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フェイズ1~水路潜入 

※※大陸標準時2100 ファームガーデン内~


 白山は薄暗い作戦室に備え付けられた大型モニターの前で腕を組み、濃緑色の画像と時折明るく瞬く小さな点滅にじっと注視していた。


「湖面上に障害物及び民間船舶等確認できず。 運行に支障なし」


 別画面で部隊の潜入ルートをチェックしていたドリーが、落ち着いた声でヘッドセットへ、明瞭に語りかける。

それから椅子を回転させ、背後で陣取っている白山に視線で同意を求めた。


それを見た白山は、僅かに頷いて無線のマイクに命令を下す。


「全部署、こちらHQ RC<ロメオ・チャーリー 無線点呼>感明送れ……」


「ブラボー1、感明よし」「スカウト1、感明よし」「スカウト2、よし」「QRF、感明よし」


 無線を通して全チームの明瞭な返答が返されて、無線通信に問題がないことを伝えてくる。


 この円滑な通信の裏には、ドリーが行ったバードアイとの無線通信プロトコルや、ソフトウェアの改良が寄与していた。

いまだに大容量データの相互通信は難しいが、音声通信と文章であれば複数回線で、ほぼタイムラグなしに明瞭な通信が可能になっている。


「HQ、了……全部署に通達、Op-PC発動 潜入を開始せよ」


「了、潜入チームはこれより作戦を開始する……」



 作戦決行の一週間前に、トニ村での訓練を切り上げた隊員達は、村人には訓練が修了したので帰隊すると告げ、村を後にしていた。

しかし実際には帰隊すると偽装して、王都の北にある小さな入江に前方出撃基地を作り、そこにキャンプを張ったのだ。


 この作戦が外部に漏れた場合、現地での襲撃や妨害活動に遭う恐れがある。

皇国の間者が、部隊の動向に目を光らせていないとは、誰にも明言できない。


 その為、入念に参加部隊には消毒を施す必要がある。

ここでの消毒とはつまり部隊の痕跡や動向、更には情報の漏洩を秘匿する作業を指す。

作戦に参加する隊員達は一般の隊員達からも隔離され、外部との接触や連絡も制限されるのだ。


 こうした消毒の手順は、本来特殊部隊の通常作戦手順だが、防諜対策が完璧ではない現状、念には念を入れて施されている。

前方出撃基地で使用される機材や食料などは、訓練の一環として、作戦に参加する隊員達が事前に隠匿し、徹底的にその存在を秘匿していた。


 この作戦の詳細を知るのは、白山以下教官達と一部の隊員達だけだった。

それ以外の隊員は、何かが行われている事は肌で感じていたが、誰もが表立ってそれを口にすることは無かった。


 この作戦が行われる事は、部外では王と政務三役しか知らされておらず、それも概要を説明されているに過ぎない。

それが許される程度には白山達の部隊は信頼が置かれており、事前に機密保持の重要性を説明してあったので、異論は皆無だった。


秘密は『知らなければ、漏らせない』 のだ。


こうして、水面下での情報の秘匿からこの作戦は開始されていた……



※※ 同時刻 前方出撃基地 マザーレイク湖上~



 六隻のCombat Rubber Raiding Craft (CRRC)通称 ゾディアックボートが、荷物と人員を満載した状態で湖面を漂っていた。

彼らは十分な暗さが訪れてからCRRCを準備し、音を立てないようにパドルを操り、真っ黒な沖へと漕ぎだしていた。


 そして先程の作戦発動の合図を聞き、全ボートのエンジンに火が入れられた。

排気ガスを水面下に排出する2ストロークエンジンは、低い唸りのように静かな湖面に一瞬だけ響き、やがてアイドリングの小さな音に変わった。

エンジンの不具合が無いことを各艇長が確認をすると、赤い小さな灯火が横に振られ、出発の合図を告げた。


 五五馬力の船外機が生み出す推力が、荷物が満載され重々しい船体をゆっくりと押し出し、やがて最高出力に達する。

僅かに持ち上がる船首が、水面から浮かび上がり時折跳ね踊るが、舷側にしがみつく隊員達は暗闇に目をこらし周囲を警戒している。


 唯一の例外は、各挺の艇長とナビゲーション要員だった。

彼らは各挺の後部に取り付けられたIR(赤外線)ケミカルライトの光跡を頼りに、船外機を操作してボートをコントロールする。

そして先頭のボートに乗り込んでいるナビゲーション要員は、小さなライトと暗視装置を駆使し地図と地形そして無線通信で船団を目的地へと導いていった。


 ここから目的の潜入地点までは、二時間ほどかかる計算だ。

途中、燃料補給の休憩を入れておおよそ三時間程度、不安定なボートの上で過ごす事になる。


 五隻の内訳は、偵察チームが二個分隊と、潜在拠点確保のための支援チームが一個分隊。それぞれ一艇ずつに乗り込んでいる。

万一の湖上での襲撃に備えて、チームをバックアップするQRFが二艇に別れて一個分隊、更に荷物と燃料を積載した支援艇が一艇

合計六艇に、四個分隊三二名 プラス支援艇に二名と操船要員を加えて、合計三六名がマザーレイクの上を疾走していた。


「全部署、こちらHQ…… 間もなくフィフティ・ラインを通過する。周辺警戒を厳とせよ。 グッドラック……」


その言葉に、誰もが言葉には出さないがピリピリとした感覚が、一層鋭く周囲に向けられたように感じていた。

フィフティ・ラインとは、作戦用地図に記された、皇国との国境線の延長線上にあるラインで、実質的にその先は敵の支配地域なのだ。

そしてここからは、ナビゲーションと定時連絡や緊急時を除き、無線の使用が制限される。


彼らに無線傍受の能力がある訳ではないが、無線に集中を乱されて偵察部隊の存在が露見することは、絶対に避けなければならない。

前日からのバードアイや小型UAV(無人偵察機)による偵察で、湖岸には北部のレイカットを除き、集落や小屋などは確認されていない。


しかし、それでも事前偵察に絶対ということは無いのを、隊員達はよく承知しており、身じろぎや物音を立てず、ただ船に揺られながら周囲を警戒する。

彼等が動くのは、顔にかかる水飛沫をゆっくりと拭う時だけだった。



挿絵(By みてみん)



※※大陸標準時 2241 地点 5410 4035~


 布製の特殊な燃料タンクに入ったガソリンを、エンジンから伸びるホースと繋ぎ直し、燃料の補充はあっという間に終了する。

ここから先、何かあって尻尾を巻いて逃げ帰る時は、途中で支援艇から予備の燃料タンクを水上で受け渡ししなければならない。


 だが、順調に行けば帰りの凱旋に使用するだけで、燃料は問題なく事足りるだろう。

曇り空の湖面はまさに漆黒であり、暗視装置越しの視線でもあまり遠くまでは見渡せない。


 そんな潜入には絶好の条件の中、ウェットスーツを戦闘服の下に着込んだ二名の隊員が、ボートから静かに湖面へ潜り込んだ。

個人装具とシュノーケル、そしてフィンを装着した二名は、舷側のコードを掴んだまま水中に身を躍らせる。


 漆黒の闇の中では、平衡感覚が役に立たず前後不覚に陥る場合がある。

それを防止するため、掴んだボートの感触と浮力から水面を感じ取った彼らは、目指すべき進路を確認すると、ゆっくりと岸に向けて泳ぎ出した。


 ここから先で頼りになるのは、コンパスの角度と自身の水泳能力だけだ。

音を立てないように注意深く泳ぎ、キックの回数で進んだ距離を計算する。そして時折コンパスで角度を見て、進んでゆく。


 そうして二キロの距離を進むのにたっぷり一時間半ほどかけて、湖岸近くへとたどり着いた彼らは、足のつく程の水深でストラップを抜いて、フィンを足から抜いた。

これが海岸での作戦であれば、潮流や波と格闘しなければならないが、今回は楽な湖岸であり、特に苦労を感じなかった。

しかしそれ故に僅かな水音が響く静寂の世界であり、彼等の被るブッシュハットから溢れる雫にも神経が緊張させられていた。


 湖岸に辿り着いた偵察兵達は、水面から銃口と鼻先だけを水面から覗かせて、パラシュートコードで首から吊り下げた暗視装置で上陸地点を観察する。

緑一色の映像には、深い森の木々だけが映り、特に問題はなさそうだった……


 そうして観察と移動を繰り返し、ゆっくりと時間をかけて上陸した彼等は、素早く森の中に分け入り、敵の伏兵や監視の有無を確かめた。

上陸地点が問題無いと判断した彼等は、IRケミカルライトを湖岸に突き刺して上陸地点を後続の部隊に示す。


 それを確認した湖上の本体は、エンジンを停止させると、パドルを操り静かに上陸地点目指す。

上陸には目標地点の安全を確保したならば、エンジンを用いて一気に接岸する方法と、今回のように静かに接岸する場合がある。

状況によって使い分けられるが、前者は襲撃や敵前上陸など戦闘を主眼とした場合に用いられる。

今回のように潜入を目的とする場合は、エンジンを切りパドルを使い、音を立てずに浸透する事も可能だ。


 この上陸に参加しないのは、QRF<緊急即応チーム>の二艇で、彼等は湖上で待機し、万一敵の襲撃があった場合に、離脱を支援するのが任務になる。

本来であればこうした任務には、SOC-R (Special Operations Craft-Riverine)やRHIBが用いられるが、運用や移動の難から今回は導入が見送られていた。

その為、今回はゾディアックへ応急的に、機関銃とダネルMGLグレネードランチャーを持った隊員を配置して、火力を提供する手筈になっている。


 スイマーの誘導で無事に上陸を果たした彼等は、素早くボートを反転させ船首を湖に向けた状態でボートを陸に上げる。

こうしておけば、万一敵に発見された場合でも素早く離脱する事が出来る。


 まずは荷降ろしだ。合計四艇の満載された荷物を降ろし、ボートを隠匿しなければならない。

ネットで固定された荷物を、森の中に運び入れてゆく。


今回は十日間の作戦期間を予定しており、水と食料だけでも相当な重量になる。


 分隊員が八名で一日二食と考えても十日分で百六十食になり、それだけで重量は八二キロにもなってしまうのだ。

水も運搬容積を食い、そして重い。現地調達が可能だとしても持ち込まない訳にはいかず、各員が十リットルを携行する。


 それに個人装備や武器弾薬、それに観測所の設営道具を併せれば個人の背嚢重量は、楽に四十キロに達する。

重資材の運搬には慣れており、重さこそ苦にはならないが、作戦が長期化した場合、補給が問題になる。


 そこで上陸地点の近くに潜在拠点を構築し、そこに資材を隠匿し情況に応じて補給を行える態勢を構築していた。

この措置は緊急で監視対象が増えた場合、容易に観測チームを送り込めるように、幾重にも張られた用心の一環でもあった。



 ひとまず荷物をボートから下ろした隊員達は、次にボート本体を森の中に担ぎ込む。

ボートと船外機で二百キロ近い重量を、左右のドラッグハンドルを持って持ち上げ、そこから体を捻って肩に担ぐ。


 水を含んだボートは重く、隊員達の肩や手のひらに容赦なく食い込み、静から動へ急に切り替わった動きが隊員達の息を上げてゆく。

すべてのボートを森の中に引き入れて、2隻を残し空気を抜くと偽装網を張り、一時的にその存在を秘匿する。


 緊急離脱に備えて2隻は空気を入れたまま隠匿しておく。

これとは別にQRFのチームは、対岸の少し離れた場所に即応待機しており、これと併せ荷物を破棄すれば、全員の搭乗が可能になる。


 一団は、先行偵察の斥候が前方を監視しながら、徐々に森の内部に進んでゆく。

斥候班の隊員は、個人の背嚢は背負うがそれ以外の荷物は持たず、周囲の警戒に徹している。

それ以外の隊員達は手分けしながら大量の物資を分担して運び、潜在拠点予定地に向けて進んでいった。


 深い森の中を一キロ程進んだ隊員達は、予定していた潜在拠点の周辺に到着する。

倒木が折れ重なり、一方が切り立った斜面になっている場所で、水場からもそう遠くない。

周囲に獣道や人の気配もなく、まさに隠れ潜むにはうってつけの場所だった。



「よし、この場を占領し、拠点を構築する」


 小隊の指揮を取っていた山城一曹は、この場に潜在拠点を構築する旨を副長に小声で伝え、全周警戒を取らせる。


山城一曹は、密やかな隊員達の作業を見守りながら、全周警戒の中心で本部に現在位置や情況を無線連絡するためのテキストメッセージを作成していく。


『現在地点 5500 4015 潜在拠点確保 異常なし』


 打ち込んだテキストメッセージを送信すると、即座に受領確認の応答が無線機に表示された。

これでHQは、こちらの現在位置を把握し、QRFチームは自分達の待機位置である対岸に引っ込む事が出来る。


 外周に展開していた隊員達が、外側に向け周囲を警戒している中で、それ以外の隊員達が小さな赤色ライトを使い荷物をまとめ、背嚢を集積する。


 そうしている間に、各分隊から抽出された偵察要員が四方に向けて散って行く。

彼らの使命は潜在拠点の周辺に、敵や民間人などが存在しないかを探る事にある。


せっかく拠点を作ったのに、そのすぐ隣に敵の大部隊が寝ていたなどとなっては、目も当てられない。




 しばらくして、偵察に出た隊員達が問題なく戻ってきた。周囲に脅威は存在しないと報告を受けた山城一曹は、この場に潜在拠点の構築を命令する。


まずは警戒陣地からだ。四方に警戒陣地を構築する作業が優先して行われる。


 そうは言っても今の所は、土のうを作り四方に置いてゆく作業が中心だ。

黎明期に入ってから、改めて周囲の情況を確認し、必要なら掩体を掘る事になるだろう。

日中の見通しによっては、外硝線を設ける事やパトロールを定期的に出す必要もある。

その点については指揮官の判断によるだろう。


次いで、装備品がまとめられると、次は寝床を作る。


 低く張ったハンモックにポンチョで屋根をかけて、その上から個人用の偽装網がかけられて、周囲に溶けこむように配慮を怠らない。

そうして完成した寝床の下に、背嚢を入れれば、寝床の完成だ。

作業している隊員の寝床が完成すると、次は周辺警戒を行っていた隊員達が適宜交代し、寝床を作ってゆく。


 そうした作業が落ち着く頃には、気が早い夏の太陽が登り始める準備を開始して、周囲が明るくなり始めた。

ここまで不眠不休で作業をしていた隊員達は、だいぶ疲労し始めていたが、それでも警戒は怠ることなく続けられる。


 周囲が明るくなり始めると、手早く各警戒陣地では警戒方向の微調整や、掩体の必要の有無を、副長が中心となってチェックしてゆく。


 すべての準備が終わると襲撃の危険が高い、夜明けの警戒を全員で実施してから、ローテーションで警戒と休息が割り当てられていった。

各偵察チームの出発は、日没後になる。


 それまでは、途切れ途切れではあるが最初の休息が割り当てられた隊員達は、短い休息を貪るようにハンモックへと潜り込んでいった……



ご意見ご感想、お待ちしておりますm(_ _)m


この物語はだいたいフィクションです。

雰囲気だけ、ざっくりお楽しみ下さい(笑)

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