表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/183

捕虜と被害と偵察と


DAY8 0347 地点 5510 4100


 白山が爆発音を聞いたのは、少々前だった。

分隊を停止させ前方偵察を出したが、森の中には異常は見られないとの報告がもたらされた。

その間も戦闘音は響き渡り、念のため無線でドリーを呼び出した。


『ホワイト1からHQ 周囲で戦闘音が聞こえている。上空から何か確認できるか?』


その問に本部のドリーは、迅速に対応してくれた。


『ホワイト1 詳細は不明だが 目標α 宿営地で戦闘が発生している模様…… 上空から火災と活発な動きが確認できる』


『ホワイト1 了……』



 ハンドセットを無線手に返して通信を終えた白山は、本部からもたらされた情報を分隊全員に伝達した。


「現在響いている戦闘音は、目標αで戦闘が発生している模様。急ぐぞ……」


 そう言った白山は、あと一歩で森を抜ける場所まで可能な限りの速度で進み、やがて目的の森の際に達する。

速度を上げたため、肩で息をする隊員達を見回しながら、ジェスチャーで全員に水分を補給しろと示した。


 装具を確認しながらも、ハイドレーションや水筒から水分を補給している隊員達は、次第に落ち着きを取り戻してゆく。

この点は日頃の訓練の賜物だろう。


 そのやる気の満ちた鋭い視線を見た白山は、隊員達に異常がない事を確認してから、素早く指示を下す。


「いいか、この先に森が少し張り出している場所が見えるか?

あそこにOP<観測所>を設営。 そこから、200メートル程奥へ入った場所に活動拠点を構築する。


副長、しっかり判断して指示を出し、夜明けまでにOPを作成してくれ。

俺達は、これからもう少し前進して、敵情を観測して来る」



 そう言った白山の指示は、隊員達を驚かせたが、訓練を通して白山の練度をよく知っている隊員達は、その指示に黙って頷いた。

隊員に背嚢を預けた白山とリオンは、手短に合流の合図を決めると眼下に見える火の手に向けて進み出して行った。



 OPの設営を指示した場所は、二キロほど宿営地から離れていたが、緩やかな傾斜と続く草原で見通しはよく、観測には適した場所だった。

白山はその草原の斜面を滑るように駆け下りて、まばらに生える潅木伝いに街道近くまで前進した。


 徐々に近づく宿営地は、燃え盛る炎で照らされ、暗視装置も要らない位だった。

街道を挟んで五百メートル程まで宿営地に近づいた白山は、すぐ横で周囲を警戒するリオンに目配せをして、指を曲げる仕草を見せる。


 銃を背後に回し、双眼鏡を取り出した白山はその場に伏せた状態で宿営地を観測する。

騒ぎが続いているが、戦闘は治まっていたのだが、再び連続した爆発音が響いた。


 鼓膜を揺らす音響に、身が固まるのを堪えながら、白山は戦闘の発生現場を観察していった。

すると、一瞬ではあるが天幕と兵士の影に、明らかに格好が異なる女性らしき姿が見えた。


どうやら、そこが戦闘の中心のようだ……


 カメラを取り出し、その方向にレンズを向け数枚の写真を撮影すると、白山はリオンに向けて、首を斬る仕草を見せる。

偵察を打ち切ると言う意味の仕草を明確に理解したリオンは、撤退方向の安全を確保するために静かに進み出した。


 カメラをポーチに仕舞った白山も、後方の騒乱に後ろ髪をひかれつつ、ゆっくりと隊員達の待つ方向へと進み出した。

白山は近距離偵察を行いながら、現状での攻撃オプションをざっと検討したが、即座にその誘惑を切り捨てた。

情報が足りず今戦っているのが何者なのかも判らず、更に言えば皇国軍の現状も不明だ。


 そんな中で、一個分隊で攻撃を仕掛けた所でたかが知れているし、混沌としたこの状況も対応できないだろう。

今自分達に出来る事は、観測を続けて他の分隊の合流を待つ事だった。


 燃える炎を背に、黙々と斜面を登りつつ白山は逸る気持ちをなだめ、冷静に意識を切り替えていった……



**********


DAY8 1151 信仰騎士団 宿営地内



 信仰騎士団に捕らえられたカレンは、仲間を殺された恨みから兵士達に袋叩きにされ、立ち上がるのも困難な状況にあった。

しかし皇王自らが改心させると宣言した魔女を殺してしまえば、皇都での自分達の立場が危うくなると危惧した隊長達が、頃合いを見て止めさせる。


 そして、きつく縄で縛られ、木組みの牢が内部に組まれた天幕に投げ入れられた。

万一抜け出した際の手札としてだろう。案の定、商人達とは別々にされ、痛む体と苦痛を押し殺してカレンは悔やんでいた。


 唯一安堵できたのは兵達が、カレンの体に手を出さなかった事だった。

これは純血思想が尊ばれる教団の教義によるもので、皇王自ら魔女を改心させると宣言している以上、信徒となる可能性がある者に手を出せなかったのだ。

汚されそうになったならばいっそ、舌でも噛み切るかと考えていたカレンにとってみれば、逆に手を出されなかった事が不気味に感じる程だった。


 そうして、暫く転がされていると体から熱が引いてゆき、無造作に地面に転がされ体が冷えると、徐々に節々や痣になった箇所が痛み始める。

何時もなら回復魔法を唱えて、傷を癒やすところだが魔封じの首輪がそれを許さない。


 体に取り込む魔素の流れを阻害する方陣が刻まれた首輪の所為で、意識を集中しても何の反応も起こさない。

全くもって忌々しい首輪だった。


 諦めて長い溜息を吐き出したカレンは、この先の事に考えが向き、自ずと自分の将来を呪った。

おそらくはこの国の幹部や権力者が一族を狙い、そしてその魔の手に自分が掛かったのだろう。


 矮小な存在の癖に、崇高な森の民を亜人と蔑称する人間どもに捕らえられれば、その命運は決まりきっていた。

醜く薄汚い人間の慰み者になるか、最悪の場合は魔法の研究のためと称して、体を切り刻まれる事も有り得る。


 それよりも命に替えても恩を返すと誓っておきながら、商人達を救えなかった事が、カレンの胸に後悔となって滲む。

何が深淵の森の魔女だ。 望む者を救う力も持たず、自分の無力さを呪いたくなる。


 そうした感情がグルグルと頭と胸を駆け巡っていると、不意に外で物音がして天幕の中に誰かが入ってくる。


「良い格好だな。亜人はそうして地に伏しているのが似合いだ」


 下卑た笑みを顔に貼り付けた隊長が、木組みの牢に警備兵を伴って入ってくる。


「猊下より預かった兵を、徒に消耗させおってからに……」


 そう毒づいた隊長は、手に持った乗馬用の鞭をカレンの体に向けて数度振るう。

風切り音を響かせて唸った鞭は、破裂音を響かせ皮膚へと激痛を残していった。


「それほど憎いか?ならば、この首切り落とすがよかろう……」


 痛みを堪えてカレンはそう言うが、隊長はその言葉を一笑に付し、鞭の先端でカレンの顎を押し上げた。


「出来るなら、とっくにやっておるわ……」


そう言い残し、隊長は天幕を出てゆく。


「ま、待て! 商人達は無事か! 我が目的ならば、あの者達は関係なかろう。開放してやってくれ!」



 何の前触れもなく天幕を後にしようとする隊長に向けて、カレンは唯一の懸念をぶつけた。

それを聞いた隊長は足を止め、ゆっくりと肩越しに振り返ると、笑いながら言った。


「貴様のその発言が、あの商人が霊薬の密売を行っていた何よりの証拠。

喜べ…… 貴様の言葉で、あの商人達の死罪は確定したぞ……」


 そう言うと、さも愉快と言わんばかりに肩を揺らしながら天幕を出て行った隊長に、カレンは呪詛の言葉を吐く。


 喚き散らす声は次第に小さくなり、それに変わって小さな嗚咽の音だけが天幕の中で響いていった……



**********


同時刻 地点 5510 4100 ホワイト1 OP


「1154 天幕2-3から、警備兵二名を伴った幹部らしき人物退出」


「記録よし……」


 OPの内部では、スポッティングスコープを覗きこむ隊員が皇国軍の宿営地をつぶさに観測しており、当然の事ながら隊長の出入りもしっかりと観測されていた。

設営が開始されてから、隊員達は目の回る忙しさだった。


 目の前で現に戦闘が行われており、悠長に観測点を作成する暇がないと判断した副長は、OPを作成する場所の横に応急の観測点を作成し、すぐさま観測を開始させる。

その間に隊員達は手分けして観測所の穴掘りや偽装を行って、白山の指示通りに夜明け前までには観測所を完成させ、本格的な観測を開始させていた。


 一時間程で戻ってきた白山は、隊員達の動きに満足感を覚えながら、細かい修正点と観測目標の指示を出し、自らも率先して警戒や構築に参加した。


 そして夜が明けてからは、すぐに目標の観測が行われる。

写真と専用のスケッチマップへの位置と距離の書き込み、そして重要目標の追尾と位置確認、更に宿営地に存在している敵の配置や人数などを記録してゆく。


 そうして膨大な情報を集め、それを定時連絡でテキストメッセージをHQに報告してゆく。

白山はその報告内容を作成しながらも、同時に攻撃を行った者の正体について、頭を悩ませていた。


 ざっと見積もっても、あの攻撃は一個小隊程の火力があると白山は考えていたが、それを引き起こしたのがたった一人のエルフだと確認して、慄然とした。

この戦力が他にも存在して、それが皇国に手を貸してしまえば、如何な白山達の部隊といえど、苦戦を強いられる事は確実だった。


 それを予防する為には、彼女を救出し味方陣営に引き入れるか、最悪の場合は殺害も視野に入れなければならない。

その可能性は限りなく低いだろうが、もし救出した後で話が通じなかったり、対立する事になれば選択肢として考えておく必要があるだろう。


 彼女の攻撃は、皇国軍に深刻な被害をもたらしていた。ざっと見ても、半数近い死傷者が出ているだろう。

白山はタブレットにダウンロードされた画像を見ながら、じっと作戦を組み立てていた。


 カサリと音を立てて、誰かが白山に近づいて来る。視線を上げた先に居たのは副長だった。


「B-1から入電 S分隊が到着したとの事です」


 小声で囁かれたその報告に、小さく頷いた。白山が予想していた時刻より早く到着したようだ。


「あの様子だと、αは暫く動きそうにはないな……」


白山の言葉に副長が同意を示すように頷き、小声で話し始めた。


「さっきおおよそのカウントを終えましたが、半数以上は死傷しています。

天幕も破壊されて、負傷者は街の方へ運ばれています」


 その言葉に頷いた白山は、作成途中だったテキストメッセージに電文を追加した。


『S分隊は火器受領後、休息。明朝以降、追って移動座標を指示』


 電文を副長に渡すと、副長は無線機に向かいメッセージ送信の準備に入った。

そんな様子を横目に見ながら、白山はストールを出して横になる。

朝の間に時定を決めておいたのだが、白山とリオンは日没後に襲撃地点の選定に向かう事になっていた。


 昨夜は夜通し歩いており、今夜も距離を勘案すれば厳しい行程になるだろう。

少しでも体を休ませておく必要があった。


 以前の潜入や戦闘とは違い、リオンと二人だけという訳ではない。同じ志を持つ仲間がおり、負担を分かち合えるのは大きな励みになる。

同時に肉体的にも精神的にも、負担が大きく減ってくるのだ。


 あと一時間で、リオンも警戒のシフトから外れて休息に入るだろう。

一時的に体の緊張をほぐし、森の中の空気を吸い込んだ白山は、ゆっくりと意識をまどろませていった。




 日没から二時間を待って、白山とリオンは南に向けて出発した。

個人装具と火器、それに小さなデイパックのみという軽装で二人の足取りは軽い。


 森の外縁部を進みながら、左手に見える街道の様子を時折双眼鏡で確認してゆく。

第一偵察目標は、騎士団が移動途中に野営を行った場所だった。


 もしそこが襲撃に適した場所であればそこでの襲撃を計画し、不適当であれば道中の適した場所を別に探す必要があった。

条件としてはレイカットとシリアットのちょうど中間地点で、どちらの街からも敵の応援が到着するまで時間がかかる場所であること。

更に追手の追撃を躱せる地形的な要素など、複数の項目を検討しなければならないのだ。


 時折そよぐ風が、かすかに木々を揺らす。薄曇りの天気は月を隠し絶好の偵察日和だ。


 比較的速いペースで進んだ二人は、三時間程で件の野営地に到着する。

森の際に伏せた二人は、暫く周囲の環境に溶け込み、アンブッシュの兆候や敵の気配に注意を払った。


 軍隊が宿営地に選んでいると言う事は、野営好適地であるという証左にもなる。

つまりは商人や旅人など招かれざる客もそこに存在している可能性もあり、それらも確かめねばならない。


 慎重に暗視双眼鏡で周囲を観測した白山は、野営地周辺にそれらしき兆候はないと判断した。

手信号で前進をリオンに伝え、二人はゆっくりと街道に近づいてゆく。


目標となる野営地は、街道の向こう側だ。

ややカーブした街道は、白山達が進んできた森の側に、急な傾斜が存在している。

おそらく街道を整備する際に、土を削って道を拓いたのだろう。その傾斜と街道を挟んで平坦な草原が広がり、その先には川が見えた。

白山は振り返ると、退却路となる森までの距離と、部隊の配置場所を検討する。


この場所で問題はないだろう。


 そう判断した白山は、リオンに再び指示を出し闇の中へ消えていった…………


ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ