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バディの価値と塩の代価


 その後の上奏については滞り無く進み、交戦許可は呆気無く下ってしまう。

その功績は、ほぼ木崎にあると言えた。


 自身の役職である軍相談役としての仕事を遺憾なく発揮し、この作戦の主眼と利点を宰相と軍務卿に、噛み砕いて説明してくれたのだ。

現状を鑑みれば皇国と王国は未だ交戦中であり、休戦や停戦などの文章や顔合わせなど行われていない情況なのだ。

それであれば、敵国の顔色を窺いながら萎縮している必要はないという事に気付かされ、王国の首脳部はようやく腹をくくった格好だ。


 ただし注文として、明確な証拠が得られている事と、出来うる限り部隊の存在を知られないように務めることが課せられた。


 しかしその程度の注文は織り込み済みであり、部隊の足を引っ張るには至らないだろう。

作戦の許可を受け早速基地にとって返そうと、白山が踵を返した時に不意に後ろから声がかけられた。


「それで、お前も出るのか?」


肩越しに振り返ると、木崎がニヤリと笑いながら白山に問いかけていた。


「ええ、部下に現場を任せてオフィスでふんぞり返っているのは、ケツの座りが悪いので」


 白山はこの作戦において、増援と火力の増強に送られる隊員達に加わり、現場に赴く事を既に決めていた。

山城一曹の指揮能力に疑問がある訳ではなく、現場での意思決定プロセスを迅速化して作戦の成功率を高める為だ。


それを聞いた木崎は、何も言わず笑いながら軽く手を挙げて、白山の言葉を肯定する。


「バックアップ、お願いします」


白山の言葉に頷いた木崎は、無言のまま教え子の背中を見つめ送り出して行った。




 基地に戻った白山は早速、ウルフ准尉と前川一曹を作戦室に呼び出した。

作戦が行われている間も、訓練生達を遊ばせて置く事は出来ないし、後方支援体制を構築しなければならないのだ。


「現在遂行中のO-Pcだが、コンディションに変化があった。

偵察主体の作戦から、攻撃オプションを含む戦闘偵察任務に切り替えが為される」


 急な召集によって何かあったのだろうと当たりをつけていた二人は、白山の言葉にも特に驚きもなく、額面通りにその言葉を捉えていた。


「状況 皇国軍中隊規模の部隊をシリアットで確認、現在レイカットに向けて移動中。

この敵部隊を以後、目標αと呼称。

目標αは戦略上重要な資産となりうる重要人物ないし、医薬品の確保のため同地点に向かっている公算が高い」


 地図を前に現状の説明を行う白山に対して、二人は身じろぎもせず聞き入っている。


「O-Pcに従事している部隊は、皇国の戦略を阻む為、明確なエビデンスを得たならば、その目的を阻害する行動を実施する。

一旦B-1に再集結後、遊撃小隊として再編成、事後の作戦に当たる。


ウルフ准尉、作戦室でのバックアップを。前川一曹は川崎三曹と訓練の方を頼む。

少ない人員で大変だとは思うが、よろしく頼む。


俺は予備人員として待機中の分隊を連れて、現地に入る」


 流石に経験豊富な二人は手短な説明だけで状況を汲み取り、自身のやるべき事を把握したようだった。

白山が現地に入ると言った所では、少々驚いた様子だったが人手が足りないのは、二人もよく承知していた。


 しかし、人員の少なさは如何ともし難い難題だった。

現状では中隊規模の部隊は、未だ全力での作戦行動は難しい状況で、作戦を行うにしてもやはりどこかに無理が生じる。


 頭の片隅でどうにかこの人手不足を解消したいと考えながら、白山は二人への指示を続けていた。



 状況説明が一通り終わると、それを待っていたようにドリーが白山に最新の情報を報告してくれた。

目標αはレイカットの近傍まで到達しており、明日には到達の見込みだと言う事だ。


 白山は素早く逆算し、部隊の行動予定を組み立てていく。

明日の夜には現地に入らなければ、敵部隊の移動に間に合わない可能性がある。


 ドリーと准尉にその場を任せ、白山は自身の装備と準備を整える為に、執務室と装備庫に向けて歩き出していた。



 執務室では、リオンが入ってきた白山に気づくとゆっくりとコーヒーを淹れるべく席を立った。

その仕草は既に阿吽の呼吸と言っても良い程に自然な仕草だった。

どういう訳か皇国における王国の内乱誘発以来、リオンはグレースの元で頻繁に仕事を行っており、最近では着かず離れずという状態ではなくなっていた。

それでも白山に向けて送られる書類や仕事のスケジュールなどの管理は、適切にこなしてくれており、リオンの自立を願っている白山としては良い傾向だと思っていた。


「リオン、明日から任務で皇国に入る……」


 親離れではないが、リオンの独り立ちについて楽観していた白山は、リオンにそう言葉を投げかける。

しかしその言葉を受け止めたリオンは、顔を曇らせ白山に悲しげな視線を向けていた。


「私は、貴方のバディではないのですか……?」


 小さなかまどで湯気を立てるポットの音だけが小さく響いている。

そんな中で、二人は無言のまま視線を絡めていた……


 白山は本心から、リオンを危険から遠ざけたいと思っていた。

そしてリオンはそんな白山の心とは相反するように、危険な任務に赴く白山の側に居たいと願っている。


交錯する心情と視線は答えを求めて彷徨っていた。


「正直に言えば…… 俺は、リオンに危険な任務には赴いて欲しくない」


 執務室の机ではなく、応接用のソファにドサリと腰を落とした白山は、正直に心情を打ち明けた。

橋を巡る皇国軍との戦闘、そして王都での火傷など、これまでリオンは幾度も傷ついてきた。


偽善と言われようが独善的であろうが、それが白山の偽らざる本音だった。


「それでも…… 私は貴方のバディです」


 白山の意思はハッキリとリオンの胸に伝わっていた。

そしてそれを受けても尚、リオンはバディとして白山の横に立ちたいと願い、揺らぐことのない視線を白山に向けてくる。


「それに……」


カタリ…… と、コーヒーのカップを白山の前に置いたリオンが僅かに微笑む。


「傷物になったら、責任とってもらえますよね?」


 苦笑した白山は、その言葉には答えずリオンの頭に手を置いて、短く切り揃えられている金髪を撫でた。



「出発は明日の夜になる。それまでに準備を……」


 コーヒーに手を伸ばした白山は、その薫りを吸い込み、リオンに言葉短くそう告げた。

言葉はなくとも二人の間には確かに意思のやりとりがあり、それだけで十分だった。


 くるりと踵を返したリオンは、執務室の隣にある白山達の装備庫に小走りで入って行った。


 それを見た白山は小さくため息をこぼしながら、カップを持って執務机に向かった。

これから現地で活動している部隊に新たな命令を下達する必要がある。


 パソコンを起動させた白山は、手早く新たな目標伝達と行動命令を作成していった……



**********

DAY-7 レイカットの街


 商人の命は情報であると、誰かが言った。

レイカットで商売を営んでいるこの商人は、正にその言葉の意味を身を持って知っていた。


 塩の高騰は、隣国との国境線の閉鎖から容易に想像できた。

その代替手段として、すぐにバレスで営まれている塩田の塩を仕入れるように、仕入れを任せている男を走らせた。


 それは商人として、富を追求する嗅覚でもあったがそれと同時にこの小さな街の生活を守る意味合いも、多分に含んでいた。

人間は塩がなければ生きて行けない。


 無論狩りで獣からもごく少量は摂取できるが、人が集まり暮らしてゆく上で、塩の安定供給は欠かせないのだ。

この地で親の代から商売をしている地域の顔役としても、高騰する食料品を何とか方々からかき集め、最低限の利益で売り出している。

皆、口には出さないが、教会の統治には不満を募らせている。


 国教として信仰の強制や重税、そしてそれに逆らえば容赦の無い弾圧と、奴隷落ちが待っている。

誰もが声と身を潜め、災厄が我が身に降りかからぬように、灰色の人間になろうと視線を地面に落として暮らしていた。


 そしてこれまで仲の良かった、隣国のレイスラット王国との戦争だ。

戦争による更なる重税と国境の閉鎖による食料高騰は、住民達の暮らしを更に圧迫してゆく。



 この商人は半ば私財を投げ出し、食料を集めていた。

それにより布教が思うように行かず教会から目をつけられるに至るが、司教の袖の下に幾枚かの金銀を握らせて、何とかやり過ごしている。


 仕入れ担当の番頭に付いている若い見習いが、馬を走らせてここまでやって来たのは、日が暮れてからの出来事だった。

バレスから皇都を経由して、シリアットから北上する東回りで移動していたはずの彼が、何故こうまで急いで戻ってきたのかと商人は訝った。


 だいぶ疲労した体の見習いは、椀に出された水を一息に飲み干し息を整えると、急いできた訳を語り始めた。


「旦那様、大変でございます。 信仰騎士団が多勢で、此方に向かっております」


 どうにも皇都を回ってきた際に、出発前の信仰騎士団を横目に見て、その目的地がレイカットだと判ると、皇都で一泊せず騎士団を追い抜いてきたのだと言う。

荷を引いた馬車では足が遅いと、仕入れの男が判断して二頭建ての馬車から一頭を外し、この事実を知らせに、夜を徹して移動してきたと言う事だった。


「彼らの目的は、森の民の皆様方だと言っているのを、この耳で聞きましてございます。急ぎ、森に使いを……」


「それには及ばぬ……」


 店の奥から聞こえたその声に見習いは、視線を向けそして現れた人物を見るなり、大きく安堵の溜息を吐いた。

現れたのは先日から宿泊していた森の民こと、エルフのカレンは疲労の色が濃い見習いの額に手を当てると、静かに目を閉じた。


一拍置いてカレンの手から淡い光が漏れ始め、見習いの体から力が抜け始め、光が治まる頃には静かな寝息を立てていた。


「癒やしと眠りの魔法をかけた。ゆっくりと寝かせてやって欲しい」


カレンはそう言うと、奥に運ばれてゆく見習いの姿を見送っていった。


「これから、どうなさるおつもりですか?」


商人は、エルフの存亡に関わるかもしれない事態に、表情を曇らせていた。


「どうもこうもないわ、夜明けを待って急ぎ里に戻り、戦の支度を整える。それだけじゃ」



 事も無げにそう言い切ったカレンの言葉に、商人は少し思案して店の奥から先日の岩塩の袋を持ってくる。


「戦が長引き塩が足りなくては、大変でございましょう。お代は後ほど、海塩とまとめて頂ければ結構です」


そう言って革袋をカレンに押し付けた商人は、ニッコリと笑い頷いた。


「済まぬな…… この借りはワシの命に替えても必ず返そう」


 そう言って塩の袋を受け取ったカレンは、僅かな食料と水を分けてもらい夜のうちに旅支度を整える。


 一眠りして夜が白むのを待ち、幾ばくかの穀物を咀嚼しながら僅かに腹を満たしておく。

短剣を腰に挿し、深く巻かれたターバン風の頭巾で髪と耳を隠し、外套を羽織れば簡素な旅支度はすぐに終わった。


 見送りに出ようとした店主と小僧を手振りで押しとどめたカレンは、そっと裏口から店を出ると、足早にまだ人もまばらな街の中へと消えていった。

その背後で蠢く影達は、直接カレンを追おうとはせず、じっと店の監視を続けていた。



 街を出ようとしたカレンは、持ち前の視力で遥か先の異変を捉えると、短く舌打ちをこぼした。

急ぎ報せてくれた見習いには悪いが、見覚えのある旗が町の入口に翻っているのが見えた。


 どうやら先手を打たれてしまったようだ。

この街には城壁や門はないが、それでも獣が入り込むのを防止する木柵が外周に張られ、周囲は見通しの良い草地になっている。


 角を曲がりマザーレイクの方向に足を転じたカレンは、漁師の小舟で湖から森へと逃れるか、それとも南の林から街道を迂回して里に帰ろうかと思案していた。

極力人目につかない路地を選び、湖の方向へと歩くカレンの耳に騎馬の駆ける音がかすかに響いた。

その音は徐々に大きくなってゆき、やがて遠ざかってゆく。


 何か見当違いの者を捉えに走ったのかと、カレンは疑念を覚えたが、それよりも今は街を離れる方が先決だった。

小さな丘を超え湖が視界に入った所で、街の人間が噂話を小声で囁き合うのが耳に入る。


「どうやら、どこかの商人が騎士団に捉えられたらしい……」


 人の噂話は馬よりも早く伝播するらしく、どうやら先程の騎馬の駆ける音は、捕縛に向かった騎士団共の音だったようだ。

そこに至り、カレンははたと足を止める。


 音の聞こえた方角そしてその距離を考えると、騎士団共が向かった先はひとつしか考えられなかった。


あの商人が捕らえられた……


 カレンは路地の壁に寄りかかると、深くため息を吐き葛藤する。

このまま里に戻れば、間違いなくあの商人達は騎士団に殺されるだろう。


しかし、危急を伝えねば、遅かれ早かれ奴等の魔手は里に伸びる。


『済まぬな…… この借りはワシの命に替えても必ず返そう』


先程の言葉が不意にカレンの脳裏によぎる。


 覚悟を決めたように目を開いたカレンは、ゆっくりと商店の方に向けて歩き出していった…………









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