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報告と叱責と


 白山は覚悟を決めたようにリストを呼び出すと、迷わずにエンターキーを押し込んだ。

すると先ほどと同じように、部屋の中に光の粒子が集まり始めた。


この一粒一粒が、どうやって生身の人間を構築するのか。どう頑張っても白山の知識では判らなかった。


それでも現実に、自ら考え、喜怒哀楽を持った人間をここに召喚できるのだ。

わからないことは、考えても仕方ない。


次第に人体を形成し始めた光の粒子を見ながら、白山はループに陥り始めた思考を無理やり中断した。

そして毛布を手に取ると、肌色の皮膚が形成されたのを確認してから、丁寧にその体に毛布をかける。


毛布の内側ではいまだ粒子が、活発に光っているらしく僅かに隙間から光が漏れている。

白山は、そろそろ頃合いかと思い、用意されていた着替えを手に取った。


それは、先ほどの四人とは違い、キッチリとアイロンがかけられた自衛軍の制服だった。

白山がこれから召喚する人間がこれまでの隊員達とは異なる事を、その制服が表している。


やはり四人を召喚するよりもかかる時間は短く、白山が考えていたよりも早く粒子が収まり始めた。


既にラップトップのファンの音も止み、室内は何事もなかったかのように静まった。

そして最後の粒子が明滅するように消え去る。


やがて目を開けた初老の男性は、そのまま微動だにせず天井を見上げたまま黙っている。


「教官、お加減は如何でしょうか……?」


「その声は白山か…… ここは、病院でもなければ、日本でもなさそうだが、何があった?」



バリトンの利いた低い声には、決然とした芯の太さが感じられ、長らく命令を下す立場に居た所為か、彼が最初の言葉は報告の要求だった。


「教官は、昨年11月末に、防衛中央病院にて逝去なされています」


「ほう、するとここは地獄か?」


そう言ってゆっくりと上体を起こした男は深い洞察力を秘めた揺らぎのない視線を、白山に向けた。


「残念ながら……」



いつもとは違いやや緊張気味に、言葉短く答えた白山はかつての指導教官であった男の言葉を待っていた。



「生前にあった筈の手術痕が消えているな……

だとすれば、死んだという戯言にも、幾分信憑性が出てくるか


現状を話せ、一から十まで全てだ」



木崎 正吾 陸将補

防大卒 陸幕情報課を経て防衛駐在官及び副師団長等を歴任

情報本部 統合情報部より特殊作戦の情報運用に関与、特戦群 情報課程教官 最終所属 小平学校長



自衛隊が国防軍に組織変更が行われた際、いち早く各国にスパイ網を築き、日本のヒューミント技術を構築した手腕は、内外で高く評価されていた。

情報の教範や資料には必ずと言っていいほど、その名前が記されている部内では有名な人物だ。


その冷徹な思考と水も漏らさぬ緻密な手法は、策謀及び情報の鬼神と呼ばれていた。


木崎塾と呼ばれる彼の教え子は、自衛官だけではなくNSCや外務省そして公安も多く学んでいた。

白山もそのうちの一人で、かつての教官で情報戦に関して多くを学んでいる。


今後考えられる中隊規模以上の戦闘や戦略、そして何より情報の収集とその有効活用にあって、この人の右に出る人間はいないだろう。


そして何より信頼できる……



諜報関連の人材は召喚者リストの中に、無数に存在していたが、その中から自分達にその策謀が向かない人間を選ぶ必要があった。


「信じられないかもしれませんが……」



そう言って、今置かれている現状を説明しつつ、白山は制服を手渡す。

木崎将補は、それを受け取り黙って袖を通し始める。


「告知を受けて、病院のベッドに縛り付けられた時は、もう二度と袖を通すことは、叶わんと思っていたがな……」


白山の報告を聞きながら、小さくつぶやいたその一言は、思ったよりも静かだった室内で白山の耳に飛び込んできた。


「自分は任務中で、教官の葬儀には出られませんでした……」



ネクタイを締め、上着のボタンを留めた木崎は、小さく口の端を持ち上げる。


「俺が…… 任務よりも、葬式への参列を望むと思うか?

そんな軟弱な教え子だったら、棺桶から這い出して怒鳴りつけていただろうな……」


そう言うと、黙って入口を顎で指し示す。


「上官に茶の一杯も出さずに説明とは、白山二尉も随分と偉くなったな。

それに地図もなしに、状況説明とはBOC(幹部初級課程)からやり直すか?おい?」



全くこの人は変わっていない……


そう思った白山は、苦笑しつつも非礼を詫び、木崎将補を自身の執務室へと案内していった。



************


 執務室に到着した白山は、執務室で控えていたリオンにコーヒーを頼み、資料や地図を洗いざらい取り出すとソファーの前のテーブルに積み上げた。

そして、コーヒーの到着と共に、この世界に飛ばされた最初の状況から、説明を始めた。


「成程、お前の召喚からこれまでの経緯は、理解できた。

そして、そいつが召喚用のラップトップという訳か……」


少ししゃべり疲れた白山は、コーヒーを一口啜り、ゆっくりと頷いた。


「はい、現代兵器と人員を、この世界の魂を召喚源として呼び出します……」


「ふむ…… その件についてはひとまず脇に置こう。 部隊の状況と仮想敵国について、説明を……」



そこまで木崎が言った所で、白山はその言葉を遮った。


「ここから先は、機密となります」



それを聞いた木崎は、ニヤリとどこか白山に似た獰猛な笑みを向けると、すっかり温くなったコーヒーに手を伸ばした。


「ほう、俺にも話せない、と……?」


「はい、教官を信頼していない訳ではありませんが、ここから先の情報は部隊に合流をされてからに願えますでしょうか?」



それを聞いた木崎はニッコリと笑い、そして短く「よろしい」と答えた。

情報士官としてこれまで機密を扱ってきた白山は、防諜の観点から報告を拒み、そしてそれを試していた木崎は、その対応に満足したようだった。


「白山、部隊合流に必要な書類を、今すぐ此処に持ってこい」



そう言い放った木崎の言葉に白山は度肝を抜かれたが、気を取り直してもう一度問い直す。


「教官、本当に宜しいのですか?」



「白山、お前は俺に何をさせようと、墓から引っ張り出したんだ?

この難解な現状で俺の力が必要だと、判断したからこそ今こうして、お前の眼の前にいるんだろうが!


それにな……


こんな胸躍る状況で、俺に指を咥えて見てろと言うのか?」



迅速果敢、即断即決、白山は今更ながらにかつての恩師の性格を思い起こし、小さくため息をついた。

そして机の引き出しに用意していた書類を取り出すと、ため息混じりにペンとともに陸将補の前に置く。


書類の内容を一瞥した木崎は、小さく鼻を鳴らしそこに署名を書き込んでゆく。

そして書類をまとめると、白山に「これで問題ないだろう?」と視線で訴えながら、突き出してきた。


それを受け取り、リオンに金庫へ入れるように頼むと、白山は小さく息を吐きそして説明を再開した。



「実戦配備中の部隊は一個中隊規模であり、武装については基本的な歩兵携行火器が主です。

第二期の教育部隊については、現在交換訓練生を含む百五十名が初期訓練に臨んでおり、順調に行けば夏までに作戦能力認定を行う予定です。


遠距離火力については先程、教官の前に砲兵及び迫のMOS持ちを召喚し、来週以降錬成開始予定となっております。」


「後方支援体制と兵站、それに部隊の移動能力は?」



「弾薬はBL(初度携行弾薬)を訓練生全員分を含む三日分、及び訓練使用弾と予備弾を備蓄。

燃料はドラム缶で保存の関係上、全車両による長距離機動三日相当の燃料を貯蔵し、使用分を順次召喚しております。

車両は現在までの所、三トン半が三台と高機動車が五台、ジープ二台で車両化を完了。

整備体制については今年度中に、整備人員の召喚を予定しております。


食料については、基地での食事は現地での調達と調理を主として、携行糧食及び水については十日分を備蓄、これは災害用備蓄も含みます。

輸送は主に三トン半でのピストンと、王国軍からの支援を受ける事により、対応予定です。


医療については一個医療チームが王都に駐屯、病床数は最大百前後、医薬品については、同数を基地内で備蓄しております」



そこまで説明した白山は、それに関する資料を並べ整然と説明する。

眉間にシワを寄せながら、黙ってその説明を聞いていた木崎は、渡された資料に目を通しじっくりと精査してゆく。



「編成途中とは言え、やはり後方が弱いな……特に、輸送と整備がネックか」



その言葉に頷いた白山は、計画を立てた段階で懸念された事項を指摘され、表情を曇らせた。



「先程ご説明させて頂きましたが、ラップトップでの召喚は、魂を消費します。

有事の際に必要とされる緊急調達分と、この国の出生率などに異常が出ない範囲での使用が要求されます

同時に、重量物は魂の消費が多く、おいそれとは召喚できません……


現状では年次計画に従って、損耗品とのバランスを見ながら、召喚する必要があります」


そう言って、ドリーが計算してくれた魂の増加数の予測数値と、召喚物品にかかる数値のグラフ、そして年次計画書をテーブルに置いた。



「ふむ…… 多少、是正の必要はあるが、先が見えているのであれば問題ない。

次は、王国との関係性と情報、通信について聞かせてくれ」


「王国との関係は良好です。

これは国王陛下を私が助けた事と、幾度か国の危機を救った事に起因しております」


「なるほど、つまり王国との結びつきは、お前一人にかかっている訳だな……」


「その通りです」


「先を続けろ……」


木崎は、これまでの白山の行動を記録したファイルに目を通しながら、報告の先を促した。



「王国内は、これまで君主制での施政により運営しておりましたが、隣国からの脅威の高まりによって、保守強硬派である貴族達が台頭……

君主の交代及びクーデターを企図し、一部は隣国による支援を受けており危機的な情勢でした。


王家については穏健派であると判断し、我々の武力が侵攻に利用される事態を避けるべく、貴族派の切り崩し工作を実施。

実力行使に出た隣国の工作員を排除しましたが、防諜及び情報網の構築までは至っておりません。


現在まで国内には諜報組織やそれに準じるものがなく、唯一貴族の子飼いの諜報員が少数存在しています。

もっともそうした諜報員は対外向けではなく、貴族間の勢力争いに利用されています。


我々の情報入手は、商人からの個人的な情報の買い入れと、各地から上がってくる王都への報告が主な手段であり、それ以外はイミントに頼っています」



そう報告した白山に、木崎がギロリと視線を飛ばし、これは雷が落ちるなと、白山は覚悟する。



「当初は孤軍奮闘、後半は部隊設立と運営で忙しかったか?

これまでお前に教えてきた内容は、この世界では役に立たない代物だったのか?


どれだけ忙しかろうと、たとえ小規模でも情報ネットワークを形成し、耳目を広めろと教えた筈だがな?


それとも向こうに脳みそ置いてきたか!」



机こそ叩かなかったものの、その大きな声は執務室に響き渡り、パーテーションで仕切られていたソファの所へ、リオンが飛び込んでくる。

それを手で制しながら白山は、黙ってその叱責を受け止めている。


リオンはこれまで白山がそうして怒られている姿を初めて目撃し、二人の関係性に戸惑っていた。



「お叱り、ごもっともです。

隣国の直接脅威に注力するあまり、必要な対策を怠っておりました……」


それを見た木崎は、読み終えた報告書をパタンと閉じると怒気を収め、普段の口調に戻る。



「判ればいい……


内外の諜報と防諜に関しては、私が直接創設し指揮しよう。どうせ、それを見込んで俺を呼んだんだろ?

それ以外の役割は、何を考えていた?」


室内は木崎が口調をゆるめた事で、ある程度緊張感が緩和されていたが、それでもピリピリとした雰囲気が漂っており、リオンも黙ってソファの横に立っている。

白山に何か危害を加えようとすれば、即座に動ける位置と重心を維持していて、視線は木崎へと注がれていた。


そんな視線を受けながらも、何ら動じる事なく木崎はゆったりとソファに腰掛けて、先程とは別人のようなやわらかな表情を白山に向けていた。


「教官には、部隊戦略の策定及び指揮監督と、王国全体の対外戦略の助言を目的とした、連絡官をお願いしたく存じます」


その言葉に、木崎は「ふむ……」と小さく呟き、眼前に並べられた資料の表紙にじっと視線を走らせた。

白山は過去に木崎がこうした仕草を取る時は、思考が高速で回転しており、提示された内容に過不足はないか、それを成すには何が必要かをめまぐるしく考えているのを知っていた。


それ故、白山は木崎の考えが纏まるのをじっと待っている。

数瞬の間があり、やおら木崎が口を開く。


「部内での役職は問題ないが、王国での立場や地位保全については?

国内情勢と関係国に関するブリーフは、いつ実施する?」


静かに視線を白山に向けた木崎が、矢継ぎ早に白山へと質問を投げかける。


「地位についてはこれから調整しますが、私が拝命している王家軍相談役の役職を、委譲する形を考えています。

ブリーフィングとレクチャは明日以降実施して、その後王国首脳部への接見で如何ですか?」



「よし、いいだろう。 それで、今日はこの後、どうするんだ?」


「王都の見物も兼ねて、私の屋敷で顔合わせと食事を考えています」


それを聞くと、木崎はニッコリと笑いとぼけた口調で聞いてくる。


「それで、こっちの酒はどうだ?旨いか?」


白山はようやく安堵した表情を浮かべながらそれに答えた。



「とっときのワインを用意させています」



「よし、それじゃさっさと王都に行くか……」


立ち上がり先程までとは別人のように、どこか無邪気そうな笑顔を浮かべ木崎は、白山の肩に手を置くと、入口にむけて歩き出していた…………


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