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フェイズ2~移動-2 皇王の祝福と苦い思い 

少々汚い描写があります。お食事中の方はご注意下さい。

 信仰騎士団は、皇国の中でも精鋭で知られる部隊だった。

連隊程度の小規模ながら、皇国全土の敬虔な新光教団の信徒の中から、優れたものを選りすぐり編成されている。

その為、その装備や食事の質に至るまで優遇されており、何も知らない一般兵や協会関係者からは憧れの的となっていた。


しかし、レイスラット王国における親衛騎士団の役割と同様に、皇国内の治安維持を目的とした背信行為や異教徒狩りなどの弾圧は苛烈を極めている。

事実、前シープリット王から現皇王への禅譲が行われてすぐに、国内の有力貴族は軒並み信仰騎士団にあらぬ嫌疑をかけられ連行・処刑されていった。



その信仰騎士団が特別な任を帯びて、騎士と従卒からなる二百名の部隊を編成し、西へ向かおうとしていた。

皇都の中でもひときわ豪華な礼拝堂前の広場で編成を終え、指揮官である隊長の訓示を受けている只中だ。


「良いか!此度の任務は、深淵の森に潜む亜人の魔女を捉える事だ!」


隊長の訓示を黙って聞き入っている騎士達は、これまで行ってきた単調な背信者の捕縛ではなく、重要な任務を帯びている事に興奮を覚えていた。


「……である! 全員心してこの任務に……っ!」


そう言って訓示を締めくくろうとしてた隊長の視界に、思いがけない来訪者が映り、思わず言葉を詰まらせた。

そこには六頭立ての大型の黒い専用馬車が、演台の横に乗り付けられた。


皇国においてこの馬車に乗ることの出来る人間は一人しかいない……


従者達が大型の傘を掲げ、馬車の扉を恭しく開いた。

現れたのは他でもない、フロイラス皇王その人であった……


「ぜっ、全員、猊下の御成りである!」


我に返った隊長は、上ずった声でそう叫ぶと、慌てて演台から飛び降りて跪く。

そうした者達の慌てぶりを、一切気にした様子もなく、実にゆったりとした歩調と仕草で演台へと歩み寄ると、従者が声を発する。


「皇王様は、高貴な役割に赴くそなた達に、神の祝福を授けんと、こちらへ足を運ばれた!」


そう言うと、隊長以下跪いた者達から、感動と感嘆のため息が漏れる。

ゆるりとした足取りで演台に登った皇王は、懐から小さなベルを取り出し従者が小さな壺を手にしている。


 チリンと澄んだ音色と小さな祈りの言葉が皇王の口から唱えられ、その手に浸された聖水が騎士団の男達へと振り撒かれた。

まるで生まれ変わったかの如く神妙な顔つきになり、その祝福を受けた騎士団員達は、跪いたまま皇王の言葉を待つ。


「皇王様の慈悲は、騎士団だけではなく亜人の魔女へも向けられている。

自身の徳と霊力を賭して、亜人の魔女を改心させると宣誓なされた!


良いか、皇王猊下の神意を汲み、魔女を生かして連れてくるのだ!」


 側近が発した言葉に、騎士団員達は跪いた祈りの姿勢のまま、更に頭を垂れる。

その心服の姿勢は、皇王が馬車に乗り込みその姿が見えなくなるまで、彼らはその余韻に浸っていた……



「さて、これで奴等は魔女を生かして連れて来るであろう」


 馬車の揺れを些かも感じさせない上質な乗り心地の馬車は、水面を滑るように城へ向けて進んでゆく。

その車内でフロイラス皇王は、側近である影に向けて物憂げにそう言った。


「まあ、破惑の方陣と魔封じの首輪を持たせたので、犠牲を厭わなければどうにかなるでしょう。

半数も生きて戻れば上々の成果かと……


もっとも、あの程度の犠牲で、魔女の知識が手に入るならば安いものです」



 そんな会話を交わしている間に、馬車は城門をくぐり城の内部へと入って行き、そして静かに停車する。

またしても恭しく馬車の扉が開かれ、取り巻きの従臣達と警備の兵が並ぶ間を抜け、皇王が城内へと入ってゆく。


そして、ひときわ豪華な執務室で上質な革張りの椅子へと座り、再び口を開く。


「これであの亜人がこちらの手に落ちれば、魔法に関する研究が進むな」


その言葉に影は酷薄な笑みを浮かべながら、僅かに頷いた。



「さんざん煮え湯を飲まされましたが、それも今回で終わり。

深淵の森には手を焼かされ、ようやく魔女を追い詰めても手痛い反撃を食らう。


ですが、今回でようやくそれも終わりでしょう」


 まるで結果が見えているかのように笑う影に釣られ、皇王も机の上に肘を置き組んだ手の裏側で、僅かに口角を吊り上げる。

そうして国内の地盤を固める為の会話が続き、皇国の内部はほぼ完全に掌握できたと、皇王と影の認識は一致していた。


しかし、長年の懸案事項である話題に話が及ぶと途端に二人の顔から笑みが消えた。


「まだ、フレイラ王女は見つからんのか?」


 少し不機嫌そうにそう尋ねた皇王は、難しい顔をする影に聖職者の仮面を脱ぎ捨てる。

その眼光はどこか淀みの混じった底冷えのするような視線だった。


「目ぼしい貴族の屋敷や有力者などについては、全て探索を終えております。

今後は探索を続け、隣国へと捜索の輪を広げる予定になっています。


我々の網にここまで掛からないとすれば、何処かで行き倒れたと考えるのが……」



そこまで発した所で皇王は、思案気な表情で言葉を遮った。


「深窓の王女であったフレイラは、貴族内でも目にした者は少ない……

外に向けて、皇王としての正当性が示せれば良いのだ。


適当な年頃の娘を、替玉として仕立てるのは可能か?」


 影としても、これ以上不毛な探索に労力を割くのは、御免被りたい所ではあった。

ただでさえ、王国に放った影が複数消され人手不足であり、その王国に対する諜報網の立て直しも急務だった。

各地へ放った王女探索の影が戻れば、幾らかでもマシになるだろう。


 王国に下り立った鉄の勇者の事や、その勇者が築いた軍がこれまでのどんな軍とも違う、強力な武器を使う。

いくら皇国が魔法と魔導鎧による重装歩兵を有しているといっても、その存在は脅威だった。

敵の手の内が判れば、正面からでも搦め手でも如何様にも破り様がある。


 同時に人を洗脳し成りすまさせる。別人に仕立てあげるなど、教団の暗部にかかれば朝飯前だ。

それで教団とこの国の基板が盤石になるのなら、安いものだ。


そこまで考えた影は、ゆっくりと頷いた。


「ではその方向で…… 人選などはこちらで」


「従順で扱いやすい人形を頼むぞ。

公の場で同様などされては、皇王の名に関わるからな」


そう言って嫌らしく笑った皇王は、窓から見える尖塔に視線を送り、用件は済んだとばかりに影から視線を外していた……



**********

※※ DAY-2 大陸標準時 1022 地点 5552 3958



 S-1・2 の二個分隊は初日に十二キロを踏破し、森の中で朝を迎えていた。

昼の間は周囲の警戒を維持したまま交代で休息を取り、疲れた体を癒やす必要がある。

それに、基本的にこの世界では、夜の間は人々は動かず、移動には好都合なのだ。


 とは言え敵地の只中であり、偽装や人の立ち入らない不便な場所にある小隊潜在拠点とは違う。

どこで人と出くわすか判らない場所での休息は、相当に気を使った作業になる。


 ハンモックや屋根は作らず、通気防水素材で作られた薄手の寝袋に、交代で潜り込むのだ。

それも即応体制を維持するために、半数は起きて背嚢に寄り掛かり、地べたで時間が過ぎるのを待つ。

食事も火の気や匂いは厳禁となり、レトルトの戦闘糧食を冷たいままで胃に流し込んでカロリーを摂取する。


 排泄はもっと悲惨だ。

小便と大きく書かれたポリタンクにナニを突っ込んで済ませ、大きい方はワグパックと呼ばれるパウチに落とし込む。

そしてどちらも背嚢に背負い、一切の痕跡を持ち帰らなければならないのだ。



 幸いにして迂回に進んだ進路を南寄りに取った事もあり、計画よりも部隊は街道に近づいている。

時速にして1.7キロ程は出せた計算だ。


 地図を見ながら、両分隊の指揮を執る田中、上林二曹は、レトルトの肉団子とボソボソの白米を咀嚼しながら、膝を突き合わせていた。

これからのルートと、街道の超越に関する打ち合わせである。


「ここから森の際までは、およそ十キロ。そこから街道までは、なだらかな下り坂で八キロ程度か……」


「ああ、昨晩のペースが1.7キロだったから同程度と見積もれば、街道の近くで潜伏する事になる」


コンパスに刻まれた定規を使い、真っ直ぐにルートをなぞった田中二曹が難しい顔で唸った。


「視界の開けた人通りの多い場所で、朝日を拝むのは勘弁してほしいな……」


 もし、昨夜と同じペースで進んだ場合、今夜中には森を抜けられるが、途中の平原で夜を明かさなければならなくなってしまう。

その為に、距離を稼ぐ方法や移動行程について、二人は頭を悩ませている。


「少しリスキーだが、もう少し休んだら前に出るのはどうだ?

森の際から四キロ程の所まで進めば、今夜中に街道を超えられるだろう」



 上林二曹の意見に、背嚢から軍用のタブレットを取り出した田中二曹が、内部に記憶されている画像を呼び出す。

ズームや移動を繰り返して、地図上の場所と画像を一致させてから地面に置いた地図に並べ比較する。


「赤外線画像では、ルート近辺に民家や人間の痕跡は見当たらないな。

その地点まで出れば、明るいうちに前方偵察を出して草原や、上手く行けば街道の様子も見られるかもな……」


「ああ、明日の夜には隊は別れるから、昼のうちに少し長めに休息を摂れば帳尻は合わせられるだろう」


 意見の一致を見た二人は移動計画を練り始め、程なくして計画が立てられていった。



※※ 大陸標準時1300 同地点~


 正午前に昼間の移動を下達された隊員達は、日暮れまで休めると思っていて落胆の色を見せたが、移動の理由と状況を知りすぐに意識を切り替えた。

訓練ではこれよりも不条理な状況や命令が何の理由も説明されず、不眠不休で長距離を踏破しているのだ。


 既に彼らの能力や技能は、かなり高いレベルに達しており、この程度の不条理では不平や不満が出る事もない。


 出発準備を整えた隊員達の横で、最後に上林二曹が周囲の僅かな痕跡を入念に偽装していた。

そして問題がないことを確認すると、先頭に向けて『出発準備よし』を伝達する。


 それを受けてゆっくりと慎重に、一六名の隊員達が動き始めた。

昨夜までの移動と異なるのは、各員の間隔が広くなっている事と分隊間の距離が開いている事。

そして、ポイントマンが本隊の前方、約二十メートル程先を進んでいる事が挙げられる。


 闇が部隊の存在を秘匿してくれる夜間と違い、どれだけ先に不審な兆候を発見できるかが重要になってくる。

前方に突き出したポイントマンは、言わば部隊の触覚としての役割を成す。

前方で何か動きがあれば、基本は停止してやり過ごすのだが、固まった大人数では露見の可能性が高い。

それを回避するためにポイントマンは前に出て、本隊は少し離れた位置を移動するのが、昼間の移動のセオリーだった。



 そうして移動と停止のサイクルを繰り返しながら、徐々に部隊は進んでゆく。

視界の開けた昼間の移動は、速度の向上という形で成果を上げ、予定していた時定より早く、目的としていた森の入口近くまで到達できた。


「よし、ここで大休止する。

俺ともう一人は、前方偵察に出て街道と、この先の草原の様子を偵察。

それ以外の者は、交代で警戒しろ」


 上林二曹は、自分の分隊員を集めて手短に伝達すると、背嚢を下ろして副長に託した。

万一前方の偵察に出ている二人が何かあった場合の対処や、その逆を簡単に打ち合わせ、合流の合図を決める。


それで偵察に出かける準備は整った。


 分隊の中でも静かな隊員をバディにして、上林二曹は前方の偵察に出発した。

本来であれば部下達に経験を積ませる意味でも、自分は残るべきなのだが、安全面からもこの先の状況は、自分の目で見ておきたかった。


 背嚢を置いたせいで背中の熱気が拡散され、少し気分と足取りが軽くなる。

上林二曹達は、警戒を怠らずゆっくりとした歩調で歩き、時折止まっては膝をつき周囲の様子に五感を総動員する。

音や匂いは見通しの効かない森の中では、兆候を探す上で非常に重要な要素だった。


 風に乗った匂いは意外に遠くまで届き、微かな物音も同様だ。

それとは逆に、あるべき存在や音の途絶も重要な判断材料となる。


 虫の音が止み鳥のさえずりが聞こえなければ、彼らを怯えさせる何かがそこに存在する事になる。

得てしてこうしたベースラインの乱れは、明確には察知するのは難しいが、人間はそんな状況を本能的に違和感として捉えるのだ。

そうした兆候を捉えるために、止まっては進み進んでは止まると言うサイクルを繰り返してゆく……



 一時間半ほどの時間をかけて、上林二曹達は森の出口まで到達する。

日差しは昏れかかっておりそれほどの時間はかけられないだろう。


 素早く腹ばいになった二人は、ゆっくりと匍匐して森の際を目指して進んでいった。

下草を掻き分けながらやっと草原が見渡せる位置にたどり着いた二人は、顎の下に手をおいて低い位置から草原を観察する。


 草原は、まるで牧草地のように足の短い草で覆われ、所々に丈の長い草木が群生している荒野だった。

視線を奥へ転じれば、かすかに道路らしき黄土色の線が見え、その奥は再び上り坂になって三つの尾根を作った特徴的な地形だ。


 上林二曹は、ケースから取り出した小型のデジタルカメラで手早く写真を撮影する。

ある程度写真を撮った上林二曹は、カメラのメモリーカードを横に並ぶ隊員に渡し、双眼鏡を取り出した。


 遠くの街道をじっくりと眺め、そこまでの距離や障害物を頭に叩き込む。

ふと何かが双眼鏡の視野の隅に引っかかる。慌ててその方向に視野を戻し焦点を微調整した。


 果たしてその目に映ったのは、東へ向けてゆっくりと進む少し痩せこけた馬と馬車、そしてそれを御する痩せた顔色の悪い男だった。


「第一、村人発見……か」


 声を発する事なくつぶやいたその一言は、ほぼ四日ぶりに見た隊員以外の人の姿だった。

だが、双眼鏡ごしに見る農民と思しき男の貧相さに、感慨も興奮も浮かばず、どこか空虚な感情が、上林二曹の胸をよぎっていた。



 出発前に王国でも寒村の部類に入るトニ村で、ボート操船訓練を行い村人達とも幾らか仲良くなった。

あの村の住人でも、ここまで痩せ痩けてはおらず、ましてあれだけの悲壮感や疲れた表情も見た事はない。


 何か嫌な胸騒ぎを覚え、上林二曹は馬車の荷台に焦点を合わせた。

その荷台には、同じようにやつれた表情を浮かべる妻と思われる女性が乗っている。


 そして明らかに栄養状態の良くない、枯れ木のような細い手足の赤子が、力なくその胸に抱かれていた。


 助けてやりたいと思う気持ちと、動いてはならない使命感に挟まれ、双眼鏡でじっとその馬車を追い続けてしまう。

上林二曹は一旦双眼鏡を下ろし、ゆっくりと呼吸をして 『任務に集中しろ』 と自分を叱責した。


 横を見れば連れてきた部下も同じ馬車を見ていたようで、フェイスペイントの下にある苦い表情が見て取れた。

そう言えばこいつは農家の次男坊だった筈だと上林二曹は思い出し、小さく首を横に振る。


今の自分達には、どうする事も出来ない。


 二人は判り切ったその事実をグッと胸の奥に潜め、ゆっくりと森の中へと引き返していった……


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