暗殺者と爆発と少女 ※
ピッ……ピッ……ピッ……
白山の意識は緩やかに覚醒し、音の正体を確認する。
タブレットから発せられる音声は、高機動車に仕掛けた動体センサーからの警告音だった。
やれやれ……
トリチウムの入った腕時計で時刻を確認する。
時刻は、寝入ってから3時間程経っており、0時前後を示していた。
素早く、ナイフとチェストリグを装着し、小銃とタブレットを片手に部屋の扉を開ける。
白山の部屋は、庭とは反対側に面しており高機動車は見えない。
左右対称な作りになっている客室は、王の居室や食堂などがある母屋とは違い、比較的内部が把握しやすい。
スーッと音もなく廊下を歩き、客室のある別棟の端に到達すると音を立てないように注意して庭に面した窓を開ける。
目を凝らすと暗がりで、何かが蠢くのが見える。
タブレットに目を落とすと、赤外線で照らしだされた鮮明な画像に、黒装束の人影がゆっくりと近づこうとしているのが目に入る。
さてどうしたものかと、白山は思案した。
このまま射殺するのは簡単だが、それだけでは抑止力にはならない。
恐らく今後もこういった事態は発生するだろう。
クレイモアの威力を見せる手もあるが、仮にこれが王の配下だった場合悪手になるだろう。
白山は、探索者を捕獲することに決めた。
保険にと仕掛けた小細工が役に立ちそうだ……
3階に位置する白山は、階段を滑るように降り1階に到達する。
どうやら探索者はスタングレネードを利用したトラップのラインを見て、その仕掛けを探っているようだった。
植え込みに身を隠しながら、白山は徐々に高機動車に近づき50mほどの距離に到達する。
探索者は動かない……
頃合いだと判断した白山は、タブレットを操作して到着した際に仕掛けた小細工を発動させる。
『ドドドンッ!』
短い爆発の後、一呼吸おいて土砂を巻き上げながら、爆煙が上空に立ち上がる。
白山は極小の雷管と遠隔起爆システムを組み合わせて、高機動車からやや離れた位置にC4を少量仕掛けていたのだ。
突然の爆発に周囲を見回していた探索者は、慎重に調べていたトリップワイヤーを引っ掛けてしまう。
パイプに連結されていたワイヤーが引かれ、パイプからスタングレネードが転がり出て安全レバーを飛ばす。
きっかり1.5秒後、轟音と閃光が辺りに鳴り響く。
窓ガラスが揺れ、少し離れた白山の鼓膜を揺らす。
暗順応を殺さないように、左腕で眼をかばった白山は光が収まると小銃を構え、小走りで探索者に向かう。
「動くなっ!」
5mほどの距離で、小銃のライトを点灯しながら対象を照準に捉える。
探索者は耳を抑えてうずくまっていたが、ライトの光が見えたと同時に横に転がり逃走を図ろうとする。
ライトの光線を探索者に向けながら足早に近づいた白山は、逃げようとした探索者を素早く蹴り倒し、首筋にナイフを突きつけて動きを封じる。
この世界では、まだ銃の威力が知られていない。その為ナイフに切り替えたのだ。
城の中が騒然とし始め、見張りの兵が駆けつけてくる。
C4の小さな爆発から制圧まで1分も経っていない騒ぎだった。
「こいつを拘束しろ!」
プラスティック手錠で、拘束した探索者をアゴで示しながら白山は油断なく周囲を見回す。
拘束された探索者は、両脇を騎士に抱えられ城の中に連行されていく。
松明をかかげ、慌ただしく動きまわる騎士達で周囲は騒然となっていた。
隊列で最後尾にいた顔を覚えている騎士を見つけると、その腕を素早く捕まえて状況を説明する。
「俺の車に近づこうとしているのを発見し制圧した。ただし、賊がこれだけとは限らん。王の警備は大丈夫か?」
すると、見知った騎士は頷くとブレイズが王の側に控えており問題無いと答える。
「現状をブレイズ殿に報告したいが、誰か同行してもらえるだろうか?」
白山は簡潔にそう述べると、「では私が同行します」と件の騎士が答えキビキビとした足取りで正面玄関へ案内してくれた。
玄関ホールから足早に階段を駆け上り、3階の奥に案内される。
そこは奥まった廊下で、突き当りには4名の騎士が槍を掲げ立哨している。
白山を案内してくれた騎士は、厳然とした口調で警備の騎士に、白山のブレイズへの面会を告げる。
「ハッ」と、短く返答をした警備の騎士が、廊下の隅に移動し直立不動を取る。
その姿に反射的に挙手の敬礼を行った白山は、ブレイズの声で入室を促され足早に室内へ入る。
室内には、王の直近で立つブレイズと、そしてガウンを羽織った王がソファに座りこちらに注目している。
「ホワイト殿! これは一体……!」
その声を、軽く手を上げて制した白山は、素早く窓に近づき外をチェックする。
階下の景色には特に異常は見られない。
バルコニーに出て小銃を左右に振り、ライトで脅威の有無を確認すると、そのまま屋根を照らした所で手が止まる。
煙突の影に黒い影を見つけ、素早く警告を発する。
「屋根に1名!」
その言葉を聞いたブレイズは、咄嗟に剣を抜きつつ部下に指示を飛ばす。
屋根の上の不審者はその言葉に反応し、ライトの光を左手で遮りながら、煙突の背後にまわり光線の死角に逃れようと、移動をする仕草を見せる。
「撃つぞ!」
白山は、ブレイズ達とも屋根に居る不審者へともつかず、鋭く警告を発すると素早く2発撃ち込む。
パシッっと言う発射ガスの音とボルトの作動音の直後、50mほど先の煙突はスチールコアの貫徹力に抗えずレンガを撃ち砕かれ、弾丸は不審者に着弾する。
小さく呻きの様な声が聞こえた後、屋根を転がり地面に落下した。
その姿を、ライトで照らし出していた白山は地面に激突し、バウンドする黒装束の男を確認する。
動かなくなった男を脅威を排除したと判断した白山は、すぐに再度周辺のチェックを行う。
これ以上、周囲に不審な兆候は見られないようだ。
「ふぅ……」と小さく息を吐いた白山は、素早く室内に戻り窓を閉めた。
*****
「突然のご無礼、ご容赦下さい」
戦闘中という事もあり、王には簡素に頭を下げ、ブレイズへ簡潔に事の次第を告げる。
「俺の車に接近する者があり、そいつが罠にかかった。ただ、今屋根にいた男が仲間かどうかは不明だ」
「わかった。またホワイト殿に救われたな」
苦い顔を浮かべているブレイズは、僅かに頷いて神妙な声で白山に答える。
ブレイズへ簡潔に事態を報告した白山は、ブレイズの表情に不安を覚えた。
度重なる失態は団長としての責任問題にも発展するかも知れない。
それを考えればブレイズの表情にも納得できるのだが、白山はそれを一喝する。
「しっかりしろ。気に病んだり責任問題を考えるのは、情況が落ち着いてからだ」
白山はガッチリとブレイズの腕を掴み、耳元で決して大きくはないが強い口調でそう言った。
ギリリと音が聞こえるほどに奥歯を噛み締め、内なる感情と戦っていたブレイズは、闘志が蘇ったように白山に視線を返す。
その瞳に迷いが消えたことを確認した白山は大きく頷くと、周囲をぐるりと見回し情況と情報の確認を行う。
「侵入経路と城内の検索は誰が?」
「副官のアレックスが指揮を執っている。俺はここで陛下とグレース王女の警護を指揮している」
それを聞いた白山は、言葉の中に感じた違和感が不安感に変換される。
いまだグレースと対面していない白山は、警護すべき対象のリストに漏れがあったのを悟る。
「グレース王女は、今どちらに?」
白山の眉間にシワが寄り、視線が鋭くなる。
「王女様は今寝室にいらっしゃる。警護の者がお迎えに上がっているが……」
しきたりで王女の寝室には、侍女以外の人間は立ち入る事が出来ないらしい。
何を悠長な事をと、白山は思ったがその言葉を飲み込んで状況を考えた。
本来ならば、緊急事態が発生したならば警護対象者の都合やしきたりではなく、その生命を最優先しなければならない。
たとえ全裸であろうとも、バスロープを一枚かぶせて危険な場所からは一刻も早く離脱するのだ。
不敬と言われようがその罪に問えるのは、命あってこそだ。
白山は腕時計を確認する。
高機動車を調べに来た侵入者に叩き起こされてから、一五分以上経過している。
「いくら何でも、遅すぎる……」
そうつぶやいた白山の言葉が、さざ波のようにブレイズと王の心に不安をもたらす。
小隊指揮官として特殊部隊員の本能か、思わず指揮を取ろうと口を開きかけた白山は、その言葉を飲み込むとゆっくりとブレイズに語りかける。
「ここで護衛部隊を分割して王女様のもとに向かうのは、戦力の分散になり得策ではないな。
王女様の部屋まで陛下にご足労頂ければ、まとまった兵でどちらにも対応できる」
そう進言した白山に、ブレイズは返答を待たずにそのまま視線を王に向ける。
やはり人の親というべきか、娘が心配な王は迷わずに深く頷き、従事から護身用の細剣を受け取ると、自らの腰に帯びた。
「腕の立つものを十名程集めろ!これより王女様のもとに向かう」
訓練の行き届いている返答が部屋に響き、ガチャガチャと鎧の音を響かせながら、精悍そうな騎士が集まってくる。
その間に白山はブレイズから王女の部屋までの道順を聞き、簡単な陣形について打ち合わせる。
万一襲撃者が存在した場合、射界に騎士が入っては射撃が困難になる。
そのため少し無理を言って、隊列の先頭に自分を組み込んでもらう。
賓客である白山を前線に置く事に、少々難色を示したが銃の特性を改めて説き、前列に配置してもらった。
王女の部屋は、現在のリビングから百メートルほど廊下を進んだ先にあるという。
程なくして集まった騎士たちを編成して、リビングのドアを白山が開く。
所々に燭台が灯された石造りの廊下は静まり返り、表側の喧騒が嘘のように不気味な程だった。
一瞬だけフラッシュライトを点灯させて、廊下の情況を確認した白山は迷うことなく廊下に踊り出る。
それに続いて前衛の騎士達が進み出て、周囲をブレイズ達に固められた王が続く。
そして後衛の騎士達が廊下に出た事を確認して白山は、M4をコンバットレディに構えて前進する。
右側へ直角に曲がった廊下の最奥に、王女の寝室があるそうだ。
曲がり角まで到達した一行は、白山の合図で停止する。
M4を左手に持ち替えた白山は、ライトと銃口そして左目だけをほんの一瞬だけ覗かせて、廊下の奥の情況を確認する。
写真のように網膜に焼き付いた画像には、想定していた最悪の事態が写されており、白山は内心で短く舌打ちをこぼした。
後続へ続くように指示を出し、白山は姿勢を低くして角を曲がる。
そして足早に廊下を進みながらフラッシュライトを点滅させて暗闇の死角を潰してゆく。
ライトに照らされた影の正体に、後ろからどよめきが起こり、何が起こったのかと部屋に騎士達が駆け寄ろうとする。
「隊列を崩すな!」
その声は、中央で王の直近で護衛を行っているブレイズから発せられた。
声は低くそして小さいものだったが、それでも騎士達の逸る気持ちには十分に効果があった。
再び足並みが揃いゆっくりと部屋に近づいてゆくが、それに応じて心拍数は跳ね上がる。
その原因は部屋の入口に部屋の護衛である二名、そして王女を迎えに出た四名が倒れ伏しているからだった…………
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