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食事会と物騒な2次会

 白山達は王城を出ると、そのまま邸宅へと向かった。

グレースとのバッティングは予定外だったが、大きなトラブルもなく王城からの帰途木崎が白山に語りかけてくる。


「あれがこの国の王女様か、成程気品と物腰は王族のそれだな。

もう少し磨けば、かなり光るだろう。王女様の婚約者候補とは、お前もいい身分になったな」


 困ったような表情を浮かべる白山を見て、カラカラと笑った木崎は、思い出したように言葉を続ける。


「そういえば、お前の執務室で飛び込んできたあの娘さんは、お前の副官だったか?」


「ええ、最初にこの世界で仲間になり、それに……バディです」


「ベッドバディか?」


木崎の下世話な冗談に白山は吹き出しそうになり、慌ててそれを否定する。


「手は出してません。 純粋に戦闘バディです!」


それを聞いた木崎は少し真剣な表情で白山に問いかけた。


「惚れたのか?それとも情が湧いたのか?

あの動きや物腰から見れば、それなりに腕は立つだろう。何故、直属のエージェントとして使わない」


白山はその言葉に言葉を失ってしまう……


 特殊作戦における情報課程では、協力者の獲得や現地での工作員の養成など、多岐にわたる訓練が座学や実地で行われる。

その中にはハニートラップや男女の情を用いた信頼醸成や意識の誘導なども、当然のように含まれている。


 実際に白山もリオンと出会った当初は、その考えもチラリと頭を過った事はあった。

それでもリオンの過去を知り、日々接してゆく中でリオンの心の氷が溶け始めたのを見て、その考えを振り払った。


 確かにリオンを自分のエージェントとして内外の情報を収集させれば、喜んで引き受けるだろうし、白山も大いに助かっただろう。

だが白山の感情が、それを許さなかった。


 奇異な縁で出会った白山とリオンだったが、生来闇の中で、もがいていたリオンは、ようやく日の当たる場所に上がってこれたのだ。

それを自分の都合で、再び闇の世界に立ち戻れとは、白山の口からは言えなかった。



「情が湧いたかと言われれば、そうかもしれません。

ですが、それ以上に出会った当初の情況ではエージェントより直掩のバディを欲していたのは、当時の合理的な状況判断からです」


 少し揺れた車内の中で、そう答えた白山はかつての恩師の思考を先読みし、予防線を張る事にする。


「それにリオンは今やグレース王女のお気に入りで、最近は頻繁に王城へ出入りしています。

そんな彼女を、今更諜報の世界に戻すのは王女の心象を悪くするだけで、メリットが少ないかと」



 そう言った白山の言葉を聞き、木崎は少しだけ笑うと「好きにしろ」と言って話題を切り上げる。

それを聞いて白山は、表情に出ないように注意しつつも、内心では安堵していた。



「まあ、王女様と副官、二人相手にするのは大変だと思うが、枯れない程度に、精々頑張れ」



安堵しかけた所に訪れた皮肉に、白山はパジェロの後部で盛大に、コケた……




**********



 屋敷に到着した白山は、執事兼家相であるフォウルに到着の旨を伝え、木崎を応接室へと案内するように頼む。

そうして屋敷で寛いでいると、屋敷の正面に聞き慣れたエンジン音が鳴り響いた。


 どうやら、今日の食事会に参加するメンバーが到着したようだ。

三トン半の後部から、教官達と医療スタッフ達が降りてくる。


総勢一五名、随分と規模が大きくなったものだ……

そんな感慨にも似た思いを抱きながら、白山は応接室を出て皆を出迎える。


車内でいくらか自己紹介や会話があったらしく、早くもいくらか打ち解けた様子の面々は、外見からは仲の悪さや、反りが合わない等はなさそうだ。


「皆、ご苦労だったな。今日は楽しんでいってくれ」



 玄関で一行を出迎えた白山は、にこやかにそう言って皆を会場である食堂へと誘う。

木崎はまだ応接室にいたが、その点は抜かり無く、フォウルが案内に出向いていた。


 新しく召喚された一行は、白山の屋敷の大きさに驚いている様子で、ポカンと口を半開きにしている者もいる。

無理もないだろう。半日前に召喚されて王都の様子を散々見せられ、今この場に降ろされたのだ。


頭の中で情報の処理が追い付いていないとしても、それで当人を攻める訳にはいかないだろう。



 一行を食堂へと案内すると、少し遅れてリオンがやって来る。

仕事を終えて戻ってきたリオンが、白山へ目線を合わせ会釈をすると、末席に腰を下ろす。

僅かに頷いてそれに答えた白山だったが、先ほどの車中の会話を思い出し、どこか座りが悪かった。


 ふと、一行を引率してきたウルフ准尉が、白山二アイコンタクトを求め、上座にあたる白山の隣にある空席に目を向ける。

その意味を察した白山は、僅かに頷くと親指を立て召喚と説得が上手く言ったことを示した。


 丁度そこへ、フォウルが食堂の入り口に姿を現し、白山に一礼する。

それを見た白山が、ウルフ准尉にその旨を目線で伝えると、准尉は心得た様子で機敏に起立する。


「将軍閣下臨場! 全員起立!」


 その声で、周囲で雑談をしていた面々はまるでスイッチが切り替わったように、一斉に会話をやめて椅子を鳴らして立ち上がる。

すると打ち合わせた訳でもないが、その流れを汲んだフォウルが食堂のドアを開け、木崎を食堂へと案内する。


 木崎もこうした場には慣れている様子で、制服の襟元を直しながら悠然と歩いてくる。

そしてフォウルの引いた椅子の前に立つと、よく通る声で命令を発する。


「敬礼は不要だ。全員休め、今日は公式の食事会ではない。楽にしてくれ」


敬礼を行おうとしていた面々に対して、機先を制して木崎がそれを留めた。


その言葉で、ウルフ准尉が全員に着席を指示して、全員が席に座る。

白山はその様子を見て、まずは木崎の紹介が先だなと思い、口を開いた。


「突然の登場で驚いたかもしれんが、こちらは木崎 陸将補だ。

皆と同じように本日召喚され、着任された。 部隊全般の監督、それから情報関係と、王家との橋渡しをお願いしてある」


「紹介に預かった木崎だ。防大を出てから情報畑を歩んできて、情報本部から7Dの副師団長と来て、最後は小平の校長だ。

隊長である白山とは、師弟関係だった縁で呼び出された。まったく年上を労るどころか、山のように仕事を投げてきおった」


そう言ってジョークで場を和ませた木崎は、言葉を続ける。


「これからは皆の力を借りる事もあるだろうし、君たちを助ける場面もあるだろう。

皆で協力して良い部隊を作りたいと思っている。よろしく頼む」


そう言うと木崎は、白山に視線を向けると僅かに頷いて着席する。


「さて、それでは新たにこの世界にやって来た者達から、自己紹介と行こう。フリッツ軍曹から頼む」


そういった白山の言葉で、視線を上げたフリッツ上級軍曹が大きく頷くと、ガタリと椅子を鳴らして立ち上がる。


「フリッツ上級軍曹であります。所属は31MEU(第31海兵遠征部隊)砲兵中隊所属。

さっき、相棒になるM777と鍛える兵達を見てきましたが、あれなら十分モノにできます。

ビシビシ鍛えてやりますので、よろしくお願いします」


熊のような体格の軍曹は、ニッコリと笑って全員を見回し、そして椅子を軋ませながら着席した。

それに続いて挨拶をしたのは、土屋一曹だった。


「土屋一曹です。部隊は特科教導団、ここに来る前は火力戦闘車を扱っていました。

基地の内部では、未だ信じられませんでしたが、王都の様子を見て、何とかこれが現実だと思い始めています。

どこまでやれるかは判りませんが、出来る限り…… 力を尽くしてみたいと思います」


 王都を見てという土屋一曹の言葉に、何人かが同調するように頷いている。

王都の情景や人々の暮らしを見れば、ここがフィクションや嘘ではなく、人々が暮らしている現実の世界だと、誰もが感じる。

独特の生活感と言うか、リアリティが間近に感じられるのだ……


そして、続いて声を上げたのは上林二曹だった。


「上林二曹です。空挺特科FO小隊所属です。

正直、疑ってかかっていたんですが、同僚の田中二曹の話と街の中を見て、ようやく本当だと感じました。


もう少し考えてから結論を出したいと思いますが、ひとまずよろしくお願いします」


 そう言った上林二曹は、チラリと面識があった田中二曹に視線を送り、挨拶を述べる。


食堂は少しづつ暮れつつある太陽に逆らうように、燭台に蝋燭が灯され仄かな灯が漂い始めた。

そのゆらめきは、まるで上林二曹の心情を表しているようにも見える。


そして最後に立ち上がったのは、中村二曹だった。


「中村二曹です。二師団第三普連の重迫出身です。

さっき車内で簡単に自己紹介したんですが、皆さん精鋭揃いなんで正直ビビってます。


足引っ張らないように頑張りますので、よろしくお願いします」



 そう言って謙遜する中村二曹だったが、白山は召喚時の来歴を見てそれは杞憂だと知っていた。

彼は海外経験も豊富で、積極的に集合訓練にも参加している、熱心な隊員だった。


潜在的な技量や能力では、他の教官達にも勝るとも劣らない。

もっともそうでなければ、白山は彼の召喚を行わなかっただろう。



 そして新規召喚者達の紹介が終わると、先輩に当たる教官達と医療チームのメンバーが順番に自己紹介を行う。

それが終わる頃、絶妙なタイミングで料理が運ばれ、皆のグラスにワインが注がれる。


「それでは、皆の奮戦と結束を願って乾杯と行こう。

今日はゆっくりと親睦を深めてくれ」


その言葉で皆がグラスを掲げ、和やかに食事会が始まった。


 最初はぎこちなかった会話も、これまでに部隊が行った作戦や、母隊の話、共通の知人に話が及び、会話が弾んでゆく。

白山も空挺の隊員と習志野の駐屯地や、教育隊の話で盛り上がり打ち解けていった。


 土屋一曹などはすでに仕事モードになっているのか、フリッツ上級軍曹と砲の特性や運用について話し込んでいた。

フリッツ上級軍曹は、そこに自身の実戦経験も踏まえて、丹念に説明していた。

これは良いパートナーになりそうだ。


 ウルフ准尉と木崎は、部隊のこれまでの動きや運用について話し込んでいる。

医療チームの面々もリオンを加えて女性同士で何か話し込んでおり、そこにリック軍曹が割り込み、体よくあしらわれていた。


食事会が佳境にさしかかり、フォウルが皆に声をかける。


「皆様、応接室に酒宴を設けております。ご歓談の続きは、そちらにてお願い致します」


 決して大きな声ではないが、全員に聞こえる程よい声量が食堂に響き、皆の意識がそちらへと向けられる。

別室で酒肴を嗜むのは、この世界の貴族の嗜みのような風習だった。


 医療チームの面々は明日の朝一番で、王都近郊の村に巡回診療に出向くとのことで、ここで解散になる。

それ以外の面々は、揃って応接室へと移動し、会話と酒を楽しむようだ。


白山も応接室へ移動し、その輪に加わろうと思っていたのだがそこへ思わぬ声が掛かる。


「白山、ちょいと出かける。何か目立たない上着と、案内を頼めるか?」


そう言うと、木崎はワインで赤くなった頬をさすりながら白山に問いかけてくる。

驚いた白山は、その真意を木崎に問いかけた。


「どちらに出かけられるので?」


 この世界に来てから一日も経っていない木崎にとって知人や親類が居る訳でもない。

その木崎が夜も更けてから出かける理由が、白山には思い当たらない。


「なに、昼に行ったあの酒場だよ。彼処へ、一杯引っ掛けに行くだけだ……」


そう言って悪そうに笑った木崎に、白山は呆れてしまう。


豪胆というか何というか……


 しかし、木崎が意味のない行動を取るとは思えない。

仕方なく反論を諦めた白山は、自分だけでは不味いと思いリオンに目配せをする。


それに気づいたリオンが、白山の元に駆け寄ってきた。


「リオン、くつろいでいる所悪いが、一仕事頼む」


リオンは、その言葉に何も言わず頷いて白山のオーダーを待っていた。


「これから将補を湖畔の宿木にエスコートする。 外周と退路のバックアップを頼む。

出発は十分後、車両はパジェロ」


 その言葉に頷くと、リオンは「着替えてきます」と言い残し、足早に食堂を後にする。

そのやりとりを黙って見ていた木崎は、満足気に頷いて白山に視線を向けた。


「ますます惜しいな。鍛えれば、相当なエージェントになれる素質がある」


木崎は渋い顔を浮かべながらそう言うと、リオンの後ろ姿を見送っていた。


「教官、お聞き及びの通り十分後に玄関で……」


 白山は木崎の言葉には何も言わず、玄関前の御者控室に向かうと、待機していた隊員へ車両を使う旨を伝える。

そして自身も装備を点検すべく、個人的な装備庫になっている、地下のワインセラーに向けて歩いて行った。


 その言葉に頷いた木崎は、人のいなくなった食堂で、残ったワインをグラスに注ぐと、壁に寄りかかって、グラスを見つめ芳醇な香りを楽しんでいた。


 地下に降りた白山は、ベルトキットを腰に巻き、装備を整える。万一に備えてMP7と弾倉そして発煙やスタングレネードを無造作にGOバッグに詰めた。

最後にカランビットをベルトにたばさむと、いつものストールを巻き、準備は整った。


 それから白山はもう一丁のMP7とグロック19の準備し始めた。 普段着であるワンピースから戦闘服に着替えてくるであろう、リオンの武器だ。

バディとしてこうした分担は分かち合い、限られた時間を有効に使う事で、作戦の検討やその他の準備に、時間を割くことが可能になるのだ。


 MP7の弾倉に弾薬を込めている時に、丁度リオンが戦闘服に着替え地下に降りてきた。

白山の手元を見て僅かに頭を下げると、すぐにその作業に加わった。


 程なくしてリオンも準備を整え、支度が整う。

ふと思い直し、白山は装備庫の中から何時もの脇差しを取り出すと、それを片手にリオンと向き合った。

互いの装備をチェックして問題がないことを確認し合うと、揃って地上へと戻っていった。


 玄関前に行くと、丁度パジェロがエンジン音を響かせアイドリング状態で待っている。

その横にはフォウルに用意させた上着に着替えた木崎が、門柱にもたれかかり、白山達の到着を待っていた。


 白山は準備が整った事を目線で木崎に伝え、それから片手に持った脇差しを木崎に差し出した。

木崎はそれを受け取ると、わずかに鯉口を切りその波紋を確かめた。


そしてニヤリと笑うと、黙って車両に顎をしゃくった。


そして三人は、無言のまま車両へと乗り込んでいった…………




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