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お茶と注目と王城見学


 白山達は概略のブリーフィングを終えると、ラップトップや各種資料を仕舞いこみ、王都の邸宅に戻る支度を始めた。

一足早く帰宅することにした白山と木崎は、リオンに新しく召喚した教官達を案内しているウルフ准尉に言伝を頼み、パジェロを使い王都へと行く旨を伝えてもらう。


これは木崎からの要請で、この世界の文化レベルや人々の暮らしについて、日のあるうちに見ておきたいとの要望からだった。

本部前で運転手兼護衛の隊員に王都へと向かう旨を伝え、車両を準備させていた。


車両の到着を待つ間、白山は武器庫から出してきたグロックをホルスターとともに木崎に手渡す。


「幾分治安は安定してきましたが、まだ油断はできません。

グリーンゾーンになっている王城や基地以外では、携行をお願いします」


そういって押し付けられた強化プラスチックと鋼鉄出できた代物を受け取ると、顔をしかめながらも木崎はそれを受け取った。


「制服のシルエットが崩れるのは、あまり好かんがまあ、仕方なかろう」


そう言って、パドル付きのホルスターをズボンに押し込み、制服の裾を整えていた。

白山は黙って受け取ってくれた事に安堵しながらも、自身の武装を再点検した。


自前のSIG P-226の薬室をチェックし、ホルスターに戻した。

ちょうどそこへ車両がやってきて、二人は乗り込むとパジェロは静かに発進した。


運転手は護衛も兼ねているので、ドア側面にM4を押し込んである。


「王都の外周を回ってから、屋敷に向かってくれ」


 手短に行き先を告げた白山に、「はっ」 と短く答えた隊員は、慣れた様子で車両を運転し快調に進んでゆく。

そうするとすぐに大きな城壁が見えてきて、右手にはマザーレイクの煌きが見える。


 城壁に近づくにつれて、ポツポツと小屋や畑が見え始め、木崎はそれを興味深そうに眺めていた。

白山の邸宅に向かうにはこのまま道なりに進むのが一番近いが、白山はあえて車両を左折させて南側から王都を巡る。


 王都の南側は住宅街になっており、小さな石造りの家や長屋が所狭しと立ち並んでいる。

その北側は商店や、食料品を扱う店が立ち並んでいた。

宿屋や酒場、それから武器屋に冒険者ギルドなどが独特の雰囲気を漂わせていた。


 時折、木崎は白山や運転手に質問を投げかけ、その都度やりとりが交わされる。

その視線はどちらかと言えば、観光というよりは分析という方が正しい眼差しで、木崎は市政の情報をインプットしていた。


「まだ、時間もありますし少し散策しますか?」


 そんな恩師の様子を察したのか、白山は周辺の散策を提案してみた。

早々に基地を出発したので、時刻は昼を少し回った所で、夕方からの食事会までどこかで時間を調整する必要があった。


「ふむ、ならば少し歩くか……」


「では、親衛騎士団の詰所に車両を回します」


 二人のやりとりを聞いた運転中の隊員が、車両を安全に駐車しておける、親衛騎士団の王都の詰所に向けて辻を曲がった。

ここは王都に到着した当初、買い物に出てリオンやブレイズとともに、襲撃を受けた場所の近くだった。


 あの頃は孤軍奮闘だったが、今では連絡を入れればすぐに仲間が騎兵隊よろしく駆けつけてくれる。

それを思えばあの頃からは長足の進歩を遂げたと、言っていいだろう。


周囲の風景に視線を巡らせながら、白山はそんなことを考えていた。


 程なくして商工街の中心部にある騎士団詰所に降り立った白山達一行は、詰所の兵士に挨拶と幾ばくかの銀貨を渡し、車両を置かせてもらう。

そして人々で賑わう大通りに向け、足を進めていった。



 王都の城下を行き交う人々は、革鎧に探検を下げた冒険者風の者、子供を連れた母親に、ゆったりとした服を着た商人など様々だった。

人種的には白人系が大半で、その中に時折彫りの深い中東系の人種も見える。そうした者達はどちらかと言えば承認に多いように見える。

また、獣人族もチラホラと目についた。


 彼らは、頭頂部から生える耳や尻尾を隠そうともせず、気軽に街中を闊歩していた。

王国では亞人・獣人族に対する迫害や差別は表立っては存在せず、彼らも堂々と市中を闊歩していた。


 屋台の品揃えをひやかしながら進む一行の中で、白山は港町で助けた獣人の一家を思い起こしていた。

そういえば、アーシャ達は元気にしているだろうか……?


 あれ以来バルム領には白山は赴いていなかったが、『元気であれば良いな』と、どこか懐かしく思えた。


「どこかで茶でも飲まんか?」


 木崎の声に白山は頷いて、どこか座れる店がないかと周囲に首を巡らせた。

そしてふと見慣れた入口が目に留まった。


 湖畔の宿木…… かつて、白山が王都に来て早々、親衛騎士団長のブレイズとともに立ち寄って、暗殺者をけしかけられた場所だ。

そう言えばあれから足が遠のいていたのを思い出し、白山は木崎にその木製の看板を指さした。


「あそこにしましょう。一度、入った事があります」


 そう言った白山の言葉に、僅かに頷いた木崎はニッコリと笑いながら、平気で物騒な言葉を吐く。


「後ろに虫が付く程度には、お前も人気者という事か?

始末や、捕獲はせんのか?」



 一人密偵と思しき男が、詰所から尾行しているのは判っていたが、白山は気づかないふりをしていた。

白山は本人の意志とは無関係に、城下に出れば何かしらの注目を浴びる存在になってしまっているのだ。


 皇国との戦闘を終えて、凱旋した白山の姿を大勢が見ており、この近辺では珍しいアジア系の顔つきと迷彩服が相まって、否が応でも注目を浴びてしまう。

それに、本人にはあまり自覚はなかったが公爵位持ちである白山は、本来であればこうした買い物や飲食に赴くなど、貴族としてはありえない事なのだ。


 国内の貴族達は躍起になって白山に気に入られようと貢物や縁談、行儀見習いとして娘を送り込もうと画策していたりする。

もっともそうした攻勢は、家相であるフォウルに断られ、白山本人も現代の公務員感覚から、収賄には乗る気になれなかった。


 店の一番奥にある席に座り茶を頼むと、そうした話を木崎に聞かせた白山は、運ばれてきた茶に口をつける。

すると、それを聞いた木崎はニヤリと笑い、何やら思案顔で入口の方向に視線を向けていた。

これは『何か悪いことを考えているな……』と、白山が気付き、釘を差そうと思って口を開きかけた瞬間、木崎が予想外の動きに出る。


 スッと立ち上がった木崎は、白山の後をつけて店に入っていた影らしき人間に、何の迷いもなくスタスタと歩み寄った。

一瞬だけ影の顔に動揺らしき物が浮かびそうになるが、修練の賜物か、何とか表情筋が動くのを堪えつつ視線を外した。


その動きは悪手だ……


 居合と合気の達人である木崎は、その合間にスルリと歩を早めて男の隣に立つと、何か親しそうに肩を抱いて話しかけた。


 白山の位置からは距離があって、その内容までは聞こえなかったが、仕草で影が息を呑んだのが判った。

腰のホルスターから抜いたSIGは、テーブルの下で男に向けており木崎に何かあれば即座に反応できるよう、白山は援護している。


そんな教え子の心配を他所に、木崎は二言三言、影と思しき男と会話を交わしてから、握手をしていつもの調子で自分の席に戻ってきた。


「相変わらず、無茶してくれますね。敵国の間者だったらどうするんですか?」


 SIGのハンマーをデコックしながら、呆れ顔の白山は既に姿を消した影の方向を見てから、木崎に視線を戻した。



「お前なら、恩師の背中ぐらい容易く守れるだろう?

教え子の戦闘能力に信頼をおいてるんだ。誇ってもいいぞ」


そう言って茶をすすった木崎は、悪戯が成功したと言わんばかりに満足気な笑みを浮かべている。


「これっきりにして欲しいですね…… それで、何を仕込んできたんですか?」


 ホルスターの具合をさり気なく直しながら、白山は木崎の悪戯の内容について尋ねる。

すると木崎ははぐらかすように笑い、ゆっくりと茶のカップを置いた。


「なに、簡単なリクルート活動だよ……」



 そう言って茶を飲み干し立ち上がった木崎に、白山は続いた。

やれやれ、全く変わっていない。


 そうこぼしながらも、白山は木崎の胆力や交渉力、そしてその手腕が些かも衰えていない事が、頼もしいと感じていた。

こうして会話を交わしながらも、恐らくはこの世界の現状を分析しつつ、この世界にマッチした、諜報網のあり方を検討しているはずだ。



 湖畔の宿木を出た白山は、周囲にさりげなく視線を走らせたが、すでに影の姿は見えず不審な点は見当たらない。

一行が車に戻り王都をめぐる間、特にトラブルらしいトラブルもなく、一行を乗せたパジェロは王都を一周して、王城の正門近くへと来ていた。


 白山の顔を見知った門番は、その特徴的な車両の存在もあり、すんなりと一行を門の中に入れてくれる。

まだ木崎のIDカードは作成されていないので、執政院や重要箇所には立ち入れないが、正門から続く迎賓館については問題なく入場できる。


 特に要件があるわけではないが、史跡探訪や観光案内よろしく王城の一部を木崎に見せて回る。

ヨーロッパ赴任経験がある木崎は、中世ヨーロッパの史跡や古城との共通点や相違点を語り、違った視点を得た白山は、その語りに大いに感心させられる。


 今日は夜会の開催がないのか、閑散としている大広間の絵画に興味を示した木崎が、開け放たれていたドアからその中に向かう。


「誰だ!」


 鋭い威嚇と厳然とした口調で、注意が発せられ大きな部屋の中に先客があったことを、白山達に警告してくる。

白山はこの声に聞き覚えがあり、木崎に続いて大広間のドアと呼ぶには大きすぎるその入口をくぐっていた。


「アトレア、俺の連れだ……」


 ゆっくりと入口をくぐり、声の主に視線を向けると、そこには腰の剣に手を当て、鯉口を切りかけていたアトレアが鋭い視線で木崎を睨んでいた。

視線を向けられた木崎はと言えば、その殺気を受け止めるでもなく肩の力を抜き、にこやかにアトレアに微笑みを向けていた。


「おお、ホワイト公か…… 今はグレース様の舞踏練習中だ。何故、この場所へ?」


 白山の登場で幾分殺気は収まったが、それでも見慣れない格好の新参者に対して、王族警護を行っていたアトレアは警戒を緩めていない。

そして警護対象であるグレースは、普段の豪華なドレスとは違い、少し動きやすい装飾の少ない格好で、講師役の妙齢の夫人と共に、アトレアの後ろに控えている。

その姿には、豪華なドレスがなくても滲み出るような気品と、少しも動じていないその仕草は、まさしく王族の風格というべき居住まいだった。


だが、そのすぐ後に白山の姿が見えた事でその気品に、少しのゆらぎが浮かぶ。

汗に濡れて少し上気した肌を晒しているのが、自分が好意を寄せている男だと思えば、それも致し方ない。


それでも僅かに手布で首筋の汗を拭き、手櫛で髪の乱れを直せば、そのゆらぎも収まっていた。


「お久しぶりです。グレース様」


白山はとりあえず事情を説明すべく、グレースへと挨拶を述べ、そしてアトレアへと向き直った。



「アトレア、驚かせてスマンな。新たに召喚した俺の仲間で、木崎殿だ 」



そう言って木崎を紹介した白山は、同じように木崎にグレースとアトレアを紹介する。



「こちらにおわす方が、レイスラット王国グレース王女、そして第一軍団 軍団長 アトレア・リンブルグ殿です」



 それを聞いた木崎は、白山の言葉を咀嚼するようにゆっくりと頷くと、未だ少し固い両者に向け片膝をつくと、丁寧に挨拶を行う。


「ただ今ご紹介にあずかりました、白山と同郷の国より召喚されました。木崎と申します。以後、お見知りおきの程を……

先程は、大変ご無礼を致しました。 王家の歴史や美術品への造詣の深さに感銘を受け、つい白山に無理を言い、案内をお願いした次第です」


 そう言って頭を下げた木崎は、大広間に掲げられた背後の大きな絵画にチラリと視線を向け、そして微笑んだ。

防衛駐在官として、各国の要人と相対してきた木崎の物腰は洗練されており、グレースとアトレアは驚いていた。


「そうですか、芸術への興味がお有りでしたか。

ですが、ご覧のとおり稽古中です。日を改めて頂けますかしら?」


 グレースはその場から動かず、視線だけを木崎に向け、凛とした雰囲気でそう言った。

その言葉に木崎は抑揚に頷き、すぐに退出する旨をグレースへ伝える。


このまま何事も無く、この場は治まるかと思ったが真っ直ぐに木崎を見つめていたアトレアがそれを押しとどめる。


 これまで白山が召喚していた人物は、礼儀や規律こそ優れていたが、どちらかと言えば実直な人物が多く、木崎のように洗練された仕草を持つ人間は居なかった。

そしてこれまでの人物と決定的に違うのは、その格好だ。


白山達の迷彩柄の戦闘服とは異なり、折り目正しい制服を着こなした木崎にアトレアは、疑問を抱きそしてその質問を白山に向けた。


「いや、身元がハッキリしているのならば良い。ただひとつ解せんのは、これまでホワイト公が召喚された人物は技量や武技に優れた人物であった筈。

この物腰柔らかな御仁は、これまでとは毛色が違うようだが……?」



その言葉に答えたのは、白山ではなく木崎だった。


「私の専門は情報を扱うこと、そして軍の指揮や戦術、並びにその運用に対して適切に助言を行うことを得意としております。

無論、必要とあれば軍場にも出ましょうが、それでは若い者の活躍の場を奪ってしまいますので」


 そう言って笑った木崎は、未だ少し固いアトレアの元まで無遠慮に歩み寄る。

王女を背中に守るアトレアに、そんな下手をすれば切られかねない暴挙ではあるが、アトレアにその気配はない。


 十メートル程の距離を無造作に詰めた木崎は、ニコリと微笑み、アトレアに右手を差し出す。

アトレアは、驚きの表情を浮かべたまま、ぎこちなくその手を握り両者は握手を躱した。


そして、木崎は背後に控えるグレースへ一礼すると、踵を返し、さっさと入口へ向けて歩いてゆく。


「詳しい話は、また後ほどに……」


 白山は木崎に振り回されるように、入口へ向かおうとしたが、走り寄ってきたアトレアに腕を掴まれる。

その顔はひどく真剣で、その視線はまるで幽霊でも見るような目つきで、木崎の背中に注がれていた。


「あの御仁は何者なのだ! 抜こうと思ったが、気づいたら目の前に居たぞ!」


「元の世界で元上官で、そして俺の師匠だ」


 木崎の居合と合気で鍛えられた動きは、流水の如き滑らかさでその動きを捉えるのは難しい。

白山も稽古をつけてもらった時は、その動きに翻弄された口だ。


その言葉に、アトレアは呆れたように納得すると木崎の後を追いかけていった白山の背中を黙って見送っていた…………



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