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部隊と羽虫と安全マージン

DAY5 大陸標準時 0925 地点 5685 3965 ~ S-1行動拠点



 行動拠点でうたた寝をしていた田中二曹は、肩を揺さぶられハッと目を覚ました。

そこには副長が片膝をついてこちらを覗き込んでおり、何か異変があった事をその視線が訴えている。


 首を傾げる動作で、何があったかを問いかけた田中二曹に、副長が顔を寄せて小声で報告してくる。


「通信にあった皇国の部隊が、移動準備をしているそうです」


 田中二曹が監視を開始した時は、まだ宿営地で動きは見られなかったが、ようやく動き出したようだ。

申し訳程度に敷かれたロールマットから体を起こし、M4を手に持つと田中二曹は足早に観測所に向けて進んでゆく。


『チチチッ』と、舌で音を出し観測所の中にいる隊員に注意を促す。

それからゴソゴソとその中に潜り込んだ田中二曹は、頭上のネットを揺らさないように注意しながら二名の隊員の間に入り込んだ。


「どんな具合だ?」


 言葉短く聞いた田中二曹に、隊員がスポッティングスコープを前に持ってくる。

それを覗き込み焦点を合わせると、視界の中で荷物を積み込んだ荷車が整列し出発を待っていた。

スポッティングスコープの視野を動かし、周囲を丹念に観察すればすでに騎兵達は馬に跨がり整列をしている。


後ろに続く馬車の準備が整えば、すぐにでも出発するだろう。


 デジタルカメラから抜き出された撮影済みのSDカードは、すでに防水ケースに入れられていたが、その前ににタブレットにも画像データがコピーされていた。

万一の紛失に備えたバックアップの意味と画像のチェックの為である。


 田中二曹は、スポッティングスコープから目を離すと、差し出されたタブレットを操作して、素早く画像を確認してゆく。

そこには軍の規模を示す画像の他に、白地に赤い皇国の文様が描かれた隊旗もハッキリと映し出され、この部隊の所属を表している。


 事前ブリーフィングでは、これまでに判明している皇国の文様や、代表的な部隊の特徴を教えられたが、この部隊に関しては記憶に無かった。

つまり新規に編成された部隊であるという事だろう。


 高画質で撮影された画像は、やや粒子が荒いものの、かなり仔細に拡大して分析が可能になっている。

数枚の画像データをタブレットで確認しながら、装備や指揮官らしき人間の容姿など撮影すべきものは、概ね撮影されていた。


 それでもカメラを任されている隊員は、今も何度かシャッターを切っており、この部隊の詳細は、間違いなく丸裸にされるだろう。

画像のチェックが終わった田中二曹は、ヒジで両隣の隊員を突っつき、親指を立てて大きく頷いた。

それを見た隊員達は、ペイントと汚れでドロドロの顔から白い歯を覗かせ素直に喜んでいる。


 ここから先で重要になるのは、視界の中にいる部隊が何を目的に、どこへ向かうのかという事だ。

シリアットの街からは東西と北に街道が伸びており、それによって対応や状況に変化が出るだろう。


「先触れや斥候が出た形跡は?」


 田中二曹の言葉に、スポッティングスコープを差し出してくれた右側の隊員が小さく首を横に振る。

それを見て田中二曹は小さく頷くと、観測口から見えるシリアットの方向に顎をしゃくった。


 移動の方向と動向に注視しろと言う意図を、隊員は正しく理解したようで、すぐに手持ちの双眼鏡で偵察を続行した。

田中二曹もそんな隊員達の様子に満足しながらも、スポッティングスコープを覗き込み、敵部隊の動向に注視していった……



**********



 レイカットの街はマザーレイクでの漁と家具や木材の切り出しで栄えた街だった。

シープリットと言う国が、皇国と名前を変えてからは特産品に高い税金が掛けられ、皇都から来た教団が貴重な霊薬を安価に独占してしまう。

そんな締め付けですっかり寂れた感のあるレイカットの街だが、深淵の森とマザーレイクからの恵みで、まだ飢えや病気の蔓延などは少なかった。


 街の北側には家具工房や商店が並び、そこに隣接するように雑貨屋や飲食店が並び、商業区を形成している。

一時に比べれば往来は減ったが、それでも商店には幾つか物が置かれ、疎らながらも客が目的のものを売買しようと賑わっていた。


 そんな中で、見慣れぬ意匠の短剣を腰に挿し、ターバンのような頭巾と革の外套を羽織り、体のシルエットを隠した一人の女が、往来に溶けこむように歩いていた。

頭巾と外套の間から僅かに覗く目元と、背中に届く程度の長さの髪が革紐で束ねられている。


 細い体の線を外套で覆い隠しているその女は、ふと立ち止まり何かに神経を集中するように薄く目を閉じた。

その仕草は一瞬で、通りを歩く人々には何の関心も抱かせない程度の動きだったが、幾人かの男女がその僅かな動きに敏感に反応した様子だった。


「やれやれ、また羽虫がくっついて来るか…… 懲りん奴等じゃ」


 誰に聞かせるとでもなくそう呟いた女は、目的としていた店とは反対の方向に向けて歩き出す。

ブラブラと当てなく散策する風を装い暫く歩き、急に角を曲がると薄暗い路地に入り込んだ。


 周囲ではさりげない風を装い、幾人かの男女がこちらへと近づいている事を気配で察した女は、路地の片隅で足を止める。


「我が意を汲みて、精霊の力を示せ…… ダーザメント<幻惑>……」


 そう唱えると、周囲から集まった魔素は次第に女の体を包み隠し、代わりに奥まった場所へ似たような幻の後ろ姿が現れた。

先程まで市井の人々に溶けこむように装い、剣呑さなど微塵も覗かせていなかった男女が獣のような視線で、その幻の後ろ姿を追いかけてゆく。


 女は何も言わず壁に寄りかかったまま、その物騒な男女の後ろ姿を見送っていった。



 そうして追手を撒いた女は、ようやく目的の店へと足を運ぶ。

しかし店先に不用心に入り込んでは、折角追手を撒いた意味が無い。そう思い女は裏口に回ると、控えめに勝手口をノックする。


 カチャリと掛金をはずす音が聞こえ、中から丁稚の小僧が僅かに顔をのぞかせた。

相手が女だと分かると、あからさまにほっとした表情で戸を大きく開き、女を招き入れる。


「小僧、息災か?」


「はい、おかげさまで病もすっかり良くなって、明日からは店に戻れそうです」


 外套を脱ぎ勧められた椅子に腰掛けた女は、ゆったりと足を組み頭巾を外しにかかる。

スルスルと外された長い布の下から現れたのは、エルフ特有の長い耳と白磁のような白い肌、そして息を呑むような美貌が露わになる。


「それじゃ、旦那様を呼んできますね。少しお待ちください」


 小僧はそんな絶世の美女を見ても動じる事なく、にこやかな笑みを浮かべたまま店の方へと向かい、この店の主を呼びに向かう。

女はその後ろ姿を黙って見送り、懐からいくつかの小袋を出し商談の準備を進めていた。

小袋の中には干された小ぶりの茸と何かの根、それに瓶に詰められた無色透明の液体が入っていた。


「これはカレン様、遠路ようこそおいで下さいました」


 カレンと呼ばれた女は、その声で顔を上げ声の主に視線を向けた。それに合わせて緑の前髪がサラリと流れ、耳元で揺れ動く。

カレンはその髪をかき上げながら立ち上がると、特に表情を変えることもなく視線の主が席に着くのを待った。


「本来ならばもっと若い者が来る仕事じゃが、こうまでしつこく羽虫に集られてはのぅ……」


 そう言って表情を曇らせたカレンは、店主が手に持っている袋に目を向け、それを見て不機嫌そうに店主を見やる。

カレンのその表情から言いたい事が判った店主は、申し訳無さそうに口を開いた。


「ここ暫く塩の入手が滞っておりまして、今ご用意できるのはこれが精一杯なのです」


 ゴトリと音を立ててテーブルに置かれたその袋は、これまで取引してきた量の三分の一にも満たない少なさだ。


「レイスラット王国との交易が途絶えてから、オースランドからの岩塩の値段も跳ね上がりまして……」


 申し訳無さそうにそう言った店主は、岩塩の入った袋をカレンの方へと押しやった。


「ふむ、しかしこれだけの量では、村で分配すれば一月と持たずになくなってしまうのぅ……」


 中身を確かめたカレンは難しそうな顔を浮かべ、塩の調達をどうすべきか案じていた。



「塩は、我々にとっても生活必需品ですので、手は打ってあります。

三日ほどお待ち頂ければ、バレスの街に頼んである海塩が届きます。


その中から、必要量をお持ち頂くのでは如何ですか?」



 店主はそれなりに遣り手らしく、すでに沿岸のバレスに塩を頼んでいると言う事だ。

カレンはそのシャープな顎に細い指を当てて暫し考え込んだ。


 皇国とやらの追手はあからさまに増えてきているが、撒くのは容易い。

それよりも、もう一度往復する手間を考えれば数日逗留して村に戻るほうが良いだろう……


 そう考えたカレンが口を開きかけた時、それを待っていたように機先を制し店主が口を開いた。


「無論、当家の離れをご利用頂いて構いません……」


 にこやかな笑みを浮かべた店主は、エルフ達の窮状をよく理解しておりそう言ってくれる。


「やれやれ、つい先日までは小僧だと思っておったが成長したのぅ……」


 カレンは苦笑しつつも、店主の申し出をありがたく受け、塩の到着まで厄介になる事にした。



**********



 観測所からの報告で皇国の部隊は、北に向かったとの情報がもたらされ、報告を受けた白山は作戦室の中で腕を組んで考え込んでいた。

シリアットから北に向かう街道は一本道で、湖岸のレイカットに通じているだけだ。


そこに二百名近い部隊が向かっている……


 白山にはその意図が読めず頭を悩ませている。情報が少なすぎるからだ。

部隊の潜入がバレたのであれば、各街に駐屯している警備兵がその任に当たり、応援という形で部隊が出てくる可能性はある。

しかし各地の警備兵に動きや警備を強化する様子もなく、皇都からの部隊だけが動いているとすれば、別の意図があると思われた。


 だがその肝心の意図が見えてこない。報告では装備や鎧からかなり金のかかった一線級の部隊であることは間違いない。

そんな部隊が意味もなく湖畔の小さな街へ行くのには、それ相応の理由が必要だろう。


 演習を行うと言う事も考えられない訳ではないが、余程の演習でなければ皇都近くで事足りるだろうし、わざわざ辺鄙な場所へ行く必要がない。

これは、考えても埒が明かないそう考えた白山は、他に情報がないかとドリーに尋ねてみる。


「ドリー、宰相殿に有線してくれ。用件は湖岸の街レイカットについて、何か知っている事や人間がいないかどうかだ」


 それを聞いたドリーは、早速無骨な電話機に取り付いて、相手方に何かを話している。

定期的にバッテリー交換の必要はあるが、宰相執務室と軍務卿執務室そして作戦室には、有線が構築されており、かなり情報のやりとりが楽になったものだ。


「これといって情報はないそうよ、でも資料を当たってくれるそうだから、暫くしたら返答くれるらしいわ」


 それを聞いて白山は頭を掻きながら、モニターに映っている周辺地図とレイカットを撮影した航空写真に、じっと目を向けていた。


「ここで部隊に損害が出るのは不味いな。ドリーどう思う?」


 一人で考えても結論が出ないと考えた白山は、視線をモニターに向けたままドリーにそう呟く。

ドリーも同じようにモニターを見たまま、難しい顔でそれに答える。


「現状で言えば、損耗を出してまで偵察を行うべき戦略的目標は無いわ。

この作戦の主眼は鎖国状態にある皇国の内情を確認する事と、部隊の実戦能力を高める事である事を考えれば、ここで無理をする必要はないわね」


「そうだな…… 現状で部隊の動向が露見した兆候はないが、無理は出来ないしする必要もない。

残念だが、ここで撤収させるのが安全だな」


 そう言った白山は、至極残念と言った風でそう言った。

白山にしてみれば、この程度の敵の接近で偵察任務の中止はあり得ないが、部隊の戦略的価値を考えれば、現状で損耗を出すのは不味い。

それに白山の思考は、エリート部隊や特殊部隊の思考だったが、教官連中を除き隊員達の練度は、そこまで高まってはいないのだ。

仮にここで交戦が発生しても、此方にはさしたる被害は出ないかもしれない。


それでも外交的には、相手に大義名分を与えることにもなりかねない。


「よし、明日の夜で偵察を中断し、各 SチームをB-1まで撤収させる」


 自隊の近隣に敵の部隊が存在しているのは居心地が悪いだろうが、見つからなければどうと言う事はないだろう。


「B-1に東側の警戒を増やすように、定時連絡で伝える必要があるな……」


 各分隊に送る電文の内容を考えながら、白山は部隊の状況と疲労具合に思いを馳せていた…………



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