表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/183

フェイズ3~偵察 深淵の森と亜人の魔女

DAY3 大陸標準時 2334 地点 5565 3958



 部隊と合流した上林二曹達は、偵察の結果をタブレット端末で画像を交えながら部隊に報告し情報を共有した。

彼らの下した判断は移動や街道の横断と通過には、支障なしというものだった。



 それを受けて前進を再開した部隊は、何の問題もなく街道周辺まで到達していた。

昨夜までと違うのは、全員が単眼式のNVG<暗視装置>をヘッドマウントを使い目元に装着している点だった。


 遠近感が掴みにくい暗視装置は、森の中では案外使いづらいのだ。

その為に警戒配置につく隊員以外は、極力使用せず行動してきたが、開けた土地に到達したのならば、それを制限する必要もない。


 こうした場所では、どれだけ先に相手を見つけるかが、脅威や望まぬ訪問者を回避するのに、重要なアドバンテージとなる。


 暫く、森の際と街道のすぐ近くで警戒態勢を取っていたが、どうやら不審な兆候や往来もない。

横断に支障なしと判断した部隊は、手信号と暗視装置だけに見える赤外線ライトの合図で、素早く前方に展開してゆく。


 街道の東西それぞれに、警戒配置についた隊員は東西に伸びる街道の先へ油断なく視線と銃口を向ける。


 各員の間は一五メートル程離れており、警戒員が異常なしを後方に伝えると、その間を抜け、まずは二名の隊員が街道を横断していった。



 その二名も最初の隊員達と同じように、街道の向こう側で左右を警戒している。

三人目の隊員も続いて渡り、進行方向正面の警戒を担任していた。

そうして、横断の準備が整うと残りの隊員達も、続々と街道を横断してゆく。


 すべての隊員が渡り終えると、最初に左右の警戒についていた隊員達が手早く街道を渡っていった。

その間は、先に渡った隊員達が後方と左右を援護しており、全周の警戒は途切れることなく継続される。


 街道を横断した部隊は、そのまま斜面を登り幽霊のように林の中に姿を消していった。



**********


 信仰騎士団は、皇王の祝福により異常なまでの士気を持って鼻息も荒く皇都を出発してた。

彼らは、マザーレイクの東北にある深淵の森に潜む、亜人の魔女を捉える任を帯び、意気揚々と西を目指して進んでゆく。


 足取りも軽く夜のうちにシリアットに到着した騎士団は、天幕を張り明日以降の移動に備え、英気を養っている。


 深淵の森とはヴェルキウス帝国との国境にそびえる、急峻な山脈の裾野に広がる広大な原生林だった。

古より神域と言われ、地元の人間も奥地へは立ち入る事はない。


 しかし、この森には古来から森の民と呼ばれる、古代種族であるエルフが暮らしている。

時折レイカットの街に出ては、山の幸や霊薬と塩や布と小規模な交易を行っていた。


 彼らは特に人間に害をなす訳でもなく、これまで地元の民とある種の共存関係にあった。

エルフ達は生きるために必要な塩や布を手に入れ、住民達は貴重な霊薬を売ることで益を得る。

そんな関係は連綿と続けられていたのだが、王国が皇国へと変わってから、俄に雲行きが怪しくなってゆく。


 レイカットにも、寂れた街に似つかわしくない、新光教団の豪華な教会が建設された頃から、徐々にエルフ達と住人の関係が変わっていった。


 これまでも違法な奴隷としてエルフを捕まえようと、ならず者達が森や街で襲撃を企てた事があった。

そうした人間はエルフが持つ魔法により、悉く屍を晒す結果となった。


 その一方で、深淵の森に迷い込んだ人間が、エルフの隠れ里で手当てを受け、街に帰されるなど残忍なだけではない側面も見せていた。


 そうした先例があったからこそ、一定の距離を保ち、敬意と尊敬を持って住民達はエルフ達と接していた。

だが、この距離を皇都から来たよそ者の協会関係者は、エルフを他の亜人や獣人属と一括りに扱い、排斥を試みた。


 新光教団では『人間』の信徒には、寛容な教えを説くが、その過激な原理主義的な教義では、亜人達は人として認められてはいなかった。

それ故に、真っ当に働いていた異種族の民に対して、謂れ無き差別や市民権の剥奪が横行している。


 そればかりか、ここ数年で王国時代には認められていなかった、異種族を中心とした奴隷が平然と売買されている。


 特にその希少性から、エルフの奴隷は高く取引されているが、一度しかその売買は成立した事はない。

それはエルフが扱う魔法による捕獲の困難さと、里があると言われている深淵の森以外では見つかっていない所為だった。



 今回、二百名もの部隊を出して、それほどまでに困難なエルフの捕獲に信仰騎士団が向かうのには、ある理由があった。

王国時代より魔法の研究と活用が盛んだった皇国では、王家所蔵の文献や古文書に魔法に関する記述が幾つもあった。


 それらを活用し皇国は魔法に関する研究を進め、魔装具連隊を編成するに至った。

しかし、その研究も頭打ちになっており、何かの糸口を必要としていたのだ……


 そこで皇国の全土を検めると、深淵の森とエルフの存在が浮かび上がった。

皇国は早速、使者を立て協力を要請したが、エルフ達はこれを拒否。使者は矢を射掛けられ、這々の体で逃げ出す事となった。

それに怒った皇国は、大規模な討伐軍を送ったが、深淵の森で部隊は惑い、そしてエルフの魔法によって壊滅の憂き目に遭う。


 それ以来、この件は皇国でも棚上げとなっていた。

だが、偶然にも魔法への対処を研究していた研究部門が、魔封じの魔法陣を古文書から発見したことにより、状況が一変する。


 魔法さえ封じてしまえば、少数のエルフに勝ち目はないだろう。

それに加えて魔封じの魔法陣を応用した『破惑の方陣』を作成し、騎士団はそれを鎧の内側に貼り付けている。


 深淵の森には、エルフの魔法による幻惑がかけられており、一定の距離を進み入ると突如として方向感覚の喪失や混乱に陥ってしまう。

しかし幻惑が通じないとすれば、あとは数の暴力による蹂躙だけが待っている事だろう。


 それに信仰騎士団には、現段階における最新の装備が支給されており、光球を飛ばす杖は全員が装備している。

更には十騎だけとは言え重装魔導鎧が回されていた。いざ戦闘になれば大盾を並べて壁役としその背後から光球を飛ばせる。



 装備面での優位と、出掛けにもたらされた皇王からの祝福、そうした要素によりこれから戦に赴くと言うよりは、気軽に狩りにでも出るような雰囲気だった。

宿営地では火を焚き、士気高揚のためかワインが振る舞われている。およそ軍としては、規律正しいとは言い難い様子だ。


 それに対してシリアットの街は、灯が消えたような消沈ぶりだった。

人々は、信仰騎士団の怒りを買っては堪らないとばかりに鎧戸を閉ざし、息を潜めて早く通過することを願っていた。



「それでは、此度の遠征ではレイカットまで進み、そこから深淵の森へと入るという事で」


 白い厚手の布を高く張り巡らせた隊長用の広い幕舎の中で、ワインを片手に主だった幹部達が顔を揃えていた。


「うむ、刻限の決まった軍務ではなく、亜人の魔女を捕える為の行動であるからな。

兵の士気と疲労を考えてレイカットにて一泊すべきだろう。


それにレイカットで、亜人共を敬う野蛮な風習を持つ住人達に、神意を知らしめるのも我々の使命だからな」


そこまで言った隊長は、ニヤリと笑ってワインを煽ると言葉を続ける。


「深淵の森に入るのは、わざわざ敵の庭へ足を踏み入れる事になるではないか。

それよりも前でおびき出すほうが、懸命であろう?」


隊長の言葉に成程といった体で、幹部達が頷き相槌を打つ。



「そうですな、我々は亜人共と違い神に授けられた知恵がありますからな。

知恵を絞り、労力と犠牲を少なく務めるのは、指揮官としての務めでしょう」



 そう言って、隊長のカップに瓶からワインを注ぎ入れる幹部の一人が、嫌らしく笑う。

揺れるランプの灯の中、作戦会議はワインの瓶が空になるまで続けられていった。



**********

DAY4 大陸標準時 1741 ファームガーデン作戦室


「現場の状況に変化は?」


 白山は、事務仕事と本日の訓練カリキュラムを終えると、その足で作戦室に向かい、開口一番そう言った。

このやりとりはここ数日のルーチンのようになっており、ドリーも苦笑しつつ、同じ言葉でそれに答える。


「NTR <ナッシング・トゥー・リポート>よ……」


 ホッとした様子で空いている席に腰を下ろした白山は、席を外していた間のログを読み、二画面に分割されたバードアイの画像に目を向ける。

ひとつは高度を上げた赤外線画像で雲を透過しながら作戦域全体を映し出している。

もう一つは、すこし行動を下げたリアルタイム滞空画像で、これは作戦領域をプログラムで周回するように設定されていた。


 それぞれの分隊の動きと予定を見比べ、概ね順調に推移していることを確認する。


「何か特異事項や、関心情報については?」


「皇都からシリアットに向かう、皇国軍部隊 約二百が確認されているわ。

現状では、移動先やその目的については不明ね。


S-1 には、関心情報として動向と偵察次の優先目標として指示してある」



 ドリーはそう言うと、手元のモニターを見て画像情報を呼び出す。

するとこれまで、二画面分割の画像が出ていた中央の大型モニターに、過去の画像情報が映し出される。


 そこには赤外線画像で、白く映る馬車や騎馬の隊列、そして歩兵の徒歩行軍の様子が映し出されていた。


「初観測は、今日の昼前で現在はシリアットに到着。編成は騎兵と歩兵の混成部隊」



 そう言ったドリーは、画面上のマウスポインタで部隊の位置を示して、白山に引き継ぎを行う。


「敵部隊の動向が不明なのは気になるが、現時点で作戦に支障をきたす要素は、無さそうだな……」


画像をじっと注視したまま、白山はドリーにそう呟く。


「今の所は……ね」


 そう言いながら大きく伸びをしたドリーは、首をコキコキと動かして、首と肩の血行を回復させている。

朝から交代で作戦室に詰めていたのだ。ドリーも相当疲れているだろう。


 作戦を行う上では、実際に現場で動く兵も重要だが、それ以上に後方支援の充実が求められるのだ。

どんなに精強な部隊であっても、補給や後方支援がなければ動けず、早々にその活動能力が削がれてしまう。


 白山達の部隊は、急ごしらえであった為、未だに後方支援や補給の体制が脆弱だった。

そうした点は、この作戦室での作戦指揮においても現れている。


 作戦の統括や情報支援を行える人間が極端に少ないのだ。

それ故にドリーと白山が主となり、そこへバックアップの教官連中がヘルプに入る、変則的な二交代制を敷き、何とか作戦室を回している。


 一般的な軍務と異なり、ハイテク機器を多く扱ったり作戦全般を統括する作戦室の業務は、この時代の人間に教育を施すのも難しい。

後方支援の充実は急務だが、魂の貯蔵量を考えれば急激な部隊の増勢は望めない。


 無い物ねだりをしても仕方が無いので、今いる人材と資材だけで遣り繰りするしかないのだ。



「とりあえず、今は注視するしかないな……」


 立ち上がり、壁際のコーヒーメーカーからコーヒーを注いだ白山は、そう言ってドリーと任務を交代する。

ここから七時間、不測の事態に備えた監視と、指揮統制業務が始まるのだ。


 疲労は溜まるが、現地にいる隊員達に比べれば、その疲れは些細なものだ。

白山は席に座ると、音声用のインカムを耳に当てて、モニターに注視する。


 まずはバードアイの画像で、各分隊の進行ルート上に、不審な兆候が無いかを確認する必要がある。

地上が冷える夜間の方が、赤外線画像で異常を発見しやすい事と、部隊の移動が主に夜間に行われるからだ。



そうして、静かな作戦室での夜は更けて行った……



**********


DAY4 大陸標準時 2350 地点 5685 3965



 田中二曹率いるS-1は、早々に山地を踏破してシリアットの西南にある、急峻な地形の一画に到達していた。

邪魔になる低木の枝葉をハサミで切り落せば、幾分前方の視界が拓けて、暗視装置越しに僅かに明かりの見えるシリアットの全景が見渡せた。


 お誂え向きにここから少し戻った所には、少し低くなった窪地があり、分隊の行動拠点にうってつけの場所もある。

現在地は崖のように急峻な斜面が、街の方向に落ち込んでおり、前方の地形は開けている。

少し距離は遠いが望遠レンズを使用して写真撮影をするには問題はないだろう。


 この偵察作戦の目的は、特定の人物の動向を探るような繊細な任務ではなく、国交が事実上断絶状態にある皇国の内情を持ち帰る事にあるのだ。

主要都市の様子や軍事施設の状況を撮影し、全景を調べる事が求められるのだ。


 それに、近距離の映像が必要ならば必要に応じて近距離偵察を出し、もっと近い距離からの撮影を行えば良い。

もっとも、それだけの戦略目標や軍事施設がシリアットにあればの話だが……



「よし、ここに観測所を設置する。慌てなくていい。訓練の通りにやれ」


 田中二曹の言葉で、分隊の隊員達はゆっくりと行動を開始する。

鬱蒼と茂る木々が周囲を覆い隠しており、これならば深い穴を掘らなくても良いだろう。


 八名の分隊の中で、三名は三角形を形取るように周囲に展開して、警戒態勢を敷いている。

残りの五名が観測所の設営に動く。


 浅く地面の表面を剥ぎ、丁寧に脇にどけると、そこから土を掘り返し土のうに詰めて目立たない場所に捨ててゆく。

そうして三メートル四方のヒザ丈より少し深い程度の穴を掘ると、そこに支柱を這わせて準備は完了となる。


 あとは金網に草を巻きつけて屋根を作ると、地面と支柱にペグで固定して周囲との境目に枯れ草を撒いて偽装する。

観測所の内部にはロールマットが敷かれ、スポッティングスコープ、それに望遠レンズのついたカメラが持ち込まれ、粗方の準備は整った。


 これから撤収までの数日間は、厳しい日程になるだろう。

八名の人員で、交代しながら街を監視して、必要であれば街に侵入して、近接偵察を行わなければならないのだ。


 時計を見れば時刻は0321を示している。夜明けが近い……

田中二曹は、完成した観測所の情況を一瞥して、不具合がないかを確認すると自分が最初の観測を受け持つと全員に告げる。


「よし、さっき示した窪地を行動拠点にする。最初は二時間交代で一人ずつ交代だ。

窪地に背嚢を集積して、通信を確保しろ。 副長、拠点の指揮を頼むぞ」


 小さな声で全員に指示を出し、それを全員が理解した事を、彼らの表情から田中二曹は感じ取っていた。

まだそれほど長い付き合いではないが、若い隊員達はどんどんと技量を上げており、これだけキツイ任務にも泣き言ひとつ言わずに集中している。


 そんな彼らを頼もしく感じながら、田中二曹はもう一人の隊員に顎をしゃくり、観測所へ潜り込んでいった…………



ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m


観測所の設置はこちらを参照下さい。

だいたいこんなイメージです。

https://www.youtube.com/watch?v=IRCBzsii4Uk

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ