングを、静かに待ち構えた…………


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