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リクルート活動とホウレンソウ

 ガタガタと揺れる車内で、白山とリオンそして木崎は、手短に打ち合わせを行う。


「まず一本裏手の通りでリオンが先行して、周囲の安全を確保します。

それから路地を回り、目標地点手前でドロップオフ(降車)車両はそのまま発進して、通りの角で待機……


緊急時には車両が目標に前進してピックアップ、緊急離脱します。

ERP(緊急集合点)は、昼に車両を停めた騎士団の詰所」



 一息にそこまで話すと、運転手も含め全員の顔を見回した白山は、質問がないことを確かめる。

そして装備庫から持ち出してきた無線機を運転手と木崎に渡し、手短に無線チェックを行った。


打ち合わせ出来るのは、ここまでだった。 後は出たとこ勝負で行くしかない……


 木崎がこの夜の外出について意図を教えてくれない以上、計画の立てようがない。

程なくして一区画裏手にあるリオンの降車ポイントに到達すると、速度を緩め一瞬だけ停車すると、リオンは素早く闇に消えていった。

無論、灯火スイッチを切り替え、ライトの類はすべて消灯してあり、車両の存在を知らせるのは、エンジンの僅かな響きだけだった。


 そして白山達の降車ポイントに到達すると、車両は停車して白山と木崎は、まだ人通りの途絶えていない表通りへと歩き出した。


『リオンよりホワイト、周辺に異常なし……』


『カチカチ……』


 PTTスイッチを連続して押し込み、了解の返答を送った白山は、木崎を伴って湖畔の宿木へと向かい歩いてゆく。

表通りは酒場や宿屋を中心として未だに賑わいを見せており、まばらではあるが往来もある。


 そんな中で白山達は湖畔の宿木の入口をくぐる。

普段から繁盛している一階の酒場は、今日も賑わっていたが、ある一画だけ異様に静かな場所があった。

そこには人相風体も性別もバラバラな男女が数人集まっており、チビチビと酒を舐めている。

その集団の異様さ故か、周囲のテーブルは切り取られたように誰も座っておらず、それが一層集団を異質に見せていた。


 誰も同じテーブルの者と語り合おうともせず、目線を合わせようともしない。

まるで一人客が偶然に相席しているように、他人行儀な集団だった。


 そんな集団を見て取った木崎は、愛想よく給仕をしている宿屋の娘であるコリンに向けてワインを頼むと、その集団に加わる。

白山も木崎に習い、飲み物を頼むと、周囲にある手近な空席に腰掛けて、その一行に油断なく視線を向けた。


互いに対峙したまま、無言で時が過ぎてゆく。

そこにおっかなびっくりと言った体で、コリンが飲み物を運んできた。


「おっ、お待たせしました……」


 身構えていたコリンは、消え入りそうな小さな声で、そう言ってお盆を盾にして飲み物を置くと、逃げるように遠ざかった。


木のコップに入ったワインを揺らしながら、遠ざかるコリンの後ろ姿を一瞥した木崎は、徐ろに口を開いた。


「おお、期待してはいなかったが、予想に反して随分と集まったじゃないか……」


 木崎のその言葉で、俄に集まった面子の殺気が膨らみ、各々が射殺しそうな視線を、木崎と白山に交互に向けてくる。

一匹狼のその奇異な集団の中で、最初に口を開いたのは今日の昼に、ここで会った影の一人だった。


「言われた通り、王都で名の知れた影達には触れを出した。

軍団の情報を我らに教えると言うのは、真実だろうな?」


射殺しそうな程の視線を受けながらも、笑顔を崩さない木崎はその言葉にゆっくりと頷く。


「何の事はない。君達が内側に入ってしまえば、無駄な労力を使い、情報を取る必要もない。そうだろう?」


 木崎が、さも当たり前の事を言うようにサラリとそう告げると、集まった影達の膨らませた殺気が、針で突かれたように爆発した。

誰かが小さな投げナイフを木崎に向けて放ち、その隙に短刀で斬りかかろうと立ち上がる。


 木崎は慌てる事なく立ち上がり、木のコップでその小さな投げナイフを受け止めると、抜手も見せず抜刀し立ち上がった影の喉元に切先を向けていた。


「まあ、短気は損気だ。話は最後まで聞けばいい」


 とある古流剣術 皆伝の木崎の技は、些かの衰えも見えず切先には僅かの震えもない。

そしてその顔には相変わらずの笑顔が張り付いているが、その瞳は刀身の刃紋にも似て、冷めた視線をテーブル全体へと投げかけていた。


 その技と視線に影達の視線は、一点に木崎へと集まっていた。

しかし、その後ろで同じように白山が影達の虚を突き、既にSIGを抜いており、口を開いた最初の影にピタリと照準を合わせていた。


 ようやくその事実に気づいた影達が、ここで争っても益はないと悟り、渋々と殺気を肚に飲み込み、剣呑さを押さえ込んだ。

それを肌で感じ取った木崎は、流れるような動作で納刀すると、すっかり静まり返ってしまった店内に向けて明るい声をかける。


「騒がせてすまなかったな。店主よ、私が奢るから皆に、酒を一杯やってくれ」


そう言って場を収めた木崎は、すっかり毒気を抜かれている影達に静かに語りかけた。


「さて、話の続きだ。 なに、簡単な話だ。

お前さん達に仕事と名声、それに主の評価を高める機会をやろうという話だ」


 既にすっかり木崎のペースに引き込まれている影達は、席を立つこともせず反論もなく、黙ってその話を聞いていた。


 木崎の語った話はこうだ。

今の主を変える必要はない。ただし影達には国の為に情報を集める仕事をしてもらいたい。

そのための技術や訓練そして資材、それに資金はこちらで準備する。


 それだけならばただの引き抜きになるが、狡猾なのはその功績についてだった。

主を変える必要はないと言ったのは、影達が仕えている貴族に、影が貢献した情報の度合いに応じて、その貴族の貢献を王家に報告すると言う点だ。


 詰まる所、白山達の部隊と常設軍である王国軍が存在している以上、諸侯軍として貴族が対外的な戦で功績をあげられる可能性は無いに等しい。

それ故に功を欲する貴族達が、結託して先の騒乱に発展したのだが、これはそうした問題に風穴を開ける手法だった。


 多勢の兵を揃えずとも、優秀な子飼いの影を国に提供させ、その影が功績を上げれば、それが貴族の功績に直結するのだ。

自領の領民を兵として多数動員する必要もなく、資金や糧秣もかからない。


それを聞いた影達は一様に黙りこみ、言葉を失っていた。


 無理もない。この場で影達だけの判断で、参加の有無を決められる話ではなかった。

しかし、影達の背中を押す言葉は、意外な箇所から上がって来た。



「そのお話、確かに我が主に届け、近日中に必ずお返事をホワイト公へとお届けしましょう」


 どこから現れたのか、ゆらりと姿を見せたその男は、かつて白山が刃を交えた事のある、バルザム軍務卿の影である老執事だった。


「そこな影の届けた触れが、我らの耳にも届きましてな。与するつもりはなかったが聞き耳は立てさせて頂きました」


 そう言った老執事は、適当に空いている席に腰を下ろすと白山と木崎にそう述べた。

老執事がこの場に現れた事で、押し黙っていた影達の緊張は更に増した。


 バルザム卿の影といえば、この国の裏社会では知らぬ者の居ない手練であり、確証こそないが消された人間は、数知れないと言われている。

そんな有名な影の元締めが突然にこの場に現れて、会話に加わったのだ。


 それも腕に覚えのある影達が、その存在に気づかぬ程、酒場の中に溶け込んでいたのだ。

そしてこの会話を全て聞かれていたとあっては、影としての面目は無いも同然だった……



 白山と木崎は、無論影達に注意を払いつつも、酒場の内部にそうした存在があることを予見していた為、それほど驚きもしない。

むしろここに集まった影達の他にも、この話を探りに姿を見せていない者が、幾人か存在していると考えるのが自然だった。



場が沈黙したのを感じて、木崎がゆったりと声を上げた。


「まあ、この話については、諸君らだけで判断しろというのは酷な話だ。

十日の猶予をやろう。その時間で主に判断を仰ぎ、参加するか否かを聞かせてもらうとしよう。

この酒場に、言伝を残しておく。その書き置きに記された場所でそれぞれの返答を聞かせてもらおう」



そう言って立ち上がりかけた木崎に、どこかの影が声をかける。


「この話が真実であるとの確証はあるのか?」


「ここに、ホワイト公が自ら赴いていることが、何よりの証拠ではないかね?」


 そう言って立ち上がった木崎は、白山に目配せをすると入口へ向けて歩き出そうとする。

座ったままの影達を視界に収めたまま、白山も木崎の後に続いた。


『カチカチ カチカチ カチカチ……』


 事前に示し合わせた車両を呼ぶ合図を送っていた白山に、入口へ向かいかけていた木崎が近づいてきて、小声で語りかける。


「持ち合わせがない。すまんが、建て替えておいてくれ……」



 白山は、ガックリと肩を落としそうになるのをこらえて、未だに怯えた表情を浮かべているコリンに向けて、金貨を一枚握らせて店の外に出て行った……



**********



「まったく、あの短時間で、よくこれだけの仕込みをして、更に仕組みまで……

仕事が速いのは結構ですが、せめて ホウ・レン・ソウ だけは確実にお願いします」


 あの後、車両に乗り込み、リオンをピックアップして、無事に屋敷に帰り着いた白山達は、未だ騒ぎの続く応接室を避け、静かな食堂に入った。

流石に今の状態で、あの賑やかな会話の中に参加するのは、少々気乗りしない。


 すっかり酔いの冷めた白山は、少し強めの蒸留酒をグラスに注ぎ、木崎にて渡し、自分もそれを一口煽った。

既に武装は解除してあり、身軽になった白山は、椅子の背を前にしてそれに腰掛ける。


「まあ、結果良ければ全て良し」


 白山からグラスを受け取った木崎は、同じように椅子を引っ張りそれに座ると悠然と足を組んで、熱くなめらかな酒精を口に運んだ。


「しかし、王家の承諾も取らず、あんなプランを披露して、どうするつもりなんですか?」


 白山は当然考えられる疑問を口にするが、良い質問だと言わんばかりに、グラスを口に運びながら人差し指を立て白山に向ける。


「私は報告すると言っただけだ。それをどう扱うかは、王家の管轄であり貴族の管轄権は、王家の専権事項だろう」


 その言葉を聞いて、盛大に溜息をこぼした白山は、これは早々に宰相へと面会を行う必要があると、頭を抱えた。

少し予定を前倒しして、早めに王宮へ向かう必要があると感じ、予定を頭の中で検討していった。


 本来であれば三日後に宰相以下に根回しをしてから、王に面会を申し込み木崎を紹介する予定だったのだが……

これは早々に王宮に話を持っていかなければ拗れる恐れがある。


「兎に角、明日の午後王宮に行き、早々に手を打ちます」


白山の意見に木崎が頷いた所で、勢い良く食堂のドアが開け放たれる。


「ホワイト、こんな所で何辛気くさい顔してるのよ! 早くこっちいらっしゃい!」


 ドリーがワインの瓶を片手に現れ、白山の首根っこを捕まえると、ズルズルと応接室へ引きずってゆく。

木崎は一瞬呆気にとられた表情を見せていたが、次の瞬間には肩を震わせながら忍び笑いをこぼし、空いた手で小さく手を振って白山を見送っていた。




翌朝、宿酔いが少々見える顔つきで集まってきた教官達は、コーヒーをすすりながら意識を覚醒させる作業を行っていた。

比較的シャッキリしているのは、土屋一曹と上林二曹だった。


彼らは、早朝に起き出してランニングで汗を流しアルコールを追い出した様子で、比較的マシな顔つきだ。

それ以外の教官達もコーヒーのおかげか、全員が集まる頃にはだいぶマシな表情になっている。


そうした中でウルフ准尉が、全員の今日の予定と連絡事項を確認し、それぞれの訓練に向かう。

朝のミーティングは、緊急に変更された予定を伝える場合などもあり、重要な儀式だった。


早速准尉が口を開き、あらかじめ決められていた予定の変更を告げる。


「本日の予定が変更になった。午前の契約締結と装備支給はそのままだ。

ただ、午後からの零点規制を取る射撃訓練は明日以降に延期、午後はこの世界の基本情勢のブリーフになった。

我々古参の教官達は、山城一曹と川崎三曹が契約と装備支給の支援、午後は新規隊員の訓練に行ってくれ」


「俺と将補は、予定が早まって朝から城に行ってくる。急な予定変更で悪いが、よろしく頼む」


白山は、本日の予定が変更になった理由を説明し、朝のミーティングを締めくくった。

それぞれが自分の持ち場へと散って行き教官室は静かになる。


白山もそれを見計らって、部屋を出るとまずはドリーの研究室へと向かった。

朝一番でドリーに木崎のIDカードを作ってくれと依頼してあり、写真撮影やら指紋認証など各種作業を行っている。

木崎の権限は白山に次ぐアクセス権限を持っており、白山不在の際に何か問題が発生した場合、全権が木崎に移譲される。


白山が研究室へと顔を出すと、丁度真新しいIDカードが出来たようで、木崎はそれを首から下げている途中だった。


「教官、IDは完成しましたか?問題ないようでしたら城へ向かいますので」


そう言った白山は、木崎を正門に誘導し、待機させてある車両へと乗り込むと一路、王城へと向かって行った。

宰相であるサラトナには、朝一番で有線電話をかけて訪問の旨と事前に会談内容について概要を伝えてある。


おそらくある程度はスムーズに事は運ぶだろうが、初対面であるサラトナと木崎の邂逅が懸念材料だ。

王国の情報網は、今の所サラトナに集約されており、そこに木崎が食い込むとなれば、あのタヌキ爺の領分を犯す事になる。

国益を考えれば断る事は無いだろうが、自分の領分を荒らされるのは気分の良い話ではないだろう。


サラトナが泥にまみれる事を厭わない狸だとすれば、さしずめ木崎は気づいた時には騙されている狐のような印象だ。

これから王城で狐と狸の邂逅があるかと考えると、白山は昨日の酒の影響ではなく頭が痛い様に思えてならなかった…………



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