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召喚と人権と裁量と


 白山がエンターキーを押しこみ召喚を実施すると、再び冷却ファンの回転数が上がり周囲に光の粒子が漂い始めた。

果たしてこのファンの回転は、本当に冷却が目的なのだろうかと、とりとめのない思考を頭の片隅に思い浮かべながら、白山は視線をモニターから部屋の中央に移す。


 閉じられた窓の隙間や石造りの壁の隙間、そんな所から魔素が徐々に発光しつつ入り込み、部屋の中央に集中してゆく。

魔素が通り抜ける透過性の問題なのか、効率なのか……


思考が関連する方向へと意図せず流れてゆくのを自覚しながらも、白山は思考をそのまま続けていた。


何故、死者限定なのか……

そして、現代の人間が召喚の対象として指定されているのか……


 大量に集まり出した光の粒子が、LED照明の光を圧倒する。

そして次第にその光の集合体は人間のシルエットを形取り、次第にリアリティのある人体を成してゆく。

頭部と手足から形成され始めた体は、続いて胴体部分が激しく発光すると、ゆっくりとその光が収まり始めた。


 答えの出ない思考を中断すると、白山は准尉と協力して生まれたての姿をした『新人』達に、毛布をかぶせてゆく。

今回呼び出した仲間達の男の尊厳については、これで守られた。

准尉と白山は、この件について忘れるように務めるし、仮に聞かれても最高機密として墓まで持っていくだろう。



 光の粒子が徐々に収まり、次第に周囲へと拡散し始めた。そろそろ目覚めの時間だろう。


白山は准尉に目配せすると、自らの役割を心得ているのか准尉も僅かに頷いた。



 最初に目を開けたのは、小柄な体つきにがっしりとした体躯が特徴的な男だった。

静かに引き絞られた眉と唇は彼の強固な意思を体現しているようで、外見からも物静かな印象が伺える。

それでいて、見事に日焼けした素肌は、彼が日常的に野外で活動していることを物語っており、書類上の年齢よりも年かさに見える。


 彼の名前は 上林 誠 二曹 空挺特科大隊の前方観測班を担っていた中堅どころの下士官だった。

ご多分に漏れず空挺レンジャーを取得しており、隠密潜入のスキルはピカイチだと書類上は記されていた。


白山は彼に戦闘服を投げ渡すと、言葉短く「服を……」と告げる。



 次に目を覚ましたのは、大柄な体の熊のような男だった。

灰色の髪を頭頂部だけを残したジャーヘッドで、ビア樽のような分厚い胸筋と下手な女性のウェスト程もある太い腕がつながっている。

フリッツ・ビューロー 上級曹長 第31海兵遠征部隊 砲兵中隊 出身だ。


ウルフ准尉が彼に戦闘服を手渡している。

何事かささやいているが、次の戦闘服を取りに言っていた白山にはその内容は聞き取れなかった。



 もう一人が目を覚まし周囲を見回してから、かけられていた毛布に気づいたようだ。

土屋 哲志 一曹 特科教導隊の若きエースだった男だ。

鋭く切れ長の目元は、どこか雑誌のモデルでも務まりそうな様子だ。

そんな整った風貌には似つかわしくないガッチリとした上半身は、重量物を扱う機会の多い特科で鍛えられた代物だろう。


白山は、そんな彼に戦闘服と下着一式を渡して、安心させるように方に手を置き僅かに頷いた。



 最後の一人が目を覚ました。

短く刈り込まれた坊主頭と、二重の目の奥にはどこか鋭さが見え隠れしている。

どっしりとした体幹と周囲を確認するようなゆっくりとした視線に、落ち着いた印象と洞察の深さが見て取れた。


彼は中村 竜二 二曹 2師団 第3普連 北方の精鋭に所属する迫撃砲のエキスパートだった。

渡された戦闘服の様子を確かめながら、周囲の状況を観察している。


これで全員が目を覚ましたようで、それを見た准尉が徐ろに声を発した。


「おはよう諸君、私はこの部隊の専任を任されているウルフ准尉だ。

突然の事で戸惑っているだろうが、まずは服を着てくれ。


それから皆の身に起きた事と、現状について説明しよう」


 その言葉で、対面に立つウルフ准尉そして白山に目を向けた四人は、まだ状況が飲み込めていない様子だったが言われた通りに戦闘服を着込み始める。

全員が着替え終わると、椅子を出してウルフ准尉と白山に向かい合って着席した。


「さて、皆気分はどうだ?」


 そう言われて、体をさすったり周囲を見渡すなど反応は様々だったが、全員が一言も漏らさず再び准尉に視線を向けた。


「まずは現場の把握から行こう。目を覚ます前の記憶はどこで途切れている?

戦闘中か、はたまた病院のベッドの上か…… 人それぞれ違うだろう。

だが、末期の記憶は忘れていないんじゃないか?」


 そう言ってから准尉は、全員にペットボトルのミネラルウォーターを配りながら、「俺もそうだった」と伝え再び対面に立った。


「信じられないかもしれない。だが、諸君らは向こうの世界では既に死者になった。

まずはそれを前提にして、話を聞いてほしい……」



 全員が自分の最後を思い起こしているのか、息を呑むように押し黙り重苦しく浮きが室内に漂った。


「だが、諸君らはツイてる。こうしてもう一度、チャンスが巡ってきたのだからな」


そう言いながら凄みのある笑いを浮かべ、准尉が説明を続ける。


「この世界はどうやら、違う世界らしくてな。

俺もこの世界に呼ばれて、今はこうして第二の人生やり直してる」


 この世界について、部隊について、そして呼び出された理由を准尉は淡々と説明していった。

その説明は任務前のブリーフィングにも似た一種独特なもので、誰もが口を挟まず聞き入っている。


「俺からの説明は、大体こんなもんだ。

後は隊長から挨拶貰って、それから質問を聞こう」


 そう言ってウルフ准尉は白山に向き直り頷くと、踵を返し壇上を譲る。

それまで一言も発していなかった白山は、改めて彼らの正面に立ち全員の表情を確認する。

戸惑っている者や考えこんでいる者など、反応は様々だったがそれでも視線に弱さは見られなかった。


それに満足したように、頷いた白山は徐ろに口を開いた。


「諸君、この部隊を預かる白山二尉だ。准尉の説明通りだ。今日は基地の内部を見てもらってから、王都を案内しよう。

それでこの話が真実だと理解できたなら、力を貸して欲しい。


ただし、無理強いはしない。元の世界に戻るのは無理だが、こっちの世界で安寧な生活を送れるように出来る限り便宜を図ろう」



 そう言って、挨拶を切り上げた白山は会話のボールを、新たに召喚された四人へ投げかけた。

その視線と沈黙がきっかけになり、静かに手が挙げられる。


「扱う砲は何だ?」


最初に口を開いたのは、フリッツ曹長だった。

その目は迷いもなく、自分の相棒になる予定の方について真っ直ぐに尋ねてくる。


「M777だ。今の所二門ある。付属品や砲弾は今後オーダーを出してくれ。

ただし、要員については一から教育しなけりゃならん。その為にあんたが必要だったんだ」


「実戦配備までの期限は……?」


「半年から一年を見込んでいる。やれるか?」


 補足するようにウルフ准尉が口を開くと、フリッツ曹長は大きな体を持ち上げて起立すると、ビシリと敬礼を白山に投げかける。


「楽勝です!サー! フリッツ曹長、これより指揮下に入り、部隊の訓練を担任します!」


そう言って実にサッパリとした笑顔を白山に向けてくる。


「自分は軍人だ。 指揮権がハッキリしていて命令があれば死んでいようが、世界がどこであろうと、仕事をするだけです。サー」



 そう言って白山からの答礼を受けると、椅子を軋ませながらドサリと腰掛けた。

それを見て思わず可笑しくなった白山は、苦笑しながらも残ったメンツに言葉をかける。


「白山二尉、自分はFH70から火力戦闘車のMOSしか持っていませんが、大丈夫ですか?」


「いや、法の性能諸元や操作に関しては、これから学べばいい。それより君に期待しているのは、弾道計算や諸元入力だ。

コンマ数秒単位の弾着調整は、教導団のお家芸だろ?」



 土屋一曹が少し恐縮したように、そう言うと白山は指で山の形をなぞりながらそれに応える。

それを聞いて、土屋一曹は横のフリッツ曹長を見やり納得したように頷いた。


「答えは明日以降で問題ありませんか? 正直まだ信じられません……」


そう言った土屋一曹に、「問題ない」と白山は大きく頷くと、既に手をあげていた次の質問者を視線で指名する。


「俺…… 特科じゃなくて、重迫なんですけど……」


 中村2曹は、少し不安げにそう答えて白山に視線を投げかける。

中堅どころの陸曹まで行って、これから職種変換は流石に辛いと思っているのだろう。


その言葉に、思い出したように「あぁ……」と、思い出して白山は補足する。


「ああ、いや今回120迫と81迫も新たに編成するんだ。君にはその小隊を担当してもらう」


それを聞いて中村二曹は、ホッとした様子で大きく頷いた。


「了、俺もいまいちピンと来てませんが、頑張らせてもらいます……」


まだ固さが抜けない様子だったが、白山はその目を見て周囲に流されてそう言っているのではなさそうだと判断した。


「焦らなくていい。 まずはこの世界について見てから、じっくり決めてくれ」



 そう言うと、白山は残る一人に視線を向けた。

上林二曹は腕を組んだまま、視線だけを白山とウルフ准尉に向け、じっと黙っている。


「まあ、信じろという方が無理があるだろうな……」


「いや、信じるも信じないも、どこのアニメか出来の悪い小説のネタっすか?」




 如何にも胡散臭そうに白山へ視線を向けた上林二曹は、断りもせずさっさと席を立ち、入り口に向けて歩き始めた。

ドアを開けると、視界に飛び込んできた外の光景に驚いた様子で、固まってしまう。上林二曹はその場で固まってしまう。


「何だったら、ほっぺた抓ってやろうか?」


内心、少し同情しているウルフ准尉は、彼の混乱が判らないでもないらしく、軽口を言いながらも優しげな視線を上林二曹の背中に向ける。


 部屋の外には石造りの廊下と邸宅だった名残が残っており、現代の建築様式ではありえない造りになっている。

そして廊下の先にある窓からは、営庭にしている牧草地とその先には、僅かに王都の城壁が見えていた。



「まあ、人の話は最後まで聞くもんだ……」



そう言いながら、上林二曹の肩を叩いたウルフ准尉は、黙って室内の椅子を顎でしゃくった。


「何なんだよ、ここは地球じゃないのかよ……」


「少し落ち着け。椅子に座って水でも飲め」



 そう言って室内へと二曹を戻すと、もう一度その手にペットボトルを握らせた。

少し震える手でそれを受け取った上林は、水を飲んでから大きく息を吐き、ドサリと椅子に腰掛ける。


「本人の意志や思考は、呼び出すこっちからは判らない。だから、出来る限り本人の意志を尊重するつもりだ。

もし軍人としての人生に戻りたくない。そう思うのなら、この世界で違う生き方を、探してもらっても良い」


席に戻った上林二曹、そして全員に視線を向けながら、白山は改めて全員にそう言った。


「決断は明日以降で構わない。

今日は准尉に基地の施設を案内してもらって、夕方からはウチで、すでに任務に就いている奴等と面通しを兼ねて食事の予定だ。


繰り返すが徴兵でもなければ強制でもない。 参加するかは本人の意思に任せる」


そう言って白山は准尉に目配せすると、努めて明るい声で准尉が声をかける。


「よし、それじゃ基地の内部と、これからお前さん達がシゴく事になるかもしれん、隊員達を見に行こう!」



 そう言って、全員を部屋の外へと誘うと全員が立ち上がる。

その顔は好奇心、不安、猜疑など、三者三様だったがとりあえず何とかなりそうだ。


後の事は、部隊のまとめ役であり、先輩召喚者でもある准尉に任せるしかない。



 そして誰もいなくなった会議室で、一人になった白山は大きく息を吐きだすと、彼らの残していった椅子に腰掛けた。

白山の視界にラップトップが飛び込んでくる。


それを忌々しげに見つめた白山は、ある日のドリーとの会話を思い出していた……



************



「このプログラムは危険ね……」


 吐き捨てるように言い放ったドリーは、普段とは違う冷たい視線をラップトップに向けている。

初期のメンバーを召喚した後、ドリーはラップトップの解析と召喚システムの分析を行っていた。


解析結果について内々に話があると言われ、ドリーの研究室へとやって来た白山は、開口一番そんな言葉を聞かされていた。


「具体的に、何が危険なんだ?」


話の意図が読めず小首を傾げた白山は、ドリーにそんな質問を投げかけた。


「何もかもよ…… 生命倫理も人権も、あったもんじゃないわ」


そう言って短くため息を吐いたドリーは、真剣な表情で白山に向き直ると言葉を続けた。


「貴方はこの世界で、軍隊を作るのよね?

それは、どんな犠牲や代償を支払ってでも、遂行するつもり?」


質問の糸が見えない白山は、少し表情を曇らせながらその答えを考えていた。


「命のやりとりは兵隊の常だ。それについては、どうこう言うつもりはない。


だが、死ななくてもいい生命や、虐げられた人々を、黙って見過ごすつもりはない……」



 ドリーの目を見て真っ直ぐにそう答えた白山に、ドリーは何かを考え込むように、一瞬だけ目を閉じるとやがて視線を戻した。



「このプログラムには、裏コードが存在していたわ。それも、とびきり危険なコードよ……」



 何かを覚悟するように、そう切り出したドリーは発見したラップトップの設定や、分析したプログラムを白山に説明する。


その内容は白山にとっても、怒りの対象となる唾棄すべきプログラムが隠されていた。

『マインドブロック』 ラップトップのFAQには、それらしい記述は一切なかった。


 だが、特定の操作をすれば、人物召喚の裏側に隠されたオプション設定を、変更する事が可能だそうだ。


つまり、召喚される人間の意志や人格に関係なく、召喚者の命令を絶対とする人間を召喚することが可能なのだ……



 ひとしきり説明を終えたドリーが押し黙ると、研究室の内部には重苦しい沈黙が訪れる。

そして二人の視線は、共にラップトップへと注がれていた。


「研究対象としては興味深い事は、事実よ……

それでも、私は人の道は踏み外したくないし、そんなロボットみたいな兵士と、一緒に仕事をするのもゴメンね」


白山は、その報告を胸の中で反芻し、深くため息をつくと、ゆっくりドリーに視線を戻した。


「俺もそんな真似は死んでもゴメンだ。

そんな事をするぐらいなら、自分一人で敵陣に乗り込んで自爆したほうがよっぽどマシだ」



表情を険しくしつつ、吐き捨てるように言い放った白山にドリーも深く頷く。



 戦争や戦闘は詰まる所、己の主張を暴力で押し通す手段にすぎない。

相手の感情や人生を喰らい尽くしてでも、生き延びる。


勝った方にもそれ相応の代償と、一生消えない十字架を背負わせるのだ。

それが、一切の感情や人格も持たず命令で相手の生命を狩る。そんな事があっていい筈がない。


「良かった。安心したわ……


それでも部隊の今後を考えれば、今この忌々しいプログラムを消去したり湖の底に沈める訳にも行かないわね。

折り合いをつけて、使い続けるしかないのよね……」



その言葉に、白山は頷いてドリーと共に、じっとラップトップを見つめていた。


結局のところ、皆にはこの件を伏せておくしかない。

そして、この裏プログラムは消去不可能らしく、ドリーが厳重にプロテクトをかけてくれていた。


・・・・・

・・・

・・



 会議室で一人ラップトップを眺めていた白山は、そんな過去のやりとりを思い起こしていた。

その時語ったのは、人物を召喚した後は、現状を説明し部隊への参加は、本人の自由意志に任せる事を再確認している。


 甘いと言われればそれまでだろう。

現に皇国の脅威や、今は不気味な沈黙を保っているが、北の帝国も虎視眈々と王国に狙いを定めている。

手段を選んでいる場合ではないが、この世界は生命倫理や人権意識は希薄と言わざるをえない。


それでも現代の地球に生まれてきた人間として、相手に選択の自由は与えるべきだろうと、白山は考えていた。



「ヌルい。確実にそう言われるだろうな……」


 入口近くに一つだけ残された着替えを見てから、白山は再びラップトップに視線を戻して、ため息をついた。


白山にはこれから、本日最大の大仕事が待っている。



 これからの部隊運営に必要不可欠で、この現状を打開する術を持つ稀有な人材を召喚するのだ。

立ち上がった白山は、大きく息を吸い込み姿勢を正すとラップトップに向かい、最後に残った召喚リストを呼び出していった…………





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