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それぞれの感情とコンディションの変化

 撤収の命令を受けた時、各チームには驚きや納得そして憤慨など様々な感情が入り交じっていた。

特にルストレームを偵察していたS-2の上林二曹は、内心苛立っていた。


 王国の現状は酷いとは聞いていたが、ここまでの惨状は悪い意味で彼の予想を大きく覆していた。

浮浪者らしき子供達や餓死者がスラムの端に溢れ、食料は乏しい様子で露天や市場も立っていない。


南からの商隊が荷を運んでくれば、真っ先にそれが運び込まれるのは金持ちの家か教会であり、明らかに食料が不足していた。


 ルストレームは皇国でも大きな都市と聞いていたが、これでは現世での紛争当事国のほうがよほどマシに見える。

こんな窮状を許して良い筈はない。この世界に召喚されて間もない上林二曹は、無辜の人々が虐げられている現状に我慢ができなかった。


 それでもそんな熱い心を胸中に秘め、少しでもこの惨状を上に伝える事が彼らを助ける事になると考え、必死に情報をかき集めていた。

安全な距離を犯してかなり街に近づいて観測を行い、間近に見えるその悲惨さを画像に保存していった。


 同時に近距離偵察を実施する上で必要になる、ルート選択や目標についても情報を収集し、明日の夜には一回目の偵察を実施する予定だったのだ。

それが急遽撤収の命令が届き、その機会は失われてしまった。


近距離偵察を行い明日以降の撤収を願い出たが、結果は否<ネガティブ>だった。


 皇国内の窮状について、決定的なエビデンスを得る機会を失った上林二曹は、内心では憤っていたが、大きく息を吸い込み腹の底に怒りを飲み、込み黙って命令に従った。




 S-1の田中二曹は目の前を通過していった大部隊を見ているので、撤退の命令には納得した様子だった。

昨夜のうちに届いた命令は、今夜中に撤収しB-1に帰投しろと言う事だ。それまでに出来る限りの情報を集めようと田中二曹は考えた。


 夜間に街に近づいての短距離偵察を行うのは、時間的に不可能だった。

それならばと、スナイパーと分隊支援火器をカバーに置き、昼の間に出来る限り街に接近して、より詳細な写真を撮影する事にした。


 近づけばシリアットでも、やはり荒れた街の様子が鮮明に見て取れて、田中二曹の表情を歪ませていた。

接近してよくよく観察してみれば、田畑の実りや発育も良くない。しかしそれ以上にそこを耕す人々に生気が感じられなかった。


「聞いていたよりも、かなり酷いな……」


 行動拠点への帰り際に、小さくそう呟いた田中二曹はこの現状に対してあまりにも無力な自分達に、やるせなさを感じていた。

現世であったならNGOやボランティア団体、それに赤十字などが何らかの救済措置を講じたり、国連や各国からの何らかの働きかけがある。

しかし、この世界にはそんな生ぬるいものは存在せず、弱者は為す術もなく道端に横たわり、救済の手などどこにも存在していない。


 災害派遣やPKOで各地に赴いていた田中二曹は、軍人として命令されれば彼らを幾らかでも救えるだろう。

だがそれを成すにはやはり、上からの命令がなければ自分達には何も出来ないのだ。


 昼前に戻った田中二曹は、観測所の撤収準備を進めながら、漫然とそんなことを考えていた。


 今夜からはまた長い移動になる……

疲労の色が見え始めた部下達を交代で休ませながら、自分達の情報が上を動かしてくれる事を、田中二曹は願わずにはいられなかった。




 B-1の山城一曹は、撤収の指示が出た事に驚きを隠せずにいた。

自分達の行動が露見したのかと訝しんだが、皇国の部隊が迫っていると聞き、納得せざるを得なかった。


 三日後には、最初の補給を各S分隊に届ける手筈になっていたのだが、その作業は中断せざるを得ない。

現状では現地点であるB-1の潜在拠点への撤収命令が出されているが、ここから即座に撤収するのか、暫くここに留まるのかは、まだ下達されていない。


 山城一曹は空気を抜いて隠匿していたボートを、再び湖岸にセッティングして、いつでも撤退できる準備を整えるように、隊員に指示していた。

同時に警備体制を見なおして、クレイモアの増設や機関銃座の設定など、東側の防御態勢を厚くさせていった。


 すべての命令と段取りが落ち着いたのは、夜になってからだった。

山城一曹は頭からポンチョをかぶりその中で地図を広げ、もう一度周囲の地形と計画について頭に叩き込んでいた。


 最新の状況報告では、丁度道がカーブしている場所 5595 4125 の地点で野営しているとの事だった。

もし敵部隊の目標が自分達であったなら、無策に敵を迎え撃つ事になるのは避けたい。

ある程度の作戦や情況を考えておけば、慌てずに済む。


それが全部隊の隊員達の命を預かる、山城一曹の役目だった。


 ポンチョの中で赤色のライトを点灯し、地図を眺める山城一曹はプロトラクターの角でいくつかのルートをなぞりながら、あらゆるパターンを考えていた。

もしこのまま奴等が森に入って来るなら、人数を活かして北側から南ないし、東から西に山狩りを行うのが妥当だろう。


 再集合と撤退の段取りも考えなければならない山城一曹は、ポンチョの中で小さくため息をこぼしながら、メモ帳に必要事項を書き記していった。




**********

DAY7 ファームガーデン 応接室



「あの隊旗は信仰騎士団の物だって?」


 徹夜明けのボケた頭をシャワーとコーヒーで無理やり覚醒させた白山のもとに、珍しい客人が訪ねてきていた。

宮廷魔術師のフロンツを伴った、第一軍団長のアトレアがいくつかの資料を携え、朝一番でやって来たのだ。


「ああ、旧親衛騎士団の紋章だが、今は改編されたと聞いている」


 それを聞いた白山は、アトレアが携えてきた資料に目を通した。

その古い本は、先の皇国との戦役で判明している敵部隊の主な陣容を記した資料で、これまでに判明している旧シープリット王国の貴族の旗印。

旧王家直轄軍や部隊の印や旗、封蝋の種類を記してある、この世界で言えば一線級の機密資料だった。


 資料の最初の方に旧王立親衛騎士団と書かれており、続けて改編の赤文字が上書きされた次のページをめくる。

総軍団数二千名、国内治安と皇都周辺の警備を受け持つと書かれていた。


 流石にそれ以上の情報は少なく、ページは空白になっている。

部隊が判明したのはいいが、今必要な情報はこの部隊が何を企図して北上しているかだ。


アトレアと共にやって来たフロンツがゆっくりと口を開いた。


「レイカットの東には、古くからの伝承にある深淵の森と呼ばれる大森林が存在しております。

その森の奥地には万病に効くとされる霊薬や、森の民が姿を隠し暮らしておると聞き及んでおりますな……」


 白山達が王国の運営に携わるようになって、最近ではレベル別の機密保持が徹底されていた。

本来であれば軍がらみのきわどい会話は、フロンツには聞かせられないのだが、ドリーと共同で魔法の研究を行う関係上、かなり高いクリアランスレベルを与えられていた。


 宰相から話を聞かされたフロンツは、王家の図書を漁り、何か役に立ちそうな情報がないかと奔走してくれたらしい。

そのお陰で簡単な内容ではあるが、レイカットの情報についても白山の基にもたらされていた。


 それによれば、レイカットの街は人口が十年前の数字だが、およそ六千人程。

主な産業は大森林や周囲の恵まれた自然環境を用いた、漁業や家具木工、そして稀に産出される霊薬や薬草などだった。


「成程、もし信仰騎士団の目的が、我々の部隊ではなかった場合、考えられるのはレイカットで何か起こっている、って事か?」


「ここから先は憶測になってしまいますが……」


そう前置きしたフロンツは言葉を続ける。


「霊薬はたしかに希少であらゆる病に効くとされています。

その独占ないし入手を目論んでいるとすれば、国の中枢にそうした薬を欲している人間が居るとも取れます」


「つまりは、皇国の中枢に何らかの病人が出ている可能性があると?」


 白山は、フロンツの推測に関して否定も肯定もせず、黙ってその推論を聞いていた。


「だとしても、いくつかの障害が予想されますな。

まず霊薬はレイカットの民が採取や精製をしている訳ではなく、森の民と呼ばれているエルフ達の手によって、交易品としてもたらされると聞いております。


もし霊薬を手に入れるとすれば、目指すべきはレイカットではなく深淵の森にあるという、エルフの集落が目的なのではなかろうかと」


 フロンツの推論は一理あった。これまで部隊の活動に皇国側が気づいた兆候はない。

大事を取って部隊を撤収させはしたが、このまま黙って撤収させるのが果たして正解なのかと、白山は静かに黙考した。


「それに……」


フロンツはそんな白山の思考を妨げないよう、声のトーンを落として話を続ける。


「太古の昔より森の民と言われているエルフ達は、既に失われてしまっている魔法に長けているとも言われております。

これは伝承の中なので、眉唾ではありますがそうした魔法が本当にあったとして、それが敵の手中となるのは……」


「確かに敵の魔法攻撃について利する可能性があるならば、その手段は減じておく必要があるな」


 黙考から抜け出した白山は組んでいた腕を解き、静かに来客の二人を見据えた。


「すると、霊薬ないしエルフの身柄確保が、現状では可能性が高いという事か。何かしらの方策を立てる必要があるな」


 そう言った白山は、作戦の目標と情況<コンディション>が変化し始めた事を肌で感じていた。

臨機目標への柔軟な対処は、白山が得意とする所だ。すぐに矢継ぎ早に準備と対策を支持する。


「ドリー、コンディションに変化があった。最優先でレイカット東北部の森と、皇国軍の動向を二四時間監視下に置く」


 受話器を持ち上げ、そう指示した白山にドリーは異論も挟まず了承の旨を伝えてくれる。


「それから、俺はこれから王城に行ってくる。コンディション変化に伴い、何かしら実力行使の可能性が出てきた。

これから、宰相殿と軍務卿に確認と承認を取り付けに行ってくる」


偵察だけの予定だった作戦は、急激にその内容が変ろうと蠢き出していた。



 パジェロを駆り、急ぎ王城へと駆けつけた白山はドリーが有線で面会を申し込んでくれた所為で、すんなりと宰相執務室に案内された。

そこには宰相であるサラトナと、すっかり王城の住人になった感のある木崎、そして軍務卿のバルザムが白山の到着を待っていた。


「コンディションが変化したと聞いたが?」


 真っ先に口を開いたのは木崎だった。

その質問に深く頷いた白山は、状況説明のために挨拶もそこそこに口を開く。


「四日前、皇国の信仰騎士団と思われる、騎兵及び歩兵混成の中隊規模戦力を、シリアットで確認。

現在同部隊は、レイカットに向けて北上中。


昨日部隊の偵察活動が露見した可能性を考慮して、偵察活動の打ち切りと潜在拠点への撤退を命令した所です」


 そこまで語った白山は、持参したタブレットに地図や写真を示して、その事実を裏付けていった。


「現状において情況を分析した限り、敵部隊 <目標 α>は、レイカット及び深淵の森で算出される霊薬ないし、エルフの捕獲が目的の可能性があります。

皇国が魔法を軍事利用し、戦力の強化を企図している現状で、敵の能力の向上に資する行動は阻止すべきと判断されます。


故に 目標α を攻撃対象と定め、敵の目的を探り妨害を実施することが必要と判断、限定的な武力行使の許可を申請致します」


 そこまで一息に話した白山に、宰相と軍務卿が揃って目を剥いた。

耳目を得る目的で偵察作戦に許可は出したが、それよりも一歩進んで皇国の部隊に攻撃を仕掛けるなど、前代未聞の事態だったからだ。


「皇国の部隊に攻撃を仕掛けるというのか!」


 まず言葉を発したのはバルザムだった。彼は心底驚いたと言わんばかりに目を見開き、大きな声でそう発した。

彼の懸念ももっともだった。もし、ここで皇国に王国の関与が知れれば、皇国が王国を攻め入る大義名分を与えてしまう。

現状では皇国の部隊が攻めて来たとすれば、国力にかなりの負担を強いることになるだろう。


 ようやく再建のめどが立ち始めた王国軍が、これ以上損耗を強いられれば、立ち直らせるのは非常に困難になる。

もっとも今は白山達の部隊が存在しており、召喚に頼り殆ど金銭の掛からない白山達の部隊があるお陰で、王国軍の再編に注力できているのだが。


「ご懸念は最もですが、今回を見逃せば王国に向けられる魔法の威力が、遠からず強まる事になります」


「しかし、皇国の部隊がそれらのエルフ達を目的としているという確証はあるのか?」


 白山の反論で押し黙ったバルザムに代わり、サラトナがゆっくりと疑念を口にする。

確かに現状では皇国軍の目標がエルフや霊薬である確証はない。しかし、白山はそれを見越していたように対案を出してゆく。


「現状では確かに皇国軍の目的は明確に判明していません。しかし、偵察分隊が目標について行動確認を実施します。

そこで明確な情況並びに証拠を確認した段階で、襲撃計画を実施します」


「明確な証拠とは?」


腕組みをしたまま身じろぎもせずサラトナは短く質問を続けた。


「深淵の森と呼ばれる地域への皇国軍の侵攻が確認され、エルフ等への連行が行われた場合、これを阻止します。

また状況によっては部隊を深淵の森へと移動させ、皇国軍を迎撃ないし、エルフ達の保護を実施致します」


「部隊の存在が露見している可能性と、襲撃に関する戦力見積もりと離脱手段は?」


 ここまで会話の途中で口を挟まなかった木崎が、タブレットの地図を見ながら、鋭い視線を白山に投げかける。

相変わらずの迫力に内心苦笑しつつ、表情を引き締めた白山はその質問に答えてゆく。



「皇国軍が部隊の存在に気づいていたと仮定した場合、移動経路及び警戒態勢に矛盾が生じます。

それ故、現状において部隊の秘匿は守られていると判断しております。


戦力見積もりに関しては、火力の優位を生かしつつ襲撃箇所を限局する事で、敵戦力を分断。

奇襲の要素と時の理を活かせば、損耗に関しては最低限に限局可能と見積もられます。


襲撃実行後は即座に撤収し、水路より離脱、皇国の湖上作戦能力は存在せず、離脱に支障はありません」



「ふむ、襲撃後は即離脱とし、部隊の暴露を最小限と為せ。それ以外で私は異論はない」


 師弟の間で交わされる専門的な言葉に、宰相と軍務卿は半ば呆れながらそのやりとりを聞いていた。

流れるように進んだ専門的な会話で、口を挟む余地が無かったのだ。


「済まぬが今の会話、儂にも判るように説明してもらえるかな?」


 しびれを切らしたようにサラトナがそう口を開く。

それに答えたのは白山ではなく、隣に座る木崎だった。


「要するに皇国の連中が油断しているところを襲撃し、さっさと逃げる。そういう事ですな」



 事も無げに言い切った木崎の言葉に、二人は暫し呆然としたまま言葉を失っていた…………


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