魔法陣と新たな装備と
格闘訓練の翌日、白山は朝のミーティングを終えるとドリーの研究室に顔を出した。
基地の本部には作戦室や情報分析室など、ドリーの為に設置された部屋が多い。
その中でも召喚用のラップトップの解析や魔法の分析に用いられる研究室は、ドリーの私室の横にあり、日夜研究が続けられていた。
すでに魔法研究はドリーのライフワークになっている。
あまり根を詰めるなと白山はドリーに言っていたが、作戦支援や情報分析など部隊の運営に関わる事柄は、完ぺきにこなしており文句のつけようがない。
たまに徹夜明けなのだろうか、タンクトップにホットパンツで目の下にくまをこしらえたドリーが、あくびを噛み殺しつつミーティングに現れる事もあった。
その姿はとても妙齢の女性とは思えず、その姿を目撃した隊員達にはオッサンと呼ばれていた。
もっとも、ドリーの耳にその言葉が聞こえたならば、問答無用でとっちめられている。
研究室のドアをノックした白山は、ドリーの「どうぞ」の声で、研究室に入った。
室内は整頓されており、ガサツな雰囲気を持つ本人とはそぐわないほど綺麗だった。
本人曰く「きれいな部屋でなければ、きちんとした研究はできない」と言う事らしい……
黙って差し出された本日二杯目のコーヒーを受け取りながら、話を切り出す。
「それで、何か進展があったのか?」
コーヒーを啜りながら、そう質問した白山に、机に向かっていたドリーが椅子を回して振り返った。
「皇国の間者が持っていた魔法陣の解析と有効利用について、幾つか進展があったわ」
少し伸びた髪を団子状に纏めた彼女は、今日は幾分睡眠がとれたのか割に明るい顔でそれに答えた。
白山は黙って頷くと、カップを持ったまま続きを促す。
「あの光球の魔法は複雑だったんで解析に手間取ったけど、面白い性質があったわ。
通常の火魔法の術式は、外に向けて炎を発するように書いてあるけど、これは逆ね」
そう言うと、ディスプレイに二種類の魔法陣の画像を出すと、通常の魔法陣との差を手に持ったペンでなぞる。
確かにドリーが示した箇所は、確かに字の向きが逆になっており、それが発動内容を変えているとの事だ。
「それから、光球の表面を魔素でコーティングしてあった。
それによって蓄えられたエネルギーが、外的要因で表面が破壊されると、炸裂する仕組みね」
そう言うと、一センチ四方程の大きさの紙片を取り出すと、ドリーはそれを指に載せて軽くこする。
すると淡く光った指先から小さな光球が飛び出して壁に当たり、パンと小さな音を立てた。
「ご覧のとおり、このサイズまで小さくしても、それなりのエネルギーね」
身じろぎもせず光球の行方を目で追っていた白山は、少しだけ眉間にしわを寄せ、壁に就いた焦げ跡を眺めていた。
「それで、こいつの使い道については?」
「内側に向けた燃焼と圧縮…… ここまで言えば気がつくかしら?」
悪戯っぽく言ったドリーの言葉で、白山はハッとしてドリーに目を向けた。
「燃料…… いや、火薬か?」
そう言った白山に満足そうに頷いたドリーは、補足説明を続けた。
「燃料として使うには無理があるわね。エンジンは基本的に爆発と圧縮を繰り返すから難しいわ
それでも、閉鎖状態でこれを発動させれば、擬似的な火薬の代用には成り得ると、私は考えてる」
それを聞いた白山は少し考えこみ、もう少し研究を続けてくれとドリーに依頼する。
もしこれが火薬の代用足りえるならば、魂の消費に一定の節約になるだろう。
「ええ、あとの魔法研究には特に進展はないわね。もう少し魔法に詳しい人がいれば、劇的に進むと思うのだけど……」
レイスラット王国では、それほど魔法については盛んに研究されている訳ではなく、唯一宮廷魔術師のフロンツがそれなりの知識を持っているだけだった。
しかし、高度な魔法陣の解析や魔法の応用的については、遅々として進んでいないのだ。
特にロストテクノロジーとなっている魔法について、有用な知識がある人材は希少であり難しいかもしれない。
可能性があるとすれば、皇国との戦闘において魔法関連に長けた人物の捕虜が取れるかもしれないが、期待は望み薄だ。
「まあ、期待はしないで待っててくれ……」
そういうと、研究内容の話し合いについては終わり、本日のメインイベントについて会話が及ぶ。
今日は、新たな装備と人員について召喚を行うのだ。
「さて、今回の召喚は結構大規模よね。大仕事になるわね……」
その言葉に頷いて、短いため息を吐いた白山はどこか浮かない顔を浮かべている。
「その顔は、まだ召喚に抵抗感じてるの?」
その表情をみたドリーは、そう言って散々繰り返してきた議論を蒸し返すのかと、少し呆れた顔を白山に向ける。
ドリーの表情を見た白山は、少し苦笑しながらその言葉を否定した。
「いや、そうじゃない。今回呼び出す人が厄介なだけだよ……」
そう言った白山のつぶやきに、チラリとリストに視線を落としたドリーは、納得した様子で切り返す。
「えっと、ああ Mr.木崎だったかしら?」
ドリーの口から出たその名前を聞き、白山は苦笑を乾いた笑いに変え、天井を仰いだ。
「ああ、間違いなく怒られるな。 色んな意味で……」
「それなら、別の人……」
そこまで言ったドリーの言葉を、白山が遮って言葉を続ける。
「いや、あの人の代わりは考えられないし、今の状況で、適任者もあの人以外には居ないだろう」
そう言って後頭部を軽く掻いた白山は、諦めた様子で「行こう」とドリーに顎で入り口を示した。
城山のそんな仕草を見て、僅かに笑ったドリーは席を立つと、白山と一緒に保管庫へと歩いて行った。
*********
「准尉、召喚プロセスを実施する」
その言葉で保管庫に赴いた白山、ドリー、ウルフ准尉が立会人となって認証を実施する。
兵器や人物の召喚は、部隊の生命線であり日々警備や保管の体制が厳重になっていた。
今では、電磁ロックと強固な防壁で囲まれた地下に格納されている。
召喚と研究の用以外では、緊急時を除いて持ち出しも使用にも厳しい制限が課せられていた。
「了解しました。正・副 ロックの解除を……」
実弾を装填した小銃を携行したウルフ准尉が、白山とドリーに声をかけた。
白山とドリーが、首から下げたカードキーを読み取り機に通して、ロックを解除するとガチャンと重々しい錠前が解除される音が響く。
扉を開き、中に入った白山がラップトップを持ち、ドリーとウルフ准尉がそれに続いた。
本部の地下に作られた保管庫から外に出た白山達を、五名の隊員が完全武装で合流して周囲を固める。
物々しい雰囲気の中、射撃場の横に全員が移動する。
今日はこれまでの召喚の中でも、過去最大の重量と人員が召喚されるのだ。
皮肉なことに、皇国の王国内での内乱扇動と、それに伴う貴族の粛清は、召喚に使用される魂を大きく増加させていた。
そこでこれを機に白山達は、大幅な部隊戦力の増強を図るべく、今回の召喚が実施される事になった……
近接戦闘射撃に用いられる射撃場は、広いスペースの外周を土塁で囲まれており、銃弾が外部に飛ばないように作られている。
その遮蔽の具合が、装備や召喚に用いられるラップトップの秘匿に最適で、最近の召喚はもっぱらこの場所で行われていた。
随伴した隊員達は白山達の周囲を固め、土塁の上にはもう一つのチームが外周を警戒していた。
そんな中で、ドリーは折りたたみ式のテーブルにラップトップを置き、あらかじめ作成されていたリストを呼び出し、召喚の準備を行う。
白山と相互にリストの確認を行い、最終的なチェックを行う。
概ね月に一度の恒例行事となりつつある召喚の儀式の最終段階だ。
「召喚リスト、最終確認……異常なし 承認します」
「同じく、異常なし…… 承認だ」
白山とドリーが確認し、ドリーが召喚の実行を入力する。
既に使用者権限の上書き(ドリーのハッキング)により、ドリーも召喚を実行できる。
ドリーがエンターキーを押し込むと、ファンの回転音と共に、周囲に可視化された魔素が漂い始め、それが広場の中心に集中し始める。
より一層のファンの回転音と同時に、まばゆいほどの光が射撃場を包んだ。
召喚が一月に一度と決められているのは、偏に魂の節約が関連している。
同じ量を召喚するのでも、複数回で召喚する場合と一括である程度の量を纏まって召喚する場合では、後者の方が魂の使用量が少ないのだ。
それ故に、ある程度纏まった量での召喚が行われている。
今回、召喚が行われたのは、いつもの武器弾薬と燃料・糧食そして装備品がまず召喚される。
それと同時に、今回は新兵器が召喚されていた……
次第にその姿が現れ始める。
長大な砲身と重厚なシルエットが見えてくる。
120mm迫撃砲RTが三門そしてL16 81mm 迫撃砲が三門……
それより更に大きな質量の物体が徐々に姿を現しはじめた。
M777 155mm榴弾砲が二門、その大きな砲身が独特の迫力を醸し出している。
部隊の直接支援として使用される迫撃砲と、新たに編成される砲兵中隊に使用される榴弾砲が姿を現した。
召喚で集まった光の粒子がやがて散り始める。
周囲で警戒していた兵達も、今回の召喚で呼び出された新手の兵器には、大いに興味があるようで、周囲を警戒しつつも頻りに横目で眺めていた。
今回の召喚で呼び出した砲は、まずは基礎訓練に使用され、その後実戦配備されることになっている。
幸いなことに基幹メンバーである田中二曹が81迫のMOS(特技区分 Military Occupational Speciality)を持っており、短期間に形になるだろうと言っていた。
しかし、榴弾砲についてはこれから召喚される新たな人員に、その教育を任せなければならない。
その専門家の意見を聞かなければ、具体的な期間は判らないが、最低でも半年以上は覚悟しなければならなだろう。
この砲を選択するにあたっても、喧々諤々の議論が部隊の中でかわされていた。
105mmでは120迫との距離的な差異が少なく、203mmでが大きすぎるという事で、155mmに落ち着いた。
更に現状部隊の車両運用能力には余剰がない事から、自走式の砲は整備や燃料の関係から敬遠され、軽量なM777に決定された。
これらの砲を扱う隊員は、来週以降配置換えが行われて訓練が開始される。
隊員の選抜は夕方以降に行われる数学や物理の成績を基準に選抜されメンバーが選ばれていた。
召喚が終わった所で、土塁の上の隊員が合図を送り、車両が進入してくる。
訓練を早めに切り上げて、運搬の人員を確保してきた田中二曹がテキパキと指示を出し、一般資材と燃料をそれぞれ所定の場所に運んでゆく。
そこに高機動車に乗ったリック軍曹が同じように射撃場へ入ってくる。
海兵隊に所属していた軍曹は、M777に馴染みがあり、牽引と運搬に手を貸すそうだ。
「田中二曹、リック軍曹、運搬を頼む! これから人員召喚がある!」
白山は、ある程度召喚した物品のチェックを済ませると、車両の荷台に立っていた二人に大声を張り上げる。
二人は「了解!」という大声とともに、手を振って答えてくれた。
それを見た白山は、来た時と同じようにドリーとウルフ准尉、そして護衛の隊員を引き連れて、本部へと戻る。
流石に人員召喚はこの場所では行えない。
衆人環視の元で、ただっ広い射撃場に全裸の人間を召喚しては、協力を願い出るどころか口も聞いてもらえないだろう。
その為、人員の召喚は本部の会議室が、その場所に指定されていた。
会議室に到着すると、テーブルや椅子はスミにまとめられ、床には毛布が敷かれていた。
入り口の角には、今回召喚する人物の身体データから割り出した戦闘服や衣服が、すでに朝のうちに準備されている。
今回召喚する人物は、全員が男性であることからドリーは研究に戻り、護衛の隊員は別室に待機している。
この場にいるのは白山とウルフ准尉だけだ。
白山は准尉と視線を合わせると、僅かに頷いて声をかける。
「よし、とっとと開始してしまおう。リストの確認を……」
白山がそう言うと、頷いた准尉が手持ちの資料とラップトップの表示を確かめて口を開く。
「問題なし、新しい仲間とご対面と行きましょうか……」
リストの内容に問題がないことを確認した准尉が、白山の硬い表情に気づいたのか、そう言ってニッと歯を見せて笑った。
「ああ…… ウチの執事に、夕食会の準備を頼んであるからな」
今回も白山の邸宅での召喚者を招いての食事会を行う予定だった。お調子者のリック軍曹などは、医療チームのエミリーが気になっているらしい。
もっとも毎回訓練に出かけていくリック軍曹と、王都の近郊に診療所を構えている医療チームは、なかなか接点がないと軍曹が嘆いていた。
白山ももう一度リストに目を通すと、召喚を開始すべくエンターキーを静かに押し込んだ…………
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参考
L16 81mm 迫撃砲
http://ja.wikipedia.org/wiki/L16_81mm_%E8%BF%AB%E6%92%83%E7%A0%B2
120mm迫撃砲 RT
http://ja.wikipedia.org/wiki/120mm%E8%BF%AB%E6%92%83%E7%A0%B2_RT
M777 155mm榴弾砲
http://ja.wikipedia.org/wiki/M777_155mm%E6%A6%B4%E5%BC%BE%E7%A0%B2
http://www.marines.com/operating-forces/equipment/weapons/m777-howitzer
 




